第110話 戦えっ!、赤ちゃんカニ人間っ!
「ウ……ウルカっ!、アイシアっ!」
「おぎゃおぎゃおぎゃおぎゃぁっ!」
危ないからダルカは下がっててっ!。
赤ちゃんの泣き声でそう言って僕はダルカを下がらせる。
僕達より3つも年上の兄であるダルカとしてはまだ赤ん坊の僕達をスヴィェートさんが勇者であると知った上で襲撃を仕掛けてくるような危険な相手に僕達を立ち向かわせるなんて気が気でないはずだろう。
しかし肉体の成長度では大きく劣っていても精神の成長度に関しては【転生マスター】である僕達の方が圧倒的に勝っているはずだ。
そしてその精神の成熟度合いはそのまま自身の潜在能力をどこまで引き出せるかに繋がり現時点での僕達の戦闘力にも多大な影響を及ぼしてくる。
赤ん坊の状態であっても堂々と立ち上がることができた僕達は勇者と勇者の間に生まれた子供のとして持つとてつもない力を実感し、歳の差はあっても僕達の方こそがダルカを守り、そしてスヴィェートさん達を救出しなければならないと心に誓っていた。
「まさか赤ん坊の状態で立ち上がっていようとは……。勇者同士の間に生まれた子の持つ潜在能力は我々の常識ではまるで計り知れないということか……」
「おぎゃぁっ!、おぎゃおぎゃおぎゃおぎゃぁっ!」
もう一度だけ聞くぞっ!、スヴィェートさんとリティシアさんは一体どうしたんだっ!。
「どうやら立ち上がっただけではなく私に立ち向かうつもりらしいな。潜在能力が未知数である以上相手が赤ん坊だからと謂って油断はできん。確実に命を絶つつもりでいくから覚悟しておけ。スヴィェートとデルトゥーカ、2人の勇者の間に生まれた子供達よ」
強気な態度でスヴィェートさん達のことを問い質す僕であったがやはり赤ん坊の言葉では言いたい内容を伝えるのに限界がある。
質問の返事はして貰えなかったが僕達の放つ戦いの意志は明確に感じ取っていたようだ。
目に見える姿は生まれて間もない赤ん坊であってもサーシャは警戒を最大にまで高めた様子で僕達を相手に身構えていた。
「(赤ん坊の言葉じゃあいくら問い詰めたところで無駄だっ!。スヴィェートさん達の安否を確認する為にはこいつを打ち破るしかないっ!。いくよっ!、アイシアっ!)」
「(了解ですっ!、マスターっ!)」
「おぎゃあっ!」
「おぎゃあっ!」
赤ん坊の言葉ではまともにスヴィェートさん達のことを問い質すことができず、痺れを切らした僕とアイシアは地面を蹴ってとても赤ん坊とは思えないまるで猛獣のような凄まじい勢いをもってサーシャへと飛び掛かっていった。
体の右側が蟹となっている僕はサーシャの左側から、体の左側が蟹となっているアイシアはサーシャの右側から腕の鋏を振るって切り付けていく。
そんな僕達に対しサーシャは腰に携えた短剣を即座に取り出し右手に構える。
左側から襲い掛かった僕の鋏を寸でのところで躱し、右側から襲い掛かったアイシアの鋏は短剣で受け止められてしまった。
「(くっ……まだだっ!。アイシアっ!)」
「(はいっ!)」
一撃目は空振りに終わってしまったものの僕とアイシアは相手が反撃に転じる暇を与えずにすかさず追撃を仕掛けていく。
流石に赤ん坊の状態ではまだ『注射器魔法』のような高度な魔法を扱うことはできないのだが、魔力を駆使して少しの間体を浮かせておくぐらいは可能だ。
サーシャの前で滞空したまま僕とアイシアは今度は背中に付いた6本の鋏も振るい猛撃を仕掛けていった。
「おぎゃおぎゃおぎゃおぎゃおぎゃあぁぁー-っ!」
「おぎゃおぎゃおぎゃおぎゃおぎゃあぁぁー-っ!」
「ちっ……」
僕とアイシアの片腕と背中、合計14本の鋏が猛烈な勢いでサーシャへと襲い掛かる。
そんな僕達の鋏による攻撃をサーシャは右手に構えた短剣で受け止め続けていた。
剣身に直接触れるような真似をして大丈夫かと思うかもしれないが僕達の鋏には通常の性能の剣とならばまとも打ち合える程度の強度がある。
