20話 チートvs才能
後編です
壮馬に抱えられ、ものすごい速度で拠点の屋敷に着いた。そして、扉の前にはギルドの職員が経っている。
「あら、ちょうどいいところに。これ、グラディオン王国の第一王女様からお手紙です」
「第一王女ってセレネ様だよな。なんでいきなり?」
「多分それ私にだと思う」
セレネお姉ちゃんが手紙を出すという事は、私かセナに何か用事があるという事だろう。部屋でゆっくり見るか。
「では、手紙も届けたので私はこれにて」
手紙を渡してくれた職員はお辞儀をすると、颯爽と立ち去っていった。ギルドって郵便もやってるのか。
「じゃ、読むよ」
部屋に入り、さっそく私は手紙を開けた。何度見てもスクロールというのはワクワクするな。壮馬も初めて新幹線を見た子供のように目を輝かせている。
『勇者パーティー一行の皆様、今の住まいはどうですか? 伝承を調べ、勇者様が気に入っていただけそうなお屋敷を用意しました。気に入っていただけていると嬉しいです。もし不便があれば、私に言ってください。可能な限り対応します。
さて、住まいの話はこれくらいにして、進捗はいかがですか? 次グラディオンに帰ってきたとき、どれほど成長しているのか楽しみです。その時は、是非どんな魔物と戦ったのか、どんな魔族がいたのか聞かせてください。シエラちゃんとニーナちゃんの成長もしっかり見守ってあげてくださいね。
ちなみに、私は今兄様たちが起こした問題の後始末、騎士団への指示、敵国の調査など大忙しです。そろそろ妹成分を補給したいので、早くシエラちゃんに会いたいです。仕事が忙しすぎてお姉ちゃん死んじゃいそうなので、シエラちゃんをなでなでして妹成分補給しないともうやっていけません。新しい妹ができる前に帰ってきてくださいね』
「なんというか、まあお姉ちゃんらしい手紙ね……」
「シエラがまさか王女様にこんな溺愛されてるとはな」
「初めて会った時はびっくりしたわよほんと……」
セレネお姉ちゃんと初めて会った時、あの勢いに圧倒されていた。まさか第一王女直々にお姉ちゃんって呼んでねなんて言われるとは思っていなかったし、正直何が何だかよくわからなかった。しかし、まさかあれほどのシスコンな理由が仕事のせいだったとは。大変みたいだし、そのうちグラディオンに戻って抱き枕にでもなってあげよう。
「……なあ、俺のこともお兄ちゃんって呼んでいいんだぞ?」
「え、嫌よそんなの」
「なんでだよー。いつも練習付き合ってるだろ?」
「なに、そんな私にお兄ちゃんって言われたいの?」
「だってほら、シエラってちょっと妹っぽいしさ」
どこに行ってもそういうポジションなのは否定しないが、ストレートに言わないで欲しい。妹ポジションであることを喜んでる自分も含めて複雑なんだから。けど、一回くらいなら呼んで上げなくもない。
「七歳の子にそんな性癖を暴露しちゃうなんて、飛んだ変態やろうね。お兄ちゃん」
「うわはぁぁっ」
「勇者、さすがに今のは事案」
「うん、確かにダメだ。これ以上は俺がダメになるからやっぱりいつも通り呼んでくれ」
「よろしい」
いたずらが過激すぎたようだ。さすがにASMR感覚で耳元であのセリフはオタク男子的には破壊力抜群のようだ。自分でいうのもなんだが、私は容姿はもちろん、声もなかなかに可愛いし、私でも同じ反応になっただろう。そう考えるとちょっと壮馬が羨ましい。けど、ニーナにあんな嫌悪感丸出しの表情を向けられるのは嫌だし自重する。
「あの、ニーナさん……?」
「変態はダメ」
「シエラは取らないから大丈夫だよ。そういえば最近この辺で銭湯見つけたし、そこ連れてって上げるから機嫌治してくれよ」
「……じゃあ、許す」
