8話 奴隷とお姉ちゃん
姉はアーツ
騎士団生活が終わった翌日。
馬車が出発するまで時間があるとのことで、その時間まで王都を観光することになった。
今回はセナとセレネ王女殿下を理由に何とか一人で王都に出ることができた。一応、お金は金貨数枚持っている。そして、初日に買った服で村娘っぽい恰好をしている。これなら危ない輩に狙われることもないだろう。それに、危険がない限り見守るだけとの約束だが、ちゃんと騎士が遠くから周辺を警戒してくれているしきっと大丈夫だ。
案内人がいないし、適当に歩いてどんな店があるのか見てみよう。
「ほへー、すごい……」
適当に歩いていると、冒険者らしき人がたくさんいる店にたどり着いた。
武器屋らしい。聞こえてくる声からして、すごい武器が入荷したとかなんとか。しかも、オークションになっている。
「大銀貨六枚だ!」
「ならこっちは七枚!」
大銀貨……一応今の状況なら私の手持ちでも買えそうだ。無駄遣いはするなって言われたが、剣なら無駄じゃないよね。ちょっと話を聞いてみよう。
「これはなんの騒ぎなのですか?」
「ああ、どこから流れ着いたのか、魔剣が見つかったらしくてよ」
魔剣といえば、確か魔族が特殊な素材と魔力を使って作った剣だったか。魔法発動の補助として使う魔杖のような使い方もできるようで、すごく強いらしい。本物なら買ってみようかな。
「お、嬢ちゃん、見に行くなら——」
「うわっ」
オークションの様子を見ていると、男が私を肩車して前まで連れて行ってくれた。
「ほれ、どうだ?」
「おや、新しい客ですか。どうです、この剣?」
どうかと聞かれても、鑑定スキルみたいなものを持っているわけではないのでよくわからない。私の知識通りの白物なら、この剣で魔法を使ってみればある程度はわかるだろうが。
「少し触ってみても?」
「おや、お嬢さんが客でしたか。なかなか高いですぞ?」
「ええ、それを買うか判断するためです」
店主らしき男に渡された剣に魔力を流してみる。
……ふむ、手ごたえはある。なら、これに水を纏わせることは——
「お、本物だ!」
なんなら、この剣を杖の代わりにして魔法を発動することもできた。一応普通の剣でも試したことがあるができなかった。それができるのだから、本物で間違いない。それに、剣のデザインにもこれはここで手に入れておきたい。怒られる気もするけどこれは欲しい。私のゴーストがここで買わねば後悔するとささやきかけてくる。予算は……金貨十枚か。なんでこんなに入っているのやら。
「金貨一枚で」
「お、嬢ちゃんなかなか持ってるじゃねぇか。本気で買う気か?」
「ええ、惹かれてしまいまして……」
「だっはっは! そうかそうか、それなら思い切って買っちまいな!」
「金貨一枚、これ以上出せる人は?」
いないようだ。
「それではそこのお嬢さんに売りますぞ!」
突然現れた少女が落札したからか、ものすごい騒ぎになってしまった。剣に興味がなさそうな人まで集まってきている。
「これが剣と鞘、そして最初の値段の数倍なのでおまけにこれも」
そう言って、剣だけでなく魔法の杖までおまけしてくれた。
「ありがとうございます」
「いえいえ、今後ともごひいきにしていただければ」
なるほど、最初からオークションになるのを狙っていたのか。うまい奴だ。
「おじさんも、ここまで運んでくれてありがとうございます」
「いいってことよ! 礼は冒険者になったときにでも酒を奢ってくれよな」
「はい、その時は是非飲みましょう」
「だっはっは、わかってるじゃねぇか! じゃあ、気を付けてな」
おじさんに手を振って、私は武器屋を離れた。この時のことが王都で話題になり、騎士団にまで伝わってしまっていたのを知るのは、また数年後のお話。
「見ていましたよー、可愛い子供かと思えばなかなかお金を持っているようで」
「うわっ、びっくりしたぁ」
さっき私が金貨を払ったのを見ていたようで、怪しげな男が近づいてきた。金をたかろうとしているわけではなさそうだ。どちらかというと、商人に見える。ひとまずは話を聞いてみても問題なさそうだ。
「驚かせてしまって申し訳ありません。私、こういう者でして……」
