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上書きした世界で、また巡り会えたら  作者: 小谷杏子
第四章 シューティングスター
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第二十六話

 通話を切ったあと、涼香はベッドに寝転がった。体が重たい。明日は文化祭だというのに、心は浮かない。行きたくない。面倒だ。

 でも、しでかしたことの始末はつけなくてはいけない。

 スマートフォンに通知はなく、明からの返事は見込めそうになかった。それでも、優也に言われたとおり、修復は望めなくてもきちんと折り合いをつけたい。それくらいしなければ、この罪悪感を抱えて優也とつき合っていくのは難しいだろう。


 ——どうしよう。


 とたんに不安な未来が見えてしまい、必死に振り払った。彼との別れが、やはり来てしまうのだろうか。そんな未来を先延ばしにしているだけじゃないか。それにもしも、この先、また同じように人間関係でつまずいたら、そのときはどうやって回避したらいいんだろう。


「あぁ、もう。バカみたい」


 考えるだけ無駄だ。そもそも、もう一度過去に戻れる保証はない。何度もたやすくことが運べば、人生は苦労しない。

 反省すると決めたくせに、いつまで悩んでいるつもりだろう。目の前のことを大事にしていけば、また明るい未来を描けるはずだ。


 ——ありえないよね。私たちが別れるなんて。ありえない。


 もし、またタイムリープして大団円(だいだんえん)の世界を(きず)けるのなら——そんな保証もない。鉛筆(えんぴつ)軌道(きどう)を消しゴムで雑に削れば(あら)が出る。それと同じように、どんどん汚くなっていくだろう。


「ごめんね、明。こころ」


 二人との仲を引き裂いてでも、この恋を選ぼう。いまは、この時間を大事にしていきたい。

 厚かましくも、楽な道を願う自分がどうしようもなく弱くて、かっこ悪い。つくづく弱い。でも、この弱さに向き合えるほどの精神力はまだない。

 涼香は枕を叩いた。バンバンと思い切り叩いてみても、このどうしようもない感情はおさまりそうにない。


「……それでも、タイムリープはしない! 絶対に!」


 もう二度と振り返るものか。

 ()りをつけるように、涼香はスマートフォンの画面をひっくり返し、電気を消した。ベッドに潜りこむ。

 同時に息を止めた。アナログの時計が時を刻む音を聞く。カチカチと一定のリズムで鳴る音に、極度に怯えた。刻々と焦燥が煽ってくる。闇に目が慣れてくると、時計の針がどの位置にあるのかがわかった。

 午前〇時が、過ぎる。

 水の底から()い上がるように息を吸い込むと、わずかに肺が軋んだ気がした。


 ***


 スマートフォンのアラームで目が覚めた。ベッドから飛び起きると、もう文化祭の朝がきている。

 涼香はアラームを止めようと、画面を触った。明からの連絡はまだない。このまま中途半端に終わらせたくはないのに、彼が応じてくれなきゃ次に進めない。

 こうなったら、彼のクラスで待ち伏せしようか。いや、そんなことをしたら優也がいい顔をしないかもしれない。余計にこじれたら困る。でも、悩むよりも先に動きたい。


「よし」


 制服をひっつかみ、素早く着替えた。シャツとスカートを身につけ、リボンの位置を鏡で見て、紺色のカーディガンに袖を通す。机の上に置いていたきれいなパンフレットをカバンに押しこみ、部屋を出る。階段を駆け下りると、食卓に座るエプロン姿の母と目が合った。


「おはよー。今日はなんだか張り切ってるのねー。文化祭だから?」

「違うよ。そんなんじゃない。文化祭よりも大事なことがあるの」


 冷たく突っぱねると、母は肩をすくめて笑った。マグカップのコーヒーを音を立てて飲む。すると、インターホンのチャイムが鳴った。


「あ、こころちゃん、来たんじゃない?」

「え?」


 振り返ってモニターを見ると、ふわふわの三つ編みがカメラをのぞきこんでいた。

 待ち合わせなんてしてないはずだ。怪訝に思い、涼香はテーブルの朝食を無視して玄関に飛んだ。扉を開ける。


「おはよ! 涼香!」


 晴れやかな笑顔が近い。昨日の憂さを思わせない彼女の登場に、涼香は両目をしばたたかせた。


「おー……おはよ……」

「今日は高校〝初めて〟の文化祭だね! 気合いれて楽しもう!」


 朝日を背に屈託ない笑顔を見せる顔が眩しくて、怖い。

 決められたセリフを話す彼女を前にして、全身が強張った。


 ***


 なんの冗談だろう、これは。

 この世界は、いったいなんなんだろう。

 どうして、過去に戻っているんだろう。タイムリープはしないと誓ったはずだ。おまじないも使ってない。

 今日は明と話して、友情に蹴りをつける。そして、優也と不安定な未来を描きながら、こころと一緒におもしろおかしく過ごすはずだった。それで納得しようと思った矢先に、また振り出しに戻るなんて。

 放心したまま、こころに急かされて通学路を歩く。商店街の朝はのんびりとしていて、あちこちに青浪高校文化祭のポスターが貼ってあった。パンフレットと同じ女子高生が笑顔を向け、大きな明朝体が「第四十三回 青浪高校文化祭」と主張している。それを見ると、やはり過去に戻って居ることを実感してしまい、足がすくんだ。


「んもう、涼香! どうしたの? 調子悪い? 今日は文化祭だっていうのに、そんな顔してー」


 無邪気なこころに、笑顔を返す元気はない。眉をひそめたままでいると、こころは今度は心配そうに顔をのぞきこんだ。


「涼香、だいじょうぶー?」

「ううん。ちょっと……」

「具合悪いの? 朝ごはんは食べた? 実行委員が元気ないと困るよー」

「ごめん」


 混乱のせいで会話がままならない。浮かれるこころには悪いが、この状況を脳が拒否している。それでも道は続いている。


 ——考えろ。


 鈍く固まった思考を無理やり回した。


 ——考えろ。この状況をどうするか、考えて答えを見つけなきゃ。


 こうなっては、間違った世界を選ぶわけにいかない。もう間違えてはいけない。全員の気持ちが見えている以上は、このループの始まりを正す必要がある。

 過去が「逃げるな」と責めるなら、もう一度チャンスをくれるなら、今度こそ誰もつらい思いをしない世界へ導きたい。その責任がある。


「こころ、私のほっぺた叩いて」


 すっかり黙ったこころに、涼香は唐突に頬を差し出した。しかし、こころは乗り気じゃない。


「えぇー? なんでまたそんなこと」

「いいから! 気合いを入れる感じで、一発お願い」


 強い口調で言うと、こころは困惑気味に笑いながら手を振りかざした。パーン!と、勢いよく水平に手のひらが頬をはじく。


「……いっ、たぁぁーっ!」


 ビンタをくらった頬をさすり、思わずその場でうずくまった。飛び出た涙をぬぐい、深呼吸する。


「涼香ー、本当に大丈夫? 昨日、頭でも打った?」


 半ば恐れが混じった声音でこころが聞いてくる。涼香は痛みにうめきながらも、ようやく腹をくくった。


「オーケー、大丈夫。ちょっとこれから起きる未来に不安を感じてただけなの。でも、こころのおかげで目が覚めたわ」


 こうなったら一からやり直そう。誰も傷つかない世界を手にいれる。最後の悪あがきだ。


「ほら、こころ。行くよ。開会式に遅れちゃう」


 呆気にとられるこころの手を引っ張り、涼香は商店街の道を早足で歩いた。

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