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第94話 クラースさん

 「ではあなた方メノス・センテレオ教団がテネリタース教団の殲滅を引き受けてくれるというのか、ヴェント殿よ」


 「はい、ユーカンシア国王陛下」


 僕達がテネリタース教団での工作任務を開始してから約3か月が経過した頃。


 ヴェントはテネリタース教団殲滅の許可を得る為ヴァリアンテ王国の国王ユーカンシアの元へと直談判しにやって来ていた。


 国王以外にも国の重鎮達が立ち並ぶ謁見の間でヴェントは懸命にテネリタース教団殲滅の正当性を訴える。


 「ふむぅ……皆はヴェント殿の申し出をどう思うか?」


 「我が国に災いを齎す勢力を葬り去ってくれるとは誠有難い限りでございます。是非ともヴェント様の申し出を御受けになさって下さい、陛下」


 「そうだな……。テネリタース教団の行いのせいで民の不安も強まっておることだしここはヴェント殿とメノス・センテレオ教団の方々に任せることにするか」

 

 「お待ち下さいっ!、陛下っ!」


 「んん?。どうかしたか、リヴェラよ」


 この場に集められた重鎮達の中には対魔王アークドー軍合同部隊の時に総司令官を務めていたリヴェラさんもいた。


 何やらテネリタース教団の殲滅に関して意見があるようだが……。


 「テネリタース教団側の言い分も聞かずに殲滅を決定してしまうのは如何なものでしょうか。黒い涙についてはテネリタース教団側は何者かの工作によるものだと主張しております。まずは然るべき調査を行った後に対応をお決めになった方が良いのではないでしょうか」


 「ふむぅ……なる程のぅ……。リヴェラの意見にも一理あるか……」


 「いえっ!。調査など悠長なことをしていては手遅れになる恐れがありますっ!、陛下っ!。テネリタース教団が我が国の治安を脅かす存在となっているのは事実なのですから躊躇する必要はありませんっ!」


 「対応が遅れると我々に対しても民からの批判が飛び火してくるとも限りません。何卒ここは迅速なご決断を」


 「それに万が一本当にテネリタース教団が世界の破滅でも企てていたらどうするのですかっ!。テネリタース教団の信仰にそのような力があるなどとは信じておりませんが我が国内で破滅主義者共が蔓延るようなことがあれば厄介な事態となりますぞ」


 「確かにいくら宗教に対して寛容な私でも世界の破滅を望む思想等を広められたらたまったものではない。やはりここはヴェント殿にお任せして早急に対処して頂くことにしよう。それではあなた方メノス・センテレオ教団の御厚意に甘えさせて頂いてよろしいですかな、ヴェント殿」


 「勿論です。それでは朗報をお待ちになっていて下さい、陛下」


 リヴェラさん方が最もな意見を述べているように思えるが結局国王には聞き入れて貰えず、ヴェントや『味噌焼きおにぎり』の連中の思惑通りに事が運んでいるがそれもそのはず。


 この場に集まる重鎮達の半分以上は既にメノス・センテレオ教団によって懐柔されてしまっているのだ。


 リヴェラさん1人の力で国王の考えを改めさせることなど到底できはしなかった。


 ヴァリアンテ王国に仕える者達の中にも段々と自分達の国がメノス・センテレオ教団に牛耳られていることに薄々と気付いている者も多々いるはずだろうが、ヴェントやSALE-99達の周到な工作にただ手をこまねていることしかできなかった。


 「はぁ……どうしてこんなことになっちゃったんだろうね……」


 「それは何処かの誰かが私達テネリタース教団を潰そうとしてるからよっ!。シオン様も仰ってたでしょ。私達が布教活動の際に行った儀式に参加した人たちが流した黒い涙は只黒インクが混ざっていただけで決してその人達に涙に悪意が込められていたわけじゃないって。きっと他の宗教組織が私達テネリタース教団を陥れる為に人々の涙に黒インクを混入する工作をしてるんだわ」


 「だ……だけど涙を流してる最中に周りの人達に気付かれずに混入するなんて無理なんじゃないかな。私も一般の参加者達が黒い涙を流す現場にいたけど怪しい人は見当たらなかったよ」


 「それは多分涙を流す前に予め参加者達の涙腺に黒インクを仕込んであるのよ」

 

 「る……涙腺にインクを仕込むことなんてできるのかな?」


 「分かんないけど多分相当高度な魔法を使って工作を行ってるのよ。とにかく私達は何にも悪いことなんてしてないんだからそんなに落ち込まなくていいの、ターナ」


 「う……うん……。ありがとう、ラナちゃん」


 「だけど早くその工作をしてる犯人を見つけ出してくれないとヤバいことになるぜ。噂じゃあヴァリアンテ王国が俺達テネリタース教団の殲滅を画策してるって話だ」


 「そんなっ!。私達は何にも悪いことしてないのにどうしてそんなことになるのよっ!」


 「仕方ねぇだろっ!。黒い涙を流した連中は皆俺達のせいだと思ってヴァリアンテ王国に訴えているんだから。テネリタース教団の教義の中には黒い涙は世界を破滅へと導くとされてるしもう俺達のことを単なる破滅主義者の集まりとでも思ってるんだろ」


