第20話 細胞レベルでパワーアップ
目の前に抹茶に重油を混ぜたような異様な色合いと臭いを放つ液体が注がれたカップが置かれている。
いくら父さんの店の高級カップに注がれていようとこれが人の飲み物であるだなんて誰も受け入れられないだろう。
っていうか普通の人が飲んだら確実に死ぬ。
「ぐっ……。本当にこれを飲まないといけないの……」
驚くべきことにこの異様な液体はポーションであり、調合したのは他の誰でもなく僕自身だ。
僕の体の細胞に転生したBELL-55とBELL-56の指示に従い僕はこのポーションを調合した。
誰にも見つからないよう深夜にこっそりと部屋を抜け出して。
「このようなもの絶対に口にしてはいけませんっ!、マスターっ!。1口でも体に取り込んでしまえば確実に命を落としてしまいますっ!。やはりこれはマスターの体の細胞に転生したという輩達の陰謀ですっ!。尤もらしいことを言って我々を騙し自ら命を落とすよう仕向けるつもりなのですっ!」
自分で調合しておいてなんだがアイシアの言うことは尤もだ。
なんせこのポーションはアマルガンナ鉱物、ネペランティスの葉、それにドミナ・ヴィ・ラティオの霊物質。
どれもそのまま摂取すれば致死率100%の物質から成分を抽出して調合したものだ。
どれだけ高度な錬金術を用いて調合したところでその致死率が変わることはないだろう。
だが僕は自身の体の細胞に転生したBELL-55とBELL-56からこのポーションを調合して飲むように言われてしまった。
何でもこのポーションに含まれる成分を取り込むことで彼等の細胞が大幅な進化を果たすことが可能でそれに伴い細胞の持ち主である僕自身も大きくパワーアップすることが可能となるようだ。
普通なら死に至る成分であっても彼等なら僕の命を守りつつその身に取り込むことができると言っているが……。
「(陰謀なんかないなの~っ!。確かに危険な成分が一杯含まれたポーションだけど僕達がいれば死ぬことなくアルの体に取り込むことができるなの~っ!。冒険者になる為に肉体をパワーアップさせたいなら勇気を出して飲むのなの~っ!」
「(飲むのなの~っ!)」
「そ……そりゃパワーアップさせてくれるのは嬉しいけどさ……。いくらなんでもこんな危険なもの飲ませなくたって……。他のものじゃ駄目なの?」
「(大丈夫だけど冒険者になれるくらいパワーアップしたいならこれじゃなきゃ駄目なの~。もっと安全な物質で段階を踏んで強化していく手もあるけどそれだと時間が掛かり過ぎてしまって今年の冒険者試験にはとても間に合わないなの~。今年の冒険者試験まであと2週間ぐらいしかないなの~。なんとしても今年の内に冒険者試験に合格したいって言ったのはアルの方なの~)」
「(アルの方なの~)」
「うぅっ……」
「(いいから僕達のことを信用して早く飲むのなの~。【転生マスター】なんだからちょっと死ぬかもしれないぐらいで一々ビビってるんじゃないなの~)」
「(ビビってるんじゃないなの~)」
「ど……どうして【転生マスター】だったらビビっちゃいけないんだよっ!」
「(だって【転生マスター】だったら死んでも霊界に帰るだけだって分かってるはずなの~)」
「(分かってるはずなの~)」
「そうだけどそれでもやっぱり死ぬのは怖いに決まってるだろっ!。それにこんなことで無駄死にしちゃったらわざわざ自分から声を掛けてまで僕の母親のソウルメイトとして転生してくれたPINK-87達に悪いし……。PINK-87達は【転生マスター】ってわけじゃないんだしこんな若さで僕が早死にしちゃったらきっと凄く悲しむよ」
「(じゃあ今年の冒険者試験は諦めて来年受けることにするなの~。それならもっと死ぬ可能性の低い物質でも大丈夫なの~)」
「(大丈夫なの~)」
「い……いや……。確かにその方が安全そうだけどもうポーションも調合しちゃったわけだしここで尻すぼみするのも何だか勿体無い気が……」
「(だったらつべこべ言ってないで早く飲むなの~っ!。あんまりグズグズしてるともう協力するの止めちゃうよなの~っ!)」
「(止めちゃうよなの~っ!)」
「わ……分かったよっ!。飲めばいいんだろっ!、飲めばっ!」
「マ……マスターっ!。冒険者になる為の試験なら毎年開かれてるようですし何もここでこんな無茶しなくとも……。我々の年齢もまだ10代前半なわけですし1年ぐらい我慢すれば……」
「いや……BELL-55とBELL-56の言う通りこれくらいのリスクも許容できるようになっておかないと僕達の【転生マスター】としての力を活かせないよ。死に対して正しい理解があるのも【転生マスター】の利点の1つなんだから、自分が死ぬことに対してさえもリスクとリターンをしっかりを天秤に掛けられるようになっておかないと……」
「だ……だとしてもこの行為はリスクの方が遥かに大きすぎると思うのですが……」
