彼と彼女のオーパーツ
オーパーツ。
発見された場所や時代にまったくそぐわない、在るはずのない代物を指す言葉。
だったら今私の心にあるこの想いは、間違いなくオーパーツと呼ばれるべきものだろう。
彼女に出逢ったのはつい先刻で、間違いなくお互い初対面。
好きだという気持ちが出逢ってから育まれるものである以上、この気持ちはオーパーツでしかない。
一目惚れともまた違う。
物心ついた頃から自分の心にずっとあった、誰かを好きだという気持ち。
誰に言ったこともなったけれど、それが彼女だとはっきりとわかったのだ。
オーパーツの僅かに欠けていた部分がぴたりと埋まったかのように。
在るはずのないものであっても、確かに在るからにはそれを前提にするしかない。
世間で言われるオーパーツと違って、気持ちには形がないからなお厄介だ。
だけど確かに在ることを、私だけが知っている。
前世の恋人であろうが、運命の番であろうが、比翼連理の仲であろうが、そんなことはどうでもいい。
ただ好きなのだ。
だからといって、それをそのままぶつけられるほどもう子供ではない。
そんなことを言ったらおかしな人だとしか見られないのはわかっているし、彼女に迷惑をかけることになることくらい充分に弁えている。
真っ当なアプローチをかけるのも無理筋だろう。
なんとなれば彼女は現在人気絶頂の歌姫なのだ。
そのルックスも声もさることながら、突出した才能から生み出される美しい旋律と切ない歌詞が世界的な評価を受けているということらしい。
まだ年若く、成人さえしていないと聞いた。
多くの若者たちが恋焦がれ、本人が望めばどんな条件の相手とも付き合うことが可能だろう。
一方私はもう40をいくつも超えていて、彼女と釣り合う歳ではない。
大学で哲学を研究しているといえば聞こえだけは良いが、この歳までまともな恋愛もしたことがない偏屈者だ。
生きづらいこの時代に哲学が支えになるのでは? という某TV局の企画に「まだしも若い方だから」という理由で選ばれただけの、彼女にとっては長い人生で一瞬だけ関わることになるおじさんの一人でしかない。
「こんにちは。今日はよろしくお願いします」
だからこれが、私が彼女とかわす最初で最後の会話となるだろう。
だがそれでいい。
コンサートに普通の客としていくくらいは許されるだろう。
いやそれもダメか。
「あの、教授は一目惚れって信じますか?」
え?
「変なのはわかっているんです。だけど――」
いやちょっと待って。
こういうシチュエーションに憧れるんですよね……
西炯子先生の「娚の一生」すごく好きです。
そもそも「三番町萩原屋の美人」がとてつもなく好きな訳ですが。