15話 シエラちゃんの努力の結果
目が覚めると、今では見慣れた天井が見えた。エレノア邸の私が使っている部屋だ。
確か私はティナを庇って魔物にやられて、そのあと倒れたはずだ。どうしてこんなところにいるのだろう。それに、なぜか周りにはパーティーの皆がいる。
「シエラ様!」
「アベル。どうしたの?」
「どうしたのじゃねぇよ。ずっと起きないから心配してたんだぞ!」
「そう……どれくらい寝てた?」
「三日間ずっとだ。その間アリア様がずっと面倒見ててくれたんだぜ」
「アリア様?」
聞き覚えのない名前だ。貴族とかだろうか?
「知らないのかよ。聖女様だよ」
「聖女……聖女!」
聖女ってよく小説とかゲームとかでいるやつだよね。そんなすごい人に助けられたとは幸運だ。おかげで死なずに済んだみたいだし。死を経験するのは一度で十分だ。
「シエラ様、げんきそうでよかった……」
聖女の存在に興奮していると、ティナが泣きながら私の手を握り、そう言った。
「私を庇ったせいでシエラ様が死んじゃうかと思って、年長者の私の不注意のせいでこんな小さい子が死んじゃったらッて思ったら……うぅぅ」
「あれはティナが悪かったわけじゃねぇよ。俺が進もうとしてそこに居座っちゃったから……」
「ティナもアベルも悪くないさ。そもそもあんなところにケルベロスがいるのがおかしい」
「不注意で言えば僕も、普段から周囲を警戒しろと言われているのに今回も……」
「はいはい、シエラ様がせっかく起きたのですから重い雰囲気はここで終わりです」
と、四人が落ち込んでいる中、アリアがパンパンと手をたたき、この雰囲気を変えてくれた。
「傷跡が残らないよう治療しましたが、どうですか?」
「ほんとだ……痛みもないし、ありがとう」
「それならよかったです。魔力も相当消費していたみたいですし……。むしろ、アベル君の回復があったとはいえ、なぜ生きていたのか不思議なくらいです」
「それは生命力維持のために魔力がそっちに使われてたからじゃ?」
「いえ、生命力に魔力が回される時、基本相当の量の魔力が消費されるので、常人は先に魔力が枯渇してしまいます。あれほどの傷となると、数分で魔力は枯渇します。それに、ケルベロスは相手を噛んだ時に魔力を無理に流し込むので、その部位には回復が聞きにくくなるはずなのです」
つまり、どういうことだ? 普通なら死んでいたという事はわかるが、それ以外は何もわからない。実は私すごい魔法の才能があるとかそう言うこと?
「シエラ様は恐らく聖女の力かそれ以上の力を持っているのではないかと」
「…………え、ええええええ、何それ!」
「シエラ様が聖女⁉」
四人も驚いている。特にアベルは開いた口が塞がらない様子。さすがにその辺の知識がほとんどない私でもすごいことだけはわかるが、どれくらいすごいのかわからない。
「シエラ様、近いうちに王都に行くことはできますか?」
「王都……どうかしら」
合宿中だから何とも言えない。エレノアにでも聞いてみるか。確か用がある時は部屋まで来てくれって言っていたな。
「っとっと、危ない危ない」
エレノアのところに行こうと立ち上がると、うまく体を支えられず倒れそうになった。さすがに三日も寝ていればこうなるか。魔剣を杖替わりにしていこう。
「あ、みんなは待っててね」
四人にはここで待ってもらっておく。
「エレノア、王都に行きたいんだけど問題ないかしら?」
「ん、ええ、問題ないですよ。私は同行できないのでアリアの護衛にシエラの護衛も任せることになりますが」
「問題ない……わよね?」
「はい、皆さんとってもお強いですから」
「全員騎士団出身ですからね。それで、いつ行くのですか?」
「早速今日行きたいのですが……」
「ああ、わかった。アリア、シエラ様をよろしく頼む」
「はい、お任せください!」
どんとこい! という雰囲気で胸を張るアリア。支援が得意で未来視もできるアリア、そして騎士団出身の騎士がいれば安心だろう。
早速王都に移動することになったので、ひとまず四人には学校に戻ってもらった。アリアにもだが、あの時守ってくれたお礼はそのうち使用。
「それでは、移動しますね」
アリアを中心に魔法陣が展開され、その魔法陣が私たちを飲み込んだ。視界が真っ白になり、元に戻ったときにはすでに別の場所に移動していた。周りを見た感じ、ここはどこかの城の中だろうか。窓からは王都が見える。もしかして、お城にでもいるの?