しかしいくら赤ん坊である僕達の攻撃とはいえ短剣1本で14本もの手数のある僕達の鋏を防ぎ続けることは不可能だ。
受け止め切れなかった鋏が浅くではあるが少しずつサーシャの身を切り裂いていく。
破れた服の隙間からサーシャの傷ついた肌が露わになっていた。
「くっ……」
「おぎゃあっ!」
「(逃がすかっ!。追うよっ!、アイシアっ!)」
「(はいっ!、マスターっ!)」
「……っ!。ま……待ってっ!、ウルカっ!、アイシアっ!」
僕達の猛攻に押されてかサーシャは寝室から元々僕達がいた赤ちゃん部屋へと後退してく。
折角優勢を崩すわけにはいかないと僕とアイシアもサーシャの後を追って行き、僕達を心配するダルカも後ろからついて来た。
部屋を移動した後も威勢よくサーシャに向かって行く姿勢を見せる僕達だったが、赤ちゃん部屋へと移った先で僕達の目に飛び込んできた光景は……。
「(あ……あれはっ!、マスターっ!)」
「(リ……リティシアさんっ!)」
寝室から赤ちゃん部屋へと入って右側の方に床にうつ伏せとなって倒れるリティシアの姿があった。
倒れるリティシアの下には首元の辺りから流れてできたと思われる大量の血だまりができている。
恐らくはサーシャとの戦闘の末短剣で首元を裂かれ出血死してしまったのだろう。
まだちゃんと生死の確認ができたわけではないが倒れるリティシアの姿を見て僕達はサーシャに対し怒りを露わにする。
「そ……そんな……。リティシアさんが……」
「おぎゃぁっ!、おぎゃおぎゃあっ!、おぎゃおぎゃおぎゃおぎゃぁっ!」
お前っ!、よくもリティシアさんをっ!、絶対に許さないぞっ!。
血だまりの中に倒れるリティシアさんを見てダルカは酷く動揺してしまっている。
【転生マスター】である僕達と違ってダルカは現在の年齢通り3歳児と同程度の精神力しか持ち合わせていないのだから無理もないことだ。
そんなダルカに代わってリティシアさんの仇を打つべくして僕とアイシアは再びサーシャへと立ち向かっていく。
「おぎゃあぁぁぁぁっ!」
「ふんっ……」
先程と同じように片腕と背中の7本の鋏を駆使して猛攻を仕掛けていく僕達であったが何やらサーシャに先程よりも余裕があるように感じられる。
先程劣勢だったのは赤ん坊の姿で立ちはだかる僕達に対する動揺があったからだったのだろうか。
既に見切られてしまっているのか僕とアイシア、合わせて14本の鋏よる攻撃が全て躱されるか短剣によって防がれてしまっている。
更には僕達の攻撃の隙を突いてサーシャは蹴りよる反撃まで行ってきた。
見事その蹴りの直撃を受けた僕は赤ん坊の柔らかい体を床にぶつけ跳ね上げらせながら転がり飛ばされていく。
「おぎゃんっ!」
「(マスターっ!)」
「お……おぎゃぁ……」
「あ……危ないっ!、ウルカっ!」
「おぎゃあ?」
「(上ですっ!、マスターっ!)」
「………」
「(や……ヤバいっ!)」
貧弱な赤ん坊の力を振り絞ってどうにか起き上がる僕だったがその直後、僕へと呼び掛けるダルカの叫び声とアイシアのテレパシーの声が聞こえてきた。
その声に反応して上を見上げると天井近くまで飛び上がったサーシャが落下しながら僕に向かって短剣を突き立ててこようとしている。
慌てて横へと飛んで攻撃を躱す僕であったが、やはり赤ん坊の体としての身体能力の差を感じ先程までの勢いをすっかりと削がれしまった。
しかしだからといってここで怖気づいてはいられない。
PINK-87さん達を救い出す為なんとしてもこの場を生きて乗り越えなければならない僕とアイシアは怯むことなく再びサーシャへと向かっていった。
「おぎゃおぎゃおぎゃおぎゃぁぁぁーーーっ!」
「ふっ、貴様等の潜在能力には驚かされたがやはり赤ん坊の状態では私の相手ではない。仮にお前達が成長を遂げた際の実力を考えれば脅威でしかないがな。勇者と勇者の間に生まれた子供……。残念だがお前達にはその類い稀なる才能を眠らせたまま死んでもらう」
