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第68話 お注射の時間だ

 斬り伏せられたオーク達と爆発で焼き殺された部隊の仲間達の遺体が散乱する戦場の悲惨な光景の中、互角の剣戟を繰り広げる僕とGGZ-72さんの剣のぶつかり合う音が淡々と鳴り響いていた。


 一撃一撃相手を斬り伏せるつもりで全力で剣を振るっているのだが、どれだけ鋭く斬り込もうと相手の体に刃が届く寸でのところで防がれてしまう。


 こちらが斬り込んだ後は必ず相手からもカウンターの一撃が放たれてきて、ほんの一瞬でも反応が遅れれば自身の首元を斬り裂かれていただろうという場面が幾度とあった。


 互いに一切の油断も許されないまさにギリギリの攻防であったのだが、通常とは違う魔法の存在する世界特有の剣の特性により戦局が動かされることになる。


 「ごほぉっ!、ごほっ!、ごほっ!」


 一切の油断も許されない状況の中で酷く咳き込んでしまう僕。


 電子タバコのようなアイテムに魔力を吹き込むことで生成したGGZ-72さんの剣からはぶつかるごとにまるで剣身から削り落とされるようにこれまでと同じ煙草の吸い殻と思われる灰の煙が周囲に撒き散らされていた。


 本来電子タバコは吸い殻を出ないようにする製品でもあるのだが、『地球』の世界ではないこのファンタジーの世界ではそのような理屈は関係なしだ。


 『地球』の世界の製品と同じ姿形をしていようとこの『ソード&マジック』では錬金術によって錬成された魔法のアイテムなのである。


 「(く……くそっ!。まさか剣からも煙が噴き出してくるなんて……。これじゃあまともに剣を振るっていられないよ。GGZ-72さんも煙を吸い込んでいるはずなのにどうして平気なんだ)」


 「(そんなの魔法で喉にフィルターを施したり、肺を強化したりして影響を防いでいるに決まっているなのっ!。自分の魔法の効果によるものなんだから何の対策もしていない方がおかしいなのっ!)」


 「(おかしいなのっ!)」


 「(そ……そうだよね。僕の方は煙を吸わない為に息を止めて戦う余裕なんてないし……。ベル達の力でどうにかできないかな……)」


 「(既に煙の成分については解析を終えてその毒性に対抗する為の抗体を大量に生成しているなの。だけど完全に無害とするまでには及ばないし……。煙を吸い込んだ際に咳き込んでしまうのはどうにもできないなの)」


 「(どうにもできないなの)」


 「(くっ……。肉体からだに吸い込んだ毒に対処してくれてるだけでも有難いけどこのままの状態でGGZ-72さんと戦い続けるのはきついよ。咳き込んだ時にどうしても隙が出きて……)」


 「ごほぉっ!、ごほっ!、ごほっ!」


 「おらぁぁぁーーーっ」


 「ぐはぁっ!」


 吸い込む度に喉に纏わりついてくる煙に耐え切れず咳き込んでしまっている隙にまたしても鳩尾みぞおちに強烈な蹴りを叩き込まれてしまう。


 咳き込んで動きを止めてしまっている上に急な体術で不意を突かれまるで反応ができなかった。


 完全に体勢を崩した状態でふっ飛ばされる僕を見てGGZ-72さんが今度こそ止めを刺すべく追撃を仕掛けてくる。


 「……っ!。な……なんだっ!」


 しかし体勢を崩した僕へと向かおうとする直前のところでGGZ-72さんの動きが急に止まってしまう。


 GGZ-72さん自身何か不測の事態に驚いた表情を浮かべているが、その視線の先の足元を見てみるとGGZ-72さんの両足が凍り付き地面から離すことができなくなってしまっていた。


