プロローグ
ついに、私は家を出て旅をすることになった。
今までメイド、そして姉として両親とともに私を育ててくれたセナ、王都で買った奴隷で私を妹のように可愛がり、そして良きライバルとして共に成長してきたニーナ、魔族の影響を受けた魔物——ケルベロスの攻撃で死にかけていた私を助けてくれた聖女のアリア、そして日本の男子高校生であり召喚された勇者の壮馬。この四人とと私の五人パーティーだ。
壮馬が召喚されて、すでに一月が経った。
その間魔物を討伐しながら、私とセナで壮馬にこの世界の常識といざという時のために魔法と剣術を叩き込んだ。
壮馬はスキルという固有魔法のようなもので技名を発するだけで技を繰り出せるのだが、それでは声を封じられた時に戦えなくなるし、相手が壮馬の技名とその技の特徴を覚えていたら簡単に攻略されてしまうからだ。正直、今のところ壮馬の勇者らしいところといえば聖剣を扱えるという事くらいだ。壮馬の持っているステータスを見る能力も、今のところ全く役には立っていない。魔物退治の時だって——
「大丈夫だよ、シエラ。私がついてるから」
ケルベロスとの戦闘でのトラウマがあり、未だに魔物と会うと体が震えてしまう。しかし、そんなとき支えてくれるのはニーナだ。
「うん、やれる」
そして、何とか恐怖心を振り払い、魔物に立ち向かう。アリアの魔法のおかげで、まともに魔物にダメージを与えられる。なので、いつも私が魔法を使ってヘイトを私に向けさせつつ、ニーナと剣で攻撃、さらにセナの魔法攻撃の支援で魔物を倒している。
そう、壮馬は戦っていないのだ。
決して壮馬が弱いわけではない。ただ、勇者パーティーのメンバーが強すぎるのだ。
こんな調子でついに今日、グラディオンを離れることになった。
魔物のデータはセナとアリアがまとめ、今後騎士だけで対策できるように騎士団に資料を渡してあるので、魔物討伐に関しては大丈夫だろう。
旅の目的は、他国での情報収集と魔王復活に向けて勇者の強化、そして私がいろいろと学ぶ。そんな旅だ。
「勇者様ー、頑張ってー!」
「まさか、あの時の嬢ちゃんが勇者パーティーの一員なんてな……感慨深いぜ」
現在地はグラディオン王国の南にある港に泊まっている第八船団の船の上だ。多くの国民に見送られながら、私たちはグラディオンを——アザレア大陸を発った。
「シエラ、乗りだしたら危ないぞ?」
「大丈夫よ、落ちたら気合で這い上がるわ!」
「そもそも落ちた時点でダメだからな! そんなに景色が見たいなら肩車してやるから」
特訓で力がついた壮馬は、今では私を軽々と肩車できる。いや、私はもともと軽いけどね?
「おー、たかーい!」
港の景色がよく見える。すごい人だかりだ。例えるならそう、某同人誌即売会のような。あ、よく見たらエレノアもいる。
「エレノアー、またねー!」
手を振りながら叫んでみる。
「——————」
何か言っているみたいだが、風と歓声で何と言っているかは聞き取れなかった。しかし、エレノアを呼んだら大きく手を振り返してくれたし、私には気付いてくれていたのだろう。読唇術でもできたらよかったのに。
「知り合いか?」
「うん、私に剣を教えてくれた先生の一人よ」
「先生……教師なのか?」
「教師じゃなくて領主よ。毎日時間を作って教えてくれてたの」
「なるほどな」
思えば私が使う剣術のほとんどはエレノアに教わったものだ。サラとリシアに教わったのは、その基礎的な部分だったし。剣術を教えてくれたエレノアにも、その土台となる基礎を教えてくれたサラとリシアにも本当に感謝だ。その力でこうして魔王討伐に向けた——世界を救う旅に出て、結果を出すことが恩返しになる事だろう。
前世で誰かが「上級者に助けてもらったなら、それと同じことを初心者にしてあげなさい。それが最大の恩返しだから」みたいなこと言ってたしな。ゲームで。けど、それはあながち間違いではないと思う。みんなに教わったことで世界を救い、そして教わったことをまた私に弟子ができたとき教えていく。これは旅で死ぬわけにはいかなくなったな。
「どうした?」
「皆とのことを思い出して感傷に浸っていただけよ」
「あはは、ほんとシエラは見た目に会わず大人っぽいこと言うのな」
「いろいろ経験してきたからね」
大体感覚として残っている前世での経験と我が儘で実現したことだけどね。
「よし、それじゃあそんな賢いシエラちゃんにこれを上げよう」
壮馬はさっき港で買ったクッキーを取り出し、私の口元までそれを運んだ。
「はむっ……んー、おいしい!」
子ども扱いされているようで癪だがおいしいので許す。……いや、肩車されてる時点でもう遅いな。
なんで私はいつも妹ポジションに収まってしまうのだろうか。最近は私から甘えることなんてないのに。妹オーラでも出ているのだろうか。そういえば壮馬にも「シエラ大人びてるけど割と妹だよな」なんて言われた。失礼な男だ。いつもなんやかんやでお菓子くれるから許しちゃうけど、餌付けなんてされてやらないんだからね!
