幕間 彼女は少年の側で笑っている。
2/23 二話目
「ねぇねぇ、博人」
「なに?」
「もー、私に構ってよ!」
「僕は勉強しているんだよ……。ほら、乃愛、クラと遊んできなよ」
「私は博人と遊びたいの!」
異世界の女神、ノースティアは愛しい少年の言葉に不満そうに唇を尖らせる。
そう言う様子を見れば、すぐに彼女のご機嫌を取るのが当たり前だったのだ。それだけの強大な力を持っているから。彼女のご機嫌を取らない存在なんてあまりいない。そして魅了の力があり、無理やりでも自分の言うことを聞かせられるから。
だけど、少年は全く気にする様子もない。
「乃愛、我儘言わないで。僕は乃愛と違って勉強しないと、大学に受からないんだから」
「むー、分かった! クラと遊んでいる。でも博人、後で、私に構ってね」
「はいはい」
相手が強大な力を持っていようとも、幾ら見た目がよくても――特に気にした様子もなく、ただの少女として彼女を見ている。
そのことが嬉しくて仕方がないから、彼女はそういう態度を少年にされても嬉しくて仕方がない。
『勇者』や、女神の神獣たちが色々騒動を起こしていても、何が起こっていても――全部知らないふりをして、見ないふりをしている。
幾ら常識改変がきかないとはいえ、それだけ全てスルーしているのが少年の面白さだと彼女は思っている。
彼女は少年に出会ってから、異世界のことも、『勇者』のことも、神獣のことも――言ってしまえば、どうでもよくなった。
白黒だった世界が色づくかのように、退屈だった日々が楽しい日々へと変わっていった。
彼女は少年に言われた通り、少年が勉強している間、黒猫と戯れる。しばらく適当に黒猫と戯れながら、彼女は少年をチラ見する。
勉強をしている少年は、全然彼女の方など見ない。それもまたちょっと面白いなと思いながらじーっと見ている。
ただあまりにも視線を向けすぎると嫌がられるので、あまり見つめすぎないようにはしている。
彼女も地球でしばらく暮らすようになって、他人のことは気にしないが……博人のことは気づかいするようになっているのだ。
「乃愛、勉強終わったよ」
「じゃあ、何する?」
「乃愛は何したいの?」
「じゃあゲームする」
彼女はこの世界の娯楽を遊ぶのが結構好きである。少年が漫画やゲームなどが好きな人間だからというのもあるだろうが、自分のいた元の世界にはなかったものはなんでも面白い。
――何よりも、少年が一緒に楽しんでくれるので、こういう娯楽を楽しむことは面白いと思っている。
「あ、負けた」
ちなみに彼女はある程度なんでも出来る女神なので、対戦ゲームは大体彼女が勝つことが多い。
言ってしまえば彼女はある意味存在自体がチート級の存在である。女神とは、それだけ規格外な存在だ。
でもどれだけ彼女が何でも出来る姿を見せ続けても、少年の態度は変わらない。
手加減するようになんて言わないし、彼女がどれだけ規格外だと知っても驚くほどに態度が変わらない。
女神なんていう存在に愛されていれば、それこそ驕りをもってもおかしくない。彼女は寧ろ、少しでも彼女が興味を示せば、すぐに驕る存在ばかりを知っていた。そうでない人なんて知らなかった。
彼女の姉に関心を持たれている『勇者』だって、彼女がちょっかいを出せばそうだった。寧ろあの『勇者』は自分で自覚はなさそうだが、自身のことを特別視しているだろう。
少年は、そういう所がない。
自分のことを彼女から好かれていても、あくまで平凡で普通だと思っている。
そういう少年だからこそ、彼女は特別だと思ってならないのだ。
さて、地球で暮らしている彼女だけれども、少年に言われて時々異世界に戻っている。
正直気は進まないが、後で思いっきり少年に甘やかしてもらえると思うとやる気に満ちている。
異世界の人たちは、彼女をかわったという。
彼女があまり暴れなくなり、退屈して何か起こしたりしなくなり、操るために口づけをすることもなくなり――そういうところに疑問を持ちかけてくる者や、彼女が何か大きなことを起こすのではないかと考えているものも沢山いる。
彼女はそれだけ恐れられ、怖がられ、圧倒的な存在感でその世界に降臨している一柱なのだから。
彼女が何か企んでいると思っているものたちは、きっと彼女が自分の能力がきかない少年のことばかり考えていて、早く帰りたいななどとそういうことしか考えていないなんて思ってもないことだろう。
そしてそれからまた彼女は、少年の元へと戻る。
「博人―!! ただいま!」
「おかえり。乃愛。いきなり現れるとびっくりなんだけど」
いきなり何でもない空間から現れた彼女に、少年はそう告げる。びっくりなんていいながらも、彼女の所業に慣れてきているのかあまり驚いた顔はしていない。
少年はこれからテレビを見ると言うので、彼女はついていく。ソファに座ってテレビをつけた少年の横に座って、少年の側で今日も笑みをこぼしている。