第86話 SALE-99の恐怖
「ふむぅ……どうやらここには見当たらないようだね」
「でしょ。よく分かんないけど相手が幽霊だっていうなら僕の部屋なんかに逃げ込んで来るわけがないよ。壁とかも貫通して通り抜けられるわけだし逃げてるんだったらもうとっくに外に脱出しちゃってるんじゃないかな」
「そうかな。僕としては探してる相手が普段から君に纏わりついてる霊だと思ったからここへやって来たんだけど……」
「え……ええっ!。僕に霊が纏わりついてるってどういうことなのっ!、アズールさんっ!」
「ふっ、そんなこと言って本当は自分でもその霊の存在に気付いているんだろう。僕から庇う為にわざと知らない振りをしてるんじゃないのかい?」
「ほ……本当に何のことを言ってるのか分からないよっ!。僕に纏わり付いてる霊がいるなんて今アズールさんに言われて初めて知ったんだから」
「ならちょっと君が今生成中の『注射器魔法』の魔法の注射器を全て調べさせて貰って構わないかな。『抽出』の能力を使えば注射器の中に霊を隠しておくことも可能だろうからね」
「い……いいよっ!。どんなに調べたところでそんな霊を抽出した注射器なんて持ってないからっ!。……はいっ!、どうぞっ!」
SALE-99に言われて僕はメルクリオ注射器とホルスターに収容中の注射器を全て差し出す。
まさか本当にこうなるとは思っていなかったけどアイシアをメルクリオ注射器から僕へと憑依させておいて良かった。
僕が差し出した注射器の中身は全て僕が自分用に調合した霊薬ばかりだ。
細胞に転生したベル達の強化用に調合した霊薬についてちょっと怪しい中身のように思われるかもしれないけどいくら調べられたところでアイシアを見つけられることはない。
「ふむぅ……どうやら中身は霊薬ばかりのようだね。体力回復から身体強化の霊薬まで最近は戦闘に出る機会もなかったというのに良く揃えていて関心させられたよ」
「またいつこの前の合同部隊にヴェント兄ちゃんからの呼出しが掛かるか分からないからね。この教団の本部でもこの前侵入者騒ぎなんて物騒なことがあったばかりだしいざという時の為に戦闘に役立ちそうな者は一通り揃えて持ち歩くことにしているんだ」
「このちょっとグロテスクな色合いの物は何だい?。貼ってあるラベルにはえっと……『グリム・フィッシュの獄炎蜂の蜂蜜マスタードソース掛けソテー味』と書いてあるけど……」
「そ……それは僕が自分専用に調合した栄養剤みたいなものかな。それを体に注入することで毎日の健康を保っているんだ」
「ふーん。健康維持にも使えるなんて君の『注射器魔法』の魔法は本当に便利だね」
「と……とにかくこれで僕がアズールさんの探してる霊を隠してないって分かったでしょ。調べ終わったのならそろそろ帰って貰えないかな。もう大分夜も遅くなっちゃったしそろそろ眠くなって来ちゃったよ」
「いや……まだだよ」
「ぐっ……ぐあぁっ!」
「(マスターっ!)」
『注射器魔法』の注射器を調べられたところで僕とアイシアの関係に繋がるものは見つからず安心していた最中、突然SALE-99に強い力で首元を掴まれ体を持ち上げられてしまう。
息ができなくて死にそうになる程苦しいが子供の僕の力では到底抜け出すことはできない。
まさかSALE-99はこの場で僕の息の根を止めるつもりなのか。
「な……何するのっ!。ア……アズールさん……く……苦しい」
「注射器の中にはいないようだけどもしかしたら君自身に憑依させて霊を隠しているかもしれないからね。悪いけどちょっとこの聖水を飲んで貰うよ」
「せ……聖水だって」
右手で僕の首を掴みながらSALE-99は左手から聖水の入っていると思われる薬瓶を取り出す。
聖水と謂えば『地球』の世界でもお馴染みの宗教の世界観などでよく登場する魔や穢れを払う聖なる水のことだが、この『ソード&マジック』の世界では実際にそのような効果を持っている。
恐らくアイシアの憑依を解かせる為に僕に飲ませようとしているのだろう。
