第3話 保健室での会話
「はぇ……?」
「ふぅ…なんとか間に合ったみたいだな…。」
死を覚悟し、それでも生き残るために突撃し、自分はあの化け物に切り裂かれた…はずだったのだが…。
なぜか自分は助かっていて、しかも目の前には返り血ひとつ浴びていない美しい容貌の男か女かわからない人が、真っ二つに切り裂かれた化け物の上に乗り、独り言を呟いている。
シュッと手に持つナイフを横に素早く振り、ナイフにこびりついた血を振り落とすと、化け物の上から飛び降りて顔を拭いながらブツブツと何かをつぶやく。
「推定ゴールド等級の精霊…わざわざ私を派遣しておいて等級がこれとは…もう疲れたしさっさと帰りたいのにこれから報告書も出さないといけないのかと思うと面倒だ。冬眠したい…。」
「え…えっと…。」
「…ん?あぁ…すまない。実はこの事件の前に数件任務を受けていてね、少し疲れていたからつい独り言を吐いてしまったんだ。体は大丈夫かい?」
「あ、はい…大丈夫…です。」
茶色いサングラス越しに見える水色の瞳は心底こちらのことを気にしていますといった様子で、目の前の人はソフィアの方へと近寄った後、ソフィアの頭から靴先までをサッと一通り見たかと思うと、「うん、特に問題はなさそうだ。」と言ってからさらに続けて
「もう大丈夫、君を追いかけていた精霊…化け物は私が退治したから、安心していいよ。」
「ほ、ほんとに…?……!そうだ、さっちゃんは?!」
あの化け物が襲ってくることはもうないのだと分かった瞬間、ソフィアは体の力が抜けて倒れそうになったものの、自分がこうなる前に襲われていたサラの事が頭によぎり、急いで目の前の人にサラの安否を尋ねた。
「さっちゃん?…もしかして廃神社で倒れていた、黒髪で肩くらいまでの長さの女の子のことかな?」
「そう!多分そうです!さっちゃんは無事なの?!」
「その子のことなら心配しなくていい。どうやら足首を捻ったみたいで足首が赤く腫れていたが、それ以外に外傷は見当たらなかったし、息もしていた。麓の村に連れて行って、気を失って倒れていたと言って今休ませてもらっている。」
「無事、なの…?よか…た……。」
「どうした…?君?…おい!大丈夫か…?!」
サラの無事が分かった瞬間、今まで感じていなかった疲れがどっと押し寄せてきて、思わずその場に倒れ込んでしまう。
疲れ切った体は本能的に睡眠を取ろうとしていて、段々と意識が遠くなってくる。
ソフィアがその日最後に見た景色は、自分のことを心配して語りかけてくる銀髪の美しいひとの姿だった。
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「ぅうん…?ぁれ…?」
目を覚ました瞬間、ソフィアが目にしたのは見慣れない白い天井だった。
もしかしたらあの怖い体験は全て夢で、これからが1日フリーの日なのかもしれない。
ここは合宿所の自分の部屋で、自分は悪夢にうなされていただけ…きっとそうに違いないと思いたかったのだが…。
シュッと扉の開く音が響き、ここが合宿所の自分の部屋ではないと悟る。
なぜなら合宿所の扉は木製で、開ける時はガチャ、なんて漫画や小説なんかでよく使われるような効果音がつきそうな音がするからだ。
間違っても今みたいな近未来的な自動ドアが開く音なんてしない。
「あら、目が覚めたかしら?」
「ここは…?」
「ここは国立シャサール学園の医務室よ。あなたは昨日精霊…おっと、この言い方じゃあなたにはわからないかしら?まあ化け物と言いましょう。その化け物に襲われて、その後化け物を討伐しに来た人の前で倒れてしまってね。何か後遺症が残るような怪我なんかを負っていないか確かめるためにここに運ばれてきたの。」
「あなたは?」
「あぁ、自己紹介を忘れていたわね。私はセシリア・アベニウス、このシャサール学園の医療従事者よ。」
「シャサール学園って…なんだかどこかで聞いた事があるような…。」
