表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
上書きした世界で、また巡り会えたら  作者: 小谷杏子
第二章 パラドックスダンス
16/39

第十六話

 人混みの中、前を歩く優也の背中を追いかけるのに必死だった。どちらもなにも言わない。なんだか気まずく、またどうして気まずいのかわからない。


「――なぁ」


 唐突に優也が振り返り、立ち止まった。


「俺、からあげ食いたい」


 いきなりの宣言に、涼香は首をかしげた。


「はぁ……買ってくれば?」

「手が塞がってんだよ」

「あ、そういうことね。はいはい」


 そう言ってスイーツを引き取ろうと手を伸ばす。しかし、彼は渡そうとはしなかった。


「お前が買ってきて」


 優也は顎でしゃくって露店を示す。


「使いっ走りですか」


 ふてくされたように言ってみるも、優也は悪びれもせずに頷いた。


「早く行って来い」

「言い方がムカつく」

「……買ってきてください」


 明らかな棒読みに、涼香はふくれっ面を見せつつ、からあげの露店へ向かった。

 本当は険悪になりたくなかったのに。それは、優也が明に言った「かわいくない」のせいだろう。


「どうせかわいくないですよーだ」


 何度も言われたことなのに、胸がチクチク痛んでしょうがない。こんな思いをするなら、いっそ恋愛なんてしなければよかった。仲がいいクラスメイトという立ち位置のほうが、ふられる未来を迎えるよりもはるかに優しくて楽しいはずだろう。

 しかし、同時に羽村の顔を思い出した。そして、裏で手を回しているこころの顔も。あの二人を裏切って、今日を何事もなく終わらせてしまったら、それこそ居場所がなくなってしまうかもしれない。恋愛も友情も同時に失うなんて、それこそ大惨事だ。


「大楠」


 後ろから声をかけられる。同時に膝の裏を攻撃される。かっくんと膝が曲がり、涼香は「わぁっ」と情けない声をあげた。


「なにすんの!」


 振り向かずとも誰の攻撃かは明らか。優也が威圧的にじっとりと見ていた。


「ぼさっとすんなよ。俺のからあげ、早く買え」

「わかってるよ! ちょっと待ってて!」


 ポケットからグリーンラビットを出し、お金を露店の生徒に渡す。カップ入りのからあげは五百円で販売しているようだ。


「ありがとうございまーす!」


 元気がいい剣道部の女子マネージャーが愛嬌を振りまく。山盛りのからあげのカップを差し出された。


「はい、買いましたよ。五百円よこせ」

「うん。それはいいんだけどさ」


 優也はまたも無愛想に顎でしゃくって、今度は中庭を示した。


「あっち行こう」

「はぁ?」


 意図がわからないので、またしてもかわいくない声を出してしまう。しかし、優也は先を歩いて行ってしまった。スイーツが人質にとられているので、やはり追いかけるしかない。


「もう、なんなの……」


 お祭りの空気は一層濃くなっている。中庭も例外じゃなく、生徒でごった返しているものの、ここにはベンチがあった。まさか、そこで二人並んで座るつもりだろうか。そんな予想は早くも裏切られ、彼は体育館裏の湿気(しけ)た場所までさっさと歩いていく。

 体育館のステージは熱狂的で、どうやらいまは『BreeZe』の演奏の真っ最中だった。

 優也の謎行動を考えることに飽きてしまい、ぼんやり聞こえてくるドラムロールを聴きながら、涼香はあの三人を思い出していた。


 ――仲直りしたんだろうなぁ。よかったよかった。


 それに比べて、こちらはと言えば。さっきから空気がおかしい。せっかく二人きりになったのに、うまく楽しめない。もやもやする。


「なぁ、大楠」


 体育館ステージの真裏(まうら)に当たるその場所は、冷たいコンクリートの(かたまり)が置いてあった。隅にはボールかごが追いやられており、雨ざらしになったと思しき湿ったバスケットボールが転がっていた。

 優也は安堵の息を吐いて、ようやく笑った。


「ここ、俺の秘密基地なんだよ」

「へぇぇ」

「練習抜けて、考えごとをするときに来てる」

「それ、サボってるだけじゃないの」


 すかさず言うと、優也は吹き出して笑った。そのえくぼが憎めない。


「かもな。やっぱ、練習きついし。上下関係めんどくせぇし」

「そういうもんなんだ」

「そういうもんなの。結局、練習は先輩たち優先で、一年はマネージャーみたいな扱いでさ。ボールさわりたくてウズウズしてるのに、基礎練と筋トレばっかでつまんねぇ」


 いつも楽しそうに部活をしている優也しか知らないものだから、その告白は思いがけないものだった。


「って、そんな話をしたかったわけじゃないんだ」


 そう言って、彼はコンクリートの塊に腰を下ろした。ポップコーンと鈴カステラを置いて、涼香に手招きする。


「横、座れよ」

「えっ」

「いや?」

「……いや、じゃ、ないけど」


 ぎこちなく言って、涼香はそろそろと優也の横に座った。少しだけ隙間を開けて肩を並べる。


「さっきはごめん」


 優也が静かに言った。


「嫌な言い方したよな。あんな風に言うつもりはなかったんだ。お前、まだ怒ってるよな」

「いや……そんな、全然。あんなの、いつものことじゃん」


 しっとりと弱々しく言うものだから、心臓が爆音を鳴らすようにはじけた。まともに優也の顔が見られなかった。それなのに、優也は顔をのぞきこんでくる。


「ほんとに怒ってない?」

「怒ってないってば」

「そっか。それならよかった」


 まだ不安そうだが、優也はホッと息を吐いた。


「なんか、自分でも変だなぁって思ったよ。おかしいよなぁ。お前と明がしゃべってるだけで、もやもやしたっていうか。しかもあいつ、あんなあっさり『かわいい』とか言うし」

