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第二話 さようなら現実、こんにちは非現実


カァーカァー、とカラスが騒ぎ立てる声とソフィアたちの靴が土を踏みしめる音だけがあたり一帯に響き渡る。



「な、なんか…暗くね?」


「さっきまでめっちゃ明るかったのに…それに、今ってまだ昼前とかそんぐらいの時間のはずだよな?」



禁止区域に入った当初はそれまでと同じように太陽が優しく降り注ぎ、上を向けば眩しいとすら思えるほどの光量があったと言うのに…あれから十分程度歩いた先は大きな森がたくさん立ち並び、そのせいか光が全く届いておらず、まだ昼前だというのに薄暗く、不気味な雰囲気が立ち上っていた。


おまけに先ほどから風一つ吹いてこず、夏が近づいているとはいえジメジメとした暑苦しい空気があたりに漂っている。


そのせいでソフィアたちは自分が今かいている汗が暑さからくるものなのか、それとも恐怖心からくる冷や汗なのかわからずにいた。



「ね、ねぇ…やっぱり危なさそうだし、もう帰ろうよ。」


「は、はぁ〜?!ばっか言えお前、せっかくこんなところまで歩いてきたんだし、ここが禁止区域になったとか言う原因の神社を見るまで帰れねえだろ!」


「そ、そう?でもほんとに…なんだかこれ以上進んじゃいけないような気がするんだよ。」


「ソフィアは霊感でもあるタイプなんかね〜?まあ幽霊とか、そんなもん科学的にも実証されてないしあり得ないでしょ。ほら、いこいこ。」



みんなが少し戸惑い始めた時、ここぞとばかりにソフィアはみんなに今からでも引き返すようもう一度説得を試みたが…しかし、やはりみんなここへは肝試しにでもきた気分なのか、怖いもの見たさなのか、この奥にあるはずの稲荷神社を見るまで帰らないと口を揃えて言うのだ。


絶対にやめといたほうがいい。今からでも遅くないはずだから、早く引き返してもう一度お土産でもじっくり見て、それから合宿所に戻ろうよ、と言いたかったが…ふとソフィアが後ろを向くと、先ほどまで歩いてきたはずの景色が全く別のものに見えて仕方がない。


もしかしたら、もう戻れないんじゃないか?とソフィアは冷や汗を流しながら急いでみんなに言う。



「ね、ねえみんな!後ろ見てよ!」


「え?後ろ〜?」


「どれどれ…って、何もいないじゃん。」


「急に怖がらせんなよ〜。」


「そうじゃなくて!なんか…なんていうか、さっき私たちが歩いてきた道と違くなってない?」


「歩いてきた道と違う?いやいや、それはないっしょ〜。」


「だって私たち、さっきから真っ直ぐにしか歩いてないんだし、道が変わるも何もないし、迷子になったわけでもないでしょ?」


「ソフィア〜怖いから幻覚でも見たんじゃねえの?ま、このバスケ部部長のララ様がついてるんだし、怯えることは何もない!」


「よっ!ララ部長〜!」


「かっこいい〜!」



みんな、気がついていないのだ。


明らかに先ほどまでの景色とは変わっていることに…誰1人。


だって、ここの道は昨日雨でも降ったかのようにぬかるんでいて、今も歩くたびにソフィアたちの足跡がくっきりと残っている。


なのに…後ろの景色はソフィアたちが歩いた3歩先以降、足跡が消えているのだ。


まるで最初から誰も通らなかったかのように、まっさらな地面が3歩先の景色には広がっている。


こんなの明らかに普通じゃない!確かに私たちはまっすぐ歩いてきたはずだし、途中に曲がり道なんかもなかったはず…なのになんで…。


ソフィアだけがこの異常事態に気が付いている。


他の部員たちはみんな目隠しをされているかのように、後ろに広がっている明らかな違和感も、このジメジメとした空気にまとわりつく気持ちが悪く、まるでこちらをジッと睨んでいるかのような視線じみた気配も、何も…本当にみんなは何も感じていないのだろうか?