ニーナってなんだかんだ言って壮馬に甘い気がする。壮馬にだけ毒づくが、いつも最終的にはそんなのでいいのかって感じで許している。ツンデレっぽさがあって見てて非常に尊い。私の可愛いお姉ちゃん兼奴隷がとられるのではと不安になるけど、あの姿を一度見てしまうと癖になってしまう。つまり、ニーナかわいい。勇者とニーナ、案外いいコンビになるかもしれない。
「よし、じゃあ行こうか」
「せっかくだし手つなぐ? 兄妹っぽいわよ」
「なんだ、妹扱いされたいのか?」
「違うわよ! ただ、壮馬が嬉しいかなって」
そして喜ぶ壮馬に対して毒づいて、その直後にすぐ許しちゃう可愛いニーナが見たい。なら私も、なんて言って空いたほうで手をつなぐニーナも見てみたい気もする。
「シエラが手をつなぐなら私も」
ニーナが私と手をつなぐパターンか。まあなんとなくこうなる気はしてたけど。これだとどちらかと言うとパパとお姉ちゃんと娘だ。
「やっぱりニーナとだけでいい」
「何を考えてるか大体わかったよ……」
察しのいい男は嫌いだぜ。そこはいつも通り「ひどいなぁ」とか言ってほしかった。逆に恥ずかしくなってきたし、やっぱり壮馬と手をつないでいこう。
「壮馬の手、結構おっきいのね」
「そりゃその可愛い手に比べたらな」
「掴み取りとかあったら頼れそうね」
「そっかー、かっこいいじゃなくて掴み取りかー。ほんとシエラって絶妙にダメージを与えてくるよな」
「あっ、ごめん……」
私のとっての壮馬は年下の高校生の子であり、同時にお兄ちゃんという複雑なポジションの人間だ。故にどうしてもヒロイン的な感情を抱くことができない。前世で読んだラノベみたいな恋愛感情ありきの「妹扱いしないでよね」にはならないのだ。
銭湯までの道でいつも以上に視線を感じる。まあ仲良し兄妹にでも見えているのだろう。
「ついたぞ。なかなかよさそうな場所だろ?」
「へー、こういうところもあるのね」
前世で見た和風な銭湯と外観はあまり変わらない。もはや最後に行ったのが何時だったかも覚えていないくらい久しぶりだ。
「金は払っとくから行ってきな。どっちが女湯かはわかるよな?」
「大丈夫よ。それじゃ、満喫してくるわ~」
受付のおじさんがいて、男湯女湯で別れている。私の知っている銭湯と何ら変わらない。年よりが多いのも含めて、まさに私の知っている銭湯だ。
「裸になるの?」
「それが銭湯のルールよ。この国ではそうなの」
たぶん。まあ入っていく人も全裸だったしその辺も日本と大差ないだろう。
「あ……」
「どうしたの?」
そう言えば、壮馬って毎日屋敷の風呂でも一人で風呂に入っていたな。私たちの楽しそうな声を聴いて「いいよな、風呂が楽しそうで」なんて言っていた気がする。別にこの身体だし、大丈夫……よね?
「ねえ、壮馬のほうに行ってみない?」
「男の人の前で裸になるの……?」
「大丈夫、おじさんしかいないから!」
「ちょっと怖いけど、シエラが行くなら……」
「じゃあ決まりね。いつもボッチ風呂な壮馬を励ますわよ!」
脱ぎかけていた服を着て、ニーナと男湯に移動した。幸い、こちらは殆ど人がいない。冒険者は男性のほうが多いからとかそう言う理由もあるのだろうか。まあ壮馬以外誰もいないならちょうどいい。
「壮馬、来てあげたわよ!」
「ちょ、なんで、こっち男湯だぞ!」
どこで手に入れたのかは知らないが、自前の石鹸で体を洗っていた壮馬は、とっさに股間を隠した。
「誰もいないからいいのよ。それに、壮馬っていつも風呂は一人じゃない? だから今日くらいはって思ったのよ」
「そうか、ありがとな、シエラ。でもせめて一人で来い……」
「ん、あ、そっか……そうね」
確かに、私は大丈夫だろうが、ニーナは私よりも成長が早く、胸も膨らんできている。壮馬がロリコンなのかはわからないが、人によっては煽情的な身体なのだろう。それに、手で胸を、尻尾で股を隠しながらもじもじしている姿になんともまあそそられる。
「勇者は……見たいの?」
あれ?