名刺を差し出すように、商人ギルドの個人認証用ギルドカードなるものを見せてくれた。
ハイド・ナーベスト、男爵家出身の商人か。明らかに悪そうな顔だが、悪人ではなさそうだ。
「実はこういうものを売っているのですがね」
そう言い、パチンと指を鳴らすと、部下らしき男が首枷で拘束されている獣人族の少女を連れてきた。前言撤回、悪人だ。この国の制度はよく知らないが、私的にはよくない。
「ひぃ……」
来た時からおびえていたが、私を見てさらに縮こまった。私みたいな幼女を見て怯えるとは、いったい何をされてきたんだか。
「これは?」
「私、各地で集めた獣人を販売しておりましてね。ああ、もちろん誘拐はしておりませんとも。あくまで、合法的に」
なるほど、奴隷商というわけか。
聞けば、金を貸して返せなかったら担保にしたものをいただく。それで子供を差し出す親がいるとか。それを受け入れるハイドもハイドだが、親もなかなか酷いな。きっと戻ってくるとか思っているのだろうか。
「ほかにもいるの?」
「ええ、他は健康な体にするために私の屋敷ですが、商品として出ているものならあと十七体ほど」
結構いるな。屋敷にもいるみたいだし、全部でどれくらいいるのだろう。あまり知りたくない。が、一応ここに居る奴隷だけでも見てみようか。もし気になる子がいて買えたら買う。
「奥に行くほど質がよく、高い奴隷となります。まあ今並んでいる奴隷は比較的安めですが」
最低額で銀化五枚、最高額で金貨三十枚か。それで安いとか冗談でしょ。
「この子などいかがです?」
私が財布を見て悩んでいると、ハイドがおすすめの奴隷を連れてきた。
「あらかわいい」
奴隷装束に首枷と、なんとも見ていてこっちも辛くなるような恰好だが、とても可憐な少女だ。恐らく年は私に近い。
「この子、王都の門も前で拾いましてね。どうやら家族を失ったようで」
それで奴隷になったのか。
「容姿は最高級ですが、まだ性奴隷にするのが難しければ労働させるのも難しいという事で、金貨五枚で売っております」
それなら買えるな。けど、さすがに奴隷は怒られるだろうか。少なくとも、セナからの説教はあるだろう。この世界の常識を完全に理解しているわけではないけど、なんとなく奴隷はアウトな気がする。けど、この子は欲しい。一緒に寝たいし一緒にお風呂に入りたい。メイドが一人増えると思って、なんて言い訳で通用するだろうか。
どうせならこういうことも教えてもらっておくべきだった。
いや、もういっそどうせ使うかもわからない魔剣を買ったのだから、この際奴隷を買っても同じだと思って割り切ろう。
「この子の名前は?」
「この子はニーナ、種族は獣人族で猫の獣人でございます」
へぇ、ニーナちゃんって言うんだげっへへ……。しかも猫、ますます欲しい。
「よし、買った!」
「はい、お買い上げありがとうございます!」
金貨を渡すと、ハイドはニーナの首枷を外した。
「では、契約をしましょう」
「契約……扱いの注意事項みたいな?」
「いえいえ、奴隷との契約です。奴隷の刻印という特殊な魔術でしてね。主の血を使って発動することによって、絶対服従させることが可能なのです」
「へー、便利なものもあるんだね」
魔術か、これはまだ習ったことがないし、帰ったらセナにでも教えてもらおう。
「では、血を少し頂きたいのですが……」
「これで足りる?」
さっき買った魔剣で、指を軽く斬って、ハイドが差しだした器に垂らす。
「ええ、十分ですとも。それでは刻印を——」
「待って、刻印はここにお願い!」
ハイドが胸に刻印を施そうとしていたので、急いで制止して下腹部に刻印を描いてと要求する。これだけは譲れない。
「おやおや、若いのに随分な嗜好をお持ちのようで……」
「あっ、いや……」
やってしまった。そういえば私はまだ六歳だ。幼女がこんな性癖を丸出しにして奴隷を買うなんてどう考えても怪しすぎるでしょ。
「ご安心を、追及は致しません」
「そ、それなら……」
追及なんてされたら変な誤魔化し方をしてただの変態になってしまうところだった。いやまあすでに遅いんだけども。
「はい、これで完成です」