これ以上先には進みたくない…でも、きっと後ろを振り向いて自分だけが元の場所に戻ろうと足を動かしても、多分戻れないのだろうということは想像できた。


それに…仮に今から戻って、それでこの場所から出られたとして、友達や先輩を置き去りにしていくなんて選択肢、ソフィアには想像できない。


だからこそ、ソフィアは今も感じる嫌な気配やジメジメとした気持ち悪い空気に耐えながら、みんなについていくことに決めた。



ーーーーーー

ーーーーーー

ーーーーーー



「こ、ここがその…い、稲荷?」


「稲荷神社。」


「てかそもそもそのイナリってなんなわけ?別に極東に詳しいわけでもないし、この神社に祀ってある神様がどんなやつなのかも知らないんだけど。」


「稲荷って神様は、確か本名みたいなのが…なんだっけ、ウカノミタマノカミ?って言って、なんか植物とか命とか、そういうのにまつわる神様だって極東図鑑に載ってた。」


「うか、ウカミタ?」


「ウカノミタマ。まあ詳細は知らんし、なんかすごい神様なんだよ〜ってことしか図鑑にも載ってなかった。」


「はぇ〜、まあなんか極東の神様ってことだけわかったわ。」


「てか、この神社まじで錆びてんね〜。」


「なんか手洗うための謎の水貯めてあるやつとかの水も緑色に濁ってたし、入り口に飾ってあった謎の石像も頭の部分とか取れてたじゃん。やっぱ相当年月経ってんのかね〜。」


「うわ!お賽銭とか入れた後にジャラジャラ鐘鳴らすためのおっきな紐もボロボロじゃん!まじでウケる〜。」



パシャ、パシャと記念とばかりにボロボロに朽ち果てた神社の中を写真を撮りながら歩く先輩や、入り口に飾ってあった石像から落ちた頭部分を椅子にして休憩している同級生。


他にもこの神社の神主(かんぬし)さんがいれば怒られる事間違いなしなことをして回っている部員たちにソフィアは「あんまりそんなことしないほうがいいんじゃないかな?」とそれとなく注意を促してみたが…。



「なになに?神社で悪い行いをしたら神様の怒りに触れる〜とか?」


「そんなんあるわけないでしょ〜。そもそも、神様とか言うのが本当にいるのかも謎なんだし。」


「そっれっに〜、もうこんなに朽ち果ててるんだし、ほんとに神様がいたとしてもこんなボロっちい場所にいられるか〜!ってとっくに出てってるよ〜。」


「う〜ん…そういうんじゃなくて…なんかこう、敬いの気持ち?とか…」


「まあまあ、そう堅苦しく考えず♪せっかくだしみんなで集まって記念写真でも撮ってから帰ろうぜ〜。」



そう楽観的に考える周りのみんなに背中を押され、ソフィアもイヤイヤながらお賽銭箱の前までやってきた。


部活で写真を撮る時とおんなじように身長が低い人が前に、高い人が後ろにで2列に並ぶ。


それから真ん中にいた先輩が自撮り棒にスマホをセットして、がががーっと最大まで棒を伸ばす。


そして手元にあったリモコン?のようなものでスマホのカメラを起動して、「みんないい?」と掛け声をかけたのち



「はい!チーズ!」



パシャリ、とカメラのフラッシュが飛び散ると同時に、カラスたちが想像しく騒ぎ立てながら飛び立つ音が響いた。



「どれどれ〜……え?」



写真を撮った先輩が、撮った写真の内容を確認した瞬間、急に青ざめた。


ちょっとどうしたの?なんて誰かが心配した声を出す前に…



「シャシン…トレタ…?」



幼い子供の声が何十にも重なったかのような声が真後ろから聞こえてきた。


その声が聞こえた瞬間、その場にいた全員が青ざめる。


え?誰?お前今の声出した?いやそんなわけないじゃん!と目だけで言いたいことがわかるほど、みんながみんな、急に聞こえてきた不気味な声に困惑していた。



「イイコ…イイコ?オマエラ、イイコ?」



そーっと、あくまでも真後ろの存在の機嫌を損ねないようにそーっと後ろを振り返って…後悔した。


不気味な声を出していた人物の正体は…人とは全くかけ離れた化け物だったから。


見た目はただのキツネだった。…それが4メートル近くもあること、額に大きく充血した目がついていたこと、そして…口が顔の端から端まで裂かれていたことを除けば。


その化け物の額についている大きな目がギョロギョロと動き回り、そうしてソフィアたち全員を視界におさめた瞬間、「イイコ?イイコ?」とその言葉しか知らないかのように同じ言葉を繰り返し続ける。


