文化祭の前に ②
「博人、博人、博人」
僕の名前をひたすら乃愛が呼んでいる。そんなに僕の名を呼んでどうしたいのだろうか。
僕が乃愛の方を見たら、乃愛は嬉しそうな顔をして僕を見るだけだ。
乃愛はただ僕の名前を呼ぶのが楽しくて仕方がないらしい。文化祭はまだ始まってもいないのにこのテンションのまま、持つのだろうか?
それにしても何だかはしゃいでいる様子で、そんなにはしゃがれると何と言えばいいか分からない。
まぁ、嬉しそうなのは良いことだけれども。
「乃愛、家からそのテンションだったらもたなくない?」
「んー? いや、全然。大丈夫。私は文化祭を頑張って、博人から抱きしめてもらうのも楽しみだもん。だから、文化祭が終わるまでずっと私はきっとこの調子だよ! こんなに楽しいの、今までで初めてかも」
今までで初めてかも……って、乃愛は神様だから、本当に僕では想像出来ないぐらいの長い時間だろう。その中で一番かもだなんて……乃愛は大げさだと思う。
――やっぱり乃愛は、退屈していたんだろうというのが分かる。
退屈して、だからこそ、色んなことを起こして――そして好き勝手にやらかしていて。
そういう退屈している乃愛を僕は知らない。というか、僕の前だとにこにこして表情豊かだけど、他の人に向ける表情はきっと違うだろう。
「乃愛、学園行くよ」
「うん!!」
学園に行く時間になっても、乃愛はへにゃりとしただらしない顔をしていた。乃愛は嬉しそうに笑って、僕の腕に手を絡める。
なんか当たり前みたいに腕を組んでいるなぁ……などと思いつつ、乃愛の好きにさせておくことにした。
というか、女神様がやってくるって話だけど、どんな風にやってくるだろうか。女神様がやってくるのだろうか。
乃愛は全然、女神様がくることを考えていないみたいだ。というか、女神様が来ようが来るまいがどっちでもいいって思っているのだと思う。きっと乃愛の場合、学園に強盗などが現れても、自然災害が起きてもその調子だろう。
……乃愛が焦ることってあるんだろうか?
ちょっとそういうところも見たら面白いかもしれないと思った。
「乃愛、文化祭何か起こると思う?」
「さぁ? どうでもいいよ。博人が抱きしめてくれるっていうんだから、私は真面目にやるだけだもん」
乃愛はそう言いながら嬉しそうに手を絡める。
「乃愛、僕はなるべく面倒なことが起こるのは嫌だと思っているんだけど」
「分かっているよ。だからお姉ちゃんだろうと、平穏な文化祭を邪魔するならどうにかするからね。ちゃんと博人が嫌がらないようにするから、ちゃーんとご褒美頂戴ね?」
乃愛がそう言って微笑んでいるので、僕は頷いておいた。
それにしても歩きながら、僕と手を繋いでいない方の手で頬を触ったり、「博人」と僕の名を何度も何度も呼んだり――なんかやっぱり乃愛ははしゃいでいる?
学園内でもその調子なのだろうか。
そんな風にはしゃいだ様子だと、周りに何かあったって思われること間違いなしな気がする。
なんかクラスメイトたちに色々言われてしまうかもしれないなと思った。
「乃愛、学園につくまでにもうちょっとしゃきっとしようか」
「だって博人に頬にキスしてもらえてうれしかったし、これから抱きしめてもらえるのは確定しているし、凄く嬉しいんだもん」
「そっか……。でも僕はもっと乃愛がシャキッとしてくれた方が嬉しいな」
「でも嬉しいしなぁ。博人がもっとご褒美追加してくれるなら、博人の前以外では真面目な顔するように気をつけるよ? どうする?」
乃愛はからかうような笑みを浮かべて言う。
乃愛としてみればどっちでもいいんだろうなと思う。別に乃愛としてみれば周りからどんなふうに思われていてもどうでもいいので、幾らでもニヤニヤ出来るならそれでいいし、追加されるならそれでいいんだろう。
……どっちがマシなんだろうか。
「……乃愛、追加求めすぎじゃない?」
「駄目? 私は幾らでも博人からご褒美ほしいもん!!」
「あー……」
ご褒美追加されたら恥ずかしいことが追加される。……そのままだと乃愛はびっくりするぐらいニヤニヤして、こっぱずかしい。
うん、どっちも正直いって同じ気がする。
期待したようにこちらを見る乃愛に、「じゃあ、なしで」といえば乃愛は頷いた。
乃愛が僕にべったりなのも、今更だし……もういいやって気持ちになったから。
しばらく歩いて学園に到着する。
そして案の定、いつもより二割増しぐらいでにこにこしている乃愛を見てクラスメイトたちから色んなことを聞かれた。
乃愛が頬にキスのことや抱きしめるご褒美のことを言おうとしていたので思わず口をふさいだ。口を後ろから塞いでも乃愛はにこにこしていて、逆にクラスメイトたちにニヤニヤされてしまった。
そんなこんなクラスメイトたちと会話を交わした後、文化祭は始まった。




