第58話 洗礼の儀
「これよりメノス・センテレオ教団、教皇。神の子ヴェントによる洗礼の儀が執り行われます。信者の皆さんは係りの者の指示に従って順に祭壇へとお上がり下さい」
そう言うブランカの司会の元僕達のウィンドベル村にある教会でメノス・センテレオ教団の洗礼の儀なるものが開始される。
教会の祭壇には黄金と赤色の装飾の入り混じったローブを纏いいつも以上に神々しい姿となったヴェントが祭壇の前へとやって来る皆を待ち受けていた。
今回の催しは『地球』の世界でキリスト教に入信する際に行われてた洗礼と同じようにこの場にいる者達が正式にメノス・センテレオ教団の一員として認められる為のものだと聞いている。
何でもヴェントを通して僕達信者1人1人に神の力を授けてくれるらしい。
如何にも怪しげな催しで裏にはSALE-99達『味噌焼きおにぎり』による何かしらの思惑があるであろうことは明白だったが、神の子ヴェントの兄弟である僕に拒否できるわけがなくPINK-87さん達に連れられて渋々この会場へと洗礼の儀を受けにやって来ていた。
本当に単なる通過儀礼のようなものであれば特に問題はないだろうが、万が一この洗礼の儀が危害を及ぼすようなものであった場合ヴェント達と直接敵対してでも儀式を止めるべきだろうか。
昨日突然この洗礼の儀が行われる通達を受けた僕は未だ覚悟が定まらず不安と緊張に苛まれた状態で席へと座り祭壇の前と進んで行く他の信者達の様子を見守っていた。
「おお……ヴェント様」
「信者ダースウェン……汝に神の力を授け給う」
「お……おおっ!。ヴェント様を通じて私にも神の力が……。体の奥から凄まじい力が溢れ出てきますっ!」
祭壇に立つ自らの前にやって来た信者に対し、ヴェントは日差しがちょうど祭壇を照らすように設置された教会の天窓から不思議な光の球を舞い下ろす。
その光の球はまるで浸透していくように信者の身へと吸い込まれていき、それと同時に信者の体が淡い透明な輝きに包まれる。
自らに神の力が授かったことが実感できたのか、洗礼の儀を終えた信者は歓喜に満ちた表情を浮かべていた。
「(ヴェントの授けたあの光は一体何なのかな……。光を授かった皆の体に悪影響を及ぼすようなものじゃないといいけど……)」
「(住民達のことも心配ですがそれよりも今は我々がどうするかを考えるべきではありませんか、マスター。この《《洗礼の儀》》がヴェント達『味噌焼きおにぎり』の策略であることは明白。このままあの光を授けられてしまえばマスターの身に一体何が起こるか……)」
「(だけど僕達はこれでも神の子であるヴェントの兄弟の身なんだよ。儀式を受けるのを拒否なんてしたら折角これまで欺き通して来たのにまた奴等に【転生マスター】だと疑いを掛けられることになる。ここは僕達も大人しく洗礼の儀を受けるしかないよ。幸い僕の体の中には細胞に転生したベル達がいる。万が一あの光が僕の体に悪影響を及ぼすようなものだったとしても対処して貰えるはずだよ)」
「(それは勿論だけど完全に対処し切れるかどうかは分からないなの。それでもLA7-93は儀式を受けるつもりなの?)」
「(受けるつもりなの?)」
「(うん。今のところ儀式を受けた人達に目新しい変化は見られないし……。取り敢えず僕もこの場は儀式を受けてその後で対処法を考えようと思う。儀式を受けた後では手遅れになる可能性を承知の上でね。子供っぽく駄々をこねて逃げ出すことも可能だろうけどPINK-87さん達や村の住民達はヴェント達の教団に心酔し切っているしそんなことしたら皆との関係が悪化してしまう。それにヴェント達『味噌焼きおにぎり』と僕達の戦力差を埋める手段が見つかるまでの間はできる限りにあいつ等に従っている振りをしておきたいからね)」
「(分かったなの。今まだ事を荒立ててヴェント達から敵意を向けられるような真似は避けたいっていうのは僕達も同意見だしLA7-93の言う通りにするなの)」
「(言う通りにするなの)」
「(私も不本意ですがこの場はマスターの考えに従います……)」
