第112話 スヴィェートという人物について
「あの程度の連中に尻尾を巻いて逃げ出してくるとはらしくないじゃないか、LM8-76。しかも今回お前は【転生マスター】にしてスヴィェートという勇者に転生していたのだろう」
「確かに手強そうな相手だったけど返り討ちにしようと思えばできたわ。だけどこの国における勇者としての立場から退く良い機会だったのよ。これで私は死亡、もしくは行方不明扱いとなって比較的に自由に動き回れるようになったわ」
「けれど折角産んだお前とデルトゥーカ、2人の勇者の血を引く子供達を置き去りにして良かったのか。我々の戦力となることを期待してわざわざあの蟹の勇者をそそのかしたのだろう」
「ええ……けれどダルカにウルカにアイシア、3人共私達のソウルメイトでなかったし戦力とするのは危険すぎるわ」
「ソウルメイトでなくとも幼少期からの教育次第で戦力として組み込むことは十分に可能だろう。それに最近生まれた双子の子供の方は赤ん坊にしてお前を襲った連中の片割れを打つ破る程の力を秘めていたのだぞ」
「確かにウルカとアイシアの持つ潜在能力は計り知れないわ。けれどあの2人は恐らくだけど私達と同じで【転生マスター】よ」
「何だと……何故そんなことが分かる」
「あの2人は生まれて間もない頃から明確な意図を持って周りの物に興味を惹かれていたわ。暦や時計は逐一チェックしていたし、新聞や他の情報系の書物にも赤ん坊でありながら必死に目を通そうとしていた。【転生マスター】として自分達の生まれた状況の把握に努めていた何よりの証拠よ。あなたも【転生マスター】なんだからこの話を聞けば容易に予測は付くでしょう」
「まぁな。だが確かに【転生マスター】とあっては尚のこと我々の戦力として組み込むわけにはいかなかったな」
「ええ。どのような教育を施したところで生まれた瞬間から魂の記憶と思考を有する私達【転生マスター】を手懐けることはできないでしょうからね。今の内に始末してしまうか、思い切って【転生マスター】同士として協力を求めるか悩んでいたところだったんだけどモタモタしている間にあの襲撃者の女に搔っ攫われてしまったわ。本当は連中がウルカ達も始末してくれることを期待していたんだけどそう上手くはいかなかったみたいね」
「恐らく奴も自分の戦力とすべく連れ去ったのだろう。【転生マスター】でない奴にはお前のように決してあの双子を手懐けることが不可能であることなど気付きようがないだろうからな。最も奴も服従の魔法を掛けるぐらいの手立ては考えているだろうが」
「まぁ、ウルカもアイシアにもこちらも【転生マスター】であることは知られてはいられないだろうし手元から放してしまっても大丈夫でしょう。精々奴に育てられたウルカ達がこの国とメノス・センテレオ教団の連中を掻き乱してくれることを期待しましょう」
「ふっ……そうだな」
僕達が生まれた屋敷からそれなりの距離が離れた森林の暗がりの中、2人の女がある会話を行っていた。
その2人の会話から察することのできる衝撃の事実。
そのような事実に気付くことなく僕達は僕達を襲った水色の髪の女に共に乗せられた馬車の中で何処へと連れて行かれようとしていた。
「(もう丸2日以上馬車に乗って移動しているね。一体僕達を何処に連れて行くつもりなんだろうか)」
「(さぁ……それについては定かではありませんが窓からの景色で先程ジャックスライドの街の標識があるのが見えました。どうやら私達は今ノーズリアンテのエリアの辺りを移動しているようです)」
「(ノーズリアンテか。確か以前の転生の時に僕達が協力関係にあったミーズ・ニーズ教団の支配力が強い地域だ。国土の殆どをヴェント達メノス・センテレオ教団に牛耳られている中でそれ以外の地域で転生できていたのは幸いだった)」
「ほら、ミルクだ。飲め」
「おぎゃおぎゃっ!」
ありがとう。
僕達を襲撃した上にリティシアさんの命を奪った仇だとしてもちゃんとお礼は言っておくよ。
「お前にはビスケットと水だ」
「あ……ありがとう」
んちゅっ!、んちゅっ!。
アイスラッド。
それが僕達を連れて行った水色の髪の女の名前だった。
アイスラッドから手渡された哺乳瓶を頬張り僕とアイシアはゴクゴクとミルクを飲み干していた。
PINK-87さんやスヴィェートさんの栄養満点の母乳ではなく、それなりの品質の市販されている物だったが何も貰えないよりはマシだ。
ダルカも貰ったビスケットを美味しそうに頬張っている。
食事に対してはしっかりと気を遣って貰えたことに僕達は一応は感謝の意を表していた。
「(はぁ~、美味しかった。僕達を襲った相手とはいえこうして食事に気を遣って貰えるのは有難いね。最もPINK-87さんやスヴィェートの母乳の質には遠く及ばないけど……。アイスラッドはスヴィェートさんは逃げ延びたと話していたけど今頃どうしているのかな。本当にちゃんと無事でいてくれるといいんだけど……)」
「(それについてなどですが、マスター。実は私はもしかしてスヴィェートさんも【転生マスター】ではないかと考えているのですが……)」
「(え……ええぇぇっ!。それって一体どういうことっ!、アイシアっ!)」
「(アイスラッドに追い詰められたとはいえ実の母親がまだ3歳のダルカと更には生まれて間もない赤ん坊の我々を残して逃げ出したりするでしょうか。以前の転生でBS1-52さん達の襲撃を受けた際PINK-87さんは自らの命を顧みず我々を助けようとしてくれていました。母親に限らず親というのは本来そういうものなのでしょうか。にも関わらずスヴィェートさんが我々を置いて逃げるという合理的な選択ができたのは【転生マスター】としての魂の記憶と思考があったからなのではと考えたのです)」
「(確かにアイシアの意見には一理あるなの。あの状況では普通僕達を見捨てて逃げればほぼほぼ確実にアイスラッドに殺されてしまうと考えるだろうし、勇者としてどんな状況でも高い冷静さを保つことができていたにしてもやっぱり母親としてあっさりとし過ぎているなの)」
「(し過ぎているなの)」
「(そ……それはちょっと考えすぎなんじゃないかな、皆。言われてみれば確かに不自然に感じるけど本当にどうしようもない程の傷を負って已む無く退くしかなかったのかもしれないし……。皆前回の転生のことがあって【転生マスター】についてちょっと敏感になり過ぎてるんだよ)」
「(そうでしょうか……)」
「(まぁ、あくまで憶測に過ぎないし今となっては確かめようもないからLA7-93の言う通りあまり気にし過ぎないようにするなの。それより今はアイスラッドが一体僕達をどうするつもりなのか……。そっちの方に意識を注ぐなの)」
「(注ぐなの)」
「(うん……一体僕達はこれから何処へと連れて行かれてしまうのだろうか……)」
移動する馬車内で突如として浮かび上がってきたスヴィェートさんに対する疑問。
アイシアやベル達の意見には否定的な返事を返していたが内心では僕もスヴィェートさんに対する疑問を抱いていた。
しかしながら前回の転生で『味噌焼きおにぎり』の連中に合わされたトラウマから僕はスヴィェートさんが【転生マスター】である可能性を受け入れることができずにいたのだ。
傷心に駆られる僕を乗せて馬車は馬の蹄と車輪の音を響かせながら淡々と道中を進んで行く。




