2話 シエラの小さな冒険
この辺りから長くなります
魔法の勉強も始まってから、およそ半年。
セナが得意とする水、炎、風の魔法を習得し、魔法でいろいろできるようになった。例えば炎と水の組み合わせでちょうどいい温度の水を作り出してどこでも風呂に入れるようにしたり、風魔法で体を乾かしたり。そんな日常的なこともできるし、炎や風での攻撃魔法も少しは覚えられた。
それと、魔法の種類というのも教わった。
この世界の魔法は簡単にイメージと魔力で事象を再現する魔法、詠唱することによって精霊に呼びかけ、強力な魔法を発動する精霊魔法大きく分けてこの二つだ。それに加えて、魔法陣で威力を高めたり、さらに触媒や大量の魔力を消費することによって規模を拡大することもできるらしい。残念ながら無詠唱だからすごい、なんてことはないらしい。
あとは、保有魔力が一定以上あると、精霊を見ることもできるらしい。精霊を見れる人は精霊剣を使うことができるとも。しかし、前例が少なく、あくまで伝承といった感じだ。
魔法に精霊、まさに異世界だ。
そして今日、私のわがままで、王宮騎士団の訓練を見に行くことになっている。理由は簡単、剣や魔法が見たいからだ。何なら私も剣を使って戦ってみたい。
「それでは、行ってまいります」
「行ってきます!」
「シエラ、侯爵家としての立ち居振る舞いを忘れてはだめよ?」
そうだ、そういえば私は貴族だった。それも侯爵家、いつものように無邪気な子供のふるまいで品位を落とすわけにはいかない。
「もちろん、心得ていますわ」
「頼みましたよ、セナ」
「はい、お任せください。それでは」
私とセナ、そして護衛の騎士たちは馬車に乗り込み、王宮騎士団の本部がある、王都エステラへと向かった。王都へは馬車で一週間ほどかかる。予定では王都についたらそこからまた一週間ほど滞在して帰宅といった感じだ。つまり、王都につくまでは野営になる。
パパには野営は大変だとか、盗賊に襲われたらとかいろいろ言われたが、それも全部含めて一度経験してみたかったので「そういう経験も大事だと思うから」といって何とかセナと護衛騎士数名を連れて行くという条件で許可をもらった。
野営かぁ、高校生の頃、夏休みに友達とキャンプに行ったことはあったけど、まあ持ってきた野営道具のことを考えると私の経験はそれほど役には立たなそうだ。残念。
そして何時間も馬車に揺られ、外も暗くなってきた頃、疲れて寝転がっていると、馬車が停止した。
「セナ隊長、今日はここらで野営にしませんか?」
後ろの馬車に乗っていた護衛騎士のゼンが来て、そう言った。
「そうですね、では準備をお願いします。お嬢様もお腹がすいていると思うので、私は食事を作ってきます」
「はい。では、お嬢様の護衛はお任せください!」
「ええ、任せましたよ」
ようやく休憩か。セナは夕飯を作りに行き、その代わり護衛としてゼンがいてくれるようだ。
何か話題はないだろうか。前世でも男の人と話したことなんてほとんどないから気まずい。
そういえばセナのことを隊長とか言っていたし、そのことでも聞いてみるか。
「その、さっきセナのこと隊長って言ってたけど——」
「セナ隊長のことを聞きたいのですか⁉」
圧が強い。びっくりしたよ。しかも、聞きたいという前に、自分から語り始めた。
「セナ隊長、実はエイオス家のメイドになる前は親衛隊の隊長だったのです。そして、私は副隊長でした。あ、親衛隊というのは主に王族を守護する組織です」
という事は、親衛隊の隊長を務めていたって相当すごいのでは。あれ、でもセナってまだ二十二歳だった気がする。もしかして、隊長を務めていた頃ってまだ十二歳とかそのくらいの頃?
