第117話 被験者達の反乱
「失礼しますよ。ベルモンデス、いますかー?」
「おお、これは所長。本日はどういったご用件で?」
「実は1週間後に我々の施設の支援者達を集めて被験者達のお披露目会をすることにしましてね。引き続き我々の活動を支援して頂く為にもあなたの被験者にも是非参加して頂きたいのです。特にあのデルトゥーカ、スヴィェートと2人の勇者である子供達の実験の成果に関しては素晴らしい報告が上がってきているようですのでね」
「なる程……。そういうことでしたら是非させて頂きます」
「お披露目会では他の研究者の被験者達と実戦形式で戦って貰うことなります。あなた方のお相手はサーディの被験者達を予定しておりますのよろしく。……では」
ミーズ・ニーズ教団によるこの施設の襲撃作戦の決行まで訓練に精を出していた僕達だけど、そんなある日ここの所長が僕達の訓練場へとやって来てベルモンデスさんことMR9-72さんに対しある通達を行った。
それによるとどうやら僕達は他の研究者の被験者達と実戦形式での戦闘を行わなければならないらしい。
施設の支援者達に自分達の研究の成果をアピールする為の催しのようだけど今の僕達にそのようなことをしている余裕はあるのだろうか。
「はぁ……よりによってサーディのところの被験者が相手ですか……」
「それより実戦形式での戦闘なんてそんな危険な催し引き受けて良かったのっ!、MR9-72さんっ!。ミーズ・ニーズ教団の人達がこの施設を襲撃する日が近いんでしょう。僕達だって内部から皆に呼応しないといけないのにそんな大事な作戦を前に余計な怪我なんか負っちゃったら……」
「所長の要求を断れば我々が良からぬ企てをしていると怪しまれることになりますし仕方ありませんよ。サーディのところは皆完全に精神が狂ってしまうまでに拷問と実験を受け続けた危険な被験者達ばかりですがまぁ、死なない程度に頑張ってください」
「くっ……自分は戦うわけじゃないからって簡単に言ってくれちゃって……」
結局僕達はもう去ろうとしているこの施設のPRの為に危険な戦闘をしなければならないことになってしまった。
そして1週間が過ぎ会場へと連れて来られた僕達は対戦相手である被験者達と対峙することとなる。
「はははっ。実に5年ぶりですな。この最高のショーが再び開催されるのは」
「ええ。今回は一体どのようなショーを楽しませてくれるのでしょうか。貴重な実験材料が減ってしまっては所長は困るでしょうが私としてはどちらが死ぬまで戦いを続けて欲しいものです」
「精神のイカレタ連中達による無慈悲なまでの殺戮ショーこそがこの催しの最大の魅力ですからな。以前に素手で相手の肉体を細切れになるまで引きちぎったあの女の実験体はなんと謂いましたかな。ほら、あの長く美しい紅の髪に同じくガーネットの宝石のように真っ赤な輝きを放つ瞳をした……」
「ああ、確かフライヤさんと謂いましたかな。できることなら彼女にも参戦頂いてまたあの殺戮ショーをお見せ願いたいものです」
戦いの為僕達が連れて来られたのはこの施設の最下層にある殺伐とした雰囲気のとても巨大な闘技場だった。
中央のリングを囲むように広大な観客席が用意されていて、この施設の支援者達と思われる如何にも捻くれて卑しい雰囲気を放つ者達が厭らしい表情を浮かべて僕達の戦いが始まるのを待っている。
僕達が殺し合う姿を安全な場所から高見の見物をする優越感に早く浸りたくて仕方ないのだろう。
あんな下劣な人達には一体どんな魂が転生しているのだろうか。
転生先の世界での生まれ育った環境等によってああなってしまっているのか、それとも転生している魂自体もあのような性質を持っているのだろうか。
控室から欲望と悪意の渦巻く会場の様子を見て僕はそんなことを考えていた。
「久しぶりね、ベルモンデス。今日こそ私とあなた。どちらが研究者としての力量が上であるかを分からせてあげるわ」
「別に私は立場の優劣など気にしておりませんがね。自分の好きなように研究をさせて貰えればそれで満足です。特にここ数年の間は所長から大変興味深い素材をお預け頂いているのでね」
「例の2人の勇者の間に生まれた子供達のことね。そこにいる3人の可愛い小蟹さん達がそうかしら」
「………」
僕達の相手の研究者であるサーディは灰色がかった水色の髪を後ろで束ね、据わった目付きで冷たい雰囲気を放つ女性だった。
MR9-72さんに対する態度からしてかなり気の強い性格もしていそうだ。
研究者としてMR9-72さんのことを敵視しているようでとても高圧的に接して来ているのだが、そんなサーディに蔑まれるような視線を向けられ僕達もジッと黙ったまま好戦的な目付きで睨み返す。
「ふっ……なんて生意気そうなガキ共なのかしら。まぁ、その方が潰し買いがあるというものだし別に構わないけどね。それじゃあ下でまた会いましょう、ベルモンデス」
