第100話 SALE-99
「な……なんでそんなに落ち込んでるんだ、ヴァン。子供とはいえあいつは武器を持って襲って来た俺達の敵なんだぞ。何よりティアリス神なんていう異教の神を信仰する罪人だ」
「分かってるよ……。こうなることは分かっていたことなのにどうにもできなかった僕が悪いんだ。いいからもう放っておいて……」
「ヴァン……」
落ち込む僕を心配するRE5-87君。
しかしどれだけ僕のことを思ってくれていようとも、ヴェント達メノス・センテレオ教団の思想に心酔し切っている今の状態では僕の気持ちを理解してくれてはいないだろう。
けれどだからといってRE5-87君を責めることなんてできるはずがない。
全ては【転生マスター】でありながらヴェントやSALE-99達『味噌焼きおにぎり』の連中に好き放題させてしまっている僕が悪いんだ。
「……っ!。後ろだっ!、ヴァンっ!、クロイセン神父っ!」
「えっ……」
落ち込む僕に掛ける言葉が見つからず沈黙を余儀なくされていたRE5-87君が突然大声を上げて僕達に呼び掛ける。
その慌てぶりを見て只事じゃないと直感した僕達が即座に後ろを振り向くと、そこには狂気に満ちた表情で立ち上がり僕に向けて剣を振り下ろそうとするナミュラスの姿があった。
僕の注入した麻痺霊薬の効果は間違いなくまだ効いているはずだ。
普通なら身動き一つ取れない状態のはずだというのに……。
シオンの重臣にしてアイリッド騎士団の団長を務める者のとしての誇りと忠義心が動けぬナミュラスの体を突き動かしたとでもいうのだろうか。
「この邪悪な異教徒共が……。純粋に平和を願う我らが信者達の心をどこまでも踏みにじりおってからに……。死ねぇぇぇーーーっ!」
落ち込んでいた僕と同じように目の前でラナリーの死に行く姿を見せつけられたからだろうか。
自分達の教団の若き信者を殺された怒りを抑えられないナミュラスは先程まで生かして捕えると言っていたことは最早関係ないと謂わんばかりに僕の脳天目掛けて剣を振り下ろしてくる。
このままでは僕は頭から体を真っ二つに斬り裂かれてしまうだろう。
不意の出来事であったことと先程負った怪我も相まって反応が追い付きそうにない。
しかし僕の体の中にアイシアとベル達も含めもう駄目かと思われたその時……。
「ぐはぁっ!」
「こ……これはっ!」
突然体を仰け反らせて口から大量の血を噴き出しナミュラスの動きが止まる。
ぐったりと力が抜け落ちていき、手から剣を落としたナミュラスの体の腹部からは巨大な植物の根と思われる物が突き出ていた。
恐らくその根により背中から体を貫かれてしまったのだろう。
生物感のあるウネウネとした動きで根が体から抜けていくと支えを失ったナミュラスは完全に力を失った様子でその場へと倒れ込んだ。
恐らくではあるがもう息はしていないだろう。
そして倒れたナミュラスの後ろからある人物が姿を現した。
「ア……アズールさんっ!」
倒れたナミュラスの後ろから姿を現したのはそう。
ヴェント達『味噌焼きおにぎり』の連中の中で僕にとっての一番の宿敵であるアズール・コンティノアールことSALE-99だった。
どうやら先程ナミュラスの体を貫いた根はSALE-99が放ったもののようだ。
それこそがSALE-99が扱う魔法の力なのだろう。
植物の根のようだと言ったがそれにしては色合いがとても暗く、灰色に近いものだったがどのような力を秘めているのだろうか。
「無事だったかい?、ヴァン君」
「う……うん……。危ないところを助けてくれてありがとう、アズールさん」
「助かったぜっ!、アズールっ!。いいところに来てくれたっ!」
よりによってSALE-99に助けられるなんて……。
命を失うところだったとはいえ複雑な気持ちだった。
只この状況で僕達と同じ【転生マスター】であり、恐らくは転生の経験の豊富で相当熟練した魂であろうSALE-99と合流できたことは正直頼もしくも思う。
「いたぞっ!、こっちだっ!」
「卑劣な罠で俺達を嵌めたメノス・センテレオ教団連中がぁっ!。覚悟しやがれっ!」
「……っ!。お……おいっ!、ちょっと待てっ!。あそこに倒れているのはもしかしてナミュラス様じゃないのかっ!」
RE5-87君とSALE-99との合流に成功し安堵する僕達だが、そこに新たなアイリッド騎士団の騎士と思われる者達が増援としてやって来て僕達の周りを取り囲む。