「ねえ、セナって今二十二歳だよね」
「はい、とってもお若いですね」
「なら隊長だった頃って何歳なの?」
「そうですな、あの頃はまだ十二歳でした。しかし、我々もなぜ隊長があの年で隊長になれたのかなど、詳しいことは知らないのです」
あんなに語りたそうにしていたのに知らないのか。でも確かに、セナは謎が多い気がする。あまり気にしてはいなかったが、こうして話を聞いているといろいろ詮索したくなってしまう。
「お嬢様、決してセナ様の詮索はなさらぬよう」
「は、はい……」
バレてた。
まあセナの過去がどうであろうと、セナはセナだ。私のメイドで、お姉ちゃんのような存在であることに変わりはない。
でも、もし相当すごい人ならもっといろいろ教えてもらおうとはするかもしれない。
それから、ゼンの話をご飯ができるまで半分寝ながら聞いて、ようやくご飯だ。ゼンは妙にテンションが高いので、話を聞いているだけでも少し疲れる。
でも、そんな疲れもセナのご飯を食べたら吹っ飛ぶだろう。
「さあ、どうぞ召し上がれ」
「おー、キャンプ飯!」
「はい、せっかくの野営なので、いつもは食べないようなものにしてみました」
キャンプ飯、懐かしいなぁ。いつも家で食べるものと比べたら質素……というか、豪快だ。しかし、そこがまたいい。キャンプ飯なら作法なんて気にしなくていいし、前世でやっていたように肉にかぶりつける。
「んはー、おいしい!」
「はっはっは、お嬢様はなかなか豪快に食べますな」
「キャンプ飯はこうやって食べなきゃ!」
「こんなことを教えた覚えはないのですが、一体どこで覚えたのやら……」
覚えた、というか私の中でもともとこれが主流だっただけだ。
「しかし、こうおいしそうに食べてもらえるなら作った甲斐があるというものです」
ご飯はおいしく食べてこそ。貴族である以上礼儀も大切だが、こういう場では気にしなくていいのだからガツガツ食べるのが一番だ。
「そういえばこれ何の肉なの?」
「さっき捕まえてきたロークボアの肉です」
「へー、おいしいんだね、この肉」
って、今更っとさっき捕まえてきたとか言ってた気がするが、まあノータッチで居よう。
「ロークボアの肉は食感も味もよし、薄めの味付けでも十分おいしいうえに比較的手に入りやすい最高の肉ですな」
護衛騎士の男たちも大喜びで頬張っている。
「ちゃんと野菜も食べてくださいね」
「わかってるさ」
「はーい」
なんだかセナがママみたいだ。まあ前世の年齢と合わせると同い年だけど。
「ごちそうさま。ふー、満腹!」
宴会でも開いているのかというくらい賑やかだった。いつものようにお行儀よく食べるより、こうやってわいわい騒ぎながら食べる方が私は好きだ。それに、雰囲気もあって食べた後すぐ横になっても怒られれないし。
「さて、それじゃあ俺は見張りに行ってくる」
「あ、俺も見張りだ」
「俺の安眠を守ってくれよー」
「おうとも、時間が来るまでは安心して寝てな!」
私が寝転がってダラダラしている中、セナは魔法で食器を洗い、そして騎士たちは見張りを始めた。日本では見張りがいなくとも結構平和だが、やはり異世界では見張りも必要なのだろう。夜盗に襲われたらいやだな。絶対目の前で本気の殺し合いなんて見たらチビってしまう。
しかし、そんな心配も杞憂に終わり、無事朝が来た。
「さて、それでは出発しましょうか」
身支度も終わり、再び馬車は進み始める。今日も本を読むか寝るかしかやることがない。道中近くにある村によるという事もないので、ほんとに暇だ。
そして、そんな暇な一日を五回過ごした。
案外スムーズに進んだので、明日には着く予定らしい。今日寝て、明日も馬車で寝ていればすぐだ。
ようやく移動も終わるとワクワクしながら毛布に包まって、今日もまた眠りについた。
それから数時間、ガキィンという音で目が覚めた。いい夢見てたのに。
「お嬢様、夜盗です」
「え、大丈夫なの?」
