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第67話 転生マスターは狂乱しない

 「くっ……こうなったら取って置きのあれを使うしかない。でもその前に今のGGZ-72さんの攻撃で食らったダメージを回復だ」


 噴き出す水の防壁の中で僕はホルスターから2本の注射器を取り出す。


 1本はこれもメルクリオさんに調合して貰った今回の転生のこの世界でも最高級の品質を誇るとされている……。


 先代の錬金術師から代々調合法が引き継がれてきたメルクリオさんの店の創設者であるローマン・ブルーディという人物が考案した『ローマン式』の調合法で錬成された体力回復霊薬(ポーション)を収めておいた物だ。


 その体力回復霊薬(ポーション)を注射器を挿した左手からダメージの回復に必要な量だけを自身の肉体へと注入していく。


 元々の霊薬ポーションの効能が高いだけでなく、『注入インジェクト』の能力により更に回復量や即効性が増し僕の肉体は瞬く間に全快の状態まで回復した。


 更に取り出したもう1本の注射器には僕が自身で調整に調整を重ねて調合した狂乱霊薬インサニティ・ポーションが収容してある。


 狂乱霊薬インサニティ・ポーションはその名の通り摂取した者に狂乱状態を付与することのできる代物だ。


 狂乱状態となった者は自身の能力、主に身体能力を飛躍的に向上させることができるが、その代償として理性が消失する程精神が凶暴化し周囲の者達を見境なく攻撃するようになってしまう。


 通常は敵に狂乱状態を付与して同士討ちを狙い、1人でも狂乱状態に陥らせることができれば敵部隊に多大な損害を与えることができる。


 また周囲に味方がいない場合には自らに狂乱状態を付与するという戦略も可能だ。


 今回僕はこの狂乱霊薬インサニティ・ポーションを自身に狂乱状態を付与する為に使用する。


 目的は勿論GGZ-72さんに対抗できる為の身体能力を得る為だが、自身が凶暴化するリスクを承知の上で狂乱霊薬インサニティ・ポーションを使用できたのは周囲に味方の姿がいなかった為ではない。


 【転生マスター】である僕は例え狂乱状態に陥ろうと通常の者達のようには……。


 「ぐあぁぁぁーーーっ!」


 先程の体力回復霊薬(ポーション)と同じように左腕の肘の裏側の血管から僕は自身の肉体に狂乱霊薬インサニティ・ポーションを注入していく。


 狂乱状態となった僕は興奮を抑えきれず思わず発狂したように雄叫びを上げてしまい、目の瞳は禍々しい赤色へと変色してしまっていた。


 狂乱状態となったことで身体能力の向上した僕は隠れていた水壁を突き破って飛び出し、右手に握った注射器から『水剣ウォーター・ブレイド』の剣を構えGGZ-72さんに向かって突っ込んで行く。


 「うおおぉぉーーーっ!」


 「……っ!」


 僕が自ら水壁から飛び出して来るとは意外だったのかGGZ-72さんは驚いている様子で少し反応が遅れてしまったようだった。


 そんなGGZ-72さんに向けて僕は容赦なく『水剣ウォーター・ブレイド』の剣を振るっていく。


 狂乱状態となった今の僕の身体能力の高さは先程までの比ではない。


 凄まじい速度と鋭さで振るう僕の剣撃をGGZ-72さんは躱すので手一杯といった感じだった。


 「その赤に変わった瞳……。てめぇまさか自分で狂乱状態に……」


 突如として向上した僕の身体能力、そして真っ赤に変わった僕の瞳を見てGGZ-72さんも僕が狂乱状態になったことに気付いたようだ。


 けれど気付いたところですぐさま対応策を用意できるわけではない。


 このまま攻撃を続けて『煙草魔法シガレット』の魔法を発動させる為に煙草を吸う隙も与えなければ押し切ることができるはずだ。


 そう考えた僕だったが只剣を振るっているだけでは紙一重のところで斬撃を躱されてばかりで中々GGZ-72さんを仕留めることはできなかった。


 GGZ-72さんの不意を突く為に僕は斬撃に緩急をつけ更に体術を織り交ぜていくのだが、それが功を奏し防がれはしたもののGGZ-72さんに1撃の蹴りをヒットさせることができた。


 蹴りの衝撃で後ろへと退き一瞬ではあるがGGZ-72さんの動きが止まる。


 その隙を突き僕は瞬時に右手の注射器の『水剣ウォーター・ブレイド』の魔法を解き、再びその注射器の先端をGGZ-72さんに向けて『水撃ストリーム』の魔法を撃ち放った。


 注射器の針の先端から発射された水流がGGZ-72さんへと襲い掛かる。


 発動の速度を重視した為そこまでの威力を出せなかったが、それでも相手の防御を崩し切りGGZ-72さんを後方へと大きく吹き飛ばした。


 この戦いで初めてGGZ-72さんにまともに攻撃を当てることに成功し僕は成長した自分の実力に確かな手応えを感じていた。


 「(よしっ!。まさに理想としていた感覚で『注射器魔法シリンジ』の魔法を扱えているよっ!。GGZ-72さんを相手に十分に通用してるしこれは固有オリジナル転生スキルとして取得できる日もそう遠くはないんじゃないかなっ!)」