そして次の瞬間…



「チガウ?…イイコジャナイ?…ナラタベヨウ!!」



グワァっと裂かれた口を限界まで開けたかと思うと、グォォー!!とこの世の地獄からやってきた獣のような雄叫びをあげた。



「キャー!!!」


「何あれ何あれ?!なんなの?!」


「怖い怖い怖い…!!」



瞬間、蜘蛛の子を散らすかのように全員が全員、その化け物から逃げようと走り出した。


無論、ソフィアだって命の危機を肌身で感じて、悲鳴こそ出さなかったものの、手にじっとりと滲む汗や心の底から湧き出てくる恐怖心に従って全速力で逃げた。


いや、逃げようとした…でも…。



「あっ…?!」



すぐ後ろの方からそんな声が聞こえてきて、次の瞬間ドサっと何か重いものが地面に落ちたかのような音が響く。


一体何があったのだろうと思い、ソフィアが後ろを向いた瞬間、彼女は目を丸くした。



「た、助け…助けて…。」



サラが足元にあった木の根っこに気がつかず、転んでしまったのだ。


しかも、転んだ時に足を挫いて(くじいて)しまったのか、それとも恐怖心から体の力が入らなくなってしまったのか、サラはブルブルと震えながら地を這い、すぐ目の前にいたソフィアに助けを求めて手を伸ばしている。


そして、そんなサラのすぐ後ろには…あのキツネに似た化け物がジュルリ…と舌なめずりをしながらゆっくりとサラ(獲物)に近づいている姿が…。


化け物は目の前で動けなくなっている絶好の獲物にすぐには飛び付かず、まるでなぶるようにしてゆっくりと、しかしその巨体から発される足音を獲物に聞かせるようにして響かせながらにじり寄る。


まずい…まずいまずいまずい!


このままじゃサラが死ぬ!!でも…だからといって自分に何ができるというのだろうか?


確かに人よりは運動神経がいいし、女の子の中だと力だって強い方だと自覚している。でも…あんな巨大な化け物の前じゃ、そんなの関係ない。


関係なく…みんな等しく食べられるのを待つだけ…。


……でも、それでも今動かなくちゃ、何か行動を起こさなければサラが死ぬことに変わりはない。


ソフィアは全身が震え、本能が「今すぐにげろ!ここから立ち去れ!!」と警告してくるのを必死に無視して、偶然足元に落ちていた小石を震える手で掴み、化け物の頭めがけて思いっきり投げつけた。


コツリ…と小石が当たった音と同時に、化け物は自分の目と鼻の先にいるサラからゆっくりと視線を逸らし、ソフィアの方へと視線を向ける。


化け物が自分の方を見たと分かった瞬間、ソフィアは右の方へと思いっきり走った。


それは化け物の注意が自分にうつったことで、もし狙いが自分になったなら…その時サラに影響がないように、サラの真前にいるのではなくサラから離れた場所にいたほうがいいと咄嗟に思いついたから。


そして化け物は依然としてソフィアのことを目線で追いかけていた。


それに気が付いたソフィアは、サラから十分な距離を取った後、大声でこう言ってやった。



「く、くるならこっちにこい!さっちゃんじゃなくてわ、私を見ろ!!」


「……?……!オマエ、オマエオマエオマエェェ!?」


「…っ?!……!」



ソフィアが化け物に向かって大声を出した後、化け物はまるで意味がわからないとばかりに首をこてりと横に向けた。


しかし数秒後、何かに気がついたのか、狂ったように「オマエ」と連呼しながら突如としてソフィアの方へと走り出してきたのが目に映る。


瞬間、ソフィアは森の木が生い茂る(おいしげる)方へと全速力で走り出した。


化け物の標的がサラから自分に切り替わったことは分かったが、なぜあの化け物がまるで親の目の敵でも見つけたかのような顔をして狂ったように自分を追いかけ始めたのかわからない。


