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第93話 工作任務

 「ふぅ……本当にやるしかないんだよね」


 リーンツェルさんから任務に使う黒インクを手渡されてから1週間後。


 遂にテネリタース教団への第1回の工作任務を決行する日がやって来た。


 現在僕達はテネリタース教団の信者として布教活動を行う為にティアリステッラから遠く南のウォーマルドの街へと赴いている。


 ティアリス城から日帰りで行ける距離ではない為翌日から宿を取ってウォーマルドの街に滞在していた。


 そして深夜を回り街中の皆が静まり返った今。


 僕はリーンツェルさんから受け取った黒インクの入った小瓶を手にウォーマルドの街の住宅の1つへと忍び込んでいるところであった。


 この家の住民は明日僕達が行うテネリタース教団の儀式への参加を予定している者達だ。


 月明りがほんのりと照らすだけの薄暗い寝室の中、僕の目の前では大きなベッドの上で1組と男女のカップルとその間に挟まれてまだ3歳にも満たないような可愛らしい男の子が眠っている。


 恐らく両親とその息子だろう。


 とても幸せそうに眠るこの家族に僕は今から明日の儀式で黒い涙を流して貰う為の工作をしなければならない。


 工作の内容は至って簡単なもので僕の『注射器魔法シリンジ』の魔法の『注入インジェクト』の能力を使ってこの人達の涙腺に黒インクを仕込んでおくだけ。


 それで儀式で涙を流す際に黒色の涙を流すようになる。


 特別な魔力を秘めている品というわけでもない只の黒インクを注入しておくことなど今や問題なく戦闘に用いることができるまで『注射器魔法シリンジ』の魔法を使いこなせるようになった僕にとっては造作もないことであった。


 しかし僕は何度も覚悟したはずにも関わらず、未だに良心の呵責から抜け出せずに幸せそうな表情を浮かべて眠る家族に対し何も手出しできずにいた。


 工作作業は彼等を起こさないままものの数秒で済むはずなのに……。


 「(もおぉぉーーっ!。ここまで来てうじうじしてるんじゃないなのぉーっ!、LA7-93っ!。工作をしないといけない住民達はまだ大勢いるんだし急がないと夜が明けちゃうなのぉーっ!」


 「(明けちゃうなのぉーっ!」


 「(わ……分かってるよ。だけど僕の行いのせいでこの街の住民やテネリタース教団の信者達が酷い目に遭うと思うと……)」


 「(だけど『味噌焼きおにぎり』の連中に取り入る為には仕方ないなの。僕達だって辛いのは同じだけど……。もしこの任務が成功した暁にはヴェントやSALE-99からもかなりの信頼を得られるだろうしPINK-87達を助ける為にも心を鬼にするなのっ!)」


 「(鬼にするなのっ!)」


 「(くっ……でもこの幸せそうに眠る家族の人生が僕のせいでぶち壊しになっちゃったら……)」


 「(その時は霊界に帰ってから転生していた魂に死ぬ程謝って許して貰えばいいのなのっ!。僕達は【転生マスター】なんだからそれくらいの心意気を持たなきゃいけないなのっ!)」


 「(いけないなのっ!)」


 ……っ!。

 

 幸せそうに眠る家族を前にいつまでも煮え切らない態度を続ける僕だけどベル達の言葉にハッとさせられる。


 霊界に帰ってから謝ればいいなんて【転生マスター】ならではの考え方だ。


 もし自分がとても許されざる罪を犯してしまったというなら潔く閻魔大王に地獄送りにされてしまえばいい。


 そんな風に考えるとこれから僕が行おうとしている悪行に対しても少しは気持ちは楽になった。


 「(そっか……そうだよね。僕達は他の転生中の魂と違って霊界に帰れば全ての罪を償う為の術が用意されていることを知ってるんだからもっと大胆な行動をできるようにならないと……。この人達の人生の幸せを願うならヴェント達『味噌焼きおにぎり』の連中の野望を阻止することこそ僕達の使命だ。最悪霊界に帰って閻魔大王に地獄行きにされる覚悟でこの人達に犠牲になって貰おう)」


 「(心配しなくても僕達の行いに悪意がなかったことはこの魂達にもちゃんと分かって貰えるはずなの。まぁ、僕達が【転生マスター】であることを知られちゃいけないからちょっと説明は難しいかもしれないけどなの)」