まだ子供であるにも関わらずまるで怯んだ様子を見せない僕達に嫌気が差したのかサーディは軽口を叩いてこの場を去っていく。
次にサーディと会ったのは戦いの舞台となるリングで僕達の戦いの相手になると思われる被験者達を連れて来ている時だった。
「こいつ等が噂の2人の勇者の間に生まれた子供の被験者?、サーディ」
「そうよ、モルモス。見れば分かると思うけど7つの鋏の異名を持つデルトゥーカから受け継いだあの片腕の背中の鋏には気を付けなさい。単なる鋏ということはなくベルモンデスによって何かしらの小細工が施されているでしょうから」
「ふぅん……」
リングの上で僕達と対峙するサーディは5人の被験者を引き連れていた。
1人は今僕達に興味津々な視線を向けているモルモスという名の短い金髪の少年だった。
歳は今の僕達と同じで恐らく5歳前後。
無邪気な子供のように思えるが僕達に視線を向けながら笑みを浮かべ異様な殺気を感じさせていた。
「フライヤはこいつ等のことどう思う?」
「別に……」
「あれれ?。今日は久々に暴れられる日だっていうのに随分としおらしい感じじゃないか。らしくないよ。折角なんだから前回みたいにまた鮮血の殺戮ショーを見せてくれよ」
「………」
モルモスの横でひっそりと佇む僕達より少し年上、大体ダルカと同じくらいの年頃と思われる紅の長い髪のとても子供とは思えない美しさをしたフライヤという女の子がいた。
MR9-72さんの話ではサーディの被験者達の中で彼女が一番の狂気を秘めた超危険人物ということだが今のところそんな感じはせず、正直全体的にその鮮明且つ力強い赤い色合いに包まれた印象が放つクールさとホットさと兼ね揃えた美しい雰囲気に完全に魅了されてしまっているくらいだ。
他の3人の被験者達はというと僕達やダルカより更に年上で15歳から18歳ぐらいと思われ体格も1回りも2回りも大きかった。
しかし3人ともその年齢に相応する落ち着きのようなものは感じられず、モルモスと同じく早く目の前にいる僕達のことを傷めつけたくてウズウズしているという感じだった。
そんな中でもフライヤは1人落ち着き払ったような態度を保っているのだが、一番の狂気を秘めているはずの彼女がそのようにしているのには何か理由があるのだろうか。
「さてと……では支援者の方々を代表してゾルディアス財閥のゼルファース様にご挨拶を頂きましょうか。さぁ、どうぞこちらへ、ゼルファース様」
所長に呼ばれてゼルファースと呼ばれるオールバックの白髪に長い白髭を生やした如何にも偉そうな雰囲気をした男性の老人が僕達のリングへとやって来た。
支援者を代表してということはそれだけこの施設への出資金も大きいということなのだろうか。
そのゼルファースの挨拶が終わり、今度は僕達の施設側を代表してサーシャの被験者であるあの紅の髪の美しい少女、フライヤがゼルファースに対し返礼の品を手渡す番がやって来た。
こちらを代表してということはフライヤもまた僕達被験者の中で一番成績が優秀とされているということだ。
これと同じ前回の催しで優秀な成績を残したというのもあるのだろうが、これまでMR9-72さんに色々と力を授けて貰った身としては悔しい。
「さぁ、早くゼルファース様に返礼の品をお渡しなさい、フライヤ。今回所長が用意して下さった品は最高の吸血鬼種族と謳われるサンスエテ族の吸血牙よ。ゼルファース様もきっとお気に召して下さるわ」
「……嫌よ」
「……っ!。なんですって……」
「もうあなた達の言いなりなんて懲り懲りだって言ってるのよ。いい加減そのゲスな口調で私に命令するのを止めてちょうだい」
「フライヤ……たかが実験素材の分際でこの私にそのような態度を取って……。あなた達には我々に対する絶対服従の魔法が掛けられていることを忘れたの。私に歯向かえばあなたの肉体と精神、その両方に死んだ方がマシと思える程の苦痛を味わうことになるのよ」
「まぁまぁ、サーシャさん。戦いを前に彼女も少々気が経っているのでしょう。返礼の品なら私の方から受け取りに行きますのでどうかお構いなく……」
「えっ……ゼルファース様」
サーシャから命じられてもフライヤはどういうわけかゼルファースの元へと品物を私に行こうとはしなかった。
MR9-72さんと協力関係にある僕達と違って彼女達には皆この施設の者達に対する絶対的な服従の魔法が掛けられているはずなのに……。
「(あ……あのフライヤって子一体どういうつもりなんだろう。僕達と違ってあの子達には強力な服従の魔法が掛けられているんじゃなかったの?、MR9-72さん)」
「(さぁ……検討は付きませんがなんだか嫌な予感がします。なるべく彼女達から距離取って後ろに下がっていて下さい)」