『味噌焼きおにぎり』の策略であろうことは容易に予想できたことだけど僕達は相談の結果大人しくこの洗礼の儀を受けることにした。
洗礼の儀を拒否すれば僕のメノス・センテレオ教団内での立場が悪くなり今後の行動に支障をきたす可能性もある。
危険ではあるけれどヴェントの兄弟である点を利用し教団内で高い地位に登りつめれることができれば『味噌焼きおにぎり』の目的について更に情報を得やすくなるかもしれない。
アイシアの言う通り僕も不本意ではあるけれど今はなるべくヴェント達に協力する姿勢を見せて信用を勝ち取った方が得策だ。
「ヴェント兄ちゃん……」
「恐れることはないよ、ヴァン。この儀式は神の忠実なる僕である皆に神の力を分け与える為のものだ。さぁ……不安を取っ払ってヴァンもこの神の力を受け入れて……」
「う……うん」
ヴェントに促されるまま僕はその身にへ光の球体を受け入れていく。
まるで僕の中にある穢れが全て洗われていくような不思議なリラックス感に包まれそれと同時に体の奥から凄まじいエネルギーが溢れ出てくるような感じがする。
これがヴェントの言う神の力なのだろうか。
この洗礼の儀が単純に信者である僕達に力を向上させ教団の戦力を増す為のものだとしたら僕達にとって嬉しい限りだけど果たして何の枷も付けずに力だけを授けることなどあり得るのだろうか。
それとも洗礼の儀を授ける者達は裏切る心配がない程自分達を心酔していると高を括っているのか。
洗礼の儀を受け終わった後僕はトイレに行く振りをして席を立ち、先日ヴェントに共に術式を構築して貰った『解析注射器』を用いて自分の身に起きた変化を調べていた。
「(どう?、ベル、ベルル)」
「(こ……これはなの……)」
「(なの……)」
僕の脳細胞としての機能も持つベル達は【転生マスター】としての意識で僕以上の演算能力を持って解析を行ってくれる。
正確には『解析注射器』によって解析できている情報の量には変わりはないのだが、脳から信号を受信する僕よりも解析を行っている脳自体と直結することのできるベル達の方がより詳細な解析結果を把握することができるということだ。
勿論脳細胞に転生したところで【転生マスター】でなければ意識としてその情報を把握することはできないし、その肉体の持ち主である今回でいえば僕も【転生マスター】でなければその情報を伝えることもできはしない。
そしてそんなベル達に解析して貰ったヴェントの洗礼の儀についてだけど……。
「(どうやらこれは儀式を受けた者達の魔力も含めた全般的な能力を高める為のもののようなの)」
「(ようなの)」
「(なる程……。やっぱり教団への信仰度の高いこの村の人達の能力を増強させることで自分達の戦力を増強させるのが狙いだったんだね。でもそれなら僕の能力も向上したってことだし大人しく儀式を受けて正解だったかな)」
「(いや……。それがこの洗礼の儀には受けた者の精神を支配する為の術式も組み込まれているようなの……)」
「(な……なんだってっ!)」
不本意ではあったものの洗礼の儀を受けたことで自身の能力が強化されたと聞かされ僕は安心するとと共に若干の喜びを露わにする。
しかしその束の間の内にベル達から知らされた洗礼の儀の更なる事実。
それは洗礼の儀を受けた者達の精神を支配するというとんでもなく恐ろしいものだった。
ベル達の話では常時精神を支配するというわけではなく、恐らくヴェント達が引き金となる魔法を発動することで一定の間対象者を自分達の言いなりにできるというもののようだ。
僕は能力を向上させる引き換えにいつでもヴェント達の意のままに動く人形とされてしまう枷をその身に掛けられてしまった。
安堵から一転僕は底知れぬ絶望の底へと突き落される僕だったがこの洗礼の儀の精神を支配されるという枷を【転生マスター】としての思わぬ力を持ってして打ち破ることとなる。
しかしヴェントやSALE-99達はそれすらも逆手に取り僕に対しとんでもない策略を企てていたのだった。




