第99話 ラナリーの悲劇
「うおぉぉぉーーーっ!」
「くっ……」
ナミュラスとの戦いを再開した僕だが先程までより随分と威勢を増して『水剣』の剣を振っていく。
ソウルメイトであるRE5-87君が救援に駆け付けてくれたことで戦意が最大限まで高まっていたということもあるのだが、何よりナミュラスの方がRE5-87君の【地獄の業火】の炎を警戒するあまり強く剣を振えない様子だった。
RE5-87君の【地獄の業火】の炎ならナミュラスに対しても一撃で葬り去る程のダメージを与えることができるだろう。
RE5-87君がナミュラスを仕留めてくれることを信じて僕は相手の隙を作り出す為懸命に剣を振い続ける。
「はあぁぁぁーーーっ!」
「ぐぅっ……」
「今だっ!、ヴィンス兄ちゃんっ!」
「よしっ!。くらえっ!、ナミュラスっ!」
「ぐっ……ぐあぁぁぁぁーーーっ!」
僕の剣の衝撃に押されて怯んでいる隙を突いてRE5-87君が撃ち放った【地獄の業火】の炎がナミュラスへと直撃した。
黒い炎に全身を焼かれながらナミュラスは苦しみの声を上げている。
しかしそんな状態でも中々倒れる様子はない。
ナミュラスに止めを刺すべく僕は『水剣』の剣を突き立て迫って行った。
「うおぉぉぉーーーっ!。これで止めだぁぁぁーーーっ!」
「ぐっ……調子に乗るなよ……」
「えっ……」
威勢よく迫って行く僕だったのだが、黒い炎に焼かれながらの状態でこちらに視線を向けたナミュラスと目が合った瞬間自身が相手を見誤った行動を取ってしまったことを直感した。
僕を睨みつけるナミュラスから感じる凄まじい殺気は【地獄の業火】の炎に焼かれて死に行こうとしている者が放つようなものでは決してない。
視線が合った状態でスローモーションのようにその後の光景が進んで行く最中ナミュラスの左目から一粒の涙が零れ落ちるのが見て取れた。
そしてその零れ落ちる涙が地面へと着いたその時……。
「う……うわぁっ!。な……何だっ!」
「マズい……ヴァンっ!」
ナミュラスの涙が落下した地点から突然眩い光が広がりRE5-87君の【地獄の業火】の炎を打ち払ってしまった。
これも彼等テネリタース教団が信仰するティアリス神の加護の力だというのだろうか。
【地獄の業火】から解放されたナミュラスは即座に目の前まで迫っていた僕へと剣を振う。
「はあぁっ!」
「ぐあぁぁぁーーーっ!」
「ヴァンーーーっ!」
力強く振るわれたナミュラスの剣の斬撃に僕は見事に斬り伏せられてしまう。
斬撃により大きく斬り裂かれた体の前面から大量の血が噴き出し、一瞬にして全身の力が抜け落ちていき地面へと倒れ込んでいく。
『水剣』の剣を地面へと突き立て、支えとすることでどうにか片膝をつく状態で踏み止まったのだが、意識も朦朧とし最早身動きは取れそうになかった。
「はぁ……はぁ……」
「どうやら勝負あったようだな。心配せずとも我々の無実を証明する為大事な証人であるお前の命を奪うことはせん。他の奴等を片付けるまでそこで大人しくしていろ」
「はぁ……はぁ……。い……嫌だね。仲間がやられそうになっているのにジッとなんてしていられるか」
「そうか……。ならばちょこまかと余計な手出しをされても面倒だ。腕の一本でも斬り落とせば完全に意識を失うだろう。出血死することがないよう止血はしておいてやるから安心しろ」
「くっ……」
「(マスターっ!。こうなったら私が最後の力を全て出し切ってナミュラスの動きを止めますっ!。ですので身動きを取るのも辛い状況とは思いますがどうかその隙にRE5-87さんの元まで退避して下さいっ!)」
「(ありがとう、アイシア。でもその必要はないから安心して)」
「(えっ……それは一体どういう……)」
「はあぁっ!」
「させるかっ!、ヴァンーーーっ!」
「ぐっ……」
「……っ!」
「ナ……ナミュラス様?」
僕の腕を斬り落とそうと再び剣を振って来るナミュラス。
しかし僕の身を案じるRE5-87君の叫び声が鳴り響く中突然剣を振り上げた状態でナミュラスの動きが止まった。
僕の中にいるアイシアやベル達を含めこの場にいる皆が戸惑いの表情を浮かべているのだが、ナミュラスに腕を斬り落とされそうになった僕だけは自信に満ち溢れた表情で笑みを浮かべている。
「ぐうぅっ……くそっ……」
力が抜けたように剣をその場に手落とし、苦しそうな表情で手を差し向けたナミュラスの左側の首筋に1本の注射器が突き刺さっている。
