第71話 7つの鋏を持つ勇者
「おいっ!。どうして俺達の拠点に魔族の野郎が自由の身でいやがるんだっ!」
「………」
「ちっ……ふざけやがってっ!。てめぇなんだ今すぐ俺の『地獄の業火』で焼き払ってやるぜっ!。何の目的でここにいるかは知らねぇが覚悟しやがれっ!」
「落ち着いてっ!、ヴィンス兄さんっ!。確かに彼は魔族だがこの場にいるのはちゃんとした理由があるんだ。戦いが中止になった理由も含めてそれを今リヴェラ閣下が説明してくれるからっ!」
地下室と連れられた僕達の前に突然姿を現した蟹の姿をした魔族と思われるモンスター。
その姿に僕達は驚きを隠せずヴィンス兄さんことRE5-87君に至ってはすぐさま両手に『地獄の業火』の炎を構え、今すぐにでも攻撃を仕掛けてしまいそうな勢いだ。
自分達の拠点の内部に明らかに敵と思われる者が何の拘束も受けてない状態でいる姿を見れば当然の反応とも謂えるが、そんなRE5-87君のことをヴェントが必死になって制止する。
僕やこの場にいる他の皆も行動には起こさないまでもRE5-87君と同じ気持ちだったろうが、この場は一先ず冷静さを保ちリヴェラ閣下の説明を聞くことにした。
「皆動揺してしまう気持ちは分かるがまずは落ち着いて私の話を聞いてくれ。この場にいる誰もが疑問を抱いている彼についてだが、名はデルトゥーカ・ドゥスミエリと謂い魔王アークドー軍からの……いや。かつては魔王アークドー軍だった者達の軍勢からやって来た使者だ」
「使者だってっ!。ってことは作戦中止になった理由はやっぱり和平ってことじゃねぇかっ!。魔王アークドー軍と戦う為に俺達を呼び寄せておいて戦いが始まるや否や和平だなんてヴァリアンテ王国は俺達のことを馬鹿にしてんのかっ!」
「ヴィン兄の言う通りよっ!。ヴァリアンテ王国の連中がこんなにも臆病者ばかりだとは夢にも思わなかったわっ!。こうなったら私達メノス・センテレオ教団だけで魔王アークドー軍を壊滅させてあげるからもうあんた達はすっこんでなさいっ!」
「話を最後まで聞いてっ!、ヴィンス兄さん、アイシアっ!。まだ誰も魔王アークドー軍と和平を結んだなんて言ってないだろう」
「和平じゃなかろうが戦闘を中断したことは事実だろうがっ!。和平じゃなく停戦だなんて屁理屈をお前は認めるつもりなのかよっ!、ヴェントっ!」
「だからそうじゃないんだって……」
「今リヴェラ閣下はかつては魔王アークドー軍だった者達からの使者だって言ったよね。そのかつてはっていうのは一体どういう意味なの?」
皆が荒々しい態度を見せる中僕は率直な疑問をリヴェラ閣下へとぶつける。
こんな時余計な感情に囚われず冷静に状況の把握に努めることができるのも【転生マスター】として魂の記憶と思考を有するおかげだ。
【転生マスター】でないRE5-87君と一緒になって怒りを露わにしているLS2-77の様子を見るとその魂の性質にもよるようだが。
「それはだね……ヴァン君」
「ここから先は私自らが説明した方が良いでしょう、リヴェラ閣下。それから私がこの場にいる理由を速やかに理解して頂く為にもあれを他の皆様方にも……」
「分かりました……」
リヴェラ閣下が指示を送ると共に周りにいた側近の者が中央の机の上に白い風呂敷を被らされた何かを置いた。
一体中身は何だろうと僕達が疑問の表情を浮かべる中、側近の者によりゆっくりと風呂敷が剥されていく。
その風呂敷から出てきた物を見てこの場にいる僕達全員が思わず絶句してしまう。
「こ……これはっ!」
「これは私が打ち取った魔王アークドーの首です……皆さん」
「な……何だってっ!」
風呂敷の下から僕達の前に姿を現したのは淡い紫色の肌の悍ましい鬼のような顔をした者の生首だった。
それと同時にかつて魔王アークドー軍だった者達からの使者を名乗るデルトゥーカの口から衝撃の言葉が言い放たれる。
なんと目の前に晒し者にされている首の持ち主こそが作戦中止の命令が下されるまで僕達が戦っていた敵の親玉。
魔王アークドーだと謂うのだ。
目の前の首がいきなり敵の親玉にして魔王であるアークドーの物だと聞かされても僕達が納得できるわけがない。
僕達は更なる説明とこの首が魔王アークドーのものだという証拠をデルトゥーカとリヴェラ閣下に対して求めた。
「この首が魔王アークドーのものだって一体どういうことだぁっ!。もしそれが本当ならもう魔王アークドーの奴はこの世にはいねぇってことかっ!」
「それにその魔王アークドーを打ち取ったのは敵であるはずの魔族の野郎だっていうのもおかしすぎるだろっ!。仲間割れを起こしたにしてもその首をわざわざ俺達の元に届けに来るってのも変な話だっ!」
「その前にまずこの首が魔王アークドーのものだというのは事実なんですかっ!、リヴェラ閣下っ!」