 「そ……そんな……。私達は世界の平和を思ってずっと活動してきたのに破滅主義者だなんて酷すぎるよ……。うっ……うっ……」


 「泣かないの、ターナ。ティアリス神様……どうか無実の我々を御救い下さい。そして私達を陥れようとしている不届き者に裁きを……」


 教団に対して世間から浴びせられる風評に対し強い不安や悩みを抱えた様子で話すラナリー達。


 同じ部屋のルームメイトである僕はそんな光景を見兼ねてベッドの中にうずくまって寝たふりを決め込んでいた。


 早くこんな辛い任務終わってくれ。


 ベッドの中でそう心の中で叫ぶ僕であったが明日からもまた変わらず布教活動へと訪れた街で工作任務を行っていく。


 「よしっ!。それじゃあ今日もしっかりと儀式に参加する人達の涙腺に黒インクを注入していくかっ!」


 それから何日かして僕達はティアリステッラから遠く南のヴァーミリウスの街へと布教活動をしに訪れていた。


 今回もまた工作活動を行う為深夜に参加者達の家に忍び込んでいる。


 この前は落ち込むラナリー達を見ていれないと言っていたのに今の僕は非常に高いテンションで工作任務に臨んでいるのだがそれには理由があって……。


 「おいっ!、あんまりデカイ声出すなよっ!、ヴァンっ!。折角深夜に忍び込んできているっていうのに寝ている奴等が起きちまうだろうがっ!」


 今回は僕と同じくテネリタース教団に内通者として潜入しているクラースさんも同じ街の布教活動の担当になった為に僕の任務に同行してくれていた。


 ヴェント達から信頼を得る為メノス・センテレオ教団の仲間であるクラースさんにはいつものように自分の行いに悲観している様を見せるわけにはいかなかったんだ。


 「えーっと……寝室はこの部屋かな。確かこの家には若い夫婦にまだ小さい子供が1人の3人が暮らしていたはずだけど……」


 物音を立てないようクラースさんと共に忍び足でこの家の住民が寝ているであろう寝室へと向かって行く。


 寝室へと辿り着くとそこには一番最初にこの工作を行った時と同じく若い夫婦とその子供と思われる可愛らしい女の子が間に挟まれて眠っていた。


 これまで工作を行って来てこういう割と頻繁にこういう幼い子供のいる若いカップルに遭遇するのだけれど、結婚して子供ができると宗教に興味を抱く傾向の人が多いということなのだろうか。

 

 確かに子供に幸せな人生を送って貰おうと思ったら世界が平和であることが一番なりよりだ。


 けれど僕の工作によりこれだけ世界の破滅を目論んでいるとの悪評が広がっても尚このような人々が儀式に参加してこようとはまだテネリタース教団の評判は完全には失墜していないらしい。


 「よし……それじゃあまずは父親の方から……」


 「止めろ……」


 「……っ!」

 

 これは一体どういうことだろうか。


 クラースさんの手前手慣れた様子で工作任務を行おうとする僕だったが、突然に強い戦慄を感じ思わず体が直立してしまう。


 まるで体の奥から僕ではない何かが這い出てこようとしているような感覚だ。


 突然の事態に戸惑う僕だったが以前に同じような感覚に襲われたことがあることを思い出した。


 それはまさにヴェントやSALE-99達『味噌焼きおにぎり』の連中から洗礼の儀の魔法を受けた時と同じもので……。


 「(こ……これってまさかっ!。ベルっ!、ベルルっ!)」


 「(そのまさかなのっ!。今LA7-93の肉体に前にヴェントやSALE-99に洗礼の儀の魔法を掛けられた時と同じ症状が起こっているなのっ!)」


 「(起こっているなのっ!)」


 ヴェント達『味噌焼きおにぎり』の連中によって洗礼の儀を施された者はその発動時精神を完全に掌握され術者の意のままに動く操り人形と化してしまう。


 【転生マスター】である僕には洗礼の儀の魔法の効果が及ぶことはないが、魔法が発動された際の予兆は感じ取ることができる。


 僕の肉体の細胞に転生しているベル達の確認も取れたので現在僕の身に洗礼の儀の魔法が発動されていることは間違いない。


 しかしながらこの場には洗礼の儀の魔法を発動することができると思われるヴェントやSALE-99、僕達の知る『味噌焼きおにぎり』のメンバーはいないはずだ。


 ならば一体誰が僕達に洗礼の儀の魔法を発動させているのか。


 そう思われる人物は今僕達のすぐ側にいた。


 「………」


 「(ま……まさかクラースさんが僕達に洗礼の儀の魔法を……。まさかクラースさんも只メノス・センテレオ教団の信者というわけでなく『味噌焼きおにぎり』の連中の仲間だったっていうのかっ!)」