「えーっと、それって」

「うん。嫉妬(しっと)。俺は明に嫉妬してる」


 息が止まった。すぐに吹き返すも、思考回路が誤作動を起こしてしまう。ぼうっと優也の顔を見つめると、彼も自覚しているようで、目をそらしてしまった。

 こういうとき、なんて言えばいいんだろう。


「……バスケ部期待のエースも、余裕がないことあるんですねー」


 出てきた言葉のかわいげのなさが恨めしい。


「悪いかよ」

「悪くないけど。クソガキじゃん」


 口はわざと悪ぶっていく。本当にかわいくない。照れ隠しの言葉をいますぐに撤回したい。それは叶わず、涼香はもう諦めた。


「私も、嫌なこと言ったよね……今朝はあんだけ楽しくやろうぜって意気込んでたくせに、ほんと、私たちダサいわー」


 あははと渇いた笑いを空に放つ。カラリと晴れた青空は、枯れた桜の葉であまり見えない。


「実行委員なんて、らしくないことやってるよな」

「ほんとだよ。それもこれも、こころのせい。でしょ?」


 確認するように言ってみると、優也はごまかすように苦笑した。


「バレてたか」

「バレてますよ。実行委員はこころの差し金で、あの子と裏で繋がってる。でしょ?」

「言い方に語弊(ごへい)がある。そんな悪どいことはしてないっつーの」

「今朝のアレもこころの指示でしょ。わかりやすい」


 ため息を投げつけた。すると、優也はだらしなく肩を落とした。


「……マジで情けねぇな。告白だってままならないんだから」


 その嘆きがくもっていく。優也は両手に顔を埋めて落ち込んだ。


「俺さ、こういうの初めてで、どうしたらいいかわかんなかったんだ。お前が他のやつに取られるのは嫌で、明に嫉妬してるのもすげぇ嫌なんだけど、でも、それでもなかなかうまく言えない」


 それから彼は「かっこわりーな」と自嘲気味に笑った。


「右輪から持ちかけられたんだ。協力してあげるから、文化祭の日に告白しろって」

「それ、ほとんど脅しじゃん」

「いや、それに思わず乗ったから、俺は共犯みたいなもの。なんか、(だま)してるみたいでごめん」

意気地(いくじ)なしの寺坂くんにはいい方法だったんじゃない?」


 ついつい厳しく言うと、優也は黙り込んでしまった。すぐに明の言葉を思い出す。


 ――優也のこと、あんまり責めないでやってね。


 そうだった。落ち着け。調子に乗るな。

 言い聞かせて一拍置く。息を吸い込んで、吐く。舌に残った甘味を思い出しながら、涼香はぽつりと言った。


「――多分ね、後夜祭で、郁ちゃんのライブがあるんだけど」

「え? あぁ、うん」


 思わぬ発言に戸惑う優也だが、それに構わず話を続ける。


「そのライブを一緒に観たいんだ。二人で」

「うん……え?」

「だから、一緒に観ようって言ってるの。私は寺坂と一緒にいたい。そう言ってるの」


 うまく伝わっているだろうか。いや、どうだろう。どうにも素直になれない口だから、遠回しになっている気がする。

 優也はぽかんとしている。あぁ、やっぱり伝わってない。

 まったく、どうしてこうもお互いに不器用なんだろう。嫌になってくる。


「だから、私は寺坂のことが好きなの。そういう回りくどいことはしなくていいから、私と一緒にいてよ」


 しんと音が止んだ。祭ばやしが遠い。味気ない場所なのに、ふわふわ甘い浮ついた空間になっていく。その色に染まるのもたまらなく恥ずかしくて、涼香は体をすぼめるように膝を胸に引き寄せた。


「……なんか言って」


 気まずくて仕方がない。

 すると、予想だにしない言葉が返ってきた。


「もう一回言って」

「はぁ? 聞いてなかったの?」

「いや、聞いてた。でも、もう一回聞きたい」

「甘えんな。今度はそっちから告白して」


 つい乱暴に言うと、優也は照れ臭そうに笑った。


「――俺も、お前が好き」


 観念したのか、彼もまたボソボソと言う。その言葉がくすぐったくて、心臓を掻きたくなる。耳が熱い。赤くなっている気がする。


「大楠」

「はい……」

「俺と付き合って」


 声が近い。彼の息も。爽やかなあの薄荷と、クリームの甘い香りが鼻腔(びくう)に届き、涼香はこくんと頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