第60話 決死の演技
「大分遅かったけど命令通り跪いたわね。これはやっぱりヴァンは【転生マスター】でなかったってことなのかしら?」
「いや。こちらの狙いに気付いて命令に従っている振りをしているだけかもしれないしまだ断定はできないよ」
「こっちの狙いに気付いたって……。洗礼の儀を授けてからまだ1時間ちょっとした経ってないっていうのにどうしてそんな簡単に見抜けるのよ。洗礼の儀の術式だってちゃんとプロテクトを施してあるし容易に解析できるような代物じゃないはずでしょ」
「いや……。俺がヴァンと共に協力して編み出した『解析注射器』なら上手くいけば可能なはずだ」
「何よ……それ。いくら実の弟だからって施しが過ぎるんじゃないのっ!、VS8-44っ!。【転生マスター】でないあなたが家族に情を移してしまうのは仕方のないことだけれどあなたの本当の仲間は私達であることを忘れないでっ!」
「………」
「そんなにVS8-44を責める必要はないよ、LS2-77。仮にこちらの狙いに気付かれていたとしてもヴァンが【転生マスター】かどうか確かめる手段はある」
LS2-77。
どうやらそれがようやく発覚した新たなアイシアの魂のコードネームらしい。
僕のことを【転生マスター】だと疑っておきながらこうして安易に皆の魂のコードネームを口にするとは『味噌焼きおにぎり』のメンバーの中で一番慎重で狡猾と感じていたSALE-99にしては不用意であるように感じる。
【転生マスター】でないヴェントを交えた状態で円滑に話を進める為なのか、それともこの場で僕が【転生マスター】かどうかハッキリさせる余程の自信があるということなのだろうか。
「確かめる手段はあるって……一体どうするつもりよ、SALE-99」
「ふっ……こっちへおいで、セフィー」
……っ!。
SALE-99に命じられると共に教会の脇の方から1人の少女が姿を現し僕達の方へとやって来る。
その少女は同じウィンドベル村の住民であり僕と同い年の友人であるセフィーだった。
セフィーだけでなく規模の小さいこのウィンドベル村の住民達は皆顔見知りであり、同じ子供達に至っては毎週のように誰かの家に集まって催し事をやるくらい仲が良かった。
確か先週はセフィーの家で皆でクッキーを焼いて食べたんだっけ。
そんなセフィーだが僕達の前に現れた姿は僕と同じ瞳から色が抜け落ち全身を白いオーラで包まれたものへと変わってしまっていた。
恐らく僕と同じでSALE-99達による洗礼の儀の魔法を掛けられているのだろう。
只【転生マスター】である僕と違ってセフィーは完全に精神を支配されSALE-99達の言いなりとなってしまっているようだ。
勿論僕のようにセフィーも【転生マスター】で振りをしていることもあり得るけど可能性としては極めて低いし確かめようもない。
ここはセフィーはSALE-99達の完全な言いなりになってしまっているものと考えるしかないけど一体どのような対応をすればいいんだ。
「あら……誰かと思えばセフィーじゃない。先週は皆で一緒にクッキーを焼いて楽しかったわね」
「はい……私も本当にとても楽しかったです」
「どうやらセフィーにも洗礼の儀を発動させているようだけどこんなところに呼び寄せて一体どういうつもりよ、SALE-99」
「ふっ……そんなのヴァンが【転生マスター】かどうか確かめる為に決まっているじゃないか」
「はぁ……だからそれがどういうことなのかって聞いてるんですけど……」
「だからこういうことさ。君にここにある剣を貸そう、ヴァン。この剣でセフィーを刺し殺すんだ」
「(な……何だってっ!)」
「ふっ……なる程ね。そういうことか」
教会の祭壇に立て掛けていた剣を差し出して僕にとんでもない命令をするSALE-99。
僕にセフィーを殺せだなんて一体どういうつもりなんだ。
「(ぼ……僕にセフィーを殺せだなんてSALE-99は一体どういうつもりなんだ……)」
「(恐らく通常の僕達なら決して実行できないような命令をして【転生マスター】かどうか確かめるつもりなのっ!。僕達が【転生マスター】でなく洗礼の儀による洗脳をちゃんと受けてるなら問題なくセフィーをこの場で刺し殺してしまうだろうけど、もし洗脳が効いていないといないとしたら必ず命令に背いてくるはずと目論んでいるに違いないなのっ!)」
「(違いないなのっ!)」
「(ぐっ……そういうことか)」
「さぁ……早くセフィーを殺せ、ヴァン。それとも僕の命令が聞けないっていうのかい?」
