第87話 新たなる家族
「おぎゃあっ!」
ある晴れた日の病室。
僕達の目の前で1つの生命が産声を上げる。
キリっとしていながらも丸みのある穏やかで真面目そうな目付きが印象的なとても可愛らしい男の子の赤ん坊だ。
あまりがっつかず、PINK-87さんに抱き抱えられた腕の中でとても行儀の良い仕草でお乳を貰っている。
「お~よちよち。ヴォルンちゃんはお乳の飲み方がとてもお行儀が良いでちゅね~。そんな風にゆっくりとした間隔で飲んで貰えるとママも楽で助かるわ~」
その赤ん坊の名はヴォルン・サンクカルト。
たった今PINK-87さんが出産したばかりの僕達の新しい家族だ。
僕にしてみれば今回の転生で初めてできた弟ということになる。
「とっても可愛い赤ん坊だね。ちょっと手を握ってみてもいいかな?、母さん」
「いいわよ~。だけどあんまり力を込めず優しく握ってあげてね」
「分かった……。よろしく~、ヴォルン。僕は君の兄ちゃんのヴァンだよ~」
「きゃふっ♪」
「笑ったっ!。今確かにヴォルンが笑ったよねっ!、母さんっ!。それに僕が握った方の手を振ってもくれたよっ!」
「ええ。きっとヴォルンの方もこれからよろしくねって言ってるんだわ~」
今から8か月前、アイシアがメノス・センテレオ教団の本部の地下へと侵入した直後にPINK-87さんがヴォルンを妊娠していることが発覚した。
侵入から帰還したアイシアが色々と『味噌焼きおにぎり』の連中の情報を持ち帰ってくれた後、僕達はBS1-52君と相談しクロイセン神父を通じてミーズ・ニーズ教団との協力を図ること決める。
しかしまだクロイセン神父以外とのミーズ・ニーズ教団に所属する人物とは接触できていない。
どうやら不用意に接触を図ることで僕達が内通者であるとメノス・センテレオ教団にバレることを恐れているようだ。
クロイセン神父を通してミーズ・ニーズ教団からの指示も僕達に伝わっているが暫くは表立った行動を起こさず、メノス・センテレオ教団からの信頼を得ることに集中しろとのことだった。
10年以内にメノス・センテレオ教団がこのウィンドベル村の地下の施設と何処かに幽閉されているシャナ神を使って世界の覇者となれる程の大規模な魔法を発動させようとしているという情報はクロイセン神父を通して伝わっているはずだが、より詳細に計画の内容を知る為に僕達にメノス・センテレオ教団でより高い地位に就いてくれることを期待しているらしい。
確かにメノス・センテレオ教団内での地位が上がればこの前のように危ない真似をして立ち入り禁止のエリアに侵入する必要はなくなるだろうが、これ以上の情報を得るのは余程の地位に就かなければ難しい。
末端でも構わないから『味噌焼きおにぎり』の計画に直接関われるような立場になる必要があるだろう。
その為にはヴェント達に僕がより使える人材だということを示さなければならなかったのだが、PINK-87さんの妊娠が発覚した為僕は暫く教団の活動から離れて妊娠中のPINK-87さんの生活のサポートに徹していた。
ヴェントとしても教皇としての立場で忙しい自分が家の事情に携わることができない以上僕には教団の活動よりそちらを優先して貰うことを望んでいたのだろう。
『味噌焼きおにぎり』のリーダーでありながらも【転生マスター】でないヴェントは僕やPINK-87さん達、家族に対して少なからずの絆を感じている様子だったから。
「おぎゃあっ!、おぎゃあっ!」
「お~よちよち~。そんなに泣いて一体どうしたんだ~、ヴォルン~。オムツを替えて欲しいのか~」
PINK-87さん達とソウルメイトを組むようになってから僕は家族の末っ子に生まれてばかりだった。
唯一の兄弟関係であるRE5-87君が僕の兄さんとして転生するようソウルメイトとして組んでいるのだからそうなるのも仕方の無いことだ。
アイシアに関しては今回のように双子か妹として転生することがほとんどだったんだけど、僕と同じで【転生マスター】の力を持っている為アイシアに対しては如何に兄妹として生まれようと自分の魂の従者としての感覚しか抱くことができなかった。
そんなこともあってか僕は【転生マスター】となって以来、初めてできたちゃんとした弟であるヴォルンに対しすっかりと兄心が芽生えてしまっていた。
その世話の焼き程たるや両親であるPINK-87さんとMN8-26さんを完全に上回ってしまう程だ。
ヴォルンが生まれて以来『味噌焼きおにぎり』の連中への対抗策についても完全にないがしろにしてしまっている。
オムツを替えるだけでなく母乳を上げる以外のことは全て僕が面倒を見ていたと謂っても過言ではない。
それだけ感情移入しているだけあってヴォルンがハイハイができるようになった際の感動ぶりも凄まじいものだった。
