第107話 勇者と勇者の子供
「おぎゃあっ!」
「おぎゃあっ!」
ある晴れた日の朝。
小鳥達の優しい囀りが響き渡る、鮮やかな緑に包まれた森の中にポツンと1軒建てられた豪華な屋敷の寝室で6回目の転生を迎えた僕とアイシアが産声を上げた。
どうやら前回と同じく僕とアイシアはまた双子の兄妹としてこの世に誕生したようだ。
いつもなら上手く人間、そして生まれた瞬間からアイシアと共にいられることに喜びを露わにしているところだけど今の僕に湧き上がってくる感情はそんなものとはほど遠いものだった。
「無事、生まれましたよっ!、スヴィェート様っ!。立派な男の子と可愛らしい女の子の双子の赤ちゃんですっ!」
「はぁ……はぁ……良かったわ。2人はどんな様子かし……」
「おぎゃあぁぁぁぁっ!」
「い……今の声は……っ!」
【転生マスター】である僕にはこの世に誕生した瞬間からこれまで僕の魂が経験した全ての記憶と意識がある。
そんな僕の意識を埋め尽くしているのは誕生の喜びなのではなく、大事なソウルメイトであるRE5-87君の【地獄の業火】の炎に焼かれヴァン・サンクカルトとしての人生の最後を迎えた時の途方もない悲しみと絶望、そして怒りの感情だった。
その感情は本来なら無垢で極まりものであるはずの赤ん坊としての僕の意識にも強い影響を与えている。
そんな僕のとても生まれたばかりの赤ん坊の泣き声とは思えない悲痛な叫び声に今回僕達を産み落としてくれたと思われる母親の女性、そして出産のサポートとしての付き添いをしていたと思われる女性は酷く動揺した様子だった。
「こ……これはウルカ様のお声でございますっ!。どうやらとても苦しんでいる様子ですが何か体に異常をきたしているのかもしれません。すぐ魔法で診察を行いますがまずはウルカ様をスヴィェート様の元へ……さぁ。アイシアは一先ずこちらに寝かせておきますので……」
「ありがとう、リティシア」
「おぎゃあぁぁぁぁっ!」
「お~よちよち~、ウルカ~。そんなに泣いて一体どうしたんでちゅか~。今リティシアさんが容態を診てくれるからジッとしててね~」
「おぎゃあぁぁっ!、おぎゃあぁぁっ!」
「………」
「ウルカの容態はどう?、リティシア」
「それが……。医療魔法で一通りウルカ様の容態を診察したのですが特に異常はないようです」
「そう……。ならどうしてこんなに悲痛そうな鳴き声を上げているのかしら……。おっぱいを近づけてあげても全然お乳を吸おうともしないし……」
母親の女性に抱き抱えられ、優しくあやしてくれるが僕の意識から負の感情が消え去ることはない。
本来なら生まれたばかりであるこの瞬間は【転生マスター】としての力を活かして、そうでなく普通の赤ちゃんであったとしても肉体の成長を促す為に母親からの母乳を貰うことに集中しなければならないはずなのに……。
「(落ち着いて下さいっ!、マスターっ!。気持ちは分かりますが『味噌焼きおにぎり』の者達にやられてしまった以上今回の転生へと意識を切り替えなければっ!。まずは冷静になって今回の転生先の状況の把握に努めましょうっ!)」
「(……っ!。ア……アイシア……っ!)」
「(アイシアの言う通りなのっ!。次回の転生で自分達の邪魔立てをするのを防ぐ為、本来なら【転生マスター】である僕達はあのままSALE-99達に寿命を迎えるまで……いや。何らかの手段でその寿命を延ばすまでした上で生殺しされていたかもしれないなのっ!。それを【転生マスター】でないヴェントに対し僕達が実の弟として与える影響を恐れてあの場で命を奪ってくれたのは受け入れがたいことかもしれないけど不幸中の幸いだったのなのっ!。あれからの時間の経過次第ではまだPINK-87達を救い出す機会はあるかもしれないし、今は僕達があれからどれくらい時間が経過した時代に転生したかを確かめるなのっ!)」
「(確かめるなのっ!)」
「(アイシア……ベル……ベルル……。全くもって皆の言う通りだよ。皆の言葉のおかげで大分気を落ち着かせることもできた。ありがとう)」
「(落ち着いたならさぁ、折角今回の僕達の母親の女性が乳房を差し出してくれてるんだし早くお乳を貰うことにするなの。何をするにもまずは腹ごしらえをすることが大切なの)」
「(大切なの)」
「(お乳を貰うのを腹ごしらえと謂うのはちょっと違うような気もするけど……まぁ、いいか。それじゃあ有難く頂きますっと……)」
んちゅっ!、んちゅっ!。
アイシアとベル達が憎しみや怒りで昂ぶる僕の感情を上手く宥めてくれたおかげでどうにか落ち着きを取り戻すことができた。
冷静になった僕は目の前に差し出されている乳房へと吸い付きまずは自身の肉体の成長を促す為しっかりと母乳を摂取していく。
「あら、どうやらもう大丈夫になったみたいね。でもどうしてさっきまであんなに機嫌が悪そうだったのかしら……まぁ、いいわ。アイシアの方にも母乳を飲ませてあげたいからこっちにちょうだい、リティシア」
「はい」
僕が母乳を貰い出したのを見て安心したのか母親の女性はもう片方の手にアイシアを抱き抱え反対側の乳房が母乳を与えていく。
PINK-87さんのようにいちご味やみぞれ味ではなかったこの女性の母乳はとても清らかな味わいで僕達の肉体へと染み渡っていった。