 「(分からないけど魔法を発動させたのはクラース以外に考えられないなのっ!。とにかく僕達が【転生マスター】だと悟られない為にも前と同じように魔法に掛かっている振りをして様子を窺うなのっ!)」


 「(様子を窺うなのっ!)」


 「(わ……分かった)」


 ベル達の指示に従い一先ず僕は前回と同じように魔法に掛かっている振りをすることにした。


 しかしクラースさんは一体どういうつもりでこの場で僕に洗礼の儀の魔法を発動させたのだろうか


 忠実に任務をこなしている姿を演じているつもりだったのだが、もし僕の行動に何処か怪しく思われてしまう点があったのだしたら不味いことになるかもしれない。


 「もう止めるんだ……ヴァン。人一倍思い遣りのあるお前の魂が本当にこんなことをしたいと思っているはずはないんだぞ……」


 えっ……。


 クラースさんの口から言い放たれた唐突な言葉に心の中ではあるが思わず戸惑いを露わにしてしまう。


 もう止めろというのは今僕が行おうとしている工作任務のことを言っているのだろうが、僕と同じでメノス・センテレオ教団の信者としてヴェントから正式に任務を受けてるクラースさんがどうしてそんなことを言うのだろうか。


 更に気になるのは次のお前の魂(・・・・)という言葉。


 魂のコードネームのように具体的な内容を話したわけなので確かなことは言えないがまるでクラースさんも霊界について知っているような口振りだ。


 あくまで転生中の世界のおいての概念でという言葉を口にした可能性もあるが、洗礼の儀の魔法の発動を許可されていることからも考えてやはりクラースさんも【転生マスター】の力を持つ『味噌焼きおにぎり』の連中の仲間なのだろうか。


 只それにしてはまるで任務に心を痛めている僕の魂を思い遣っているような口振りなのが気になるが……。


 「(な……なんだ……。一体クラースさんはどういうつもりで僕にこんなことを言ってるんだろう)」


 「(分かんないけど僕達のことを嵌めようとしている可能性もあるんだしとにかく操られている振りを続けるなのっ!)」


 「(続けるなのっ!)」


 「はぁ……今更こんなことをして一体何になるってんだ。俺って奴は本当に馬鹿で愚かでどうしようもねぇな……」


 「(あ……あれ?。ねぇ、もしかして今僕の洗礼の儀の魔法が解けた?、ベル、ベルル)」


 「(そ……そうみたいなの……。僕達を【転生マスター】だと暴く為に何かしてくるつもりだと思ったのにちょっと拍子抜けなの……)」


 「(ひょ……拍子抜けなの……)」


 「(そうだね。でもこれでもう洗礼の儀に掛かってる振りはしなくていいってことだよね?)」


 「(うんなの。でも洗礼の儀が解けた後の僕達の反応を見る作戦かもしれないからちゃんとそれらしい振舞いをして気を付けるなの)」


 「(気を付けるなの)」


 「(何も知らずに洗礼の儀の洗脳から解けた振りをしろってことだよね。了解)」


 「あ……あれ……?。な……なんだか一瞬意識が飛んでたような……。ねぇ、今僕の身に何か起きてなかった?、クラースさん」


 「いいや。いいからさっさと任務を終わらせちまえよ、ヴァン」


 「う……うん……」


 洗脳が解けた後の演技も完璧でどうやらクラースさんに不審に思われている点はなさそうだ。


 それにしてもさっきのクラースさんは一体何がしたかったんだろう。


 何だか僕以上にテネリタース教団を陥れることに気が引いてる様子だったけど、クラースさんも信者としての務めとはいえ本心ではあんまり不徳な行いはしたくないと感じているのだろうか。


 けれどそのような半端な考えを持つ者にヴェント達が洗礼の儀の発動の権限を与えているとは思えないし、やっぱりクラースさんに転生している魂も『味噌焼きおにぎり』の連中の何らかの繋がりがあると考えるのが自然に思えるけど……。


 クラースさんの不可解な行動に対する疑問に意識が向いてばかりだがどうにか今回も夜が明ける前に全ての参加者達に工作を済ませることができた。


 テネリタース教団の悪評も順調に高まりこのままいけば近いうちにヴェント達による武力行使が開始されることになるだろう。


 だがテネリタース教団側もそう易々と武力行使を許すわけにはいかず僕の工作を暴こうと色々と画策していることをこの時の僕は知る由もなかった。

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