刻印を描き、短く詠唱をしただけで魔術で刻印を施し、ついにニーナが私のものになってしまった。今更だけど、どう言い訳しようか。
「えっと、よろしくね、ニーナ」
「ひぃっ」
なぜ私に怯えるんだろう。さっきの子もだけど。いったい私の何が怖いのか。それとも、人間自体に怯えている? まあそこはゆっくりケアしていけばいいか。
「お買い上げありがとうございます。またのお越しをお待ちしておりますよ」
「気が向いたらね」
多分もう来ないと思う。今回は好奇心もあって来たけど、みんながみんな覚えているし、雰囲気もあまり好きじゃなかった。奴隷を買うのも多分これっきりだ。
「さて、それじゃあ服を買おうか」
「ふ、く……?」
「うん、服。そんな奴隷装束で街を歩くのもあれでしょ?」
「……?」
あまり理解できていないようだ。
「とにかくついてきて!」
ニーナを連れて、私がいろいろ服を買った時の店に向かった。
ここならニーナにぴったりの服も置いてあるだろう。
「この子に似合う服を何着かください」
「奴隷ならそれでいいんじゃないかい?」
「ダメです、もっと可愛くしないと」
「そうかい、それならこの辺の服なんて似合うんじゃないかい?」
フリルのついたブラウスにスカート、そしてワンピース、そしてそれ似合う靴まで服に合わせて見繕ってくれた。なんなら下着まで。
「獣人でも奴隷でも、可愛いものをと言われたらそれを提供するのがプロだからね、高いけど、どうだい?」
びっくりするほどいいセンスだ。
「ありがとうございます」
なかなか値が張ったが、奴隷装束よりはましだ。
「ここで着替えていきな。更衣室はそっち」
「何から何までありがとうございます……」
「それが家の信条だからね」
ニーナと更衣室に入り、ニーナに服を着せる。ワンピースもいいが、今回はブラウスとスカートだ。下着もちゃんと着せる。風で中が見えたらいけないしね。
「よし、かわいい!」
ずっと怯えていたニーナも、ようやく落ち着いてきたようだ。
「あの、私がご主人様よりいい服を着てもいいのでしょうか?」
ああ、確かに今はニーナのほうがいいモノを着ている。
「大丈夫、これは私が着たくて来てるものだから。それに、私の事はシエラって呼んでね」
「シエラ様……」
「様入らないよ」
「し、シエラ……?」
「うん、最高……」
おどおどしながら私の名前を呼ぶニーナに悶えていると、怯える、というかニーナが戸惑っていた。変なご主人様でごめんね。でも仕方ないの、前世でケモ耳娘に名前を呼ばれるのが夢だったから。
「驚かせてごめんね、ニーナ」
頭を撫でながら謝る。反応からしてニーナも撫でられるのは好きみたいだし、いいよね?
そうやって無事ニーナを落ち着かせて店をでてしばらく、どうやら街が騒がしくなった。
セレネ王女殿下にセナ、そして騎士達がこちらに向かって歩いてきている。
「ひっ、いや……」
「大丈夫、敵じゃないから」
とは言ったものの、あまり大丈夫な雰囲気ではない。
「お嬢様、屋敷へ戻りますよ」
「は、はい……」
もしかして、獣人の奴隷って倫理的にアウトだったのだろうか? 歴史は知っているけど、さすがに欲望に負けるのはアウトだったか。それとも、何か用事でもできたのか。私としては後者だと嬉しいけど……。
「えっと、一体何用で?」
「セレネ様から用があると」
用事か、それなら良かった。が、移動中の沈黙のせいでまた気まずい。
屋敷につくと、さっそく応接室に行き、私とニーナ、そしてセナとセレネ王女殿下だけになった。いったい何事なのだろう。
「セナ、いつも通りでいいですよ」
「いつも通り……というのももう違和感があるけど」
セナのこの口調、何気に初めて聞いたな。ちょっとクールっぽくてこれも好きかも。
「それでシエラちゃん、お願いがあるんです」
「お願い?」
突然呼ばれてお願い、一体どんなお願いが来るのか。どうもセナが呆れた顔をしている。これは不安しかないな。
「シエラちゃん、唐突だけどね……私の事はセレネお姉ちゃんって呼んで欲しいの」
「はぁ……」
セナがため息をついた。
「セレネお姉ちゃん……お姉ちゃん!」
お姉ちゃんっていいよね。甘やかしてくれたりするのかな?
