第103話 ヴォルンを思う
「うわぁぁぁーーーっ!」
「ヴォ……ヴォルンっ!、大丈夫かっ!」
僕が駆け付けた時、ヴォルンは大声を上げて泣いていた。
ヴェント達の洗礼の儀により自分の意識を失っているはずにも関わらずにだ。
洗礼の儀の支配下にありながらヴォルンが明らかに感情めいたものを露わにしている理由は分からないが泣いている原因と思われるものはヴォルンのすぐ目の前にあった。
腹部から大量の血を流し……。
恐らくはヴォルンの持つ血塗られた剣に刺殺されたであろうアシュラス教団の兵士の遺体が転がっている。
僕は慌ててヴォルンの元へと歩み寄り優しく抱きかかえながら事情を問い質した。
「どうしたっ!。一体何があったんだっ!、ヴォルンっ!」
「ヴァ……ヴァン兄さん……。僕……僕……」
「落ち着いてっ!。ゆっくりでいいから何があったか兄ちゃんに話してくれる?」
「う……うん……。は……初めは僕もヴェント兄さんの役に立つ為ヴァン兄さん達のように立派に戦い抜こうと決めてたんだ。でもいざ戦場に出てみたらやっぱり人を傷つけることなんてできなくて……。懸命に戦ってくれてる皆を放っておいて後ろの方に隠れていたんだ。だけどそんな時僕も含めたこの場にいる他のメノス・センテレオ教団の皆の体が不思議な光に包まれたと思うと突然意識が何かに乗っ取られるような感じがして……。必死に抵抗したんだけど勝手に動く自分の体を止めることができなくてそのままこの人を刺し殺しちゃったんだ。本当は僕人を傷つけることなんてしたくなかったのに……うっ……うっ……」
「ヴォルン……」
話を聞く限りヴォルンは洗礼の儀の影響下にありながらも完全には精神を支配されてはいないようだった。
それだけ戦闘能力だけでなく精神面においてもヴォルンが高い実力を秘めているということだろうか。
しかし今はそのことが逆にヴォルンの心を傷つける結果となってしまっている。
自分の意志に反して自分の体が人を刺し殺す光景を意識がある状態で見せられる羽目になってしまったのだからヴォルンの心が受けたショックは計り知れない。
どうにかヴォルンの心を宥めようとしたのだけれどその時……。
「う……うわぁぁぁーーーっ!」
「ど……どうしたっ!、ヴォルンっ!」
「ま……また何が僕の意識を乗っ取ろうと……ぐぅぅぅーーーっ!」
「ヴォ……ヴォルンっ!」
「い……嫌だっ!。僕はもう人を傷つけたりなんかしたくないっ!。助けてっ!、ヴァン兄さんっ!」
洗礼の儀の力が強まったのかヴォルンは再び意識を乗っ取られようとしている。
これ以上人を傷つけまいとヴォルンは必死に抵抗しているが再び洗礼の儀の支配に取り込まれるのは時間の問題だろう。
そうなる前にどうにかヴェントを洗礼の儀から救い出さなければ……。
「は……早く睡眠薬をヴォルンに……」
「ぐあぁぁぁーーーっ!」
「くっ……やはり睡眠薬なんかじゃあヴォルンを洗礼の儀から解放することはできないか……」
当初は『注射器魔法』の魔法でヴォルンを眠らせて行動を封じようと考えていたのだが、どうやらヴェント達の洗礼の儀はそんなことで打ち破れるほど甘くはなかったらしい。
『注入』の能力で睡眠薬を投与したにも関わらずヴォルンは眠りに就くことなく未だに必死になって洗礼の儀の支配に抵抗している。
やはりヴォルンを助け出すにはヴォルンの体に施された洗礼の儀の魔法自体をどうにかするしかない。
ヴォルンを救い出す為僕は一か八か危険とも謂える行動に打って出た。
「こうなったらヴォルンの体の中にある洗礼の儀の魔法を僕の『注射器魔法』の魔法で抽出するしかないっ!」
「(ええっ!。ですがマスターっ!、それは……)」
「(今のLA7-93の実力ではまだ洗礼の儀の魔法を抽出できる段階に至ってないはずなのっ!。1カ月前に自分のを抽出しようとして失敗しちゃったばかりじゃないのなのっ!)」
「(ないのなのっ!)」
「分かってるよっ!。だけどこの状況じゃあやるしかないじゃないかっ!」
