運動会の準備 ③
「お前、白井さんに自分が相応しいと思っているのか!!」
運動会の練習をしていたら、そんなことを言われた。
これが誰なのかも僕には分からない。運動が出来そうな生徒である。
というか、こんなことを言い出すなんて乃愛が暴走しそうなので是非とも穏便に済ませたい。
「……なんですか?」
「白井さんはあんなに運動が出来るんだ。お前には相応しくない」
「それは乃愛が決めることでしょう?」
そもそもその乃愛は、僕と一緒にいるためだけにこの世界に留まっているので何かあれば乃愛がブチ切れる気がする。
この生徒は、乃愛がそんな風にブチ切れる恐れがあることが分かっていない。
乃愛は基本的に僕に向かってにこにこと笑っているけれど、それはあくまで僕に向けてだからだ。
僕と乃愛のことをよく見ているクラスメイトたちは乃愛のことで僕に絡んでくることはないが……、他のクラスの生徒となるとこういう風に絡んでくるものなのかと僕はちょっと驚いている。
「お前、地味男のくせに煩いぞ。大人しく俺の言うことを聞けばいいものを!」
それにしてもこういうことを言ってくるということは、この生徒は乃愛に惚れていたりするのだろうか?
というか、僕が乃愛の傍に居ることと、僕が地味なことは何も関係ないのだけど。
まぁ、世の中見た目で皆、結構色々判断したりするから仕方ないかもしれないけれど。
さて、どうしようかな。出来れば乃愛が僕の傍に戻ってくるまでに、どうにか穏便に帰ってもらえた方が一番いいのだけど……。
なんて思っていたのだけど、すっかり注目を浴びてしまっていたりするので、すぐに乃愛は戻ってきてしまった。
「私の博人に、何をしているの?」
……淡々とした冷たい言葉が聞こえてくる。乃愛が怒っているというのが分かった。こういう冷たい言葉をかけられると、ぞっとする。とはいえ、僕には向けられていないことが分かるから僕はそこまで怖くはないけれど。
その僕に絡んでいた生徒は、一瞬怯んだようだ。
「白井さん! 良いところに! こんな地味な男の傍にいるべきではない」
「博人に何言っているの? ただの人間如きが、私の博人に何、絡んでいるの? 博人はね、私の唯一なんだよ? 私から博人を奪おうとするなんて――死にたいの?」
お怒り気味の乃愛は、大分素が出ているというか、言い方が中々傲慢だ。その言い方は、乃愛の人間ではない傲慢さみたいなのがうかがえるというか。
人間社会だと当然、法が整備されているから――そういうことをしたら捕まってしまうわけだけど、乃愛は神様だから色々どうにか出来そうだけど。
すっかり乃愛の殺気にやられて、それが向けられた文句を言っていた生徒だけではなくて僕たちを見ていた周りの生徒たちもすっかり固まっている。
やっぱりこういうのを向けられると、こういう風になるものなのだろうか?
というか、目の前の文句を言っていた生徒、すっかりがくがく震えて座り込んで、なんか匂うから漏らした?
「乃愛、ストップ」
「んー? 博人、こいつみたいな馬鹿は消すからねー」
「消さなくていいよ。僕は乃愛の側から離れること、考えていないから。だから、もうこういうの相手にしないでいいから帰ろう?」
「ふふ、そうだね。こういう馬鹿な人間に関わる必要もないよね。博人がそういうなら帰る」
まだ運動会の練習の最中だけど、クラスメイトにも「僕と乃愛、帰るね」とだけ声をかけておく。周りのクラスメイトたちはこくこく頷いていた。
乃愛の手を取れば、乃愛は笑った。
先ほどまでの怒りの様子がすっかり身を潜めていて、乃愛は本当にがらりと雰囲気が変わるなと思った。
「乃愛、いちいちああいうのにああやって本気で怒っていたらやっていけないよ? 乃愛は色々出来るから。僕は周りが何ていっても、自分から乃愛の側から離れる気は現状ないから」
「でも、むかつくよ?」
「乃愛は人間として過ごしているのを決めているのならばもっと怒らないようにしないと」
「んー。後からこっそり潰す?」
「それも駄目だよ? 乃愛は出来るだろうけれど」
そう言って笑かければ、乃愛も小さく笑う。
ちなみに乃愛の機嫌を取るためにも僕は乃愛と手を繋いだままである。
「乃愛、明日はもっとちゃんと運動会の練習しようね。多分、あんなふうに絡まれることも減るだろうから」
「そうかな? きかない人は殺さないにしても、殴っていい?」
「んー。やめようね?」
「でも常識改変しない方がいいんだよね?」
「うん、力もなるべく使わないでね」
「……人間って面倒だよね?」
「仕方ないよ」
そんなことを小声で会話を交わしながら、僕たちは家へと帰った。
そして案の定、次の日以降、乃愛のことで僕は絡まれることはなかった。あと僕に絡んで乃愛に冷たくされ漏らしてしまった生徒は可愛そうなあだ名がついていた。しばらく学園に来なくなっているそうだ。




