11話 伝説の勇者
昨日の練習のおかげか、久しぶりにぐっすり気持ちよく寝た気がする。けどやっぱりニーナ成分が足りなくて少し寂しい。
今日は確か午後から剣の特訓だったはずだし、それまでは書斎で勉強でもしよう。エレノアも自由に使っていいって言っていたし問題ないよね。
我が家の書斎は殆どが歴史書とか歴代当主の領地経営のあれこれをまとめた本、あとは娯楽小説が数冊という感じだった。そろそろ魔法関係の本も読んでみたいしあったらいいな。
早速エレノアの書斎に向かう。付き添いのメイドは見守り件高いところの本を取る係だ。
ここの書斎にある本は……各属性の魔法の本に儀式魔法の事が書いてある魔導書、精霊魔法用の教本、あとは勇者召喚? 勇者召喚って俗にいう異世界転移とかそう言うものだろうか。私が転生した理由やなんで記憶が曖昧だったのかわかるかもしれないし、これを読んでみるか。
《大儀式召喚魔法》
人族と魔族の血塗られた歴史に終止符を打つ存在、それが勇者である。
勇者は伝説の聖剣だけでなく多くの精霊や高度な魔法を使役し、その圧倒的な力で魔王軍をうち滅ぼした。しかし、魔王はいずれ復活するであろう。その時が来たときのため、ここに大儀式召喚魔法の詳細を記しておく。
この先を要約すると、魔族との戦争で勝ちたいから大量の魔力と生贄を捧げることによって神代魔法を再現して勇者を召喚したよ。その勇者が魔王を倒してくれたけどそのうち復活するだろうからその時はまたこの魔法で勇者を召喚してね! という感じだ。
儀式に必要な魔法陣の書き方が生贄の血と術者の魔力を込めた特殊なインクで神代文字を用いたうえで巨大な魔法陣を書き、さらにそこに生贄の心臓と大量の魔力を捧げることで発動できるというなかなかにえげつない術だった。
途中のページからは二代目、三代目を召喚した時の記録となっていて、そこには「神の力を借りる魔法であり、使用者が神の力に耐え切れず廃人と化すこともある。しかし、儀式が成功すれば必ず強力な勇者が召喚される」と書いてあった。魔王というのはそこまでしないと倒せない存在なのか。私が生きてるうちはう復活しないで欲しいな。
しかし、なぜか人族と魔族の戦争の理由の記述がどの本にも載っていない。
一応歴史はある程度勉強しているが、そこだけは未だに聞いたことがない。勇者に関しても召喚と書かれているものは今までなかった。闇がありそうだが、それを探れば国どころか世界からの弾圧を受けそうなので考えなかったことにしておこう。
にしても、まさか異世界から勇者を召喚する魔法があるなんて。
昔ニュースで見た行方不明になった高校生が勇者だったりしてね。もしくはちゃんと勇者が存在する世界から召喚しているか……。まあこれに関してはそのうち情報が入るかもしれないし、その機会があることを期待していよう。
そして本を閉じ、次の本を取ろうとしたとき、ふと思い出した。
アキヅキ流剣術なんて物があった。何なら昨日教えてもらったものだ。
もしかしたら、この剣術について調べてみたら異世界転移のこと、異世界転生のことにもつながるかもしれない。剣術の本は……あった。それもアキヅキ流やナルセ流と言った親近感の枠流派の本だ。
まずはアキヅキ流から読もう。
《アキヅキ流剣術概要》
勇者ソラ・アキヅキが魔王討伐の際に使用していたと言われている剣術。
戦う姿が美しく、踊っているようにも見えることから「剣舞流」とも呼ばれる。
アキヅキ流は本来剣ではなくカタナを使うもので、そのカタナは大アーキス帝国でしか製造されていない。
ソラ・アキヅキ——秋月空君かな。恐らく日本人だろうけど、聞いた覚えはない。さすがに行方不明になった高校生の名前も覚えていないしね。
概要や歴史が少し乗っていて、あとは体育の教科書のように動き方が記載されているだけだ。残念ながら私の欲しい情報はなかった。