「護衛の騎士は精鋭ぞろいですが、夜盗の数が多く、断言はできません」
「え、うそ……」
さすがに旅の途中で死ぬなんて御免だ。二回目の死くらいは老衰で死なせてほしい。セナもいるとはいえ、正直不安だ。装備や技術があれど、やはり数で劣っていると厳しいだろう。
「そうだ、魔法で何とかできないの?」
「暗い中魔法を放ってしまうと誤爆の可能性があるのでむやみには……」
何か策はないだろうか。ゲームなら適当に範囲攻撃を撃てばいいのだろうが、そうもいかない状況だ。こういう時転生特典でチート能力でもあればいいなと思うが、そんなことを考えたところでどうにもならない。
「そうだ、こういうのは?」
一応小声でセナに思いついた作戦を話してみる。
「なるほど、隙はできてしまいますが、それなら——」
正直無謀な気もするが、セナがいるからきっと大丈夫だ。
「騎士の皆さん、こちらまで後退してください」
風の魔法でなるべく広範囲に声が届くようにして、騎士たちに伝えた。
すると、戸惑いながらも、騎士はこちらに後退してきた。
夜盗は数人が追撃しようとしてきたが、多数が警戒しているようで、武器を構えたままその場にとどまっている。思ったより冷静なようだ。アドリブでいろいろいうのは苦手だが、時間稼ぎをしなきゃいけないし、やるだけやってみよう。
「この人数差、そして相手の練度。このままではこちらが不利になってしまいます。負け戦のために消耗するのも不本意です。ですので——」
適当に思いついた言葉を並べていると、セナからの合図があった。
「これで、終わりにしましょう」
騎士たちは全員馬車の近くにいる。夜盗は警戒して取り囲んだまま動きを見せないが、おかげで作戦も成功しそうだ。
「風よ、我が道を切り開け《フェアウィンド》」
セナの魔法で、私たちを取り囲んでいた夜盗たちは風で数十メートル吹き飛ばされた。
「まあこれくらいでいいでしょう」
「もう大丈夫?」
「はい、吹き飛ばすついでに手足に斬撃でダメージを与えておいたので」
血が見えたのはそのせいか。
「しかし、相手が夜盗でよかったです。警戒するだけで何もしてこないので楽でしたね」
確かに、あの作戦が成功したのは相手が素人だったからだろう。しかし、ここまであっさり終わると逆に怖い。
「さて、それでは私は後始末をしてきます。ゼン、お嬢様を頼みます」
「はい、この命に懸けても!」
重いな。任務失敗なんてことになったら切腹くらいはしてしまいそうだ。
「あの作戦はお嬢様が?」
「うん、セナが誤爆するかもしれないから魔法は使えないって言ったから」
「なるほど、確かにそうですな。一人ひとり正確に、なんてしてたら魔法を警戒して恐らく一斉に攻撃してきたでしょうし、いくら練度があるとはいえ、こちらは数人。いずれ負けていたでしょう」
あまり深くは考えてなかったけど、魔法を警戒して一気に畳みかけてくる可能性もあったのか。さすがにあの人数が一気に来たら負けていただろう。そう考えたらちょっと怖いな。
「いやはや、今回の功労者はお嬢様ですな」
「ううん、みんなが戦って、セナが魔法を使ってくれたからできたことだよ」
私なんてちょっと喋っただけだ。きっと、私が何も言わなくとも、セナは打開策を思いついていただろう。
「ご謙遜を、あの作戦は、紛れもなくお嬢様が考えたものです」
「そ、そうかな?」
完全に適当だったので、こう褒められてしまうと恥ずかしい。ほめられるのも久しぶりだし。
「これは、将来優秀な参謀になるかもしれませんな」
「もー、恥ずかしいからやめてよ」
「はっはっは、すみません。それと、これから王都に向けて出発します」
ここにとどまらないほうがいいという事だろう。セナが魔法で騎士と馬を回復させ、さっそく移動を開始した。さっきの夜盗はセナが縄で縛り、馬車で一緒に運んでいる。騎士団に突き出せば金になるかららしい。