 「(しれないけどなの)」


 「(私も全力でマスターの弁明をさせて頂きますっ!。ですのでどうか『味噌焼きおにぎり』の連中を打倒すことを一番の優先にして行動なさって下さい)」


 「(分かったよ。皆のおかげで僕の覚悟もようやく固まった。そうと決まれば夜が明けない内にさっさと作業を済ませてしまおう)」


 アイシアとベル達に説得されてようやく決意することができた僕は今目の前で眠っている家族、それから他の儀式に一般参加する予定の者達の家を周り『注射器魔法シリンジ』の魔法で黒インクをその涙腺へと注入していく。


 当日になって欠席する者達も何人かは出てくるだろうが、僕が黒インクを注入した内の半分の者達でも儀式に出席して黒色の涙を流せばテネリタース教団の悪評は一気に広まるはずだ。


 そして翌日。


 工作作業を終えた僕は何食わぬ顔でテネリタース教団の信者としての仲間であるラナリー達と合流し共に儀式へと参加するのだった。


 「う……うわぁぁっ!。な……何だっ!、これはっ!」


 「わ……私の目から黒い涙が……。一体どうなってるのっ!」


 僕の工作を受けて儀式に参加した者達が自身の目から流れる黒い涙に酷く動揺し混乱のあまり騒ぎ立つ。


 皆自分の身に起きた異常に不安で仕方ないという様子だ。


 そしてその不安はすぐに今回の儀式を行った僕達テネリタース教団に対する疑念へと変わり凄まじい批判が浴びせられる。


 「これは一体どうなってるんだっ!、テネリタース教団さんよっ!。涙を流す儀式だとは聞いてたが黒い涙が出るとは聞いてないぜっ!」


 「本当よっ!。こんな得体の知れない涙なんか流させて私達の体は大丈夫なんでしょうねっ!」


 「そ……それは……」


 思い掛けない事態であったことは僕以外のテネリタース教団の信者達にとっても同じであり、皆一般の参加者からの激しい苦情に言葉を詰まらせていた。


 教皇であるシオンですらまとも対応することができていなかったのだ。


 何の説明もなされないまま騒ぎは大きくなる一方で次第に収拾がつかなくなっていく。


 「ちょっと待って……。テネリタース教団の教義の中にはこの黒い涙に関するものもあったんじゃなかったかしら。確か悪意の込もった黒い涙は世界を救済ではなく破滅へと導くものだって……」


 「なんだってっ!。それじゃあこいつ等は俺達に黒い涙を流させて世界を破滅させようとしてるってことかよっ!」


 「い……いえっ!。決してそのようなことは……。私達は意図してあなた方に黒い涙を流せてはおりませんっ!」


 「はぁっ!。なら俺達が元々世界を破滅させる涙を流すような悪意を持った人間だって言いたいのかよっ!。ふざけんじゃねぇっ!」


 「そ……それは……」


 「こんなの絶対あなた達が儀式の際中に何かの魔法で私達の体に細工をして流させたに決まってるわっ!。テネリタース教団の良い評判を聞いて折角儀式に参加しに来てあげたのに最低よっ!」


 「わ……私達にも皆様方の身に何が起こったのかまるで分からないのですっ!。お願いですから少しだけ調べる時間をくださいませんかっ!」


 「そんなのあんた等の方で勝手にやるがいい。どちらにせよもうこんな儀式なんてやってられないから俺はとっと家に帰らせて貰うぜ」


 「私もよっ!。あなた達のせいで折角の休日が台無しになってしまったわっ!」


 「悪いがワシも帰らせて頂く。それからこのことはヴァリアンテ王国にも報告させて貰うからの。王国から許可が出るまではもうこの街であんた等の儀式は行わんでおいてくれ」


 「分かりました……」


 「シ……シオン様……」


 「仕方ないわ、ラナリー。参加された皆様のお怒りは最もなことだもの。私達は何故皆様が黒い涙を流したのかその原因の調査に努めましょう」


 「はい……」


 テネリタース教団の皆が意気消沈した様子で儀式を行う為に借りていた会場を後にして行く。


 会場に残された一般の参加者達が流した黒い涙を回収し調べた結果只の黒インクが混じっていただけとすぐに判明したようだが、そのような説明をしたところで儀式に参加した者達で誰も納得するものはいなかった。


 涙腺に黒インクを注入するのを一般の参加者達に絞ったのは正解だったようだ。


 その後も僕達はテネリタース教団が布教活動の為の儀式を行う度に一般の参加者達に黒い涙を流させテネリタース教団の悪評はあっという間に広まっていく。


 遂には領内な宗教勢力に対して寛大な対応を取っているヴァリアンテ王国でさえもテネリタース教団を危険視するようになるのにそう時間は掛からなかった。

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