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上書きした世界で、また巡り会えたら  作者: 小谷杏子
第二章 パラドックスダンス
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第十五話

「──なるほど。お前がそんなに甘いものが好きだったなんて、知らなかったよ」


 色とりどりの甘味の数々を、半ば恐ろしそうに見ながら優也が言った。

 校庭のバスケットコートに向かったときにはすでに、校門広場の露店で食べ物を買いあさっていた。両手にはクレープが二種類。秋の味覚さつまいも&マロンと、抹茶いちごクリーム。手首にはりんご飴の袋をぶら下げ、キャラメルポップコーンに鈴カステラの紙コップを小脇に抱えている。

 そんなお祭りフルコースの涼香の手から、優也はポップコーンをつまんだ。


「あー! なんで食べるの!」

「あれ? 俺のために買ってきてくれたんじゃないの?」

「違うし! これは私が食べるために買ってきたの!」

「マジかよ……それ全部食うのかよ。太るぞ」

「うっさい! 今日だけはいいんだよ!」


 呆れる優也からスイーツを守る。しかし、両手がふさがっているから食べるのが難しい。バスケットコートの脇で、涼香は両手のクレープを交互に食べた。


「俺にもくれよ」

「あんた、甘いもの嫌いでしょ」

「今日だけはいいんだよ」


 つっけんどんに言っても、優也は一歩も引かなかった。しぶしぶポップコーンを渡す。


「……んじゃ、はい」


 しかし、優也は口を曲げて食べかけのクレープを指した。


「そっちがいい」

「はぁ? 食べかけなんですけど」

「別にいいし。ちょっとちょーだい」


 逃げる間もなく、優也は抹茶いちごクリームにかぶりついた。


「あー! 私の抹茶いちご!」


 クリームをペロリと舐めて得意げな優也。その顔を殴りたい。でも、それと同じくらい心臓がキュッと縮む。無意識に耳まで熱がこみ上げた。

 いちいち意識していたら身が持たない。涼香は、彼が食べたクレープを無理やり口に押し込んだ。


「おーい、優也ー! サボるなよー!」


 バスケットコートから声がする。その掠れ声は覚えがある。明がバスケットボールを地面に突きながら、こちらを見ていた。


「ん? なになに? 優也の彼女?」


 涼香の姿を見るなり、明の顔が冷やかしたっぷりの笑顔になる。


「はぁー? 違いますけどー」


 優也は照れ隠しに言った。そして、明のボールを奪う。

 即興(そっきょう)の一対一ゲームが始まった。大きな動きでドリブルし、明の手をかわす優也を目で追いかける。

 バスケ部のフリースローゲームはおよそ盛況(せいきょう)とは言えなかった。暇をもてあました当番の部員がこうしてボールで遊んでいる様子がちらほらうかがえる。

 優也は楽しそうにボールを(あやつ)った。前へせり出して、フェイント。するっと背中に向かってボールをはじかせ、それを捕まえて、ゴールにめがけて走る。ステップを踏んで、カゴに放り投げる。外した。でも、すぐに取り返してミドルシュートは決まった。


「楽しそうー」


 本気じゃない二人のバスケはじゃれ合っているようにしか見えない。なんだか明に嫉妬してしまいそう。涼香はクレープを頬張った。

 明がボールを奪い、彼もまた優也の手をさらりとかわした。フェイントをかけ、ボールを大きく放つ。それを空中でキャッチし、彼は優也よりも早々とゴールを決めた。ゴール下へボールが落ちる。それを優也が拾いに走った。

 そのころにはさつまいもクレープが食べ終わっており、涼香は「ナイッシュー!」と声援を送った。すると、明が嬉しそうに近づいてきた。


「ところで、名前をまだ聞いてなかったんだけど」

「あぁ、そうだった」


 すっかり忘れていたが、まだ彼とは初対面だった。アイスクリーム事件が解決しているいま、優也と付き合うまで明とは接点がない。


「大楠です。大楠涼香」

「大楠さんね。覚えた。よろしくー」

「よろしく。バスケ、うまいんだね」


 彼の動きは優也よりも無駄がない。普段のふざけた様子からは想像もできない、そのギャップには試合観戦のたびに驚かされるものだ。軽いゲームでもそつなくこなすのが明のプレイスタイルなんだろう。


「寺坂よりシュッとしてるよね。見てて気持ちがいい」


 素直に褒めると、彼はパッと目を輝かせた。


「うわ、超うれしー! 優也の彼女じゃなかったら、僕がつき合って欲しいところだったなー。ちくしょー」

「えっ」


 涼香は思わず怯んだ。顔を引きつらせ、明をまじまじと見る。


「冗談でしょ?」

「んー? さぁ、それはどうでしょう」


 明はにこやかに言った。なんだか疑わしい彼の言動に、涼香は気まずくなって残りのクレープを食べた。

 すると、タイミングよく優也がボールを小脇に抱えて混ざってくる。


「なんの話?」

「大楠さんって、かわいいなって話」


 なおも明の調子は変わらない。いっぽう、優也は嫌そうに顔をしかめた。


「はぁ? お前の目、大丈夫か? 大楠のどこをどう見たらかわいいって思うんだよ。こいつ、中学んときから冷たくって、トゲトゲしかったんだから」


 聞き捨てならない言葉だ。涼香は「はぁ!?」と声を張り上げ、優也の足を蹴った。


「そっちこそダル絡みしすぎなんですけど! バスケ馬鹿のくせに成績いいし!」

「努力してるんですー」

「あーもう、ムカつく! その顔やめて!」


 ニヤニヤと笑う優也の足を蹴り続けるも彼はフットワークが軽く、すぐにかわす。こっちはポップコーンが落ちないように必死で、それでもこの怒りを発散するには蹴りだけじゃ収まらない。