「リスクの方が大きかろうと死を恐れないで行動できるようになるのが今回のリターンなのっ!。もう覚悟は決まったしいくよ。万が一僕が死んじゃったらPINK-87さん達が悲しまないよう上手く事情を説明しておいてね。勿論【転生マスター】のことはバレないように」
「畏まりました……」
「それじゃあ……うおぉぉっ!」
「(うおぉ~、ついにいったなの~)」
「(いったなの~)」
アイシアの制止を振り切り僕は思い切って自身で調合した致死率100%のポーションを一気に飲み干した。
勿論死ぬのは怖い。
だが【転生マスター】となったことで死ぬことへの恐怖や抵抗が多少なりとも希薄になってしまっていたのだろう。
しかしそれ以上に大きいのは仮にこれだけ危険なポーションを飲んでBELL-55とBELL-56が僕の体の細胞に成分を取り込むに成功した場合一体僕はどれ程の力を得ることができるのか。
言ってみれば自身の死を賭け金としたギャンブルに挑みたくなってしまったのだ。
普通に転生している魂達は死んだ後自分達がどうなるかなんて知る由もない。
魂の存在を信じるかどうかはその時に転生している自分の意識次第だが例え信じていたとしても軽々しく命を捨てることはできないだろう。
自殺行為にも等しいこんな真似【転生マスター】として魂や霊界が存在する確証がなければまずできないことだ。
「うぅっ……不味い……」
「(良い飲みっぷりだったなの~。自分達で焚きつけておいてなんだけどアルはやっぱり度胸がある奴なの~)」
「(度胸がある奴なの~)」
「ふぅ……。まぁ、君達の言う通り【転生マスター】として普通に転生してる魂達よりは死ぬことへの抵抗も少ないからね。死んでもまた世界に転生さえすれば何度でも人生をやり直せることが分かってるわけだし……」
「(だけどもしこれが自殺行為と見做されたら閻魔大王にソウル・ポイントを大量にしょっ引かれて地獄行きを言い渡されてしまうかもしれないなの~)」
「(しれないなの~)」
「なっ……もうポーションを全部飲んじゃった後でそんなこと言わないでよっ!。ここで死ぬだけならそこまで問題ないけど地獄行きになんてなったら流石に割に合わな……ぐふぅっ!」
「マスターっ!」
ポーションを飲んで暫くして僕の体に腹部から強烈な激痛が走る。
痛みに耐え兼ねて咳き込んだ僕の口からは大量の血が吐き出されていた。
どうやら致死率100%のポーションを飲んだ弊害が現れてきたようだ。
その後も発熱や強い倦怠感等が次々と襲い掛かり僕は朦朧とした意識で地面へと倒れ込み身動きが取れなくなってしまう。
「(おお~っ!、これは暢気に話してる場合じゃなかったなの~っ!。早く対処しないと本当にアルが死んじゃうなの~っ!)」
「(死んじゃうなの~っ!)」
「あなた達の言葉を信用しマスターは危険を承知で今のポーションを飲んだのですよっ!。もしマスターの身に何かあれば私は決してあなた達を許しませんっ!」
「(文句言う暇があったらアイシアもアルと僕達が無事生還できるように手伝って欲しいなの~っ!。勿論僕達も失敗してアルを死なせるつもりなんてないけどできる限りの手は尽くした方がいいなの~)」
「(尽くした方がいいなの~)」
「ぐっ……では私は一体何をすれば良いのですか?」
「(氷かなんかでアルの体をなるべく冷やした少しずつでいいから水を飲ませてあげて欲しいなの~。アルの体の状態が少しでも良くなればアルの体の中にいる僕達も対処がしやすいなの~)」
「(しやすいなの~)」
「分かりました。こうなった以上私もできる限りの協力をしますから何としてもマスターを死なせることのないようにお願いしますっ!」
BELL-55とBELL-56の指示を受けてアイシアは僕の体を真っ直ぐ仰向けになるよう寝かせて氷や毛布を取りに行く。
なんとしても僕を助けようとアイシアも必死だ。
朦朧とした意識の中で僕は自分の取った行動を後悔していたけど今更そんなこと思ってももう遅い。
「(僕はアルの体の抗体を増やす為に白血球とリンパ球、それに対消滅細胞を増殖させるからそっちはアニマ細胞とプリズムバリア細胞をお願いなの~っ!、ベルルっ!)」
「(了解なの~っ!、ベルっ!」
生死を彷徨う意識の中でBELL-55とBELL-56が僕の体の中で必死にポーションの成分と戦っているのが感じられる。
僕の体の中で様々な細胞を増殖させて対抗しているようだが『地球』の世界では聞いたことのないような細胞の名前を沢山口にしていた。
ベルとベルルというのは彼等が互いを呼び合うニックネームだろう。
暫くしてそんな彼等の会話も聞くこともできなくなり僕の意識は深い暗闇へと落ちて行った。
次に目が覚めた時僕は無事パワーアップを果たしているのか、それとも次の『ソード&マジック』の世界においての6回目の転生を迎えているのか。
全てはBELL-55とBELL-56、アイシアの頑張りに掛かっている。
完全に意識を失った僕にはもう気力を振り絞ることもできはしなかった。