彼等はすぐに自分達の団長であるナミュラスが僕達の足元で倒れていることに気が付いたようだ。
怒りを露わにした様子で僕達へと向かって来るのだが……。
「よ……よくもナミュラス様をっ!。貴様等ぁぁーーっ!」
「ちっ!。ヴァンやリーンツェルは怪我で動けねぇっ!。こんな奴等俺達でとっとと片付けちまうぞっ!、アズールっ!」
「いや……その必要はないよ、ヴィンス」
「何っ!」
「ぐはぁぁぁっ!」
相手が一斉に飛び掛って来たその時。
地面から突然先程ナミュラスの体を貫いた物と同じ灰色の根が飛び出しテネリタース教団の騎士達を全員串刺しにしてしまった。
これもSALE-99の撃ち放ったものだろう。
灰色に根に串刺しにされた状態で死体が立ち並び、最初に森林浴をしたいなどと感想を述べていた穏やかな中庭の光景は最早完全に殺伐としたものへと変わってしまっていた。
「ふっ……一丁上がり」
「や……やるな……。アズール……」
「く……くそっ……」
「おや……どうやらまだ息のある奴がいるみたいだね」
根に串刺しにされた者達の中に1人だけ辛うじて息がある者がいるようだった。
SALE-99は不敵な笑みを浮かべてその者の元へと歩み寄って行く。
「さてと……そんな状態で生きていても苦しいだけだろうから止めを刺してあげるよ。これでも僕は神聖なるメノス・センテレオ教団の最高幹部の1人だからね。それぐらいの慈悲は持ち合わせているさ」
「ぐっ……何が神聖なるメノス・センテレオ教団だ……。俺達を陥れる為にあんな卑劣な真似をしておいて……。いつか必ず貴様等にティアリス神様の裁きが下される日がやって来るから覚悟しておけ」
「ふっ……ふふふっ……ふはははははははっ!」
「な……何がそんなに可笑しいっ!」
「いや……。自分達で勝手に崇めているだけのティアリス神の為にそんな風に無様な姿を晒して息絶えていく君達のことが本当に哀れでしかたないと思ってね。まさか本当にティアリス神が君達の何かしてくれると思っているのかい?。どうせちゃんとその存在を確認したこともないんだろう」
「わ……我ら地上に暮らす人間如きが神の存在を認知などできるものか。なら貴様等は自分達が信仰するシャナ神の姿を実際に見たことがあるとでもいうのか?」
「あるよ。何なら実際に触れたことだってある。僕達はシャナ神のことを捕らえて幽閉しているのだからね。君達と違って馬鹿じゃないんだから僕達が自分達の手中に収めていない神のことを信仰したりなんてするわけがないだろう」
「な……何だと……。それは一体どういうことだ……」
「おっと……これはちょっと口が滑ってしまったね。君達の愚か振りが滑稽すげてつい調子に乗ってしまったよ。今息の根を止めてあげるから今僕が言ったことは忘れてくれ」
「ぐはぁ……」
距離が遠かったので最初の高笑い以外はSALE-99が何を話していたのかは分からない。
けれどその死にゆく騎士に向かって嘲笑するようなことを言っているであろうことは何となく想像がつく。
言いたいことを言い終えた後でSALE-99には無慈悲も串刺しにされた騎士の額に手から新たに放った根を突き刺し息の根を止めた。
「さて……それじゃあ僕は他のテネリタース教団の連中の殲滅に向かうからヴァン達のことは頼んだよ、ヴィンス。ヴェント様も心配しているだろうし無事送り届けてやってくれ」
「ああ、任せておけ」
「あ……あの……ごめん。アズールさん……ちょっといいかな?」
「何だい?、ヴァン」
「あ……あの……。こんなこと言うと怒られるかもしれないけど工作任務の為にテネリタース教団に潜入している時に友達になった子達がいて……。その子達以外にももできれば子供の信者の皆には手を出さないようにしてあげて欲しいんだ」
「何故だい?」
「えっ……だって異教徒とはいってもまだ子供だし……。今までの自分達の信仰が間違っていたことをちゃんと教えてあげれば僕達メノス・センテレオ教団の正しい信仰に目覚めてくれると思うだ。駄目な可能性があるとしてもチャンスぐらいは与えてあげて欲しい。凄く我儘なことを言ってるの分かってる。……だけどお願いっ!」
ターナやトド達を救う為僕はSALE-99に対し頭を下げて懇願する。
受け入れて貰えないだろうことも僕の正体が知られる危険があることも承知も上だ。