 「(マスターっ!)」


 「(アイシアっ!)」


 「ちぃっ!。いつの間にこんなトラップを仕掛けてやがったっ!」


 氷によりGGZ-72さんの動きを止めてくれたのは勿論霊体として僕のサポートについてくれていたアイシアだ。


 アイシアの姿を視認できないGGZ-72さんは僕が魔法でトラップを仕掛けていたものと勘違いしているようだけど。


 動きが止まっているとはいえやはり不用意にGGZ-72さんに近づくのは危険だ。


 遠距離からの最大の一撃で止めを刺すべく僕は両手でしっかりと握りしめたメルクリオ注射器の先端をGGZ-72さんへと向けた。


 「……っ!。氷から抜け出してる暇はねぇってことか……。だったら……っ!」


 僕のメルクリオ注射器に対しGGZ-72さんも携帯灰皿を装着した拳銃を向けて構える。


 すぐさま弾丸を撃ち放ってこないところをみるとどうやら向こうも最大威力の一撃で対抗するつもりのようだ。


 「灰に埋もれベリード・イン・アッシュ……。|灰と共に灰に還りな《リターン・トゥ・アッシュ・ウィズ・アッシュ》」


 重く……そして静かな口調で決めゼリフっぽい言葉を口にしたGGZ-72さんの拳銃から凄まじい一撃が撃ち放たれて来る。

 

 灰色の魔力が巨大なレーザーとなって僕の元へと迫って来た。


 あんなものの直撃を受ければ僕は正しくGGZ-72さんの言う通り只の灰かすとなってしまうだろう。


 だからといって今更避けるなんて選択肢はない。


 GGZ-72さんとの決着をつけるべく僕も最大出力の一撃を撃ち放った。


 「最大出力水撃フル・バースト・ストリームっ!。いっけぇぇーーっ!」


 最大出力水撃フル・バースト・ストリーム


 現在の自身の魔力、そしてメルクリオ注射器の残量の水を全て消費した最大の一撃という意味を込め僕はそう叫びながら『水撃ストリーム』の魔法を撃ち放った。

 

 GGZ-72さんの撃ち放った弾丸に負けずとも劣らない巨大な水流が僕のメルクリオ注射器の針の先端から発射される。


 僕の『水撃ストリーム』の魔法とGGZ-72さんの灰の弾丸。


 正面からぶつかり合った2つの凄まじいエネルギーが僕達の間で拮抗状態となり周囲の地形を吹き飛ばす程の衝撃波を巻き起こす。


 2つエネルギーの威力は全くの互角。


 先に力尽きた方が片方のエネルギーを吸収し更に威力を増した一撃を受けることになるだろう。


 僕は自身の『水撃ストリーム』の魔法が打ち勝つことを信じて最後まで全力で力を込め続けた。


 「うおぉぉぉーーーっ」


 「ぐぅっ……」


 この撃ち合いに打ち勝った者が勝利を手にするのは明白。


 GGZ-72さんも僕の魔法に全力の力を込めて対向してきた。

 

 注射器に収容しておいた水、そして自身の煙草の吸い殻。


 事前に用意した媒体を最大限に利用して撃ち放つという点において僕とGGZ-72さんの魔法はよく似た性質を持つと謂える。


 勝敗を左右するのは魔法そのものの威力、それを放つ自身の技量と魔力量は勿論だが、何より決めてとなったのは事前に用意することのできていた媒体の質量だった。


 これまでの戦いで消費した分もあるとはいえまだ僕のメルクリオ注射器には40トン以上もの量の水が残されていた。


 GGZ-72さんの拳銃の弾倉に込めた吸い殻が僕の水に対してどれ程の量に相当するのかは定かではない。


 けれども僕の『注射器魔法シリンジ』の魔法は元々注射器に収容した媒体を利用して魔法を発動することを想定して設計したものだ。


 更にこれまでの修行とメルクリオ注射器の性能によりその収容量を極限にまで高めることができていた僕は媒体の質量に関しては自身の方が圧倒的に多くの量を用意できているという自信があった。


 その自信をも糧として撃ち放たれた僕の『水撃ストリーム』の魔法は通常では考えらない程の魔法の継続時間を発揮し段々とGGZ-72さんの灰弾を押し返していく。


 そしてGGZ-72さんの魔力、何より弾倉に込められた吸い殻の残量が尽きたと思われた瞬間、僕の『水撃ストリーム』の魔法は相手の灰弾を飲み込んで一気にGGZ-72さんの元へと迫りその身に直撃した。