まるで自分こそがヴォルンの親なんだと謂わんばかりに村中の皆にヴォルンのことを触れ回ったものだ。
現在はヴォルンが生まれてちょうど4か月が経ったところ。
ヴォルンがハイハイができるようになったのが生後3か月が経ったころだから普通の赤ちゃんに比べて大分時期が早い。
僕は恐らくヴォルンに転生した魂が【成長速度上昇】の転生スキルを高いレベルで取得しているんだろうなと考えていた。
折角そんな高い成長速度を誇っているんだったら僕も思いっ切り協力してあげようと思い、一緒にボール遊びをしてヴォルンに体の使い方をもっと良く教えてあげる。
「よしっ!、ヴォルンっ!。こっちっ!」
「だぁっ!」
「ナイスぅ~っ!。滅茶苦茶上手だぞ~、ヴォルン~♪」
ハイハイでボールを転がして運ぶどころか座った状態で50センチぐらい離れた僕に向かって見事にボールを投げ渡してくる。
僕のところまでノーバウンドで届かせる程の力があるだけでなくコントロールも抜群だ。
そんなヴォルンの成長を僕は自分のことのように喜びを露わにしていた。
「まだ生まれて4か月だっていうのにヴォルンの成長力は凄まじいね。この調子なら魔法だって直に使えるようになっちゃうんじゃない。もしかしたらヴェント兄ちゃんより凄い魔法の使い手になれちゃうかもしれないよ。ヴォルンが魔法を使えるようになった暁には特別に僕の『注射器魔法』の魔法を教えてあげちゃおうかな~」
「(もうぉ~っ!。ヴォルンヴォルンって流石にいい加減にするなの~っ!、LA7-93っ!。『注射器魔法』の魔法を教えるだなんてもしヴォルンにも『味噌焼きおにぎり』の仲間の魂が転生していたらどうするつもりなのっ!)」
「(どうするつもりなのっ!)」
「(えっ……そ……そんなまさか。確かにヴォルンは僕達のソウルメイトではないけどいくらなんでもまた僕達の家族に『味噌焼きおにぎり』の連中が転生してくるなんてことは……)」
「(この家には『味噌焼きおにぎり』のリーダーであるヴェントことVS8-44が転生してきて、この村は『味噌焼きおにぎり』が裏で手を引くメノス・センテレオ教団の本拠地となっているんだよなの。転生した魂はより縁の強い魂を呼び寄せるのだからヴォルンどころかこの辺り一帯の村や街中に『味噌焼きおにぎり』の仲間達がどんどん転生してきていると考える方が自然なの)」
「(自然なの)」
「(うっ……だけど折角できた可愛い弟までまた『味噌焼きおにぎり』の仲間だなんて考えたくないよ。可能性が高いにしてもそうと決まったわけじゃないんだし兄としてヴォルンのことを大事にしてあげたい)」
「(一応弟であることにも変わりはないんだから大事にするのは別に良いことだとは思うんだけど、今僕達がやらなきゃいけないことをなおざりにしてまで構うのは間違っているなの。妊娠中のPINK-87をサポートしてあげるのは仕方なかったにしても、もう出産が終わってから4か月も経ってるんだからもうヴォルンのことはPINK-87に任せておくべきなの。僕達は『味噌焼きおにぎり』の連中に取り入る為にメノス・センテレオ教団の活動に本格的に取り組んでいくはずじゃなかったのなのっ!)」
「(なかったのなのっ!)」
「(私も恐れながらベル達の意見に同意します。ヴォルンの兄としてのマスターの責任感は素晴らしいと思いますが今の我々には他のことに目移りしている余裕はありません。『味噌焼きおにぎり』の計画は後10年以内に結構されてしまう可能性が高いのですからそれまでにどうにかして対策を講じないと……)」
「(わ……分かってるよ。だけど『味噌焼きおにぎり』の連中に取り入ろうとするってことは連中の手助けをするってことだろ。ただ手助けをするだけならともかく、連中と共に不正を行うよう命じられて罪のない人々に危害を加えるような真似はしたくはないよ。この前のヴァリアンテ王国の対魔王アークドー軍合同部隊みたいに僕僕達人間の明確に敵対しているような相手なら臨むところだけど……)」
僕がヴォルンにかまけてばかりいるのは単にヴォルンのことを可愛く思っているからというだけではなかった。
今の僕達の目的は更なる情報を得る為にメノス・センテレオ教団、それを裏で操る『味噌焼きおにぎり』の連中へと取り入ることだったが、その為には当然連中の為に働く必要があり、連中がしているのと同じ不正な行いまで命じられてしまう可能性があった。
場合によって罪もない人々に危害を加えるようなことまで命じられ兼ねない。
『味噌焼きおにぎり』の連中の野望を阻止する為とはいえ、自分の手を罪もない人の血で染めるような事態になることを恐れるあまりヴォルンにかまけることでそのことから逃げようとしてしまっていたのかもしれない。
「やっほっ!、ヴァンっ!。ヴォルンの調子はどう?」
「あっ……アイシア」