けれど先程ラナリーの悲惨な光景を目にした僕はここでジッとしていることなどできなかった。
「ふっ……優しいんだね、ヴァンは。その慈悲深い心は同じメノス・センテレオ教団の信者として尊敬するよ」
「えっ……。そ……それじゃあ……」
ニヤ。
願いを受け入れて貰えるものと僕が希望を抱いたその瞬間。
SALE-99の表情から不敵な笑みがこぼれる。
厭らしさに満ちた目付きで僕を見下ろしながらSALE-99は続けてこう言い放ってきた。
「けれどそういうことなら余計にテネリタース教団の連中は大人子供関わらず全員始末しておかないとね。特にその君の友達になったという子達については」
「そ……そんなっ!。どうして……」
「子供とはいえ君の心情にそれだけの影響を与える存在だからね。異教の教えが再び世界に蔓延することがないようしっかりとこの場で目を摘んでおかないと」
「くっ!。ま……待てっ!。……ぐぅっ!」
な……何だっ!。
テネリタース教団の人達の殲滅に向かおうとするSALE-99を止めようとする僕だったが突然体が動かせなくなってしまう。
怪我の影響かとも思ったけどちょっと感覚が違う。
もしかしてこれは……。
「お……おいっ!。大丈夫かっ!、ヴァンっ!。まだクロイセン神父の治療も終わってないんだから無理して動こうとしないでジッとしておけ。テネリタース教団の殲滅ならアズール達に任せておけば大丈夫だから」
「(ぼ……僕の体が動かせないんだけどもしかしてこれはベル達の仕業なの?)」
「(そうだよなのっ!。LA7-93さんが無謀な真似しようとしていたから僕達だ止めてあげたのなのっ!)」
「(止めてあげたのなのっ!)」
「(む……無謀な真似って……。だけどこのままじゃあラナリーに続いてターナやトド達までSALE-99に殺されちゃうじゃないかっ!)」
「(だけど今の僕達でSALE-99に立ち向かって勝てるわけないなのっ!。それにここでSALE-99に歯向かうような真似をすれば『味噌焼きおにぎり』の連中に取り入る為に折角辛い思いを堪えてこなした任務が無駄になっちゃうし……。PINK-87達を救う為ならどんな悪事にも手を染める覚悟を決めたのを忘れちゃったのなのっ!)」
「(忘れちゃったのなのっ!)」
「(忘れてなんかいないよっ!。忘れてなんかいないけど……ラナリーに続いてターナやトド達まで命を奪われるのを黙って見ていることなんて僕にはできないっ!。だからどうか僕の体を解放してっ!、ベルっ!、ベルルっ!)」
「(駄目なのっ!。僕達だってターナ達を救いたいって思いはあるけどソウルメイトであるLA7-93やPINK-87達の方が大事なのっ!)」
「(大事なのっ!)」
「(私もベル達と同じ気持ちですっ!、マスターっ!。PINK-87さん達の為、そして何よりマスター自身の為にもどうかこの場は堪えて下さいっ!。それにもしここでマスターがやられてしまったら一体誰が『味噌焼きおにぎり』の者達を打倒すことができるというのですかっ!)」
「(それとSALE-99はまだ僕達のことを【転生マスター】だと疑っている可能性が高いなの。恐らく僕達の正体を暴き出すつもりでわざとLA7-93を挑発するようなことを言ってるんだしそれに乗せられちゃいけないなのっ!)」
「(くっ……僕だって皆が言ってくれてることの方が正しいって分かっているはいるけど……)」
僕の体が動かせなくなったのは怪我の影響などではなく僕の体の細胞に転生しているベル達によるものだった。
無謀な真似をしようとした僕を制止してくれたのだろう。
現時点でのSALE-99達の戦力差、それに折角『味噌焼きおにぎり』の連中に取り入る為にこなした任務が無駄になることを考えれば当然のことだ。
しかしベル達の言っていることが正しいと頭では理解しつつも先程のラナリーの悲惨な光景が脳裏に焼き付いて離れない。
僕はターナ達を救う為必死に体を動かそうとするがベル達は決して僕を解放してはくれなかった。
ターナ達の元へと向かおうとするSALE-99をただ黙って行かせるしかなく、僕の心にまたとてつもない絶望の感情が込み上げてきていた。
「ちょっと待てよ……アズール」
「えっ……」
しかし絶望に暮れながらSALE-99を見送っていたその時、ある人物が声を上げてSALE-99と引き止めた。
普段は軽薄な態度なのにいつになく真剣な表情で何かを訴えんとばかりに立ち止まったSALE-99に視線を送っている。
