貴方のお探しの女神は、すぐそこにいます ④
乃愛が思いっきり、クダラさんのことを蹴りつけていた。
容赦がなさすぎる。僕が同じことをされたらすぐに死んでしまうことだろう。
それにしても僕は突っ立っていればいいんだろうか?
クダラさんは乃愛の常識改変の効果で、僕のことには全く気付いていない様子だ。
凄い音がしている。
でも杉山たちはこういう破壊行為をしたりとか、物にあたったりとかあまりしないけれど……クダラさんは思いっきり破壊行為していたり危険人物だもんなあ。
乃愛も思えばあった当初、周りのことなんて何も気にしていない様子だったけれども、今はすっかり大人しくしてくれているからなぁ。
「ノ、ノースティア様!!」
「煩い!! お前、何しているか知っている?」
「は?」
「本当に考えなしに行動して、博人が怪我したらどうする気だったの?」
「はい?」
乃愛、容赦ないなー。しかし僕の名前は出さないでほしい。まぁ、聞こえていたとしても乃愛は常識改変でどうにでも出来るだろうけれども。
「お前、死ぬ?」
「ひっ」
あ、クダラさんが怯えた笑みを浮かべている。
乃愛が殺気だっているから? でも乃愛の神獣を名乗るのならば、乃愛が怒るようなことをしなければいいのに。でも乃愛は基本的に何が起きようともどうでもよさそうな感じだし、こういうことで乃愛が怒ると思わなかったのかもしれない。
……でもそうか。乃愛はこうやって常に怯えられ、その力を畏怖されてきた神様で。
だからこそ、僕の傍にいようとしているのだろうなんて思った。
というか、そろそろ止めないとヤバそう。
「乃愛」
僕が声をかけたら、小さな声なのに、乃愛は嬉しそうにこちらを振り向く。
何だか名前を呼ばれた飼い犬みたいな感じで僕を見ている。クダラさんが目を見開いている。ようやく僕のことを認識したのだろうか?
僕が首を振れば、乃愛は頷く。クダラさんが「ノース……」と乃愛に何か声をかけようとしたのは気絶させられていた。うーん、ボロボロ。
ついでに乃愛がクダラさんに何かやっていた。……何やっているんだろ?
「博人、ただいまー」
「おかえり。やりすぎじゃない? クダラさん、ボロボロだけど」
「全然! だって私の不愉快になる事をしたんだよ? 殺されても仕方がないのに、生きているだけでも十分な慈悲だよ。私の博人を傷つけようとしたんだから」
「……そう。でもなるべく異世界関係者だろうと、殺さないでもらえると嬉しいな。僕は誰かが目の前で死ぬのはちょっと見たくない。やるなら僕が見てない所でやって」
正直異世界には異世界の事情や流儀があるだろうから、全部止めることは出来ないだろうけれど、とりあえず目の前ではやらないでほしい。あと顔見知りがなくなると何とも言えない気持ちになるからやめてほしいなとは思っている。
「うん!!」
「ところで、乃愛、さっきクダラさんに何していたの?」
「んーとね、博人のこと忘れるようにと、精神汚染」
「……精神汚染?」
「うん。恐怖心を見せたの。ついでにこのまま、異世界に逃げ帰るように色々見せているよ。あの子、私の神獣名乗っているくせに、私に殺されるって恐怖に満ち溢れているし、異世界に逃げ帰らせることにしたの」
「そっか」
「そうだ。博人」
なんか乃愛が僕の名を呼んで、こっちをじっと見つめる。
僕は何かされているとか全然分からないけど、何かしてる? なんて思っていたら、乃愛が嬉しそうに笑った。
「やっぱり博人には、効かないね」
「何かした?」
「精神汚染!!」
「何やってんの?」
「いや、どうせ博人には効かないだろうなと思ったらやっぱり博人にはきかないなーって」
乃愛はそう言いながらにこにこ笑って、僕の手を取る。
そして気絶したクダラさんを放置して、そのまま帰宅する。
「博人は私のこと、怖がらないよね」
「僕と乃愛は力の差がありすぎるし。僕は乃愛が何かしたら即死する未来しか見えない。ずっと怯えてても疲れるし。大体、乃愛は僕に何かする気ないでしょ」
帰宅途中にそう言い切ったら、乃愛は嬉しそうな顔でにこにこと笑った。
繋いだ手を嬉しそうに振っている。
それにしても乃愛は僕を殺そうと思えば、すぐに一瞬で殺せるんだよなぁ。などと当たり前のことを思った。
ただ僕と手を繋いで何だか嬉しそうに笑っている乃愛を見ると、少なくとも今は僕にそういう力を向ける気はないわけだから別に気にならないけれど。
そしてその翌日には、クダラさんの姿はなかった。
杉山たちが驚いた表情を浮かべていた。そして「ノースティア様はやっぱりこの世界でなにかを起こそうとしているのかもしれない。そのためにノースティア様を探さなければならない」などと神妙な顔で呟いていた。
「ねぇねぇ、博人、これ、美味しいよ。食べる?」
『勇者』である杉山がお探しの女神は、僕の隣でお菓子を差し出しているわけだが……やっぱり杉山たちは全く乃愛がいることには気づかないのであった。