その注射器は勿論僕の『注射器魔法』の魔法のものであり、それには水ではなく摂取した者の体を麻痺される効果を持つ霊薬が収容されている。
相手に気付かれないよう『水弾』の魔法を放つ『自律稼働型注射器』に紛れて予めこの注射器も飛ばしておいたんだ。
そしてナミュラスの意識が僕へと集中している隙を突いて『遠隔注射器』で操作して首元へと注射器の針を挿し、そこから収容してあった麻痺霊薬の全量を一気にナミュラスの身体へと注入した。
どうにか首元から僕の『注射器魔法』の魔法の注射器を抜き取ったものの時すでに遅し。
『注射器魔法』の魔法の『注入』の能力で瞬く間に全身へと行き届いた麻痺霊薬の成分により完全に動きを封じられたナミュラスはそのまま地面へと倒れ込む。
「ふっ……。クラースさんの呪いやヴィンス兄ちゃんの【地獄の業火】の炎を打ち払ったティアリス神様とやらの加護も肉体に直接注入された薬の成分には効かなかったようだね」
「ぐっ……馬鹿な。幼き頃よりあらゆる薬物や毒物に対し耐性を得る為の訓練を受けていたこの私の体が身動き一つ取れなくなるなど……」
「僕の『注射器魔法』の魔法の『注入』の能力は相手の肉体に最も効果的な形で成分を注入することができる。ちょっと抗体を持ってる程度じゃあ僕の『注入』の能力による注入を防ぐことはできないよ」
「くっ……まさかこのような攻撃手段まで持ち合わせていようとは……。恐るべし……『注射器魔法』の魔法……ぐぅっ」
麻痺霊薬を注入したことが決め手となりどうにかナミュラスを打倒すことができた。
全身が麻痺したことで身動きが取れないだけであり、命まで奪ったわけではないが最早立ち上がってくることは不可能だろう。
しかしながら僕の方も斬撃を受けた切り口から大量に出血し命からがらの状態となってしまっている。
僕の肉体の細胞としてベル達も全力で回復に努めてくれているが早急に外部からの治療を受けなければマズイ状況だ。
「はぁ……はぁ……」
「ヴァンっ!。くっ……誰か治癒魔法が使える奴はこの場にいないのかっ!」
「私が治療しようっ!、ヴィンス君っ!」
「クロイセン神父っ!」
衰弱しきった僕を抱き抱えて助けを呼ぶRE5-87君。
そんな僕達の元にクロイセン神父が駆け付けて来てくれた。
どうやらクロイセン神父も無事自身が相手をしていた騎士を打倒すことができたらしい。
「ふぅ……大分血が止まって来たようだね。これでもう命に関わるようなことはないだろう。気分はどうだい?、ヴァン君」
「うん……クロイセン神父のおかげで大分楽になったよ。けどまだ自分では体を動かせそうにない」
「無理をして動く必要はない。クラースも無事自分の敵を打倒すことができたようだからね。もうこの場に他の敵の姿はないし直に他の我々の仲間達も掛け付けてくれることだろう。だから今はゆっくりと体を休ませるといい」
「だ……だけど……」
「クロイセン神父の言う通りだ、ヴァン。万が一また敵が襲って来ても必ず兄ちゃんが守ってやるからお前は回復に専念するんだ」
「う……うん……。分かったよ、ヴィンス兄ちゃん」
「よし……」
「……っ!。な……何してるのっ!、ヴィンス兄ちゃんっ!」
僕に回復に専念するよう強く促すRE5-87君だが、その場から立ち上がるとすぐ側で倒れているナミュラスの元へと歩み寄って行き、神妙な表情で見下ろしながら右手の平をナミュラスへと向ける。
RE5-87君が何をするつもりなのかほとんど予想ができていたのだが、まさかRE5-87君そんな真似するとは信じたくない僕は取り乱した様子で問い質した。
「お前の薬が効いているとはいえこいつを生かしたままにしておくのは危険だ。動くことのできない内に確実に止めを刺す」
「そ……そんな……。全く身動きの取れない相手にわざわざ止めを刺す必要なんてないよ。僕の麻痺霊薬ならもう暫く効果が持続するはずだから捕虜として捕えておけば……」
「何言ってる、ヴァン。俺達は世界の平和を乱す異教徒であるテネリタース教団を殲滅する為にここにやって来たんだ。お前だってその為に危険を承知で敵に潜入し任務をこなしてきたんだろ」
「そ……そうだけど……。確かに今は間違った教えを信仰させられているのかもしれないけど説得すれば僕達メノス・センテレオ教団の信仰の正しさを理解してくれる人達もいるかもしれないし……」