「見たいなら……」
ニーナが壮馬にデレていたとは思わなかった。確かに壮馬といる時のニーナは私といる時とはまた少し違った表情を見せていたけど、まさか好きなのだろうか。
「十年後にまた同じセリフを言ってくれ。さすがに女児に興奮はしないよ、俺は」
「よかったぁ……」
「なんでシエラがほっとしてるんだ」
「だってもしニーナが壮馬のこと好きだったら主として寂しいから……」
「すっ——違う、別に勇者のことは好きじゃない。私の一番はずっとシエラだよ」
そう言いながら、ニーナはそっと私を抱きしめてくれた。おっぱいの感触がある。人と獣人、そして二歳差だから仕方ないけどちょっと悔しい。前世の私ならニーナより大きいのに。
「全裸で感動シーンもいいけど、風邪ひくぞ。背中流してやるからそこ座れ」
「シエラの背中は私が流すから勇者は私の」
「はいはい」
「ぁあ~、きもちいい……」
ニーナのぷにっとした手と力加減がちょうどいい。
「二人とも、こんな小っちゃい体であれだけ強いんだからほんとすごいよな」
「どうしたの急に」
「いざこうしてみると、シエラもニーナもまだまだ小さい女の子だろ? それなのにああやって戦って戦果も挙げて、すごいよなって」
「この世界はそんなものよ。戦う力かその力を雇う金がなければ町の外になんて出られない。自分を守る力は大切だから」
「でもセナさんは普通十二歳頃になってようやく魔獣と、魔物と戦うのは普通騎士団って言ってたぞ。俺でもちょっと怖いのに、すごいよ二人は」
「私はシエラがいるから戦える。シエラのために強くなる。それだけ」
「私は……なんで戦えるのかしらね」
私が魔物と戦える力を持っているのは、好奇心で始めてみたら超えたい壁が出来て、その壁を越えられるよう頑張ってきたからで。思い返せば、これのために戦いたいという思いは特にない気がする。今は壮馬を超える目標があってあの魔物を倒せたけど、今までは大した考えもなく動いていたし、なんで私はあんなとんでもない魔物と戦えていたのだろうか。
「まあどんな理由にせよ、二人ともよく頑張ってるよ。俺とは違って、その力も必死に頑張って身に着けた者なんだろ?」
「そうよ。私もニーナも、毎日頑張ってたんだから!」
「俺も、もらった力に甘えてばかりじゃだめだよな。あ、流すぞ」
私が便利だからと教えた風呂専用水魔法で泡を流し、大きな浴槽にゆっくりつかる。私が教えた魔法だけで身体は綺麗になるし、それなりの温度なので人が入れるサイズで維持しておけばそもそも風呂自体いらないが、やはり雰囲気は大切だ。
壁にもたれる壮馬のムスコに当たらないよう、私は壮馬の足の間に収まるように座る。
「なんか無性に歌いたくなるわね」
ばばんばばんばんばん。とかね。
「いい湯だな~」
「アハハン」
ニーナはなんでこのネタを知っているんだろう。畳化の影響……なんてあるわけないか。壮馬が教えたとかそんなところだろう。
「だぁ~、もう一生このままゆっくりしてたいな」
「そうね~。気持ちよすぎて動けない」
「にゃ~」
戦って疲れた後の風呂はとても眠くなる。ちょうどいい温度といい角度の背もたれのせいで今にも寝てしまいそうだ。
「お疲れ、シエラ。ちょっとくらいならそのまま目を瞑っててもいいぞ」
「そう? じゃあちょっとだけ……」
【勇者side】