「(くそっ!。僕に自分が【転生マスター】であることを隠す為にセフィーを殺すことなんてできるはずがないっ!。こうなったらもう諦めて【転生マスター】であることを白状するしかないか……)」
「(しかしそれではマスターの身が危険に及ぶことになってしまいますっ!)」
「(じゃあアイシアは僕に自分の身を守る為にセフィーを犠牲にしろって言うの?)」
「(いえ……決してそういうわけではありませんが【転生マスター】だと分かったマスターにSALE-99達が何をしでかすか……)」
「(確かにそれを考えると恐ろしいけど実際にSALE-99達『味噌焼きおにぎり』に対して敵対するような行動を取ったわけじゃないし、隠し立てしていたことを素直に謝れば特に危害を加えられることもないかもしれないよ。なんたって僕はこいつ等のリーダーであるヴェントの実の弟なんだから)」
「(いや……それはちょっと考えが甘すぎるなの、LA7-93。実の弟であろうとここまで周到に準備して転生している奴等が僕達のような不穏分子の存在を許すわけがないなの。まだ今回の人生を無事に送りたいと思うなら絶対にこの場でSALE-99達に僕達が【転生マスター】であることを知られるわけにはいかないなの)」
「(知られるわけにはいかないなのっ!)」
「(じゃあベル達はその為にセフィーを犠牲にしろっていうわけっ!。そんなの冗談じゃないよっ!。僕はセフィーを殺してまで自分の人生を無事に送りたいなんて思わないし、色々と助けて貰ってるベル達の意見を無視して悪いけどSALE-99達に【転生マスター】だと白状するよ。この転生を最後にもう僕の細胞に転生するのが嫌になったっていうならそれで構わないからっ!)」
「(ちょっと待つなのっ!、LA7-93っ!。【転生マスター】であることを知られるわけにはいかないと言ったけど僕達もセフィーを犠牲にするつもりなんて到底ないなのっ!)」
「(到底ないなのっ!)」
「(えっ……それじゃあベル達には何かセフィーを殺さずにこの場を切り抜けられるような考えがあるの?)」
「(確実でないけど1つだけ考えがあるなのっ!。全てはLA7-93の演技力に掛かっているのだけれどとにかく諦めて白状するよりはやってみるなのっ!)」
「(やってみるなのっ!)」
「(分かったよ……。それでその考えって謂うのは……)」
もう諦めてSALE-99達に何もかも白状しようとする僕だったがベル達に最後の足掻きとなる手段を授けて貰った。
確かにベル達の考えなら上手くいけばセフィーを殺すことなくこの場を切り抜けられる可能性はある。
見す見す白状するぐらいなら最後まで抵抗してしまえと奮起し僕はセフィーを殺すよう命令するSALE-99達に対しその作戦を実行に移す。
「………」
「ふっ……何も行動を起こせないところを見るとやはり君には僕達の洗礼の儀は効いていないようだね。そうやって黙ったまま誤魔化そうとしても無駄だよ。このまま正体を隠すつもりなら僕が代わりにセフィーを殺してしまうからね。何もかも白状するなら今の内……っ!」
「………」
「何だ……まさか今更命令を聞く気になったっていうのかい」
僕を挑発するようにセフィーの喉元へと剣を向けるSALE-99。
それに対し僕は洗礼の儀の効果に掛かっている振りをして無言のままその剣をSALE-99から取り上げ、今度は僕自身がその切っ先をセフィーへと差し向けた。
「ぐっ……」
「ふふっ……。どうやらやはりできないよ……」
「ぐあぁぁぁぁーーーっ!」
「……っ!」
その勢いのまま僕はセフィー向けて剣を突き刺そうとするのだが、セフィーの体を貫こうとする寸でのところで突然叫び声を上げてもがき苦しみ出した。
まるでセフィーを殺そうとする自分を必死に押さえつけているかのように……。
「ああぁぁぁぁーーーっ!」
「何だ……。一体どうしたというんだ、ヴァン?」
「ヴェ……ヴェント兄ちゃんっ!。それがよく分かんないけど気が付いたら僕はセフィーを剣で刺し殺そうとしていて……。なんでか分かんないけど今もセフィーのことを殺したくて堪らないんだっ!。必死に自分を押さえつけてるんだけどどうにもならなくて……うわぁぁぁぁーーーっ!」
「アズール……これは一体どうなっている」
「ヴァンの精神が僕達の洗礼の儀に抗おうとしているのか……。しかし演技の可能性もあるのでもう少し様子を見た方が……」
「様子を見るだと……」
「ぐっ……ぐあぁぁぁぁーーーっ!。た……助けて……ヴェント兄ちゃんっ!。このままじゃ僕……ぐはぁっ!」