 そんな応酬をしていると、明が盛大に吹き出した。


「あはははっ! 大楠さん、やばい。最高。かわいい」

「どこが!」


 今度はこっちに矛先を変える。明は肩を震わせながら涼香をなだめた。


「まぁまぁまぁ。いまのは優也が悪いって。そりゃ怒るに決まってんじゃん。優しくしなよ」

「いまさら優しくされても気持ち悪い」


 先に冷たく言うと、優也は不機嫌に片眉を上げた。彼は反論せずに黙って、こちらを見ている。涼香も居心地が悪くなり、ツーンとそっぽを向いた。

 そんな二人に、明がのほほんと言う。


「二人とも、仲いいんだね」

「どこが!?」


 すかさず言ったのは優也だった。しかし、明はものともせずにケラケラ笑う。


「ツッコミのキレが二人とも同じだなぁ。うん、仲がいい証拠。熟年夫婦みたい」

「なに納得してんだよ」

「そうよ。こいつと一緒にしないで」

「はいはい、わかりました。あんまりからかうと、それこそ仲が悪くなりそうだしね。そこまでにしよっか」


 元はといえば明が変なことを言うからだ。しかし、ここでさらに憤慨(ふんがい)すれば空気が悪くなるのは明白だ。それは優也も感じているのか、ボールの溝をなぞっている。


「ね、大楠さん。フリースローしない?」


 空気を変えようと明が柔らかに言った。それに対し、涼香はすぐに両手のスイーツを掲げた。


「手が塞がってるんですけど」

「それは優也に渡しちゃえよ。こいつ、腹減ってるみたいだし」

「えー……うーん……?」

「おい、明。俺が甘いの嫌いだって知ってるくせに」


 すかさず優也が文句を言った。明は圧の強い笑みで「まぁまぁまぁ」となだめている。

 涼香は言われるまま、優也の手にスイーツを押し付けた。反射的に受け取る優也だが、顔はふてくされたまま。すぐに彼から目をそらし、明のボールを受け取った。


「じゃあ、やる」

「ありがとうございまーす! 一回三〇〇円です!」

「お金とるの!?」

「当たり前じゃん。お客さんが来なくて困ってたんだよねー。うちの部を助けると思ってさ。ね?」


 言われてみれば、無料でゲームができるはずもなく。涼香は悔しく歯噛みした。


「しょうがないなー」


 ボールを受け取った手前、引きさがれるはずもなく。ゴールより少し遠い、スリーポイントラインよりも手前のフリースローラインまで誘導される。部員たちが「がんばれー」と声援を送ってくるので恥ずかしい。

 涼香はボールを地面にバウンドさせた。優也がやるのと同じように、くるっと回転させて地面に叩きつける。でも、うまくいかずにコロンと地面を転がるだけだった。もう余計なことはしないでおこう。


「大楠さん」


 横で明が言う。


「なに?」

「優也のこと、あんまり責めないでやってね」


 明の言葉の意味がわからず、涼香はボールを構えたままで固まった。背後をちらりと見る。スイーツを持たされた優也が、いまだに深刻そうな表情をしているので申し訳なく思えた。

 もう一度、ボールを地面にバウンドさせる。今度は両手に収まった。ゆっくりと頭の上に掲げ、勢いよくボールを放つ。

 ボードの上部に思い切り激突した。そこからゴールの輪へぶつかり、あっけなく地面へ落ちていく。


「はーい、残念でしたー!」


 明の笑い声が地味に刺さる。がっくり肩を落とすと、優也が近づいてきた。スイーツを片手に収め、素っ気なく手を差し出された。


「三〇〇円」


 涼香は悔しく肩を落として、スカートのポケットをあさった。緑色のうさぎ型コインケースを出し、きっちり三〇〇円を優也の手に落とす。と、その小銭を明がかすめ取った。


「優也、そろそろ交代だし、文化祭見てきたら? せっかくだし、大楠さんと一緒に」


 それは他の部員に聞こえないほどに小さな声だった。優也がまたも顔をしかめる。その表情の意味を知っているかのように、明は忍び笑いながら優也になにかを押しつけた。


「がんばれよー」

「はぁ? 意味わかんねー」


 とぼける優也だが、彼の耳が真っ赤に染まるのを涼香は見逃さなかった。自然と優也の足が動き、それに合わせて涼香もコートを出る。大量のスイーツは彼に預けたままだ。


「ねぇ、寺坂」


 声をかけようとした、その時。


「あ、ついでに一組のアイスクリーム屋にもきてね!」


 慌てた声が追いかける。すっかり台無しにしてくれる明に向かって、涼香と優也は同時に振り返った。


「ちゃっかりしてるなー」


 呆れの言葉も同時に飛び出し、顔を見合わせて笑った。

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