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上書きした世界で、また巡り会えたら  作者: 小谷杏子
第四章 シューティングスター
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第二十五話

「タイムリープはもうしない。ここが私の居場所だから」


 自室でボソボソと唱えると、いくらか安心できた。

 どんなに痛みを分け合ったとしても、涼香はまだこころに打ち明けられない。このことは胸に秘めておかなければいけないだろう。もう考えたくない。でも、明の気持ちは無視できない。

 もし、最初の世界が正しい道だったのなら、あの続きはどうなっていたんだろう。明を傷つけずにいた世界になったのだろうか。あのときも、明は涼香の顔色をうかがって優しく慰めようとしていた。

 二回目も同じく。優也と別れ、最初よりも大きな喪失感を知ってしまったあとにも彼は優しく慰めようとしていた。そこに下心があったとしても、彼の優しさは本物だった。それに、あのままなら明に流されても仕方がなかった。つくづく簡単に左右されやすい。


「はぁ……どっちにしても嫌な世界だなぁ。どこで間違ったんだろ」


 ベッドに寝転がり、涼香はスマートフォンを開いた。

 こころは明日、彼にきちんと謝罪すると言っていた。だったら、こちらも明に言わなければいけないことがある。

 トークアプリを開いて、明のアカウントを呼び出す。迷いなく文字を入力した。


【今日はごめんなさい。また、改めて話そう】


 明の返事も待たず、優也のアカウントを呼び出した。このことは優也にも報告しないといけない。こちらはメッセージではなく、電話にする。


『もしもし? どうした?』


 コールが何度か続いたあと、ようやく電話がつながった。


「こんな時間にごめん。話したいことがあるの」


 起き上がり、自然とベッドの上で正座する。どうにもかしこまってしまい、喉の奥が緊張した。声が固くなると、電話の奥の優也も察したように言う。


『どうした?』

「あ、明のことなんだけど……」

『またか』


 うんざりともとれる優也の声音だが、諦めにも似た息が聞こえた。それをかき消すように、涼香は一息に言う。


「今日、明に告白された。知らなかったの。明にどんな風に思われているか、全然気づかなかった」

『……お前って、本当に鈍感だもんな』


 怒られるかと思いきや、拍子抜けするほどに軽い冷やかしが返ってきた。


『それで? 断ったんだろ?』

「それが」

『え? 断ってないの?』


 途端に優也の声が不審を帯びる。その声が強く耳を責め立て、涼香の口は慌てた。


「ううん。そもそも付き合う気はない……でも、はっきりとは話せなかったの。途中でこころが間に入るしで、明が怒っちゃって」

『待て待て、意味わかんねぇよ。なにがどうしたのか、ちゃんと言ってくれ。いまからどっかで会う?』


 彼の声もますます急ぎ、ノイズが遮った。慌ただしい衣擦(きぬず)れの音が聞こえてくる。ジャンパーを持って外に出ようとする様が見て取れた。


「ごめん。落ち着いて話すから、そのまま聞いて」


 もう夜も更ける。午前〇時が近い。いまにでも飛んできそうな優也をなだめ、涼香は放課後に起きたことをつっかえながらも話した。

 明に優也との仲直りをお願いしたこと。明に告白されたこと。こちらは付き合う気はないし、絶対になびかないこと。もう友達ではいられなくなること。明に告白させようとしたのがこころで、その現場を盗み聞きしていたこと。明が怒り、話が中断したこと。

 ゆっくりと、なるべく感情を尖らせないように話すと、優也は不満そうにも黙って聞いてくれた。


『はー……それなら俺も呼べよな。いや、でも俺が行ったらややこしくなりそうだな……まったく、お前らは』

「ごめん」

『いや、俺も悪いよ。こっちの問題に巻き込んだようなものだし。まぁ、無関係ってわけじゃないんだけどな』


 おそらく彼も後悔している。しきりに繰り出すため息を聞くたびに、涼香の罪悪感が増した。


『ごめん、涼香。俺がちゃんと明に向き合わなかったから、こんなことになったんだ。本当にごめん』

「ううん。私のほうが悪いよ。私が優也を不安にさせてたのは間違いないし、中途半端にしてた私が悪い」

『いやいや、俺が勝手に不安になってただけだし……あぁ、もう。やめよう。どっちが悪いとか、誰のせいだとかいう問題じゃねぇ』


 確かに、謝罪の応酬はそろそろ不毛なものになってきた。潔くピシャリと言われてしまえば、言葉に詰まる。

 黙り込んでいると、優也も何を言おうか迷っており「うーん」と長い唸りが聞こえた。沈黙が苦手な彼は思案(しあん)に暮れると、決まって深く唸る。


『そもそも、なんで右輪が明にそんなことをさせたのかがわかんねぇな』


 やがて、彼は不思議そうに言った。


「明に諦めてもらうためでしょ。区切りをつけたかったって、明も言ってたし。いつまでも叶わない恋愛を引きずってても仕方ないでしょ」

『じゃあ、そういう場を設けたって感じ? 明が怒ったのは、右輪のせいってことか』

「こころのせいだけじゃないよ。私もどうしていいかわからなくて、ずっと黙ってたし」

『お前に対して怒ったのは、八つ当たりだろ』


 厳しい言葉が突き抜ける。涼香はやり場のないため息を吐いた。


「明ってさ、普段は全然怒らないよね……でも、今日はかなり怒ってた」

『普段怒らないやつが怒ると、めちゃくちゃ怖いって言うしな……そっか』


 意外だと言いたげな優也の声。そこからも、明の性格がわかる。また、二年の冬までは親友として仲が良かった優也にも怒った顔を見せない明が、あんなに感情を尖らせたということは、よほどのことだ。それくらい思いを募らせて、苦しめていた。明の思いがとても重い。