「お帰りなさい、アリア。それに……シエラちゃん!」
この声、セレネお姉ちゃんだ。という事は、ここはグラド城か。まさか限られた人しか入れないこの城に入れる時が来るとは。しかもセレネお姉ちゃんまでいるし、最高だ。
「シエラちゃん、会いたかったですよ。元気にしていましたか?」
「う、うん、元気だったわよ」
「あらあら、お嬢様みたいな喋り方も定着したのですね。お姉ちゃん複雑複雑な気分です」
数か月ぶりにあったからなのかグイグイ来るなこの姉は。
「お姉ちゃん、そろそろ離して……」
「ああ、ごめんなさい。それで、アリアと来たってことは重要な要件ですよね?」
「はい。セレネ王女殿下の鑑定の魔眼でシエラ様を見ていただきたく」
「なるほど、わかりました。では、私の部屋でやるとしましょう」
「鑑定の魔眼って?」
これまた知らない単語だ。魔眼と言っているから魔法の目なのはわかるが、どんなものなのだろう。鑑定だしゲームみたいにステータスがわかったりして。
「私の鑑定の魔眼は見た相手の魔力をオーラとしてみることができる程度です。大まかな魔力量と特性がわかりますね」
「へぇ、すごい魔眼なのね」
「戦闘では役に立ちませんが、結構便利ですね。実はアリアの力を鑑定したのも私なんですよ」
「セレネ王女殿下がいなければ今ほど人の役に立つことは出来ていませんでした」
「お姉ちゃんってお姉ちゃんなだけじゃなかったのね」
「もちろんです。お姉ちゃんはすごいからお姉ちゃんなんですよ」
そんな胸を張って言われても何を言っているのか全く分からない。なんなら、ふわふわでまさにお姫様のような髪に十三歳くらいの容姿、そして貧乳でそんなこと言われると妹が出来て張り切ってる可愛いお姉ちゃんにしか見えない。可愛さで優秀さが霞んじゃってますよお姉ちゃん。
「さて、それじゃあお姉ちゃんパワーを見せちゃいますよー!」
部屋について扉を締めると、さっそくお姉ちゃんは魔眼を発動させて私をじっくりと見つめだした。
「なっ、こ、これは……」
セレネお姉ちゃんが動揺している。とんでもないものでも見つけてしまったのだろうか。
「魔力量は無尽蔵と言ってもいいくらいの量、魔法も水、風、炎、光のほかに特殊魔法まで。しかもほとんどの特殊魔法に適性がありますね。聖女とか勇者とか、そんなのは比にならないくらいです……」
「もっと簡単に言うと?」
「魔王並ですね。さすが、シエラちゃんは可愛いだけじゃなくて強いのですね」
「魔王並って……」
「安心してください。魔王並とはいえ実質的な魔力はアリアより少ないです」
この後詳しく解説してくれたが、正直いまいち理解できなかった。つまり魔王並の魔力を持っているけど、今は体がそれに耐えられないからあふれ出て体の周りを漂っている状態らしい。そして、一応しっかり特訓すれば魔力を完全に使いこなせるようになるらしい。
「でも、そんなに魔力があったら狙われたりしない?」
「まあ確実にジエル兄様やその派閥、アーマランドやアストなんかは狙ってきますね。でも安心してください。私がいる限り絶対シエラちゃんに手出しはさせません」
いつものお姉ちゃんモードではなく、王族の一人として言っているのだろう。普段の少しふざけた感じが一切ない。なるほど、これが第一王女か……。正直、普段からこの雰囲気を出されると畏縮しすぎて言葉も出ないだろう。
「アリア、わかっていますね?」
「はい、当然です。私も出来る限りのことは致します」