ベル達の忠告を無視して僕は空の状態のメルクリオ注射器を取り出す。
テネリタース教団を殲滅してから5年の間にメルクリオさんに頼んでメルクリオ注射器を新たに2本錬成して貰っており、現在僕は合計で3本のメルクリオ注射器を所持している。
新たに錬成して貰っただけでなくその性能は以前の物より格段に向上しており、僕の成長も相まって今では1本のメルクリオ注射器に水量で謂えば500トン程収容することが可能だ。
メルクリオ注射器の針をヴォルンの体へと刺した僕は洗礼の儀の魔法を取り除く為全身全霊の力を込めて『抽出』の能力を発動させた。
「ぐぅぅっ……。な……なんて膨大な量の術式だ。厳しいけどこれらを全て解読しなければヴォルンの体から洗礼の儀の魔法を取り除くことはできない」
『抽出』の能力で抽出を行うにはその抽出の対象となる物の情報をできる限り把握しておかなければならない。
今回の洗礼の儀の魔法で謂えばその術式を解読する必要があるということだ。
まずは『解析注射器』の能力を用いて洗礼の儀の魔法の解析を行っていくのだが、難解且つとても膨大な量の術式が僕の頭の中に広がっていく。
まるで頭の中に宇宙かと思えるくらい広大な空間が飛び込んできたようで今にも頭が破裂してしまいそうだ。
「(成功するしないに関わらずこんな真似して僕達の正体がSALE-99達にバレたらどうするつもりなのっ!。テネリタース教団での任務であんな辛い思いをしてようやくヴェント達の信頼を得たっていうのにラナリーやターナ、それにトド達の犠牲を無駄にしてしまうつもりなのっ!)」
「(無駄にしてしまうつもりなのっ!)」
「(無駄にするつもりなんてないよっ!。だけどこのままじゃあラナリー達に続いてヴォルンまで犠牲にしてしまうことになるじゃないかっ!。あんな連中の為にヴォルンやこれ以上他の皆が犠牲になるなんて絶対に間違ってるっ!)」
「(くっ……。【転生マスター】なら例え弟であったとしてもソウルメイトでない以上完全な信頼を置くことはできない……。それどころか『味噌焼きおにぎり』の連中の仲間の魂が転生している可能性が高いことは分かっているはずなのに……。君が【転生マスター】の力で得ているのは魂の記憶と思考なんかより君の魂そのものが持つその優しさと情熱だったんだねなの……LA7-93)」
「(だったんだねなの……)」
「くっ……うおぉぉぉーーーっ!」
破裂しそうな意識を必死に抑え込み、決死の覚悟で『抽出』の能力を発動し続ける。
しかしそんな僕の懸命の行いも虚しく次の瞬間……。
「うわぁっ!」
突如として内側から破裂したようにメルクリオ注射器が砕け散り、それと同時に周囲に凄まじい衝撃が引き起って僕とヴォルンはそれぞれ反対の方向へと吹き飛ばされてしまった。
恐らくは僕の魔力とメルクリオ注射器の許容量が限界に達してしまったのだろう。
衝撃から慌てて起き上がった僕は急いでヴォルンの元へと駆け寄っていく。
「く……くそっ!。やっぱり駄目だったかっ!。大丈夫かっ!、ヴォルンっ!」
「うぅっ……ヴァン兄さん……」
「兄ちゃんのせいで危ない目に合わせてごめんっ!。怪我はなかったかいっ!」
「う……うん……。ちょっと地面に体をぶつけただけで何ともないよ。それより兄さんのおかげでさっきの苦しみから解放されたみたい……」
「えっ!、それじゃあ……」
「うん……もう僕の意識を乗っ取られる感覚はなくなったよ。ヴァン兄さんの『注射器魔法の魔法で僕を助けてくれたんだよね……ありがとう」
「ヴォルン……良かった」
メルクリオ注射器が砕け散り失敗したかに思われたがどうやら洗礼の儀の魔法の抽出は上手くいっていたようだ。
地面に叩きつけられた衝撃で多少の外傷は負ったようだが、先程までのように苦しんだ様子はなくヴォルンは優しい表情で僕に微笑みかけてくれた。
しかしながら心身ともに大分疲弊しきっているようで、僕はアシュラス教団との戦いを放り出しヴォルンを抱き抱えて安全な場所へと連れて行く。