ここまでするってことはやっぱりSALE-99はまだ僕達のことを【転生マスター】だと疑っているんだ。
洗礼の儀の一件以降ヴェントから僕に余計な手出しをするなと命じられているはずなのにまさかここまで表立った行動をしてくるなんて。
「さぁ……君にこの聖水を飲ませたら一体どうなるのか。僕への隠し事を白状するなら今の内だよ」
「か……隠し事なんてないってずっと言ってるじゃないか。聖水ならちゃんと飲むからこの手を話して……」
右手で首を掴んだ僕を引き寄せSALE-99は無理やり聖水を飲ませようとしてくる。
僕の力では抵抗することすらも許さない程の凄まじい力だ。
僕の首を掴む右手の力からだけでもSALE-99と秘めた能力の高さがヒシヒシと伝わってきた。
「うっ……苦しい」
「ふっ、心配しなくてもこの聖水を飲ませたらすぐに楽にしてあげるよ。最もそれで君の正体が明らかになった暁にはすぐにまたこれ以上の地獄が待っているけどね」
「うっ……く……くそっ!」
「何をしているっ!、アズールっ!」
「……っ!」
SALE-99に首を掴まれ苦しむ僕の元にヴェントが姿を現し、目の前の出来事に血相を変えた様子でSALE-99を行いを制止した。
自分達のリーダーの命令とあっては従わざるを得なかったようでSALE-99はすんなりと僕を掴んでいた手を話す。
首を掴まれた状態から僕は激しい息切れを起こしながら床へと倒れ込んだ。
そんな僕のことをヴェントや優しく介抱してベッドへと寝かせてくれた。
「げほっ!、げほっげほっ!。はぁ……はぁ……」
「大丈夫かっ!、ヴァンっ!。ヴァンにこんな真似をして一体どういうつもりだっ!、アズールっ!」
「済みません、ヴェント。ですがヴァン君の体に僕達の探している霊が憑依している可能性があったもので……」
「なんだとっ!。一体何の根拠があってそのようなことを……」
「い……いいよ、ヴェント兄ちゃん。アズールさんの疑いなら僕が自分で晴らしてみせるから」
「ヴァン……」
「聖水を飲めば僕の無実を信じてくれるんだよね。だったら今すぐ飲んであげるからその聖水を寄越してよ」
「なんだって……」
「早く聖水を寄越してって言ってるの」
「ああ……」
SALE-99から受け取った聖水を僕は何の躊躇いもなく一気に飲み干していく。
さっきも言った通りこの世界の聖水には魔や穢れを払う力が実際に秘められている。
聖水を飲めば肉体どころか魂自体に付いた不純物を全て取り除いてくれるのだがそれには憑依した霊等も含まれるはずだった。
しかし聖水を飲み干した僕の身には何の変化も起こることはなく……。
「ほら、聖水を飲んだところで僕の身には何の異常も起こらなかったでしょ」
「そのようだね……」
「何がそのようだねだっ!。要らぬ疑いでヴァンにこのような真似をして謝罪したところで許されることではないのだぞっ!」
「僕への疑いが晴れたんだからもういいよ、ヴェント兄ちゃん。だからそんなにアズールさんのことを責めないであげて」
「くっ……ちょっとお前に話があるからついて来いっ!、アズールっ!」
「はぁ……分かったよ」
「ヴァンにはすぐ治癒士を呼んでやるから少し待っていてくれ。兄ちゃん達の誤解でお前にこんな真似をして本当に済まなかった。後日ちゃんとした説明をしてアズールにも謝罪させるから今日のところは一先ず兄ちゃん達を勘弁しておいてくれ」
そう言ってヴェントはアズールを連れて僕の部屋を後にしていった。
これでSALE-99は更に僕のことを【転生マスター】だと疑うわけにはいかなくなっただろう。
僕が何の躊躇いもなく聖水を飲み干したことについてだが、事前にアイシアと共に行った憑依訓練で聖水は自分に害をなさない霊に対して効果が及ばないことは調べがついていた。
だから自分への疑いを晴らす為に敢えてヴェント達の前で勢いよく聖水を飲み干す姿を見せつけたんだ。
けれどSALE-99に首を掴まれてる間は本当に苦しかった。
アイシアが持ち帰ってくれた情報を整理したかったけど今日はヴェントが寄越してくれた治癒士の治療を受けて休むことにしよう。