「ねえセナ、やっぱりシエラちゃんは可愛いですね!」
「ええ、お嬢様ですから。こういう時は、本当に可愛いです」
ため息をついていたけど私が可愛いというところではしっかり同意するセナ。セナに可愛いなんて言われるの、何気に初めてでは。
「にしても、どうして突然?」
「ほら、騎士団の時の……」
私を励ましてくれた時にときめいたらしい。なかなか複雑だなぁ。
「セレネ姉様……ここまでよく我慢したというべきか、やっぱり見境がないというべきか……」
「ひどいですセナ」
お姉ちゃん、拗ねた。でも、セナの言う通りだと思う。私は妹になるのもいいけどね。
「あ、でも公の場ではお姉ちゃんなんて言ったらだめですからね?」
「はい、それはもちろん——」
「ああ、せっかくお姉ちゃんって呼んでくれるんだから敬語もいりませんよ」
圧が強すぎる。私もよく似たようなことを言うけど、もしかしたらこんななのかな。今後は自重しよう。ニーナなんて私の手をつかんだまま固まっているし。
「セレネ姉様、獣人の奴隷も怯えてるよ」
「ああ、ごめんなさいね。大丈夫、私は怖くないわ」
そうやって近づく人ほど怖いものはないけどね。フォローしておこう。
「大丈夫だよ。セレネお姉ちゃんはお姉ちゃんだから」
「お姉ちゃん……?」
「そう、お姉ちゃん。なんて説明したらいいかは難しいけど」
姉は姉、故に姉としか言えない。あとは絶対的な権力を持っていて横暴だけどなんやかんや優しいとか。それは言わないほうがいいか。
「優しい?」
「うん、お姉ちゃんは優しいよ」
「お姉……ちゃん……?」
「はい、お姉ちゃんです!」
セレネ王女殿下改めセレネお姉ちゃん。王女殿下……王女殿下かぁ。前世でもたまにいた妹大好きな女の子と何ら変わらないな。まあ女の子って年でもないけど——と、年の話はよくないか。しかし、年不相応な容姿については少し気になる。ただの童顔幼稚体系というよりは純粋に成長が止まった感じだし。まあこれは本人に聞くより、帰り道でセナに聞くほうがいいか。
「では、セレネお姉ちゃんは公務に戻らなければいけないので王宮に戻ります」
「もう戻るの?」
「はい、また近いうちに会いに行くので、楽しみにしていてくださいね」
また会えるのはうれしいけど、疲れそうだ。
「では、こんなことで時間を取ってごめんなさい。また会いましょうね!」
そう言い残し、セレネお姉ちゃんは応接室から出て行った。
「申し訳ありませんお嬢様。姉様は昔からああで……」
「セナも妹になったんだね」
「え、ええ……」
じゃあますますセナはお姉ちゃんか。
「セナ……お姉ちゃん?」
「はいはい、私たちなかよし姉妹も帰りますよ」
セナは別に妹にときめくというわけではないのか。けど、なぜか抱っこしてくれた。セナのこの暖かさ、やっぱり落ち着く。まあ抱っこしてもらうのはママかセナだったしね、落ち着く場所みたいな、そういうのがあるのだろう。
私はニーナのそういう場所、そう言う人になれるだろうか。
※ ※ ※
およそ一週間、長い馬車旅も終わり、久々の我が家だ。
「お帰りなさい、シエラ」
「ただいま……」
出迎えに来たままの顔は笑っているが、声が明らかに怒っている。
思い当たる節が多すぎて、出来ればもう一度王都行きたい。というか逃げたい。
「わかってるわね?」
「はい……」
案の定お説教か。もしセナも一緒に怒られたら申し訳ないな。
「この国の歴史は学んでいるわね?」
ママの部屋で、ママに睨まれながら問われる。
「はい、しっかりと学んでいます。セナも、わかりやすく教えてくれますし……」
「そう、そうよね……いや、これは私も悪いのよ。もっとこの国での常識を教えておくべきだったわ。セナも、あまり気負わないでね」
かえって早々、またお勉強が始まった。
内容は歴史を踏まえたうえでの価値観など。
まあ要約すれば、過去の戦争で敵だったため人間とは仲の悪い獣人、それを奴隷とするのは確かに金持ちのステータスにはなるが、そもそも奴隷を買うこと自体あまり褒められた行為ではないらしい。
十数年前まではそんなことなかったらしいのだが、表でも奴隷を酷く扱う金持ちが増えすぎたせいで、国民からのイメージが悪くなったようだ。それと同時期に、奴隷商のやり方まで周知されてしまったせいでもう印象は最悪、国としても規制する動きがあるとか。
確かにこんなことがあったとは知らなかったが、欲望に負けてたいして考えもせず買ってしまった私が全面的に悪いだろう。ママからすれば子供だが、私はちゃんと思考することができるくらいに心は成長しているのだ。なんせ転生したのだから。けど、その責任はある程度取りたい。
「ママ、ニーナのことだけど……」
「返してこいとも捨ててこいとも言わないわ。自分でちゃんと考えているのよね?」
「うん。今はまだママにもパパにも、セナやほかのメイドにも頼らなきゃいけないけど、出来ることが増えたらちゃんと自分でやるようにするから……」
といっても、勉強はそもそもセナが教えたほうが早いし、料理は普通に一人分増えるだけ。出来ることといえばメンタルケアと戦闘を教える程度だが。
「わかったわ。なら、まずはニーナとちゃんと仲良くするのよ」
ママは私の頭を撫でながら、そうとだけ言った。
とはいえ、ちゃんとニーナには幸せになってほしい。そこは、しっかり私でもいろいろしてあげたい。まずは、人に対する恐怖心をなくすところからだ。そのあとは、ニーナに戦い方を教える。あと、私もだけど、依存しないように気を付けなきゃいけない。なかなか難しそうだが、責任は取る。そして、ニーナと幸せになるんだ!
みごと私好みの子に育て上げるとしよう。私より二歳上らしいけどね。
セレネは(いろんな意味で)やべー奴