ただわかることといえば…追いつかれたら死ぬ。


それもただの死じゃない。きっと内臓を引き裂かれ、四肢をありえない方向へと折り曲げられた、そんな無惨な死体で発見されるのだろうと脳内の何かが囁く。


最初に逃げた方向は正解だった…あの巨体では木が大量に生い茂っている場所はさぞ動きずらいだろうし、なんの障害物もない方に逃げれば足の長さのリーチ差で一瞬で追いつかれるのは目に見えている。


一方ソフィアは比較的小柄な方だし、反射神経に優れていたのでこの薄暗く先の方が見えない森の中でも目の前に現れた木を難なく交わすことができた。


ソフィアを追いかけてくる化け物は障害物の多さに鬱陶しそうにしながらも、立ちはだかる木々をその巨大な前足で薙ぎ払い、少しづつ距離を縮めてくる。


しかし、そんな化け物の様子などソフィアには全くわからない。


後ろを向いている暇などないし、何よりむきたくない…あの巨大な口や不気味な額についている瞳…あれをもう一度目にしたら、怖くなって腰が抜けてしまう気がしたのだ。


走る、とにかく走り続け、ソフィアはなんとかあの化け物から逃げようと必死に足掻いていた。


走り続けるうち、足元にあった小枝などがソフィアの足を引っ掻き、無数の引っ掻き傷を作る。


作られた傷を抉るようにしてまた新しい小枝が同じ箇所を抉る痛みに耐えながら、ソフィアは走りつづけた。


どれくらいの間走っていたのかわからない…ずっと全力疾走を続けていたからもう息も絶え絶えで、肺だってズキズキと傷んでいる気がする。


そうして走り続けたのち、ようやく森を抜けたソフィアの視界に広がったのは…崖だった。



「はぁ…はっ…はぁ…はぁ…が、け…?」



断崖絶壁、向こう岸なんて当然見えるわけもなく、崖の底は暗くて見えなかった。


落ちたら助かりようもない…かといって…



「イタ!オイツイタ!イマスグコロソウ!ソウシヨウ!」



目の前にはあのキツネに似た不気味な化け物がいる。


後ろの崖、前の化け物…どっちにしたって助かりようがないじゃないか。



「…あはは…。」



ここまで絶対絶命の状況に置かれていると、精神が狂ってしまったのか、それとも狂わないようにどこかでストッパーをかけるためなのか知らないが、笑いが漏れてしまう。


これじゃあどうしようもない。…でも、死にたくなんてない。


幸いなことに化け物は目の前で地団駄を踏み、涎をダラダラと垂らし殺気にまみれた視線をこちらに向けてくるが、今すぐに殺そうとはしてこない。


死ぬ前の懺悔の時間…とでも普通の人間なら考えるかもしれないが、ソフィアは違った。


まだ生きていたい。それに…あのとき助けるためとはいえ置いてきてしまったさっちゃんの様子だって気になっているんだ。


一か八か…。


ソフィアはごくりと生唾を飲み干し、すぐ近くにあった枝を拾い上げ両手に構える。


スーハーと深呼吸を2回したのち、ソフィアは意を決して化け物へと襲いかかった。



「やあぁぁ!!」



大声を出して威嚇をしながら、少しでもびっくりして隙ができたりしないかと思いながら、ソフィアはガタガタと震える足に鞭打って走る。


この作戦の成功率なんて1パーセントにも満たないけど、それでも助かるためには残りの0.何パーセントかにかけるしかない。


ソフィアが大声を出しながら突撃するのと同時に、化け物もその巨大な前足をソフィアへと思い切り振るった。


ザシュ!っと肉の切れる音だけが、その場に響き渡った。


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