正直に言って母乳としての上等さはPINK-87さんのもの以上だ。
この女性に転生している魂が母乳の品質を向上させる転生スキルを高いLvで取得しているのだろうか。
んちゅっ!、んちゅっ!。
「(ふおぉーっ!。PINK-87さんが母親でないのは辛いけど今回のこの母親となった女性から貰える母乳は最高だよっ!。PINK-87さんのと違って母乳に味がついてるわけじゃないけど滅茶苦茶濃厚で栄養満点だってことがハッキリと分かるっ!)」
「(そうですね。この女性も母乳の品質を向上させる転生スキルを取得して下さっているのでしょうか。何にせよ我々にとって有難いことですね。ところで今回の転生におけるマスターの見た目についてなのですが……)」
「(僕の見た目……ってわぁっ!。今気付いたけどアイシアの方こそとんでもない見た目をしてるじゃないかっ!。顔半分が蟹の仮面を被ったみたいになって左腕も人間のものじゃなくて蟹の鋏みたいになってるし……)」
アイシアの言葉に目を向けると、そこには驚くべき姿で母乳を貰う赤ん坊のアイシアがいた。
全体像で見れば人間の赤ん坊であることに間違いないのだが、顔の左半分から首、肩を通って左腕までが甲羅のような赤く硬そうな皮膚に覆われまるで蟹と融合したような姿となってしまっている。
更に背中には背中には左右に3つずつ対称になるように縦に並べられた6つのコブのような鋏が……。
人間にしては明らかに異常なアイシアのその姿に驚きを隠せない僕であったが、直後この片腕と背中、僕達と同じように合わせて7つの鋏を持つ人物に心当たりがあることを思い出した。
「(でも僕の双子として生まれたアイシアがそんな姿をしているってことはもしかして僕も……)」
「(はい。正しくマスターもそのような姿をしてらっしゃいます)」
「(そうか……。だけどこの母親の女性は何処をどう見ても普通の人間の姿をしているのにどうして僕達はこんな……。それらしき姿は見えないけどもしかして父親の方が人間じゃなくて特殊な種族だったりするのかな?)」
「(つまり我々はその蟹のモンスターと思われる種族の父親とこの人間の女性の間に生まれた混血というわけですか。もしそうだとしたらこの方々が赤ん坊として生まれた我々のこの姿を見ても全く動揺していないことも頷けますね)」
「(普通の人間同士のカップルからこんな赤ん坊が生まれたら今頃大パニックになっているだろうからね。でも気のせいかな……。僕は何となく僕達のこの姿に見覚えがある気がするんだけど……)」
「(それは前の転生の時に対魔王アークドー合同部隊の時に出会った勇者、デルトゥーカのことなのっ!)」
「(デルトゥーカのことなのっ!)」
「(デルトゥーカ……あっ!。デルトゥーカといえばあの魔王アークドを裏切りその首を持って僕達のところに投降して来たデルトゥーカさんのことかっ!。……ってことはちょっと待てよ。もしかしてこの母親の女性は……)」
「あら?、急にママの顔をジッと見つめてどうしたのかな~、ウルカ~。お乳はもういいの~」
「(やっぱりっ!。この母親の女性も合同部隊の時に出会ったヴァリエンテ王国の勇者、スヴィェートさんだよっ!。確か前の転生の時に新聞でデルトゥーカさんとスヴィェートさんが結婚したって記事を読んだしきっと僕達はその2人の子供として生まれたんだよっ!)」
「(なんとっ!。では我々は勇者と勇者のカップルの間に生まれ落ちた子供というわけですかっ!。確かにまだ赤ん坊ではありますがこれまでの転生とは比べ物にならないくらいの力が自身の中に宿っているのを感じます。スヴィェートさんの母乳が栄養満点なのも勇者であるからこそなのかもしれんません)」
母親の女性の姿をハッキリと確認したところで僕達が今回の転生をこのような姿で迎えたことに完全に合点がいった。
僕達は以前ヴァン・サンクカルトとして転生していた際に出会ったことのある魔族にして勇者に転生したデルトゥーカさんと人間の勇者であるスヴィェートさんとの間に誕生した赤ん坊だったのだ。
巨大な鋏と化した片腕、そして背中にある6つのコブのような鋏が7つの挟むの異名を持つデルトゥーカさんの特徴と正しく一致している。
この事実は僕達にとって正に幸いな出来事だった。
勇者としての非常に高い潜在能力、更に片方の魔族としての特徴まで受け継いだ存在として転生できたことは勿論だが、以前の転生の時に出会ったスヴィェートさんの姿にほとんど変化がないことから想像するに僕達が『味噌焼きおにぎり』の連中に殺されてからそう時間が経過していないはずだ。
そうだとしたらまだこの時代に存命しているはずのヴェントに転生したVS8-44やアズールに転生したSALE-99達、『味噌焼きおにぎり』の連中の野望を阻止しPINK-87さん達を救い出す機会があり得るかもしれない。
しかも今回は前回のヴァン・サンクカルト、そしてアイシア・サンクカルトとしての僕達の力を遥かに凌駕する存在へと転生できた。
流石に赤ん坊の状態では勝ち目はないだろうが、僕とアイシアは『味噌焼きおにぎり』の連中への復讐を胸に近い今はスヴィェートさんからの母乳を貰うことに専念していく。




