第一話
「ふっざけんじゃないわよっ!!!」
夏の茹だるような暑さの中で、青空いっぱいに私の言葉が木霊した。………ただし、野太い男の声で。
「大変申し訳ありません。不足の事態に、私もどのように対処したら良いか分からず、判断を決めかねております。つきましては、ひとまずお互いに身体の外傷の具合を確認・把握してから………。」
目の前でペラペラペラペラとロボットのように喋り続けているのは、見目麗しい可憐な女子高生。有名女学校のセーラー服を着こなす彼女は、透き通るような白い肌に、長いまつ毛に縁取られた大きな瞳。亜麻色の長い髪は綺麗に巻かれてゆるふわウェーブだし、さくらんぼのような唇には、今流行りのグロスが塗られている。今朝はビューラーの調子が悪かったけど、こうしてみるとちゃんとまつ毛上がってるじゃん!と少し気分が良くなった。でも、マスカラは黒じゃなくてブラウンにした方が良かったかも?え、なんでお前がそんなことまで知ってるかって?
そりゃあ、私の体だから。
だけど、尚もペラペラと喋り続けているのは私じゃない。
機械のように繰り出される言葉を尻目に、私は自分の掌を見つめた。そこには、ゴツゴツとした大きな手があった。その向こうに見える自分の足は、もちろんセーラー服のスカートなんかじゃなくて、真っ黒なスーツだ。ってか、真夏に上のジャケットまで着込んでるなんて、こいつ頭おかしいんじゃない!?ってか、そもそも!
「この状況、おかしいんじゃない……?」
私の呟きは、やっぱり野太い声だった。
状況を整理しよう。
まず、私は今朝までは可憐な今時女子高生だった。
今日も健康に目が覚めたし、朝食だってバッチリ食べたし、何よりメイクだってもちろんノリノリで完璧。ただ、アイメイクだけがイマイチ決まらなくて不貞腐れて家を出た。
でも、私はご近所でも有名な美少女。
だから、お外では絶対に粗相なんてしないの。
なぁんて、思いながら曲がり角を曲がったら、目の前に真っ黒なスーツが突如迫ってきて盛大にぶつかった。そして、ぶつかった勢いのまま後ろに倒れそうになった私の腕を掴んだのは、随分と背の高い男だった。
いつ洗ったんですか?って言いたくなる程にボサボサの黒髪に隠された目元のせいで表情なんて全然分かんないし、無精髭がまばらに生えた口元のせいで、若者か年寄りかも分かんない。挙句の果てに、よれよれのスーツは所々砂埃にまみれてるし、まじで汚いんだけど。
そんな男に腕を掴まれるなんて御免で、私は思い切りその腕を振り払った。それが、間違いだったんだと思う。
私はともかく、男までもが盛大に体制を崩したのだ。
後は、小説のお約束。
二人で盛大にひっくり返った後、二人でお互いの頭を盛大に打ち付け合い、そして盛大に体が入れ替わった。
そして、今に至る。
私は、一目も憚らずに道へ蹲り頭を抱えた。
「って、盛大に粗相してんじゃんッッ!!!!」
「してんじゃん!」「してんじゃん」「してんじゃ……」
はい!エコーいらないから!!!
目の前のお前、私の可愛い顔で可愛いキョトン顔してんじゃないわよっ!!!!
「ふっざけんじゃないわよっ!!!」
そして、冒頭にループするのだ。
なんなのこれ、永遠じゃん。
すると、なんかスーツの上着が濡れていることに気がついた。え、なにこいつ。不潔な上に、なんで濡れてんの?って思いながら、濡れた掌を見やる。
すると、てのひらは、
鮮血に染まっていた。
嘘じゃん。何これ。赤、え、絵の具?じゃないよね、生臭!これ、血じゃん。なんで血?ってか、ってか、
「ってか、私。血とか、まじ無理……。」
その瞬間、私の意識はブラックアウトしたのだった。