 地面に体を激しくぶつけながらGGZ-72さんは遥か後方へと飛ばされていく。


 相当なダメージを負い、地面に横たわるGGZ-72さんだがそんな状態でも必死に起き上がろうとしている元へと僕はゆっくりと歩きながら近づいていき……。


 「さぁ……名前も知らぬ竜人(ドラゴニュート)さん」


 「はぁ……はぁ……。ちっ……」


 「《《お注射の時間だ》》」


 「(ファッ!?。なの……)」


 「(なの……)」


 「な……なんだとっ!。うっ……!」


 《《お注射の時間だ》》。


 まだ子供の幼い顔を精一杯に強面こわもてにし、針の先端から薬液の滴り出る注射器を脅すように見せつけながらGGZ-72さんに向けて僕はそう口にする。


 我ながらうまくマッド・サイエンティストっぽい雰囲気を醸し出せたと思っているのだが実際に周りからはどんな風に見えているのだろうか。


 僕の中で『なんだそれ?』みたいな感想をベル達が浮かべているのがちょっと気になるけど……。


 僕の意味深な言動に戸惑うGGZ-72さんに対し僕はその右腕を掴み肘の裏側の血管からゆっくりと注射器に含まれていた成分をその肉体からだに注入していく。


 成分を注入し終えるとどうにか起き上がることができていたにも関わらずGGZ-72さんの肉体からだは急に全身の力を失ったようにその場にうつ伏せとなって倒れ込んだ。


 「ぐっ……て……てめぇっ!。一体私の肉体からだに何を注射しやがった……」


 「心配しなくても只の麻痺薬だから安心して。2,3日の間は全く体が動かせないだろうけど命に関わるようなことはないから」


 「な……何だと……。何のつもりかしらねぇが余計な情けなどせずとっとと止めを刺しやがったらどうなんだ……」


 「情けなんかじゃなく勝負に勝ったのは僕なんだから相手に止めを刺そうが捕虜にしようが勝手じゃないか」


 「ちっ……わ……私なんかを捕虜にして一体どうするつもりだよ……。言っとくが拷問されたところで……ぐぅっ。は……吐かせる程の情報なんて持ってねぇぞ……」


 「い……いや……。別に拷問に掛けるつもりもないんだけど……」


 情けではないと口にしていたが実際にはその通りだ。


 まだ断定できたわけじゃないけどGGZ-72さんと思われる人物の命を奪うなんてやっぱり気が引けてしまう。


 とはいえ捕虜として連れ帰ったところでGGZ-72さんの言う通り他の部隊のメンバーから拷問されることになるだろうし……。


 完全に投降したところで人間である皆が魔族であるGGZ-72さんの命を助けてくれるとも思えない。


 一応竜人(ドラゴニュート)っぽい見た目をしているし人間の血が混じっていると分かれば多少は温情が与えられるかもしれないけど反対により厳しい処置が下される可能性もある。


 ヴァリアンテ王国の法律では他種族や混血の者に対しどのような対応を取ることになっているのだろうか。


 『注射器魔法シリンジ』の魔法の完成や『味噌焼きおにぎり』の連中への対抗に必死になっていた僕がそんな知識を持ち合わせているわけがなかった。


 ここはベル達やアイシアにもどうすべきか相談してみよう。


 「(マスターっ!)」


 「(アイシアっ!。さっきはアイシアの援護のおかげで助かったよっ!。アイシアがGGZ-72さんの動きを止めてくれなかったら今頃やられていたのは僕の方だったよ)」


 「(私もマスターがご無事で良かったですっ!。GGZ-72さんにも見事勝利することができたようですし流石マスターですね。止めの一撃となった魔法も大変素晴らしいものでした)」


 「(ありがとう。ところでアイシアとベル達にちょっと相談したいことがあるんだけど……。戦いに勝ったはいいけどこの後のGGZ-72さんへと対応をどうするべきかな。一応捕虜として連れ帰ることを想定して体を麻痺させてあるんだけど、魔族や混血の者に対してヴァリアンテ王国はどのような対応を取ることになってるんだっけ?)」