「さてと……フライヤさん。返礼の品を頂く前に私の方からもちょっとしたサプライズがあるの。まずは私の本当の姿を見て貰おうかな」
「えっ……」
フライヤの前へと歩み寄ったゼルファースの口調が……いや、声質までもが突然女性の物へと変わってしまう。
それに戸惑っている内にゼルファースは今度は自身の顔へと手をやり、顔面の皮膚をまるで張り紙のように破り捨ててしまった。
そしてその破り捨てらえた顔の下からはフライヤと全く同じ。
紅の長い髪にガーネットの宝石のような瞳をした大人の女性が姿を現したのだった。
「やっと会えたわね……フライヤ」
「ええ……母さん」
「あ……あの……ゼルファース様。これは一体どういう……」
「これはあらゆる呪いを解くことのできる解呪石の鉱石よ。これであなたの身に掛けられた服従の魔法も解くことができるわ」
「そ……それはまさか……」
所長やサーディを含めこの場にいる僕達いる全員がまるで状況が理解できないままゼルファースから姿を変えた紅の髪をした大人の女性とフライヤのやり取りは続いていく。
続いて女性は服のポケットから綺麗な藍色の宝石を取り出して見せるとフライヤへと向けて掲げるのだった。
そして解呪石と呼ばれたその宝石が眩い光を放ったその次の瞬間……。
「ぐはぁっ!」
「あはっ!、あははははははっ!」
「え……ええぇぇーーっ!」
ゼルファースから姿を変えた女が取り出した宝石の輝きを受けた直後、突然フライヤの姿がその場から消える。
不意に聞こえてきた悲鳴に慌てて僕達がそちらに目を向けるとそこにはフライヤによって素手で腹部を貫かれたサーシャの姿があった。
更にその後フライヤは腕を引き抜いた後素手サーシャの体を次々と引きちぎっていき、まさに粉のように細切れとなってその場の地面へと降り積もった。
「さぁ、ついでだからあなた達の服従の魔法もこの解呪石で解いてあげるわ、モルモス、エターニャ、ディルタイ、メレオ。これまで私達を散々弄んできたここの奴等とあの醜い観客共を心行くままに血祭にしてあげなさい」
「はははははっ!。何がどうなってるのかしらないけど最高だよっ!、フライヤっ!。あとそっちのいきなり爺さんから姿を変えたフライヤの大人番みたいな人っ!。今回のことは全部あなたが計画してくれたのかい?」
「そうよ。解呪石はまだいくつかあるから他の仲間達も服従の魔法から解放してあげてきなさい」
「よしっ!。なら僕はあの2人の勇者の間に生まれた子供達を解放しに行ってくるよっ!。ついでだからあのいつもスカした態度でムカつく汚らしいおっさんの研究者もぶち殺してやろう」
一体何が起こっているのか状況を把握するのが大変だが、どうやらあのゼルファースに変装してこの場に潜り込んでいたと思われる女によってサーシャの被験者達に掛けられいた服従の魔法が解除されてしまったようだ。
サーシャだけでなく他の施設の職員に対しても反抗できるようになったモルモスがベルモンデスさんことMR9-72さんに向かって右手に光で生み出した短剣を構えて襲い掛かってくる。
僕はMR9-72さんを庇いそんなモルモスを右手の鋏を振るって薙ぎ払った。
「おっと……軽く払われただけだっていうのに物凄いパワーだ。流石は2人の勇者の間に生まれた子供達のことはあるね。これは先に君達の服従の魔法を解いてあげた方が良さそうだね」
MR9-72さんへと襲い掛かったのを僕に阻まれたモルモスは恐らく他の被験者達の服従の魔法を解くのに使ったと思われる藍色の石へと僕へと向けて翳してくる。
石から青白い光が放たれ本来ならこれで僕達の中にある服従の魔法は解除されることになったのだろう。
しかし【転生マスター】同士としてMR9-72さんと協力関係にある僕達には初めからそのような魔法等掛けられてはいなかった。
「さぁ……これで君達ももうそんな汚らしいおっさんの研究者に従う必要はないよ。僕達と一緒にこれまで僕達を散々虐げてきたこいつ等に復……っ!」
僕の服従の魔法を解除したと思い意気揚々な態度を取るモルモスに対し僕は背中の上部2つの鋏から『爆風水撃』の魔法を撃ち放つ。
不意の攻撃に反応できなかったモルモスはその直撃を受けて大きく吹き飛ばれていった。
「僕達には初めから服従の魔法なんか掛けられていないっ!。僕達のパワーアップの為に親身になってくれたMR9……じゃなくてベルモンデスさんに手出ししたらタダじゃおかないぞっ!」
「お見事、ウルカ君。しかし今は彼等の相手をするよりこの場を避難した方が良いでしょう。騒動に巻き込まれる前にさぁ、早くっ!」
MR9-72さんに促され僕達はこの最下層の闘技場から早々と立ち去っていく。
僕達が立ち去った後でゼルファースに変装していた女やフライヤ達によって他の全ての被験者達も服従の魔法から解放され、この施設は狂気の被験者達が暴れまわるまさに地獄と化してしまったのだった。