にしても、まさか本当に夜盗に襲われるとは思わなかった。しかもあの人数だ。やはり、貴族や商人を狙っているのだろうか。もう少し護衛の騎士を増やしておくべきだった。前世ではありえないことというだけに、いざああいう状況になると怖いものだ。そりゃゲームで商人をまもるなんてミッションがあるわけだ。
次からはちゃんと護衛を付けることにしよう。
「んんんん、んんん!」
と、いろいろ考えていると、足元で縛られて放置されていた夜盗の一人が目を覚ました。何か言いたいようだが、口を縛っているので、何を言いたいのかはわからない。
「言いたいことがあるなら聞いてあげます」
セナは目覚めた男を喋れるようにだけした。
「お、お前たち、何をする気だ!」
「それをあなたが言いますか」
完全に呆れている。まあ夜盗がそんなことを言っても呆れる以外にないか。
「はっ、でもいいさ、俺たちを捕まえたところでボスが——」
「組織なんだね」
なんとも小物らしいセリフだ。しかも、勝手に情報まで吐いた。案外騎士だけでもあっさり倒せたかもしれない。
「ボス、というのは?」
「そう簡単に喋ると思ってんのか?」
「そうですか、まあこちらにも必要のない情報ですし、別に喋らなくてもいいですが」
「そ、そうかよ……」
なぜ少し悲しそうなのか。セナもセナで対応がすごく冷たい。
「あーあ、こいつらのせいで目が覚めちゃった」
「そうですね、それでは、着くか眠くなるまでお勉強でもしましょうか」
「お、おい……」
「なにか?」
「あ、いや……」
もしかしてこの男、セナが怖くて何も話せないのだろうか。それなら私が聞いてみよう。
「何か言いたいことでもあるの?」
私を睨むだけで、男は何もしゃべろうとはしない。まあ喋ったところで「こんなことしたらボスが——」なんていうだけだろうし、聞くだけ無駄か。
セナはため息をつき、再び男の口を塞いだ。
「さ、そのままおとなしくしていてください」
そう言うと、セナは私を膝の上にのせ、そういえば暗かったと魔法で明かりをつけた。
「それでは、今回はこの国における勢力について」
今回の内容はこの国における勢力についてだ。
一応現時点で王族、貴族、平民、奴隷に分かれること、さらにいくつかの騎士団や冒険者ギルド、盗賊、あとは通えるのは一部だが、学校もあるという事は知っている。ただ、存在を知っているだけで、詳しいことは正直いまいち理解していない。特に貴族や冒険者ギルドあたりの話は面白そうだ。
「それでは、王族の派閥から」
派閥かぁ、私が行ってた学校でもそういうのはあったけど、剣と魔法がある世界じゃそれどころじゃないんだろうな。普通に裏工作とかしてそうで怖い。
「あれ、でもそういう話って盗賊の前でしていいの?」
「まあ国の闇に触れなければ問題ないでしょう。まずは、平民でも知っているような話からです」
そりゃそうか。貴族しか知らないような話を盗賊に教えていいわけがない。利用なんてされたらシャレにならないし。
「では。まず王族の派閥は現在三派閥、ガーセル派、ジエル派、セレネ派」
ガーセルは確か皇太子、ジエルは王位継承権第二位の王子、そしてセレネは姫だったか。一応ガーセルは穏健派、ジエルは過激派、そしてセレネは現状どっちつかずというのは聞いた気がする。
「そして、現在ジエル派が——」
と、授業内容を要約すると、ジエル派が領土拡大を狙って戦争をしようとしており、それをガーセル派が何とか制止、セレネ派は安定の傍観という感じらしい。ジエル派のせいで貴族や平民が苦労することが多いと言ったあたりで男が頷いていたあたり、本当にやべー奴という感じのようだ。
私にはあまり影響はなかったが、エイオス領も巻き込まれたらしい。
あとは、その派閥争いで起こった事件について教わったが、正直話を聞くだけではなかなか難しい内容だった。また改めて教えてもらわないと理解できなさそうだ。
それから、階級社会についても教わったが、やはり口頭だけでは難しいし、そのおかげかだんだん眠くなってきて、寝ることができた。
しえらすき