「ありがとうございます、アリア。それとシエラちゃん。もしものことがあるかもと怖いかもしれないけど、力を隠して怪我なんてことがないようにしてください。自分を守る時、そして人を守る時は躊躇わず力を使ってください。その結果シエラちゃんの力が人にばれたとしても、私が何とかします」
「うん……ありがとう」
一国の王女、そして聖女が裏でいろいろ手を回すほどの力か。使い様によっては国一つ——もしかしたら、大陸一つを相手にできてしまう、そんな恐ろしい力なのかもしれない。正直、この力とうまく付き合っていく自信がない。国をどうにかする気なんてないけど、もし誰かにそそのかされたり、洗脳されたりしたら私は最悪世界の敵になるのだろう。
自分の周りのことは何とかしてもらえても、自分自身のことは私がどうにかするしかない。
なるほど、これが剣も魔法も、戦争もある世界。そして、規格外の力か。いざ自分がその立場になってみたら、なかなか怖いものだ。異世界に対する予備知識がなかったら確実に自分を恐れ、最悪のシナリオもあり得ただろう。
果たしてこの力は転生特典のようなものなのか、たまたまなのか。どちらにせよ、なぜこんなことになったのかますます気になる。大きくなったら家を出て何か私の事がわかりそうな物でも探しに旅に出ようか。
※ ※ ※
私が死にかけたり、とんでもない力を持っていると発覚したり、いろいろ事件はあったが、無事エレノア邸合宿は終わりを迎えた。
結局本気で戦ったエレノアには勝てなかったが、それでもなかなかの剣術を習得できたし、魔法も今まで以上に使いこなせるようになった。特に、効率よく詠唱して無詠唱以上の効果が出せるようになったのは一番の収穫だろう。
他にも、ダンスや立ち居振る舞いも習った。ダンスは辛うじて習得できたが、立ち居振る舞いは正直よくわからなかった。一応社交パーティーで恥をかかない程度にはなったとは思うが、自分を第三者の目線で客観的に見れない以上不安は拭えない。帰ったらセナにでも見てもらおう。
そんなことを揺れる馬車で考えながら、実家に向かっていた。
そして馬車旅で数日、ついに愛しの我が家に帰ってきた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「お帰り、シエラ」
「ただいま」
真っ先に出迎えてくれたのは、セナとニーナだ。パパとママは少し後ろで手を振っている。大急ぎで私のところまで来たニーナをセナが追いかけてきたとか、そんなところだろう。
「シエラ、どうだった?」
「いろいろあったけどいっぱい勉強できたわ」
「そう。私も、シエラがいない間頑張った」
「ニーナは剣術だけじゃなくメイドとしての作法も、見事にこの一月で習得しました」
「さすが、やっぱりニーナは覚えが速いね」
「ええ。努力家なだけじゃなく、教わった物事を吸収する才能もありますね」
セナとニーナを褒めていると、ニーナの顔が少し赤くなった。照れるニーナ、なかなかレアだな。瞼にしっかり焼き付けた。一生忘れない。
「では、馬車での移動でお疲れでしょうし、今日は——」
「ニーナ、試合するわよ!」
「さすが、子供は元気ですね」
まだまだ休む時ではない。先にニーナと戦って汗をかいてからだ。
「まあ、わかっていましたが」
さすがセナ。想定済みだったらしく、いつも私たちが使っている木剣を持ってきていてくれた。
「今回は私、魔法は使わないわよ」
