運動会 ⑤
杉山たちは郷に従って剛に従えと言うことわざを知らないのかもしれない。
幾ら常識改変がきいていたとしても、この状況は中々シュールである。
僕は一度目の人生の、勇者として異世界に召喚される前の杉山のことをそんなに詳しく知っているわけではない。それでも噂に聞いていた杉山は此処まで周りを見れなかったわけではなかったと思う。
これは勇者としての特別な立場になってしまった弊害と言えるのかもしれない。
本人は変わったつもりはなくても、特別な立場になったからこそ変化してしまったのだろう。
希望するクラスメイトたちにはフラッパーさんたちの用意した料理が振る舞われている。
僕と乃愛も杉山に食べないかと誘われた。でも僕には乃愛の作ってくれたお弁当があるし、運動会で場違いな料理を食べる気もしなかったので首を振っておいた。フラッパーさんとか女神様には睨まれたというか、何とも言えない表情浮かべられたけれど。
それにしてもこんなに至近距離にいても女神様は乃愛に気づかないので、やっぱり乃愛ってすごいなと思った。
「私の博人に不満そうな表情見せるなんて……」
乃愛は少し怒り気味だったけれど、とりあえず撫でてなだめておいた。
昼ご飯を食べた後は、二人三脚があった。乃愛と一緒に二人三脚に参加したわけだけど、運動神経皆無な僕が当然のように足を引っ張った。それでも三位にはなれたけれど。
乃愛は一位じゃなくても僕と二人三脚に参加出来たことが嬉しかったのか、全然気にした様子はなかった。ただ運動会に情熱を注いでいる体育会系な生徒たちには「白井さんは他の奴と組めば一位になれたはず」とか嫌味っぽいことは言われたが。当然のごとく乃愛ににらまれて黙っていた。
「二人三脚って、結構べったりくっつけていい。博人も他の人と二人三脚しちゃだめだよ?」
「うん。運動会なんて高校生までだし、来年も組むとしたら乃愛とだよ」
「うん。そうして。そうじゃないと嫌だもん」
乃愛は僕の言葉にそんなことを言う。
正直来年の今も、乃愛が隣に居るかは定かではないが……ただ僕は乃愛が居るのが当たり前になっているので、乃愛がいること前提の会話になってしまった。
乃愛もそのことに気づいたのか、とても嬉しそうににこにこ笑っている。
僕も杉山のことを色々言えない気がする。だって僕も乃愛が僕の傍に来るようになってから、色々と変化してそうだから。
「博人はあとは競技ないよね?」
「うん。乃愛はまだリレーとかあるよね」
「うん。頑張るからご褒美ね」
乃愛は女神としての力も使わずに、本当に人間としての枠組みに収まったまま頑張っていると思う。
というか、乃愛へのご褒美ってある意味出来レースなのだ。ご褒美をあげないほど乃愛がやらかすことはないだろうし。
……そう考えると事あるごとにご褒美あげているのはやめた方がいいかもしれない。
運動会のご褒美はともかくとして、今度言われたら一応拒否する方向で動くか。
そんなことを考えながら乃愛と話していたら借り物競争が始まった。
何故か借り物競争でお題の紙を拾った生徒の一人が乃愛を借りようとやってきた。
……乃愛は目立つからなぁなどと僕は思う。ただ乃愛は本当に同じ学園の生徒だろうと彼らには興味も関心もない。多分、どうでもいいとさえも思っている。
「嫌」
そういうわけで借り物競争で借りられてほしいと乃愛に頼んだ隣のクラスの生徒はばっさりと断られていた。
……何だか乃愛らしいというか、ブレないというか。
だけどその生徒は乃愛じゃなきゃ駄目だとでもいう風に追いすがる。でも当然、乃愛は借りられようとはしない。僕も乃愛に強制はしたくないので何も口出ししない。
そうしていればその生徒のお題を他の生徒が見てしまった。
そこには『好きな子』と書かれていたようだ。
……どこかで乃愛に惚れていたのかもしれない。
そのお題が大々的に広まり、乃愛を借りようとした生徒は顔を赤くする。そして自棄になったのか「白井さんの事が好きです! 白井さんが薄井を好きなことは知ってますが、一緒についてきてください」と言い放った。
でも乃愛は「嫌」といってついていくことはなかった。
……結局その生徒の友人だという生徒が「俺でいいだろ。俺が借りられる。見てられない」などといって一緒に走っていた。そういうやり取りをしていたので、当然最下位だった。
借り物競争のお題って中々挑戦的というか、大変なお題多いよなぁと思う。
そうやっていると、杉山の番がやってきた。
杉山は何のお題を引いたのか、女神様に直行していた。女神様の目がとても輝いている。なんか恋する乙女っぽい。
そのまま女神様と手を繋いで一着ゴールをしていた。お題は美しい人だったらしい。