 「(今はそんなことで喜んでる場合じゃないなのっ!。確かに攻撃は当たったけどあの程度でGGZ-72を倒せるわけもないし油断しちゃ駄目なのっ!)」


 「(油断しちゃ駄目なのっ!)」


 「ちっ……。この場に私等しかいねぇからって自分から狂乱状態なるとは随分と無謀な真似をする野郎だな……おい。1撃私に食らわした程度で良い気になってるみたいだがそういうことならわざわざ私が相手をしてやる必要はねぇ」


 「……っ!。逃がすかっ!」


 狂乱状態となったことで戦闘能力が増した僕に対し、GGZ-72さんはこの場から小高い丘を越えた向こう側の戦場へと僕の方を向いたまま後ろ向きの体勢で背中の翼を広げて飛び去って行った。


 狂乱状態にある僕は罠の可能性もまるで考慮せずまさにひたすらに獲物を追い求める凶暴な獣のようにGGZ-72さんの後を追って向かって行く。


 しかし実際には戦場を移そうとするGGZ-72さんの狙いが僕にはしっかりと読み取れていた。


 狂乱状態となった者の最大のデメリットは敵味方の見境がなくなってしまうことだ。


 案の定丘を越えた先の僕の目の前にある戦場には敵だけでなく僕の味方の部隊の数多くの者達が戦いを繰り広げていた。


 恐らくGGZ-72さんは狂乱状態となった僕を味方と同士討ちさせるつもりでこの場へと誘導して来たのだろう。


 けど残念だったね、GGZ-72さん。


 狂乱状態となった者が本来失っている意識の中でそんな風にGGZ-72さんに語り掛けながら僕は丘から戦場へと舞い下り立ちはだかる敵の軍勢だけを『水剣ウォーター・ブレイド』の剣で次々と斬り伏せていく。


 「なっ……!」


 「お……おおっ!。なんかいきなり凄い援軍が来てくれたぞっ!」


 「ほ……本当だっ!。あの服装はメノス・センテレオ教団に所属している者かっ!」


 「そうだぜっ!。流石神の子ヴェント様が率いる教団だっ!。その信者達の戦闘力も半端ないみたいだな」


 GGZ-72さんは動揺したような驚きの表情を示し、仲間の部隊の者達は僕の活躍に歓喜の声を上げている。


 狂乱状態にある僕は本来ならこの場にいる者達を敵味方の見境なく攻撃してしまうはずだった。


 しかし僕はしっかりと敵味方を判別し、それどころか通常の状態と全く変わりのない判断能力を持って行動することができている。


 何故狂乱状態であるにも関わらず僕が通常の思考を維持することができているか。


 それは【転生マスター】の何時如何なる状態でも魂の記憶と思考を有することができるという力のおかげだ。


 その為僕は狂乱状態であっても自身の意識を維持することができていた。


 最も例え【転生マスター】の力を持ってしても肉体に受けている影響までは無効化することはできず、脳から大量の興奮性の神経伝達物質が物質されたことによりその肉体の制御は容易ではなかったが僕には自身の細胞に転生した同じく【転生マスター】のベル達がいる。


 ベル達が脳内で反対に興奮を抑制する神経伝達物質を生成してくれていたおかげ、更には僕が副作用を最小限に抑えられるよう調整に調整を重ねて調合した狂乱霊薬インサニティ・ポーションの性能、それを『注入インジェクト』の能力により最適となる形で肉体に注入できたことも相まって僕は狂乱状態による能力の上昇を維持したままであっても通常と何ら変わらぬ意識を保つことができていたんだ。


 SALE-99達が洗礼の儀の魔法を受けても自身の意識が彼らの支配下に置かれなかった時、僕はこの戦術を思い付き今日までの間に実戦で使えるよう準備しておいた。


 本来はあるはずのデメリットが大きい分狂乱状態による能力、特に身体能力の上昇は凄まじく、肉体強化の『煙草魔法シガレット』の魔法を発動させたGGZ-72さんとも対等以上に戦えるはずだ。


 GGZ-72さんの実力には遥かに劣る周りのオークの兵士達を一掃した僕は他の部隊の仲間達と共にGGZ-72さんへと迫って行く。


 「うおぉぉぉーーーっ!。俺達もあのメノス・センテレオ教団の兵士に続けぇぇぇーーーっ!」


 「おおうっ!。このまま魔王アークドー軍の連中を1人残らず蹴散らしてやるぜっ!」


 「ちっ……。奴は狂乱状態になったんじゃなかったのか……。それとも何か狂乱状態の副作用を打ち消す策でも用意してやがったのか……。奴を同士討ちさせるつもりが相手にしなきゃならない敵を増やしちまうことになるとはな……」