僕に代わってSALE-99を引き止めたその人物は以前にもメノス・センテレオ教団の信仰に心酔し切っているはずの信者としては意外と思える行動を取ったことのなるクラースさんだった。
以前は任務を遂行しようとする僕を洗礼の儀を使って止めて、黒い涙を流す工作をされそうになっていた人を救おうとしていたようだけどもしかして今回も……。
「何だい……クラース」
「ヴァンの言う通り別に子供にまで手を出す必要はねぇだろ。第一他の信者達だってテネリタース教団自体が潰れてしまえば俺達に害を為すようなことはできはしねぇよ」
「ふぅん……。つまりテネリタース教団の重役以外はできる限り見逃せとでも言いたいのかな、君は」
「そうだ。余計な犠牲を出して俺達メノス・センテレオ教団の評判を落とす必要はない」
今回もクラースさんはターナやトド達テネリタース教団の子供達を庇うという意外な行動を取って見せた。
前回の時も含めてクラースさんは他の信者達と比べてあまりメノス・センテレオ教団の信仰による支配の影響を受けていないように見える。
単に善人というだけはメノス・センテレオ教団の信者としての活動をしている状況下で自身の倫理観を維持することはできない。
クラースさんの魂自体が特別な成長を遂げている必要がある。
例えば魂Lv、精神の値が高い。
精神力を向上させる系統の転生スキルを高Lvで数多く取得している。
それこそ僕達と同じように【転生マスター】の隠しスキルを取得している可能性もあるだろう。
「ふっ……なる程ね。君の言うことにも一理あると思うよ。……だけどね。一体いつから僕に意見できる程偉くなったんだい、君は」
「ぐっ……」
しかしそんなクラースさんの訴えも軽く一蹴されてしまい、SALE-99に凄まれそれ以上は何も言い返すことができなかった。
顔を俯けたまま悔しいそうに拳を震わせるクラースさんを余所にSALE-99は淡々とこの場を立ち去ろうとするのだが……。
「待てっ!、貴様等っ!」
「これ以上貴様等メノス・センテレオ教団の連中に我らが聖域を穢させはせんぞっ!」
SALE-99の行く手を遮るように再びテネリタース教団の騎士達が姿を現した。
皆自分達の領域を守るべく戦意を燃やしている。
そんなテネリタース教団の騎士達に対しSALE-99は……。
「ふっ……ふはははははっ!」
「な……何が可笑しいっ!」
「ふふふっ……いや。異教の神如きの為に命を捧げる君達をこれから散々踏みにじってあげられると思ったら愉快で仕方なくてね」
「何だと……ぐはぁっ!」
またしても地面から灰色の根が飛び出しテネリタース教団の騎士達は串刺しにされ一瞬にして命を落としてしまった。
彼らの無念を嘲笑うSALE-99の悍ましいまでに不快な高笑いがこの場に響き渡る。
「アハハハハッ……。アハハハハハハハっ!」
「(ぐっ……くそぉぉぉぉっ!)」
「(駄目ですっ!、マスターっ!)」
「(駄目だって言ってるなのっ!、LA7-93っ!)」
「((駄目だって言ってるなのっ!)」
同じ【転生マスター】である僕にはSALE-99が何をあんなに嬉しそうな笑いを浮かべているのか理由がよく分かる。
口では異教の相手だからと口にしているが本心では自分とは違って魂の記憶と思考を持たない全ての魂達を見下しているんだ。
本当の神とは何たるかも知らずに転生先の世界で信仰に身を捧げる者達を心底馬鹿にしているだろう。
こんな奴を見す見す行かせたらターナ達に何をするか分からない。
【転生マスター】として例え死んでも魂は不滅だということを重々と理解しているSALE-99。
その上でわざわざ僕の友達だということを強調していた。
きっと命を奪う以上に恐ろしいことをターナ達に対してするつもりに違いない。
そんなSALE-99を止める為僕は全身全霊を込めてベル達の拘束に抵抗する。
「(うおぉぉぉーーーっ!)」
「(す……凄い力なのっ!。このままじゃあLA7-93を動きを封じておけないなのっ!。ベルルっ!)」
「(了解なのっ!、ベルっ!)」
「(ぐっ……)」
あと少しでベル達の拘束を振りほどけそうというところで僕は突然意識を失ってしまう。
恐らくどうしても諦めようとしない僕を見かねてベル達が僕を気絶させたのだろう。
気絶した僕の意識は暗闇へと沈んでいく。




