第65話 GGZ-72さん
「フゥー……」
深く吸った煙草の煙を吹かしながら僕達に淡白な視線を向けてくる1人の女性。
僕達普通の人間ような背格好で長い金髪を生やした姿をしているが顔の半分、そして露出した体の部分部分が淡い群青色の鱗に覆われ、背中には折りたたまれた状態の翼が付いている。
その見た目から察するに恐らくファンタジー色の強いこの『ソード&マジック』の世界においても珍しい人間とモンスターとのハーフ種族だ。
翼に鱗……っとくるとドラゴンと人間のハーフ。
所謂竜人というやつなのだろうか。
「あっ……この人は……。部隊に着いた初日にヴェントに絡んでいた冒険者ギルドの人だ」
その竜人の女性の手によってやられたと思われる僕達の前に大量に転がる仲間達の遺体だが、至る所に火傷の跡が見受けられた。
ドラゴンといえば口から火を吐くようなイメージが強いがあの竜人もそのような攻撃でこの仲間達を倒してしまったのだろうか。
しかし炎で焼き殺したにしては遺体の火傷の跡が中途半端なようにも思えるが……。
僕が今視線を向けている初日に僕達に絡んできた『飛翔する雄傑』の冒険者ギルドの者の遺体もそう判別できる程度の損傷しか受けていなかった。
ドラゴンの吐くような高熱の炎で焼かれたとするならもっと顔の判別もできないくらい黒焦げにされていてもおかしくはないのに……。
「フゥー……」
「えっ……」
徐にまた深く煙草を吸う竜人の女性。
しかし今度はその吸った煙草の煙を大きく吐き出したと思った直後、煙草を挟んで持っていた人差し指と中指をピっ!っと弾いて30メートル程は距離が離れていた僕達の元へと投げ放ってきた。
ば……爆発する。
竜人の女性が投げ放った煙草が目の前へとやって来たところで唐突に僕の中にそんな直感が思い浮かぶ。
一瞬回転しながら飛んでくる煙草の光景がスローモーションになったように感じられる中、僕はその直感に従いすぐさま後ろに飛んで煙草から距離を取った。
「……っ!」
案の定僕が後ろに飛んだ直後煙草が爆発し周囲に凄まじい爆風を巻き起こす。
事前に察知したことでどうにか直撃を回避することができた。
爆風に煽られながらも無傷のまま体勢を整える僕の姿を見て竜人の女性は不思議そうな表情を浮かべている。
初対面であるはずの僕にまるで自身の投げ放った煙草が爆発することを察していた様子で躱されてしまったことに戸惑いを感じていたのだろう。
「(い……今のってまさか……。GGZ-72さんの『煙草魔法』の魔法っ!)」
「(GGZ-72って以前の『ソード&マジック』の世界への転生でバージニアに転生していた奴のことだよねなのっ!。煙草を爆発させただけでは『煙草魔法』の魔法だと断定することはできないけどあのやさぐれた態度で煙草を吸う姿は以前の転生で出会ったバージニアにそっくりなのっ!)」
「(そっくりなのっ!)」
「(じゃあやっぱりあの竜人っぽい見た目の女性にはGGZ-72さんが転生してるってことなのかな。勿論GGZ-72さんが他の魂に【煙草魔法】の固有転生スキルの取得を許可していたり、そうじゃなく偶然に同じような魔法を習得しているだけって可能性もあるけど……。僕もあの煙草を吸う独特の仕草と雰囲気はGGZ-72さんに間違いないと思う)」
僕が竜人の女性から放たれてきた煙草が爆発することを察知することができたのは以前の転生で似たような魔法を使う人物に出会ったことがあるからであった。
その人物とは僕が自身の細胞に転生したベル達と初めて出会った時共に冒険者パーティを組んだ1人であり、僕に固有転生スキルを取得する為のヒントをくれたGGZ-72さんの魂が転生していたバージニアさんのことだ。
バージニアさんも今の煙草を爆発させたのと同じ『煙草魔法』の魔法を使っていた。