 正直他の部隊のメンバーの援護を期待していたわけではないしできれば引き続き1対1でGGZ-72さんと戦いたかったけどわざわざ断るのも変だ。


 これでGGZ-72さんは合計で30人以上はいる僕達を1人で相手にしなければならなくなったわけだが、迫り来る僕達に対しGGZ-72さんは再びあの携帯灰皿を弾倉に装着した銃を取り出し次々と灰の弾丸を撃ち放ってくる。


 「ごほぉっ!、ごほっ!、ごほっ!。な……何なんだ……この煙は……」


 「ま……まずいっ!。皆僕の援護はいいから早くこの煙の外に出てこの場から離れてっ!」


 「(LA7-93っ!。GGZ-72がまた吸い終った煙草をこっちに投げて来たなのっ!)」

 

 「(投げてきたなのっ!)」


 「えっ……!」


 意気揚々と僕を援護してくれようとしていた部隊の仲間達であったが、GGZ-72さんの撃ち放って来た弾丸が巻き散らした灰の煙にさらされて皆その場で強く咳き込んでしまう。


 その光景を見て僕は彼等の実力ではGGZ-72さんと戦うのに足手纏いになってしまうと考えを改め直ちに退避するよう促した。


 しかしその隙にGGZ-72さんは僕達に向けて『煙草魔法シガレット』の魔法の吸い終った煙草を再び投げ放ってくる。


 ベル達に言われ咄嗟に振り向いた時には既にすぐ目の前まで煙草が迫って来ていた。


 これはもう退避は間に合わないと思い僕はメルクリオ注射器の目一杯の水を消費して『泡の障壁(バブルバリア)』の魔法を発動させたのだが……。


 「ぐあぁぁぁぁーーーっ!」


 「み……皆ぁっ!」


 GGZ-72さんが辺りに巻き散らした灰の煙は『煙草魔法シガレット』の魔法の煙草の爆発に呼応する火薬にもなっていたのかその場で凄まじい大爆発を引き起こす。


 寸前のところで『泡の障壁(バブルバリア)』の魔法を発動させた僕はどうにか最小限のダメージで済んだけど周りの仲間達は皆爆発より一瞬で焼死させられてしまった。


 生き残った僕の周りにまた黒焦げの遺体が散漫する。


 その光景を見た僕は変な気を遣って皆に退避を促すのが遅れた自身の判断を心底悔いていた。


 合同部隊で出会ったばかりの者達とはいえやはり仲間達の死は辛い。


 しかしGGZ-72さんを相手にしている今仲間の死に悲観している暇はない。


 僕は気を改めて引き締め直しGGZ-72さんに向けて再び水剣ウォーター・ブレイド』の剣を構える。

 

 「ふんっ……剣を扱えるのがてめぇの方だけだと思うなよな」


 「あ……あれは……っ!」


 敵が僕1人になったのを見てGGZ-72さんは拳銃をしまい、服の内ポケットからまた新たなアイテムを取り出した。


 細長で円柱の形状をしたさっきの携帯灰皿より更に小型の親指と人差し指で挟んで持てるような小型のパイプのようなものだ。


 片方の先端には笛のように口で咥える為のような突起が付いていた。


 GGZ-72さんはそのパイプの突起を口に咥えて吸うような仕草を取ったと思うと、暫くして口から離した後まるで煙草を吸った後と同じように口から煙を吹かしている。

 

 まさかあれは所謂電子タバコというやつなのだろうか。


 「あ……あれって電子タバコってやつだよね。ってことはやっぱりあれもGGZ-72さんの『煙草魔法シガレット』の魔法を扱う為の物じゃあ……」


 電子タバコと謂うと普通の紙で巻いた煙草とは違い、液状の物質を蒸発させた水蒸気を吸う小型の器具のことだ。


 この電子タバコも『地球』の世界にあった物でこの『ソード&マジック』の世界では今まで見たことはない。


 さっきの拳銃と謂い一体誰があんな物をこのファンタジーの世界で発明したんだ。


 GGZ-72さん本人かそれとも他に協力者がいるのか。


 しかも当然その電子タバコも只電子タバコではなく『煙草魔法シガレット』の魔法専用にカスタマイズされた物であり……。


 「……っ!。GGZ-72さんの吸ったタバコからレーザーソードみたいなものが出て来たぞっ!」


 一息吸い終えた後でGGZ-72さんは電子タバコを反対の向きへと変え強く握りしめる。


 すると口に咥えたのとは反対側の先端から灰色のレーザーのようなものが刀身状となって出現した。


 勿論レーザーだけではなくこれもファンタジー世界特有の自身の魔力を変換して作り出した物だろうが、僕の『水剣ウォーター・ブレイド』の剣に対抗してGGZ-72さんもその剣を僕に向けて構える。


 僕の水の剣とGGZ-72さんの煙草の吸い殻を連想させる灰色のレーザーソードのような剣。


 互いの剣を全力でぶつけ合う僕達の激しい剣戟がこの場で繰り広げられた。

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