「私たちの学園は一般的にはあまり知られていないわ。宗教系の学園でね、色々と諸事情があるから一般受験などはできないの。基本的にこの学園の関係者からスカウトされない限りこの学園には入る事ができないわ。」
「そんな学校があるんだ〜。なんだか不思議。」
「ふふ、昨日化け物に殺されかけた人間とは思えないほどに落ち着いてるわね。さあ起きて、昨日あなたが寝てる間に一通りの検査は終わらせたのだけど、念の為もう一度身体検査をしておきたいわ。」
「はぁ〜い。」
なんだか夢でも見てるかのようなフワフワした状態のソフィアは、目の前の綺麗なお姉さん…セシリアの言うことに従って、身体検査を受けることとなった。
身体検査、と言っても別に変なことはされず、単純に身長や体重を測ったり、あとは病院とかでよくやる口を開いて喉の奥が赤くなってないかとか腫れてないかとか確かめるやつ、他にはレントゲンを数枚取った後、何やらドーム型の変な機械の中に入って謎の検査を受ける。
ちなみにそのドーム型の謎の機械に入る前にノイズキャンセリング付きのヘッドフォンというものを渡されて、検査が終わるまではそれを外さないようにしてと言われたので大人しく従った。
まあかれこれ色々な検査を受けたので1時間から2時間程度の時間が経ち、ようやく目覚めた時にいた医務室へと戻ってこれたソフィアはベッドにボフンとダイブして「疲れた〜。」と寝転ぶ。
「2時間にわたる検査お疲れ様。一応結果は今日中にはわかる予定だから、何もなければあなたは早ければ今日、遅くても明日には帰れるでしょうね。」
「そっか〜……って、そういえば部活は?!合宿は?!」
「あぁ…そういえば任務先に合宿中の学生たちがいるって資料に書かれてたけど、そのうちの1人だったのね。えっと、あなたは今不審者に襲われて意識不明の状態ということになっていて、都内の病院に搬送されたことになっているわ。ちなみにその都内の病院っていうのはここのことね。まあ病院じゃないけれど。」
「え?!私ローズシティに戻ってきてるの?!」
「えぇ。ここは正真正銘ローズシティよ。まあとりあえず…」
と、セシリアが何かを話そうとした瞬間、シュッとドアが自動で横にスライドして、背の高い男の人が入ってきた。
「お話中失礼します、先生。今日の身体検査の結果と、それから例の結果が…。」
「オッケー。両方ちょうだい。あとそれから、今回の任務に当たっていたシーカーの子が誰だかわかるかしら?」
「えぇ、確か星一つシーカーのイリスだったかと。」
「あぁ…彼ね。彼はよく自分の傷を隠す癖があるから、見つけ次第ここに連行して。あと、新入りの医療従事者の子がいたでしょ?あの子に今私が預かっていた医療任務のうち一番簡単なものをやらせてあげて。」
「はい、わかりました。」
「それじゃあご苦労様。私はこの子と話があるから出てってちょうだい。」
「はい。失礼します。」
今目の前で繰り広げられた話の十分の一も理解できなかったソフィアは目を回しながら、セシリアと男の人の会話が終わるのを待っていた。
しばらく2人が会話し、男の人が出て行ったのち、セシリアは「あらあら、お目目がグルグル回っちゃって。まあ無理もないわね、目の前で難しい話をされたんだもの。」と言いながら、渡された検査結果に目を通していく。
そんなセシリアの横顔を眺めながら、ソフィアはさっちゃん無事かなぁ…とか、せっかく部活の合宿に来てたのに、あんな変なことが起こっちゃったし今回の合宿は中止になるのかなぁ…とか、そんなことを考えていた。
しかし、ソフィアがそんなことを考えている間にセシリアの顔はどんどんと険しくなっていく。
そうして全ての検査結果を見終わったセシリアは、いまだに呑気そうに足をプラプラと揺らしているソフィアに真剣な顔つきで言う。
「あのねソフィアちゃん、あなた…もしかしたら元の学校には帰れないかもしれないわ。」
「…え?」