似たような魔法を使っているだけでまだその竜人の女性に転生している魂が断定できたわけではないけど、その仕草や雰囲気から僕達は目の前に立ちはだかる女性がGGZ-72さんだと直感する。
以前『ソード&マジック』の世界に転生した時はバージニアさんに転生したGGZ-72さんは共に戦う仲間で、霊界に帰った後も比較的友好的な関係を築けたと思っているが、そんなことは今仮に目の前に立ちはだかっている人物が本当にGGZ-72さんだったとしても関係ない。
【転生マスター】でないGGZ-72さんに魂の記憶はなくこうして敵として相対してしまった以上戦う他ない。
けれど相手の扱うのが『煙草魔法』の魔法だとするならばそれについての情報を知ってる分僕達にとって優位となるはずだ。
相手がGGZ-72さんであったとしても僕は戦う覚悟を決めて改めて目の前の敵へと視線を向けた。
「おい……てめぇ。前に私と何処かであったことがあるか?」
「……っ!」
そんな僕に対しGGZ-72さんと思われる人物は女性らしからぬドスの効いた声で問い質して来た。
恐らく僕に自分の魔法について知られているような対応を取られたことで過去に面識があると思ったのだろう。
この人物がGGZ-72さんとするならば確かに面識はあると謂えるがそれは【転生マスター】である僕達側にとってだけの話だ。
GGZ-72さんに魂の記憶がない以上今回の転生において向こう側から初対面ということになる。
「い……いや……。多分今回が初対面だと思うんだけど……」
「そうか……。けどその割にはさっきは私の投げた煙草が爆発することが分かっていたような対応の仕方だったな」
「そ……それはその……。戦いに出る前に部隊の仲間から敵に煙草を爆発させて攻撃してくる奴がいるから気を付けろと忠告を受けていたからで……」
「ほぅ……。けど私がアークドー軍の奴等に雇われてこの戦場にやって来たのは今日が初めてなんだけどな」
「えっ……そ……そうだったのっ!」
相手を誤魔化そうと思って適当についた嘘が墓穴を掘ってしまい思わず慌てふためいた態度を取ってしまう。
流石にこの程度のことで魂の記憶があるとまでは疑われないだろうけど気を付けるようにしないと……。
「まぁ、何処で私の魔法について知ったかなんてどうでもいい。どの道敵はぶちのめすだけだからな……フゥー」
く……来るっ!。
GGZ-72さんが再び煙草を吹かすのを見て僕も臨戦態勢を取る。
『煙草魔法』の魔法やその雰囲気から僕はもう相手をGGZ-72さんと断定して対応する構えを取っていた。
煙草を爆発させるギミックについて知られていると分かった為かもう投げつけてはこないようだが、そもそも爆発自体はGGZ-72さんの『煙草魔法』の魔法にとって付属の効果でしかなく、その真髄となる能力は僕に更なる警戒を強いらせる程強力なものだ。
以前バージニアさんに転生した時のGGZ-72さんは戦闘において身体能力を上昇させる煙草を多用していた。
『煙草魔法』の魔法は吸う煙草の種類によって自身に様々な能力を付与することができるのだが、強化した肉体で積極的に接近戦を仕掛けるのがGGZ-72さんのお気に入りのスタイルだったようだ。
僕達と違って【転生マスター】でない魂達の個性は転生先の器の性質や生まれ育った環境の影響によって変わってくる。
けれどその本質までは変わることはなく、どのような転生先であろうと若干の違いはあれど大抵は似たような思考や性格をしているはずだ。
この竜人に転生したGGZ-72さんもバージニアさんに転生した時と同じように……。
『煙草魔法』の魔法により強化された肉体で接近戦を仕掛けて来るのだった。
「は……早いっ!」
「おらぁぁぁーーーっ!」