「ヴァンっ!。おいっ!、大丈夫かっ!、ヴァンっ!」
SALE-99達の前で苦しんで見せているのは勿論僕の演技だが只の演技ではない。
床へと倒れ込みのたうち回る僕は口から血を吐き目からも血の涙を流している。
これは僕の細胞に転生しているベル達により本当にこれ程の苦しみも僕の肉体に与えて貰っているのだ。
それくらいのことをしなければSALE-99達の目を誤魔化し切ることなどできはしない。
まるでこのまま死んでしまうことさえ予期させる程の僕の苦しみようを見て心配になったヴェントが慌てて駆け寄ってくる。
予想通り【転生マスター】でないヴェントには僕のこの姿がとても演技であるとは思えないようだ。
そして僕の身を案じるあまりヴェントはSALE-99に洗礼の儀を止めるよう命令を出す。
「アズールっ!。今すぐヴァンの洗礼の儀を止めろっ!」
「しかし……」
「いいから早くしろっ!」
「はぁ……分かったよ」
「ぐあぁぁぁ……ふぅ……」
洗礼の儀の効果が止んだことを僕の体内で確認したベル達により僕は今度はその場で意識を失わせて貰う。
意識を失われてはもうこれ以上洗礼の儀によって僕が【転生マスター】かどうか調べることはできないだろう。
何より実の弟のこんな姿を見たヴェントがそのような真似を続けることを許しはしなかった。
「これでもう気が済んだだろう、SALE-99。今後はもうヴァンのことを【転生マスター】だと疑うことは許さん。二度と今のようにヴァンを傷付けるような真似はするな」
「……了解」
「俺はこれからヴァンを病院に連れて行く。お前達はついて来る必要はない。セフィーを家に帰した後で今後の計画でも練っておけ」
SALE-99達にそう言い残しヴェントは僕を抱き抱えて教会を後にし病院へと向かって行く。
そしてヴェントにきつく当たれた挙句この場に残されたSALE-99達……。
「あーあ。随分とVS8-44を怒らせちゃったみたいね、SALE-99」
「仕方ないよ。【転生マスター】でないVS8-44にとっては実の弟であるヴァンに対し非情になり切るのは難しいことだからね。だけどVS8-44をこの場に同行させたのはやっぱり失敗だったかな」
「それであんたはまだヴァンのことを【転生マスター】だと疑ってるわけ?。私はVS8-44と一緒でさっきのヴァンの姿が演技だとはとても思えないんだけど」
「確かに本当に苦しんでいるようには見えたね。けどだからといって演技じゃないと言い切れるわけじゃない。そもそもこれまであのような形で僕達の洗礼の儀に抗える者はいなかった。【転生マスター】でないとするなら魂の精神の値と精神系の転生スキルのLvに相当なソウル・ポイントをつぎ込んでいないと不可能なはずだよ。最もVS8-44にああして釘を刺されてしまった以上は僕ももうヴァンのことを疑うわけにはいかないけどね」
「大体あんたにしては今回の計画は色々と杜撰過ぎるのよ。そもそもヴァンが【転生マスター】だったとしても私達の疑いを逸らす為に何の躊躇いもなくセフィーを刺し殺すようなサイコパスな魂だったらどうするわけ?」
「その時は自分の腕を斬り落とせとでも命令するつもりだったさ。だけどまさかあのようなことになるとは思いもよらなかった」
「ですがどちらにせよこれ以上ヴァン君のことを【転生マスター】だと疑うのはあまりにもナンセンスでは?。確かに先程の姿が全て演技だとするならば我々にとって相当な脅威となり得る相手ですが可能性としては極めて低いですし素直にヴァン君のことを我々の戦力として取り込んだ方が得策ではないでしょうか」
「そうだね。CC4-22の言う通り今後は僕もヴァンを疑うことを止めてその方針に従うことにするよ。最も最低限の警戒はさせて貰うつもりだけどね」
どうやら完全ではないがこれでほぼほぼSALE-99達から僕が【転生マスター】だという疑いを晴らすことができたようだ。
しかしだからといって元々の戦力差がある上に僕や村の住民達に施されてしまった奴等の洗礼の儀。
【転生マスター】である僕達には効かないにしてもPINK-87さん達に至ってはいつでも奴等の言いなりにされてしまうという状況になってしまった。
今回のセフィーのように洗脳した皆を人質に取られる可能性を考えると尚更表立って不審と思われるような行動を起こすことはできない。
結局のところ僕達にはSALE-99達に逆らわずヒソヒソと今後の人生を送るしか選択肢はないのだろうか。