 「(現在は魔王アークドー軍と戦時中ですが元々のヴァリアンテ王国は魔族に対し中立な対応を取っていたようです。人間社会との交流こそ少ないですが自国の領内に居住を許された魔族の部族も存在しているようですし通常の人間に対してと特に変わらぬ対応を取るのではないでしょうか)」


 「(おおっ!、流石アイシアっ!。僕と違って今回の『ソード&マジック』の世界の国の歴史もちゃんと勉強しておいてくれたんだねっ!。それじゃあこのままGGZ-72さんを捕虜として連れ帰っても完全に投降する意志さえ示せば命は助けて貰えるかもしれないってことかな)」


 「(いえ……現在は魔族を中心とする魔王アークドー軍と戦時中である上にヴァリアンテ王国の法に関しても詳しい知識があるわけではありませんので確かなことはなんとも……)」


 「(そうか……。ならやっぱりGGZ-72さんは何処か安全に場所に移して置いて行こう。麻痺して動けない状態なら他の部隊の仲間から攻撃されることもないだろうしなんとか生き延びてくれるだろう。ベル達もそれで構わないよね?)」

 

 「(そ……それは別に構わないけどLA7-93。さっきの決めゼリフっぽい変な言い回しは一体何なのなの……)」


 「(一体何なのなの……)」


 「(えっ……。折角だから僕の『注射器魔法シリンジ』の魔法にも何か決めゼリフっぽいものが欲しいと思って口にしてみたんだけどやっぱり変だったかな?)」


 「(い……いや。別にLA7-93の好きにすればいいと思うんだけど僕達的にはちょっとなし……かなぁって思ったなの)」


 「(思ったなの)」


 「(そっか……。ならもっと良いのが思い付くよう努力してみるよ。けどもし何も思い付かなかった時はさっきのでいくからよろしくね)」


 「(りょ……了解なの……)」


 「(了解なの……)」


 「さてと……それじゃあ早くGGZ-72さんを移動させて戦いに戻ろ……」


 「(危ないっ!、マスターっ!)」


 「えっ……うわぁっ!」


 麻痺して動くことのできないGGZ-72さんを移動させようとする直前。


 突如として上空から巨大な鳥の羽が刃となって僕に向けて撃ち放たれくる。


 アイシアの呼び掛けに反応して咄嗟に羽の刃を躱し後方に飛ぶ僕だったが、その僕と地面に倒れるGGZ-72さんとの間に今の羽の刃を撃ち放ったと思われる鳥人の姿のモンスターが立ちはだかった。


 恐らく魔王アークドー軍の仲間が地面に倒れるGGZ-72さんを見て救援に駆け付けたのだろう。


 GGZ-72さんとの激しい戦いに打ち勝ったのも束の間次なる敵の襲撃を受けてしまう僕達だったが、その前に立ちはだかった鳥人の姿を見た僕達の反応は……。


 「(えっ……。あ……あれはまさか……)」


 「………」


 「(ビ……BS1-52君っ!)」


 BS1-52君。


 目の前の鳥人の敵の姿を見た僕は【転生マスター】の意識の中で思わずその名を叫んだ。


 僕達の目の前に現れたのは僕達にとって決して忘れてことのできない赤ん坊のアイシアが無残に殺されたあの日。


 魔王アークドー軍から派遣された部隊の一員として僕達の村を襲撃しにやってきたBS1-52君だった。


 敵でありながらも僕達と同じ【転生マスター】であるBS1-52君とはアイシアを殺されながらも多少の交流を持つことができた。


 それこそBS1-52君の方は僕でなく先にアイシアの止めを刺すように仲間達に促してくれて、僕達の方に至ってはBS1-52君達の逃亡を手助けする為にヴェントを足止めまでする程に。


 そんなBS1-52君との約7年ぶりの再会に僕達は驚きを隠せない。


 BS1-52君の方はまさか僕達があの時の赤ん坊だとは気付いていないだろうけどテレパシーで話して打ち明けるべきか……。


 悩める僕達に対しBS1-52君の方は仲間をやられたことによる恨みの視線をひしひしと向けてきていた。

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