強化された肉体の力で地面を蹴り、更に竜人として持つ背中の翼を羽ばたかせてGGZ-72さんは一気に僕の元へと迫ってくる。
反応が追い付いた時には既にGGZ-72さんは僕の懐の間合いにいて拳を放とうとしていた。
接近戦だというのにこちらは『水剣』の剣を用意する間もない。
どうにかこちらも格闘で応戦するがパワー、スピード、技術、どれもGGZ-72さんの実力に対しまるで及んではいなかった。
数発はGGZ-72さんの拳打を防ぐことができたが、その威力と衝撃に耐え兼ね体勢を崩してしまう。
その隙をついてGGZ-72さんはすぐさま僕の鳩尾目掛けて凄まじい破壊力のある蹴りを打ち放ってきた。
「や……ヤバいっ!」
衝撃で体勢を崩してしまった状態ではとても防御が間に合いそうにない。
僕は右手に握りしめていた《《メルクリオ注射器》》から『注射器の中の媒体』を用いて咄嗟に防御魔法を発動させる。
GGZ-72さんの蹴りが直撃する直前、自身の体を泡状の薄い水の膜で包み込む 『泡の障壁』の魔法が攻撃を防いだ。
「ぐ……ぐおぉぉぉーーーっ!」
しかし『泡の障壁』の魔法で攻撃を防いだにも関わらずGGZ-72さんの蹴りの威力は凄まじくその衝撃により僕は後方へと大きく吹き飛ばされてしまう。
どうにか泡を破らずに済んだため、その膜がクッションとなり僕を蹴りや地面にぶつかるダメージから防いでくれた。
薄い膜のように思えるが《《メルクリオ注射器》》から1トン程の水を凝縮して発動した『泡の障壁』だ。
そう簡単に破れはしないがGGZ-72さんの蹴りから僕を守ってくれた後に弾けて割れその場から消えてしまった。
『泡の障壁』を失った僕を見てGGZ-72さんがすかさず追撃を仕掛けようと再び接近してくるが、僕はホルスターから5本の注射器を『遠隔注射器』で飛ばし迫り来るGGZ-72さんに向けて一斉に『水弾』の魔法を撃ち放った。
『水弾』による迎撃でどうにかGGZ-72さんを後退させることができたがやはり接近戦は僕にとって不利だ。
できれば遠距離からの魔法の打ち合いに持ち込みたいと思い僕は自身の周りに飛ばした注射器から『水弾』の魔法を撃ち続けた。
撃ち落とされる怖れがあるので『自律稼働型注射器』の能力は使わずなるべく僕の元から注射器を離さないようにして。
おかげで大分GGZ-72さんとの距離が離せたところで攻撃を中断し、僕達は互いに呼吸を挟んで次の攻撃の算段を立てる。
僕としてはこのまま遠距離戦を続けたいところだがGGZ-72さんはどういうつもりなのだろうか。
「フゥー……しゃあねぇ。あんまり飛び道具でチマチマと戦うのは好きじゃねぇんだが折角だしあれを使うか」
「あ……あれは……」
徐に煙草を吸うGGZ-72さんの姿を見てまた『煙草魔法』の魔法を発動させているものと思い警戒を強める僕だったが特に攻撃を仕掛けてくる気配がない。
まさか本当に一服するつもりで煙草を吸っているのだろうが。
そんな素振りを更に強めるような意外な物をGGZ-72さんは服の内ポケットから取り出す。
「フゥー……」
「あれは携帯用の灰皿じゃないか。流石『煙草魔法』の魔法なんてものを生み出しただけあって喫煙者としてのマナーもしっかりしてるんだな、GGZ-72さんは」
GGZ-72さんが服の内ポケットから取り出したのは喫煙者達が煙草のポイ捨てを行わない為に持ち歩く携帯灰皿だった。
片手で握れる長方形のケース型の携帯灰皿だが銀メッキに金色の火のついた煙草の装飾が施されていて中々にお洒落だ。
もう一度満足げな表情で煙草を吹かしたところで皿部に煙草の先端を押し付けて消化し、携帯灰皿へと捨てていく。
そんなマナーの良さを感じさせる姿に関心させられる僕だったが、いくら喫煙者のマナーとはいえGGZ-72さんが戦闘中に意味もなくそのような物を取り出したわけはなかった。




