第9話 深海の騎士
深淵の暗闇から禍々しい殺気を放ちこちらの様子を窺っている者がいる。
その視界の先には眩くも淡い光を包み込む透明なベールのようなものがゆったりと水の中を漂っていた。
暫く静寂を保った後完全に己の気配を消し去ったところでその者は暗闇の中から一気にその光へと襲い掛かっていき……。
「やったっ!」
深海の暗闇の中1匹の巨大な魚が光を放つクラゲの姿の生物へと食らい付きそれと同時に絶命する。
その亡骸となった魚のすぐ側で僕は喜びの声を上げていた。
「やりましたね、マスター」
「うん。上手く魔法も使うことができたしこんなに大きな獲物を捕らえることもできたよ。新鮮な内に早く食べよう」
僕と同じ種族の生物を観察し終えて間もない頃。
僕は早速その生物が使用していたのと同じ光を放つ自身の幻影を生み出す能力を試していた。
これまではどんなに頑張っても自分の中に眠る魔力と思しき力を引き出すことはできなかったけどどのような能力かさえ分かれば何のその。
そのイメージを思い浮かべるだけで簡単にどうようの魔法を発動させることができた。
その後もその生物の行動を真似て少し距離を置いたところから生み出した幻影の様子を窺っていると暫くしたところで黒光りの鱗を持つ大型の魚がその幻影と食らい付いて来た。
その魚は僕と同種族の生物を観察していた時と同様にまるで感電死したかのようにその場で命を落としてしまう。
恐らくこの生物の生み出した自身の幻影を作り出すトラップの魔法は雷属性の性質を秘めているのではないだろうか。
敵を誘い出す為の光に関しては光属性の魔力が使われているのかもしれない。
『地球』の世界で散々見漁ったファンタジー作品の内容を思い出して色々と予想してみる。
「はぁ~、美味しかった。あれだけ食べれば暫くは食事を取らなくても活動できそうだね。折角だしお腹が一杯の間にもう少し離れたエリアを探索しに行こうか」
「はい、マスター」
これまでにない大物を得たことで暫くは活動に支障をきたさないだけのエネルギーを確保することができたと判断した僕はアイシアを連れて未知のエリアの探索へと乗り出していく。
未知のエリアと謂っても変わり映えのない深海の冷たい暗闇の光景が延々と続くだけだがもしかしたら何か新しい発見を得られるかもしれない。
「マスターっ!。あそこに何やら巨大な光が発しているのが見えますっ!」
「本当だっ!。こんな海の底にどうしてあんな光が……。もしかしてまた僕と同じこのクラゲの生物があの幻影を生み出す魔法を使っているのかな」
「それにしては光の規模が違い過ぎると思うのですが……」
「ふむぅ……。ちょっと近くに行って確認してみようか」
深海の暗闇の先に眩い光が灯っているのが見える。
距離感が掴みづらい暗闇の中の光景ではあるが、少なくともその光は僕の幻影の魔法が作り出す光より遥かに大きいように思える。
暗闇の中にちょっとした光のドームの空間でもできているみたいだ。
気になった僕はアイシアを連れ慎重な姿勢でゆっくりとその光の元へと接近していく。
「……っ!。な……なんだ……この揺れは……」
光に接近するに伴って水の中を大きな震動が伝わって来ているのが感じ取れた。
地震のように小刻みなものではなく1つの衝撃が塊となってぶつかってきているような感覚だ。
まるで水の中を巨大な何かが蠢いているかのように光のある方から凄まじい水流が巻き起こっている。
これ以上接近するのは危険かとも思ったのだが、何が起きているのか好奇心の方が勝った僕達はなるべく岩陰に身を寄せながら光の方へと再び進み出して行く。
「グオォォォォォッ!」
「はぁっ!」
「あ……あれはっ!。もしかして人間っ!」
光の元へと辿り着くと何とそこには1人の人間の姿をした者がいた。
しかもどうやら人間の女性の姿をしているようだ。
水流に揺られる淡い水色の髪を靡かせ凛々しい表情で剣を握るその女性は水中を自在に蠢く巨大な蛇……というよりは竜のように猛々しい姿をした怪物と戦っている。
しかし何故人間がこのような深海にいてその上何の問題ない様子で活動できているのだろうか。
いや……。
ここは『地球』の世界じゃないんだし人間が水中で活動できていたとしても不思議じゃないしそもそも人間の姿をしているというだけ全く別の生物なのかもしれない。
「……っ!。しまった……。光源魔法の出力がもう……」
辺りを照らしていた光だがどうやらその騎士の女性の魔法によって生み出されたもののようだ。
竜の怪物と戦う女性の周りを常に小さな光球が付いて移動していたのだが、その光球が小さくなると共に段々と辺りを照らす光が弱くなっていく。
察するにあの光球が完全に消え去ってしまえばこの周囲を照らしている光も消えて暗闇へと包まれてしまうのだろう。
最も光が無くなったところで僕達は元々深海に暮らす生物。
光の届かない完全な暗闇に包まれたこの深海でもある程度の視覚は働かせることができる。
けれど竜の怪物と戦う女騎士の様子を見る限り彼女はそうではないようだ。
恐らく彼女の方は僕達程暗闇での視界が利かないのだろう。
光が弱くなるつれて明らかに動揺しているのが見て取れる。
このまま戦いは怪物の勝利に終わり彼女はその餌食となってしまうかと思われたのだが……。
「グオォォォォォッ!」
「ふぅ……仕方ない。どうやら本気を出すしかないみたいね。……破壊の光っ!」
……っ!。
まさに一瞬の出来事だった。
暗闇の中まともに視界も働かず怪物の餌食となり掛けた女騎士の手元から突然強烈な光が放出され敵の怪物を一瞬にして葬り去ってしまったのだ。
その光は先程まで辺りを照らしていたものはわけが違う。
まるでレーザーやビームでも撃ち放ったのかと思える程強烈な威力を誇っていた。
「す……凄いですね、マスター。完全にやられてしまうと思っていたのにあの巨大な竜の怪物を不思議な光で瞬く間に葬り去ってしまいましたよ。あれも魔法の力によるものなのでしょうか」
プルプル……。
「マスター?」
「うおぉぉぉーーっ!。そうだよっ!。あれこそ僕の思い描いていた魔法そのものだっ!。やっぱりこの世界では『地球』の世界では空想でしかなかったものが実際に使えるんだっ!。僕も早く幻影を作り出すだけの地味な魔法がじゃなくてあんな凄くて格好いい魔法が使ってみたいっ!」
「ですが今の我々の転生している器では難しいのではないでしょうか。今の魔法を撃ち放った者は人間と思しき姿をしていましたよ」
「だったら僕も早く人間に転生しないとっ!。こんなところでのんびりしてないで早く貢献度を稼ぎに行くよっ!」
「しかしまだ今回転生したこの生物についてどのような活動を行えば貢献度を稼ぐことができるのか分かっておりません」
「そういう時はとにかく僕達生き物が生きる為に与えられた最も原初的な行動……乃ち食べることに集中すればいいんだよ。食べた獲物を胃で消化して排泄物として再び外に排出する。そうすることで自然に世界の循環に貢献することができるはずだから」
「なる程」
先程の激闘に興奮の収まらない僕は気合を入れ直して今自身が転生している生物としての活動に取り組んでいく。
活動と謂っても今の僕にできるのはとにかく食べて食べて食べまくることだけだ。
先日覚えた幻影の魔法を駆使し多くの獲物を捕食しながら僕達はこの深海での日々を過ごしていく。
次こそは人間へと転生できることを夢見ながら……。