「テネリタース教団の教皇、シオン・アフェクシアの重臣にしてアイリッド騎士団の団長を務める程のこの男がそんな簡単に考えを改めるとは思えない。一般の信者達に対しては改宗する機会を与えてやるべきだとも思うがそれは俺達メノス・センテレオ教団であるヴェントの決めることだ。今は立ちはだかるテネリタース教団の連中は全て殲滅しろと命令を受けている以上例え動きの取れない相手であっても止めを刺す……いいな」
「う……うん……。分かったよ……」
本当はRE5-87君に無抵抗な相手の命を奪うような真似をして欲しくない。
けれど戦闘能力のない一般の信者ならともかく、かつてない程の強敵だったナミュラスへの止めを制止することはこれ以上できなかった。
ヴェントの兄としてすっかりメノス・センテレオ教団の教えに心酔し切ってしまっているRE5-87君だ。
身動きが取れない状態とはいえ僕達にとって危険度の高いナミュラスをあまり庇うような真似をすればこの場で仲違いしてしまう恐れもある。
「ヴァン……」
「……っ!。誰だっ!」
「あの子は確かヴァン君のルームメイトだった……」
「ラ……ラナリーっ!」
ナミュラスに止めを刺そうとする最中突如見知らぬ人物の声が聞こえて来てRE5-87君は慌てて振り返る。
そこにはテネリタース教団に潜入中僕のルームメイトであり、友達と呼べる程親身に接してくれたラナリーの姿があった。
「……っ!。そこに倒れているのはもしかしてナミュラスさん……。それに他のアイリッド騎士団の皆も……。これも全部あんた達メノス・センテレオ教団がやったってわけ……」
裏切り者であった僕への怒りのあまりここまで追って来たのだろう。
恐らく倒れている仲間の物を拾ってきたのだろうが、僕達への敵意を露わにするラナリーの手にはその幼い姿には似つかわしくない真新しい血に汚れた剣が握られていた。
そんなラナリーの姿を見て僕は焦りを露わにする。
別にラナリーに襲われることを恐れているわけではなかった。
怪我を負っている状態とはいえ特に訓練もいないまだ子供のラナリーの振う剣など僕に通用するはずがない。
心配しているのはラナリーの身の方だ。
如何に子供とはいえ武器を構えている相手にRE5-87君や他のメノス・センテレオ教団の仲間達は容赦しないだろう。
どうにかラナリーに武器を下ろさせなければRE5-87君達の手に掛かって命を落としてしまうことなりかねない。
ナミュラスとの戦いで負った傷の影響でまだまともに体を動かすことができず、自らの手でラナリーを取り押さえることは不可能だった。
僕は動けない状態で必死に声を張りラナリーに説得を試みたのだが……。
「お……落ち着いてっ!、ラナリーっ!。こんな光景を見せられて怒りを感じるのは無理ないことだけどまだ子供のラナリーがこんな戦いに巻き込まれる必要なんてないんだ。僕達に復讐することなんかより自分の命の方がよっぽど大事だろう。とにかく早く武器を下ろして何処か安全な場所に避難しておくんだ。誰でもいいからラナリー達の教団の大人の人を見つければ戦いが終わるまで守ってくれるはずだから」
「裏切り者のあんたにそんな心配されるいわれはないわよっ!。自分の命なんてどうだっていいっ!。私は絶対にあんたのこと許さないんだからっ!。……てやぁぁぁーーーっ!」
「駄目だっ!、ラナリーっ!」
「ちっ……」
「止めてっ!、ヴィンス兄ちゃんっ!」
「はあぁっ!」
「きゃあぁぁぁーーーっ!」
「ラナリィィィーーーっ!」
僕への怒りのあまり狂気に満ちた表情で迫り来るラナリーに対しRE5-87君の【地獄の業火】の炎が撃ち放たれる。
まだ子供のラナリーが【地獄の業火】の炎に対抗する術など持ち合わせているはずがない。
痛ましい悲鳴を上げながらラナリーは黒い炎により焼かれ死んでいった。
「馬鹿ぁぁーーっ!。ヴィンス兄ちゃんの馬鹿ぁぁーーっ!。ラナリーはまだ子供なのにどうしてそんなことするんだぁぁーーっ!」
焼かれ死ぬラナリーの姿を見せられて僕は酷く取り乱した様子で泣き叫ぶ。
内通者として潜入していた身とはいえラナリーは僕にとって大事な友達だった。
そのラナリーがソウルメイトであるRE5-87君の手に掛かって命を落とすなんて最も見たくなかった光景だ。
自身の無力感に苛まれた僕はその場で絶望に暮れていた。