ヴォルンにかまけてばかりいることをアイシアとベル達から注意を受けているところにLS2ー77が転生したアイシアがやって来た。
LS2ー77は僕と違ってヴォルンに対し特別に入れ込んでいる様子はない。
だからといって嫌っているような素振りを見せるわけではないのだが、赤ん坊や弟に対して一般的な姉と変わらぬ態度を取っているという感じだ。
偶に僕やPINK-87さんに代わってオムツを替えたりあやしつけたりしてくれているが、【転生マスター】だと疑われぬよう姉としての一般的と思われる対応を装っているだけだろう。
冷徹な【転生マスター】であるLS2ー77がいくら血を分けた兄弟であろうと自分達『味噌焼きおにぎり』の仲間の者達以外に絆を感じたりするわけがない。
さっきベル達の言っていたように万が一ヴォルンにも『味噌焼きおにぎり』の仲間の魂が転生していた場合は別だが。
「毎日の訓練のおかげでなんと今日は僕のところまでボールを投げ渡せるようになったところだよ。ほら、ヴォルン。さっきみたいにアイシアお姉ちゃんにもやって見せてあげて」
「だぁっ!」
「わぁ~、本当だぁ~。とてもまだ生まれて4か月の赤ん坊とは思えないくらい体の力が強いじゃな~い」
「ねぇっ!。きっとヴォルンや将来は神の子のヴェント兄ちゃんに負けないぐらい立派な人物に成長するはずだよ」
「だぁっ!、だぁっ!」
「おっ!、どうやらヴォルンの方もやる気になってるみたいだね。なら今度はこの500ピースのパズルで頭脳トレーニングだっ!」
「だあぁーーっ!」
「ちょっと……。いくら何でも赤ん坊に500ピースのパズルなんて解けるわけないでしょ……」
「いやっ!。ヴォルンならきっと解けるはずだよっ!。肉体の強さだけでなく頭の良さだってヴォルンは他の子達を凌駕してるんだからっ!」
「だぁだぁ」
LS2-77に対し僕はヴォルンの成長ぶりを自慢げに語る。
心の裏ではヴォルンのことを弟と思うどころか赤の他人と同じぐらい興味がないであろうことは承知の上だ。
只折角なので自身の入れ込むヴォルンの才能をひけらかしてやりたかった。
だがLS2-77はそんな僕の他愛のない粋がりなど歯牙にもかけない程ヴォルンと深い繋がりを持っていたのだった。
「(ふっ、どうやら上手くヴァンの奴に取り入ってるみたいじゃない、TC7-33)」
「(一応SALE-99からの頼み事ですからね。この程度のことは造作もありませんよ。それにヴァン君はとても良いお兄さんのようでこうして良く相手をして貰って私自身とても居心地良く感じていますから)」
「(情に厚い奴だからね、ヴァンは。ちょっと間抜けなところもあるけどそれなりに頼りがいもあって家族にするには持ってこいの奴よ)」
「(しかしSALE-99はヴァン君が【転生マスター】の可能性があると言っていましたが一体どれ程の根拠があるのです。これまでかなり密接な距離で行動を共にしていますがそれらしい素振りは一切みられませんよ)」
「(それが根拠なんてほとんどないに等しいのにどういうわけかSALE-99の奴が異様に拘っちゃってるのよ。VS8-44からもうヴァンのことを疑うのを止めろとまで直接命令されてるのに……。この前グランディス・ワームのあんたが亡くなった日の侵入者騒ぎでもヴァンに手を出してVS8-44に散々咎められてたんだから。あんたにヴァンに取り入るよう頼んだのも【転生マスター】かどうか探って欲しいからでしょうし……)」
「(それは普段冷静なSALE-99にしては珍しいですね。まぁ、彼の直感は意外と良く当たりますからそこまで文句はありませんが。こうしてヴァン君と訓練する時間は私としてもとても楽しい一時となっていますからね。実際赤ん坊の内からこううして訓練して頂いてるおかげで成長が早まってる側面もありますし)」
「(そう。なら良かったわね。けどその500ピースのパズルを解いちゃうのは止めときなさいよ。流石に赤ん坊にしては不審がられるでしょうし、万が一ヴァンが【転生マスター】だった場合はこっちも【転生マスター】なんじゃないかって気付かれてしまうかもしれないからね)」
「(ふっ……分かっていますよ。本当はヴァン君の喜ぶ顔が見たかったのですが仕方ありませんね)」
「うーん、流石にそれがそこってことはないと思うよ、ヴォルン。ジグソーパズルは隅の方から解いていくのが定石だからまずは角のピースを探そうっ!」
「だぁ?」
僕の前で頑張ってパズルを解く振りをしながらヴォルンがLS2-77と会話をしている事実など僕には知る由もなかった。
折角できた可愛い弟の正体を知ってしまった暁には一体僕はどれ程のショックを受けてしまうのだろう。
水面下から段々と迫り寄ってくる『味噌焼きおにぎり』の魔の手に気付かぬまま僕はヴォルンとの楽しい一時を過ごしていた。