シエラはすぅすぅと可愛い寝息を立てながら、俺にもたれかかって寝ている。回復したとはいえ、やはり魔力消費の反動が大きかったようだ。ただ、さすがにここで寝ていると人が来たときにまずいことになりそうなので、人の気配がしたら出よう。それまではゆっくりさせておく。ニーナも、隣で俺にもたれかかって目を瞑っている。
ここに居るのがシエラとニーナでよかった。もしセナさんとアリアだったら、早々にのぼせていただろう。
勇者パーティーの看板娘のシエラ、そしてその奴隷であり姉であるニーナ。二人ともまだ十歳にも満たないのに、よく頑張っている。今日の戦闘で、恐らくシエラは俺よりも強くなっただろう。剣術で言えば、ニーナは俺とは比にならないくらい強い。この二人が頑張る姿、そして達成した時の笑顔を見ていると、俺までやる気が湧いてくる。異世界に転生して、今日までやってこれたのはこの二人のおかげといっても過言ではない。もちろんセナさんやアリアのサポートにも感謝している。けど、それ以上にこの二人には励まされてきた。
俺がしてあげられることなんてたいしてないけど、こうやって定期的に気分転換でもさせてあげれば、きっと勇者パーティーでの旅もいい思い出となる事だろう。六年後、二人にしっかり認められる勇者になろう。
寝ている二人を見て、俺はそう決意した。
※ ※ ※
「ふぇ」
「おはよう、シエラ」
温泉でぐっすり寝てしまったようで、屋敷の門の前で目が覚めた。今日は壮馬におんぶされている。
「よく眠れたか?」
「うん。疲れもきれいさっぱりとれたわ」
「そりゃよかった。ま、次からは無理しすぎないようにな」
「そうね。さすがに今日は危なかったわ……。って、そう、そうよ! ついに強化魔法が使えたのよ!」
「ほんとか⁉」
「アリアの強化とはまた別の強化が出来たなってしっかりわかったわ。なんとなく感覚を覚えてるから今度こそ壮馬に勝つわよ!」
「そうか。それじゃあまた明日戦おうか」
「ええ、もちろんやるわよ!」
今日の感覚を忘れないうちに、もう一度強化魔法を使って軽く動いてみよう。ご飯はそのあとだ。
壮馬の背中から降りて、まずは門を飛び越えられるか試してみる。あの時と同じ感覚で魔力を込めて——ジャンプ!
「壮馬、見てた⁉」
「ああ、見てたぞ」
着地もきれいにできた。次は腕だ。
「壮馬、防ぎなさい」
「よしこい!」
今度は腕を強化し、壮馬を思いっきり殴る。
「って~、なかなかいいパンチだな……」
「シエラ、おめでとう」
「やったわ! これで私もちゃんと戦えるわね」
「だからって、絶対無理しちゃだめだからな?」
「うん。シエラはすぐ無理して倒れちゃうから心配」
「じゃあそうならないように次は魔力を扱えるように特訓ね。頑張るわよー!」
ついに強化魔法を習得し、壮馬と同じことができるようになった。アリアの魔法と重複するようで、その場合効果が相当大きくなる。次は私が持っている魔力を統べて使いこなす特訓だ。まあこれはコツコツやるものだし、年単位で気長にやろう。
そして、翌日の壮馬との模擬戦は無事私の勝利で終わった。まだアリアたちは帰ってきていないので、お互い自分の強化と剣術での試合だったし、純粋に近接戦では私のほうが強いという事でいいだろう。
着実に成長していると実感できる。この調子で、もっと強い冒険者を目指して頑張ろう。
シエラツヨイ