「私も魔法を使われても戦えるくらい強くなってるから」
お互いばっちり成長している。いつも魔法を使ってようやく勝てていたレベルだったし、今日こそ私の力を見せつけよう。
「じゃ、私から!」
初手で一気に距離を詰め、攻撃を仕掛ける。まずはひたすらに連続攻撃だ。
「まだまだ」
しかし、すべて防がれている。さすがニーナだ。が、それなら大技で一気に防御を崩す。
「すぅー……せいっ!」
隙をついた攻撃を無理やり回避して、剣を叩き込む。
「んなっ、何それ!」
柄で防ぐとか聞いてない。いくら何でもレベル上がりすぎでしょ……。
「それじゃ、今度は私から」
大技を防いだニーナは、その瞬間から攻めに転じる。私よりも攻撃速度が速い。そこは、人族と獣人族の差なのだろう。が、この程度ならまだ捌ける。あまり得意ではないが、一応剣聖流は中級程度までは習得できた。それに、剣帝級と合わせれば、隙がなくても攻撃をねじ込むことも出来る。
タイミングを見て——攻撃を受け流し、そのまま剣帝流の技で剣を弾き飛ばす。
「……シエラ、強くなったね」
「ニーナに剣だけで勝ちたくて頑張ったのよ。だから褒めて~」
「うん。シエラ、えらい」
久しぶりにニーナがぎゅっとしながら頭を撫でてくれた。って、いきなり甘えたらエレノアのところに行った意味がなくなる。けど、これくらいなら許されるだろう。
「それじゃあシエラ、一緒にお風呂入る?」
「うん、入るー」
久々のニーナと一緒のお風呂だ。魔法が使えないニーナの代わりにいつも私が温水のシャワーを出してあげていたな。いつもは甘やかされているけど、あの瞬間だけは私のほうがちょっとお姉ちゃんっぽくて気持ちいい。魔法でシャワーを出しながら頭を洗ってやるとすごく気持ちよさそうなのも、見てて幸せだ。
「ふあぁぁぁぁぁ」
そして、もちろん今日もやる。
ニーナの頭上に魔法で水源を作り、そこからシャワーを出し、髪を濡らす。そして、こするとシャンプー的な泡を出す草の泡で頭を洗う。この草の泡、なかなかいい匂いだし、ニーナの気持ちよさそうな表情も相まってちょっと興奮しちゃう。もちろん性的にじゃないよ? さらに、耳と尻尾も同じように洗うと、くすぐったいのを我慢して少しプルプルしだす。抱きしめたくなっちゃうこの可愛さ。
「流すよー」
頭上の水源から再びシャワーを出し、泡を流す。この時耳がへちょんとなるのもニーナの可愛いポイントだ。水を怖がらないどころかこうして気持ちよさそうにしてくれるから見てて幸せだし手間がかからなくて助かる。いろんな意味で助かる。
そして、頭と体を洗った後一緒に湯船につかるのも至福の時間だ。
私は私より背が高いニーナの膝の上に座り、そしてニーナは私のお腹あたりに腕を回し、たまに頭を撫でる。特に何か喋るわけではなく、黙々と二人でこの幸せをかみしめている。
そんな時間が数分続き、私がのぼせそうになったあたりで風呂を出た。
そう言えば寝間着にちょっと透けている高そうなネグリジェをいつも来ているが、なぜ私までこれを着ているのだろうか。ニーナに「絶対に会うからこれ着て!」と言って半ば強制的に着させたからニーナが切るのはわかるが。まあ十中八九セナとニーナの趣味なのだろうが。
まあ似合うからいいんだけどね。他人、特に男の人には見せられないけど。それに、普通に寝心地がいいから、これを着てニーナを抱いて布団に入れば、すぐ眠りにつける。馬車旅に模擬戦で疲れたし、今日はよく眠れそうだ。
最強幼女