「シエラ、今後の予定を確認しますよ」
「今行くー」
セナに呼ばれ、勇者の肩から降りて私たちの部屋に戻った。
ちなみに、セナが私の事をシエラと呼ぶようになったのは「これからは旅仲間として一緒にいるんだから!」と私が呼び方を変えてもらったのだ。アリアにも「シエラかシエラちゃんって呼んでね」と言ってある。これから一緒に旅する仲間と身分の差で距離感があるのは少し寂しいし、まあそういう訳だ。
「確かいったん大アキツ帝国で補給でしたね」
「アキツって秋津洲のことか?」
「アキツシマ?」
アリアが勇者に聞き返す。セナ、ニーナも聞いたことがないと首をかしげている。
秋津洲。私の記憶が正しければ、日本本州の旧名だったはずだ。ルーツが転生者だったりするのだろうか。
「あー、俺の故郷が昔そう呼ばれてた気がするんだ」
「なるほど、ではもしかしたらどこかで繋がりがあるのかもしれませんね」
「アキツか……ここ気になるし、どうせならいったんこの国で活動してみないか?」
「なるほど、悪くないですね。シエラはどうですか?」
「私も気になるから行きたいわ」
もしかしたら、何か私の謎についてわかることがあるかもしれない。歴代勇者で気になる人も何人かいるし、グラディオンより詳しく知ることが出来そうだ。
「なら次の目的地はアキツだな。ちなみに国ごとで言語が違うとかあるのか?」
「確か大陸ごとに言語が違いますね。アザリア語、ナデラ語、エウロシア語、そしてもう一つ、霧に包まれた大陸は未だ判明していません。アキツはどの大陸にも属さない国家なので、もしかしたら私も知らない言語かもしれません」
「セナが知らなかったら喋れないかもしれないわね」
「おいおい、俺の自動翻訳を忘れてないか?」
「ああ、そう言えばそんな能力があったわね」
「いつも戦えてないんだからこういう時くらい俺を頼ってくれよ⁉」
「では、いざという時は頼りにしますよ、勇者」
「はい、何かあれば、勇者様を頼らせていただきます」
「俺これでも勇者なんだから、それらしいことさせてくれよほんと……」
「まあそう落ち込まないで。特別に私の尻尾触ってもいいから」
「落ち込んでねぇよぅ……」
とは言いつつしっかりニーナの尻尾をモフモフしている。
「勇者様は本当にニーナちゃんの尻尾が好きなのですね」
「美少女×猫ってもう最高だろ? それに、俺の世界じゃ獣人なんていなかったからなー。可愛い女の子と猫を一緒に堪能できるってほんと最高じゃないか!」
「勇者、やっぱり触らないで……気持ち悪い……」
「ごめんて、冗談だからそんなひかないでよ!」
「今のは勇者が悪いですね」
「シエラ……?」
すっと目を逸らす。何も言わないのが吉だ。さすがに今のは気持ち悪かったが、ニーナにドン引きされてちょっとかわいそうなので私は一応言わないでおく。目をそらした時点で行ったようなものだが、直接言われるよりはましだろう。多分。
「ま、まあ勇者様の嗜好は置いておいて、次はアキツでの旅ですね。アキツにはいったことがないので楽しみです!」
ナイスだアリア。話の変え方のせいで壮馬がさらにダメージを受けたけど、アキツの話でもしていればそのうち勝手に回復するだろう。
斯くして勇者パーティー一行は長い船旅を終え、大アキツ帝国での旅を始めるのであった。
勇者は強い