「どうやらそうらしい。既にヴァリアンテ王国の研究部により正式な鑑定の結果も出ている。魔王アークドーの軍勢に侵入している諜報部の者からもアークドーが殺されたのは事実だという報告が上がってきているようだ」
「そ……そんな……。それじゃあ本当に私達の長年の宿敵である魔王アークドーがこの世からいなくなったってこと……。これまで父さんと母さんの仇を討つ為に必死で戦って来たっていうのにこんなにあっさりとやられてしまうなんて……」
どうやら目の前に差し出されてきた首の主が魔王アークドーだというのは本当だったようだ。
しかしこの場にいる者達の誰もがその事実をまともに受け止められないでいた。
敵の親玉が亡くなったのは僕達にとっては最大級に嬉しいことのはずだがあまりにも実感がなさすぎるのだろう。
それにこの首の主が魔王アークドーであることが事実だと分かったとしても僕達にはまだ数多くの疑問が残されている。
「でもこの首の主が魔王アークドーであることが事実だとしてどうして敵であるはずの魔族が……。勿論魔族の中にも我々に対し友好的な者達がいることや実際にヴァリアンテ王国の領内に暮らしている者達もいることは承知していますがこのデルトゥーカ・ドゥスミエリとは一体何者なのです……」
「デルトゥーカ殿は魔王アークドー軍の中でも三将軍の位を与えられていた者の1人だ。『7つの鋏』の異名なら諸君にもにも聞き覚えがあるだろう」
「『7つの鋏』っ!。三将軍にしてアークドーの一番の腹心だと謳われたあの……。しかしそのような奴が何故自らの主を裏切って我々の元に……」
「それについてはデルトゥーカ殿自身がこれから説明して下さる」
「ねぇ……ブランカさん。『7つの鋏』って……」
「ああ……。『7つの鋏』とはその言葉の意味する通り体に7つの鋏を持つ彼に付けられた異名です。ほら、彼の右腕の先が鋏となっている他に彼の背中に6つのコブのような盛り上がりがあるでしょう。今はしまわれた状態となっていますがあれらは全て背中から肢体が伸び、6つの鋏を持つ腕として自在に動かすことができるのです」
「それじゃあデルトゥーカさんは全部で8つの腕を持っていてその内の7つは先が鋏になってるってことか。背中の6つの腕がどんな風に伸びてくるのが想像が付かないけどやっぱり魔族って僕達人間からはかけ離れた体の構造をしてるんだね」
デルトゥーカに付けられた異名であるという『7つの鋏』。
それはその言葉の通りデルトゥーカが7つの鋏を持つという意味で付けられたものだった。
僕達人間からすると道具としての7つの鋏を持つという意味に思えるが、そうではなくデルトゥーカの体の一部として7つの鋏を持つという意味である。
ブランカが僕に話してくれた通りデルトゥーカの背中には左右に3つずつ対称になるように縦に並べられた6つのコブが付いていた。
それらは閉じられた状態の蟹の鋏と思える形状にも見え、今は背中の収納部にすっぽりとしまわれているような状態だった。
腕の部分が隠れてしまっているが一体どのような形で背中から鋏を伸ばしてくるのだろうか。
「今リヴェラ閣下からご紹介にあった通り私は三将軍という最も高い地位を与えられ魔王アークドーの腹心として仕えていました。しかし私が魔王アークドーに見せていた忠誠は全て偽りであり、信頼を得ていく中でずっと暗殺する機会を窺っていたのです」
「なる程……。最も信頼していた部下に裏切られたこそアークドーの奴もあっさりとやられてこの首だけの姿になっちまったってわけか。それで肝心のお前がアークドーを裏切った理由ってのは何なんだ。今ずっと暗殺する機会を窺っていたって言ってたけど最初から裏切るつもりでアークドーの配下になったってことか?」
「はい。この世界で魔王と呼ばれる存在を打倒すことこそが私が天から与えられた使命でありますから」
「はぁ……。しかし何故魔族に生まれたあなたがそのような使命を感じる必要があるのです。確かに人間に味方する魔族も少なからずいますがほとんどの者達にまって魔王とは倒すどころか敬うべき存在のはずでしょう」
「世界に破滅を齎す魔王を敬うなど断じてあり得ません。私は魔王からこの世界を守るべくこの世界に生を受けた勇者なのですから」
「えっ……」
「はあぁっ!」
「なんだってっ!」
会話の流れの中で何とも自然に言い放たれたデルトゥーカの唐突な発言を受けて皆に衝撃が走る。
なんとデルトゥーカは主である魔王アークドーを裏切ったというばかりが自らが魔王を打ち滅ぼす為に生を受けたあの勇者だというのだ。
皆から一斉に疑問の声が飛び交う中デルトゥーカは自分の発言に一切の嘘偽りはなと謂わんばかりに堂々な態度を示していた。