『明を怒らせる右輪って、ある意味大物だな』


 こちらの重さとは打って変わって、優也は軽く鼻で笑い飛ばしてきた。不謹慎(ふきんしん)な音が過敏(かびん)にいらだちを揺り動かす。


「のんきなこと言ってる場合じゃないでしょ。私、明にちゃんと話して、諦めてもらいたいの。こころとも仲直りしてほしいし、できれば優也とも」

『それこそのんきな話だな。そううまくいくわけがない』

「だったら、どうすればいいの?」

『そうだなぁ……』


 答えはなんとなく出てきている。しかし、諦めが悪い。なんとか丸くおさまる解決法がないか、その望みを優也にたくす。

 彼はしばらく考えた。珍しく沈黙が続き、静寂が怖い。


『……やっぱり無理だよ。俺はともかく、明も右輪も許し合えないとこまできてるだろうし、形だけ仲直りしても、もう前のようにはなれない。戻れないと思う』


 出てきたものは、虚しい結論だった。


『しょうがないんだよ。もしかすると俺たちは高校までの関係で終わるんだろう。そういう風にできてたんだ』

「やめてよ。そんなの、私が納得できない」

『いい加減、諦めてくれよ』


 優也の声がわずかにいらだった。涼香はすぐに黙った。息を飲んだ音が電話口に届いたらしく、優也は気まずく唸る。

 しばらく考えたのち、彼は静かに言った。


『……バスケってさ、五人の連携なんだよな』

「え?」

『たとえ話』


 脈絡(みゃくらく)のない言葉は、(さと)すような節がある。


『味方を信頼して、パスを出してボールを運んでシュートする。それぞれ一人ずつポジションが決まってて、フォーメーションもある。緻密(ちみつ)に練った作戦と、絶大な信頼を持って試合にのぞむ。シンプルに考えたらそんな感じで、これは人間関係も同じだと思う』

「はぁ」

『逆に、信頼できない相手にはパスは出せない。言ってることわかる?』

「うーん……」

『要するに、迷ってると試合にならない。勝負の世界は甘くないってこと。これから高校卒業して、大学入って、就職して、フィールドだけじゃなくポジションも変わっていくんだよ。いちいち気をとられてたら次に進めないだろ。それが言いたかったんだよ』


 口調とは裏腹に、言葉は厳しい。優しい言い方が、かえって寂しさを増長させる。


『俺も明と話をつけるよ。でも、あんまり期待すんな。()れた女をここまで悩ませといて、挙句(あげく)に八つ当たりするようなやつとは、もう友達に戻れない。俺、そこまで優しくねぇから』


 彼もまた怒っている。はっきりと口に出されると、冷や水をかぶったような寒気を覚えた。

 全員がばらけてしまうなんていう最悪な結末に太刀打(たちう)ちできない。現実を受け入れられない。子どもじみたわがままだとはわかっていても、おとなしく引き下がれない。

 どうしたらいいんだろう。なにか解決策があるはずだ。

 無駄な足掻(あが)きはかえって虚しくなる。わかっていても、なかなか諦められない。


「……ねぇ、優也」


 涼香は静かに言った。


「さかさ時計のおまじないって、知ってる?」

『なに、急に?』


 優也は素っ頓狂な声を返した。小さく忍び笑う声が漏れている。そんな彼の調子には合わせず、涼香はなおも声を低めて言った。口が淡々と白状していく。


「私、実は優也と別れる世界を見たの。だから、過去をやり直してきたの。さかさ時計のおまじないでタイムリープして、優也と別れない世界をつくったの」


 願ったはずの世界は、少々息苦しい。友達を犠牲にした罪悪感から不安になる。どこにたどりついても、バッドエンドが待っていて、きっとこの世界にも嫌われているんだろう。そんな悲観(ひかん)が渦巻いた。


『なにバカなこと言ってんだよ。その冗談はきついって。面白くねぇ』


 喪失を噛みしめる涼香の告白を、優也は深刻に受け止めてはくれなかった。


『それに、俺が涼香と別れる世界はありえねぇよ。悪い夢でも見たんじゃねぇの?』


 そうだったらいいのに。

 でも、それこそ夢物語に過ぎないし、考えが甘いと思う。高校を卒業して大学に入学して、就職した先でも一緒にいられる保証はない。

 言い返したくても言葉は声にならず、涼香は小さな笑いを投げた。


「あーはははは……そーだよねぇ。いや、ほんと、どうかしてる。なんか、悲しすぎて変なこと考えてた。ごめん、忘れて」

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