「さぁ、ここに横になって、ヴォルン」
「うん……。ありがとう……ヴァン兄さん」
主戦場からなるべく離れた場所にある住宅まで移動し、その部屋の一室にあるベッドへとヴォルンを寝かせた。
アシュラス教団との戦闘が始まったことで住民達は皆何処かへと避難してしまっているようだが僕達にとっては幸いなことだ。
ベッドに横になったことで大分楽になったのかヴォルンの表情が大分落ち着いたものへと変わってきた。
僕はそんなヴォルンを優しく介抱しながら『注射器魔法』の魔法を用いて治療を行っていく。
「それじゃあ体力回復用の霊薬を注入していくからね。体を楽してて~、ヴォルン」
「分かったよ。ところでヴァン兄さんに少し聞きたいことがあるんだけど……いいかな?」
「んん?。何だい、ヴォルン」
「一体さっき僕……ううん。僕だけじゃなくて他の皆の身に何が起きたの?。まるで感情を無くして人形になってしまったよう淡々と戦い続けていたけど……」
「あ……あれは皆の身に僕達メノス・センテレオ教団の神様、シャナ神様の意識が舞い降りているんだよ。ほら、ヴェント兄ちゃんもちゃんと説明してくれてただろ。僕達が地上で使命を全うする為に時折シャナ神様の意識が僕達に乗り移って力を貸してくれる代わりに一時的に記憶に障害をきたすことがあるって」
「ああ……そうだったね。それじゃあ僕はシャナ神様に逆らってしまったってことなのかな……。背徳行為を行った僕にシャナ神様の罰が下ったから僕はあんな苦しい思いをすることになったんだよ……きっと」
「そ……そんなことはないよっ!、ヴォルンっ!。他の信者達と違ってヴォルンが苦しい思いをしたのはそれだけヴォルンが優しい心を持っているってことなんだ。シャナ神様もきっとヴォルンの優しさを理解してくれる……。だからヴォルンは自分の正直な思いを大事にしていいんだよ」
「うん……ありがとう、ヴァン兄さん。だけどヴァン兄さんには皆のようにシャナ神様の意識は舞い降りていないの?。人形のようになってしまった皆と違っていつもと全然変わらないヴァン兄さんのようだけど……」
「こ……これは僕だけの特別な力なんだよ。シャナ神様と真に意識を通わせることができた者は自分の意識を保った上でシャナ神様の力を貸し与えて貰うことができるんだ」
「えっ!。そんなことができるなんてヴァン兄さんて滅茶苦茶凄いんだねっ!」
「こ……これでも神の子であるヴェント兄ちゃんの弟だからね。それはヴォルンだって同じなんだからきっとシャナ神様と意識を通わせる日がやってくるよ。只このことはヴェント兄ちゃんや他のメノス・センテレオ教団の人達には誰にも言わないでね。兄ちゃんとヴォルンだけの秘密だよ。勿論ヴォルンの意識からシャナ神様の意識を抽出したこともね」
「シャナ神様の意識を抽出っ!。や……やっぱりちょっと凄過ぎるよ……ヴァン兄さんは……」
「は……はははははっ……。これでもヴォルンより9つも年上だからね。さぁ、話はこれくらいにして今はゆっくりお休み、ヴォルン。アシュラス教団との戦いが終わるまで兄ちゃんがずっとここで見守っててあげるから」
「うん……本当にありがとうね、ヴァン兄さん」
洗礼の儀の効果を受けていない上にヴォルンの身に施された洗礼の儀を抽出した僕に対する疑問をどうにか誤魔化し僕はヴォルンの介抱を続ける。
兄としてどこまでもヴォルンのことを思い遣るのだが、その内側に眠る恐ろしい正体にこの時の僕が知る由はなかった。
「(ふっ……まさか本当にSALE-99の直感が当たっていようとは……。ここまで洗礼の儀の効果を受けていないとはヴァン君は【転生マスター】であるとみて間違いないでしょう。それにしても私に施された洗礼の儀を取り除くまでに至るとは彼の『注射器魔法』の魔法は驚異的な性能を秘めていますね。彼も我々と同じく【転生マスター】であるというならばどうにか説得して我々に協力して頂きものです)」