ナルセ流も同じな気がするけど、一応読んでおこう。なぜかナルセという名前には親近感も沸くし。
《ナルセ流剣術概要》
勇者アキト・ナルセがグラディオン王国に広めた剣術。
片手剣を両手に持つ双剣スタイルで圧倒的な連続攻撃とカウンターを主軸とした剣術で、使いこなせる者は少ない。
勇者の死後数百年の間に使用者が勇者の末裔と剣の才能を持った剣士が使う程度で、使用者はごく少数。
この剣術を使いこなせる者は魔王すら打ち破ると言われている。
ナルセアキト——成瀬秋斗。初めて聞いたはずなのに、なぜか懐かしい名前だ。
この名前を思い浮かべると、どうも寂しくなってくる。
なぜそうなるのかは正直理解はできないが、とにかく寂しい。前世で何かあったのだろうが、思い返しても全く成瀬秋斗に関する記憶はない。
手掛かりになりそうな記録でも書いてないだろうか。
《アキトという勇者》
勇者アキトは毎日のように故郷に残してきた妹の話をしていたという。
召喚されたが最後、元の世界に帰還することはかなわない。そのせいで勇者アキトは妹との最後の会話を思い返し、後悔しながら生きていた。
勇者アキトの妻は「最期まで妹に謝れなかったことを後悔していた」と話した。
この先もまだ続くが、気になるところはこの辺りだ。
そもそも自分の前世の名前すら思い出せないから何とも言えないが、他人事とは思えない話だ。特に、喧嘩別れしたかのような記述、ここがどうも引っかかる。
何も思い出せない自分を呪いたい。
アキトのことを考えていると、突然どうしようもない孤独感に襲われた。
ニーナがいないからでも、セナがいないからでもない。ただただ孤独だ。この世界に対して疎外感を覚える。
ダメだ、考えていたら体が熱くなってきた。少ししんどいな……。とりあえず、本を枕にして横になろう。
※ ※ ※
目を覚ますと、もう外は暗くなっていた。
どうやら書斎で寝てすぐメイドがベッドに運んでくれたらしい。
寝て多少は楽になったが、まだ少し体が重い。
「シエラ、大丈夫ですか?」
ベッドの横に椅子を持ってきて座っていたエレノアに心配そうに問われた。
「まだ少し体が重いわ……」
生まれたときからあったことだが、前世の記憶の思い出せない部分のことを考えるといつもこうなっていた。まるで呪いのようだ。
「回復魔法をかけてみましたが効果がなく……医者も呼んだのですが原因不明だそうです」
「そう……」
恐らく原因は魔法や病気とはまた別のものなのだろう。
転生した際に何か不具合でもあったのか、転生の副産物としてこんなことになったのか。私を転生させた神がいるのなら、その神を問い詰めたいところだ。
「書斎で、何かあったのですか?」
「それは……」
さすがにナルセアキトの妹かもしれないなんて言えない。確証がないというのもそうだが、転生者だという事をあまり他人に話したくはない。それに、何があったのかは気になるが、思い出せない部分は私にとって嫌な記憶だったのかもしれないし、他人に話すことによって解決してしまうと逆に辛くなるというのも考えられる。
「言いたくないことは言わなくてもいいのですよ。誰にだって隠したいことはありますから」
「そうね、ありがとう……」
なんて優しいんだエレノアは。しっかり弁えてくれていて助かる。
「ですが、もし辛いようでしたらいつでも相談に乗らせていただきます」
「うん、その時は頼むわね」
もし私の木が変わることがあれば、エレノアに相談するとしよう。顔が広いらしいし、何か手掛かりを見つけてきてくれるかもしれない。
「それでは、私は仕事に戻ります。もし何かあればメイドたちに言っていただけると」
「わかったわ。ありがとね、エレノア」
「これも私の役目ですから」
エレノアが部屋から出て行った。
一応メイドは私が寝るまで見守っていてくれるようだ。
今は食欲もないし、朝までまた寝るとしよう。
そして、この日は嫌な夢を見た。
喧嘩別れって辛いよね