「おぎゃおぎゃおぎゃおぎゃおぎゃあぁぁぁーーーっ!」
折角SALE-99達に対抗できる力を手にして転生することができたっていうのにこんなところで死んでたまるかぁっ!。
PINK-87さん達を救い出すまで僕達は絶対にやられたりしないっ!。
「ウルカ……アイシア……。まだ生まれて間もない赤ん坊の2人があんなに必死になって戦ってるっていうのに僕は……くっ!」
「おぎゃあっ!?」
駄目だっ!、ダルカっ!、危ないから下がってないとっ!。
僕達とサーシャが壮絶な戦いを繰り広げる中突然ダルカが僕達の方へと飛び出して来た。
まだ赤ん坊でしかない自分の弟と妹が必死に戦う姿を見て居ても立っても居られなかったのだろう。
しかし僕達より歳が上であるといっても【転生マスター】でないダルカはサーシャとまともに戦えるだけの覚悟を持ち合わせていないはずだ。
サーシャとの戦いの最中で必死に下がるよう呼び掛ける僕であったが聞く耳を持たずにダルカは……。
「うっ……うおぉぉぉぉーーーーっ!」
「……っ!」
僕の忠告に構いもせずサーシャの前へと飛び出していったダルカが怒号を上げたその時だった。
右腕と背中、合わせて7本の鋏を向けるとともに、その大きく開けた鋏の刃の内部にある開口部を噴射口にして強烈な水撃をサーシャへと向けて撃ち放ったのだった。
デルトゥーカさんから受け継いだこの7本の鋏の内部に開口部があることは僕達も気づいていたがまさかこのような用途があるとは思わなかった。
前回ヴァン・サンクカルトに転生していた時に使用して『水撃』の魔法よりもずっと強力な水撃だ。
恐らく自身に蓄積した水分、そして魔力を体内から直接噴射することによってより威力を高めることができているのだろう。
ダルカが撃ち放った水撃を受けてサーシャは咄嗟に飛んで体を移動させ攻撃を躱す。
しかし唐突に撃ち放たれてきたダルカの水撃に意識がもっていかれるあまり僕達へ注意が疎かとなり、僕はその隙を突き右腕の鋏を突き立て一気にサーシャへと斬り掛かっていった。
「おぎゃあぁぁぁーーーっ!」
「……っ!」
迫り来る僕にサーシャが気付いた時にはもう既に遅かった。
僕の右腕の鋏に切り裂かれたサーシャの首筋から勢いよく大量の血が噴き出している。
血が噴き出す傷口を押さえる間もないままにサーシャは絶命しその場へと倒れこんでいった。
「(や……やったのかっ!)」
「(やりましたっ!。首筋を切られあれだけ大量の血を流してはもう奴が起き上がることはないでしょうっ!。お見事ですっ!、マスターっ!)」
「(やったなのっ!、LA7-93っ!)」
「(やったなのっ!)」
「凄いじゃないかっ!、ウルカっ!、アイシアっ!。まさかまだ赤ん坊のお前達が本当にあんな危険な奴をやっつけちゃうなんて夢にも思ってなかったよっ!」
「おぎゃおぎゃおぎゃあっ!」
あいつを倒せたのはダルカの援護があったからだよっ!。
ダルカの方こそあの水撃は凄かったじゃないかっ!。
流石僕達の兄ちゃんだっ!。
「おんぎゃっ!、おんぎゃっ!」
赤ちゃんの言葉でちゃんとした内容は伝わっていないだろうだけど僕達とダルカは互いを称え合いながら勝利の音頭を踊る。
けれど今の僕達にそんな風に勝利の余韻に浸っている余裕はなかったのだった。
その事実を赤ちゃん部屋の廊下の方の入り口から再び姿を現したもう一人の襲撃者、長い水色の髪をした女を見て実感する。
「ほぅ……まさか赤ん坊があのサーシャを打ち破るとは思ってもいなかったぞ」
「……っ!」
今倒したサーシャの主人と思われる水色の髪の女は現れたが僕達の母さんであるスヴィェートさんの姿はどこにも見当たらない。
こいつだけがこの場に戻って来たということはまさかスヴィェートさんまでやられてしまったというのだろうか。
こみ上げてくる不安を必死に噛み殺しながら僕達は目の前の敵へと最大限の敵意を向ける。




