夏休みに突入 ④
「博人、はい!」
「ありがとう。乃愛」
乃愛が飲み物を購入してくれた。僕がよく飲んでいるお茶である。ちなみに乃愛は炭酸水を飲んでいる。
にこにこと笑っている乃愛。そんな乃愛に僕は視線をあの巨大アヒルの方へと向ける。
「ねぇ、乃愛、あれ」
「ん?」
乃愛は僕の言葉にそちらに視線を向けて、そして僕に問いかける。
「あれ、知り合いだわ。放っておいても害はないよ!」
「……知り合いなの?」
「うん」
「なんで、アヒル? ……しかもよくよく見ると作り物っぽいんだけど」
「さぁ? 多分どうでもいい理由でだと思うけど。というか、博人はそんなの気にしなくていいの! 私と一緒に遊ぶのが大事でしょー?」
「……そうはいっても、あの人が乗れそうなぐらい大きな巨大アヒルが気になるんだけど。襲い掛かったりとかしないよね?」
こそこそと乃愛と会話を交わす。
だって流石に気づかれないとはいえ、異世界の話を大きな声で言うつもりはないし。
乃愛は僕の言葉に考えるような仕草をして笑った。
「博人は心配性だなぁ。いいよ、ちょっと話してくる。あいつ視界からどければいいよね?」
「……えっと、物騒なことはしなくていいからね」
「追い返そうかと思ってたのに」
「いや、そこまでしなくていいから。ちょっと気になっただけだし」
「博人は平和主義だね! いってくるね」
「うん」
乃愛はそのまま、その巨大アヒルの方へと向かっていく。……海の上を歩いているのは、もう見ないふりをしておく。僕はのんびりとしておこう。
なんて思いながら海をぼーっと見る。それにしてもやっぱり若い人たちが多いなぁ。逆に親ぐらいの年齢で元気いっぱいに動いている様子を見ると、それはそれで元気だなぁとなる。僕は体力がないし。
それにしても乃愛とあの巨大アヒルのようなものの方をちらって見て、僕は噴き出しそうになった。
……なんか巨大アヒルの下から竜? みたいなのがいるんだけど。あれが本体? 何で巨大アヒルの被り物? みたいなやつで泳いでたの? 青い鱗の生き物。……うーん、かっこいいな。大きさ的にはそこまで大きくないけれど、そういうものなのだろうか??
ファンタジー小説や漫画も好きなので、そういうのを見ると少しワクワクした。あまりに見つめ続けていると、おかしいのであまり視線を向けないようにしているけれど。
それにしても海の上にうかぶ乃愛と、アヒルの被り物の下から顔を出している竜みたいなもの。不思議な光景だ。本当に僕以外気づいていないとか、色々おかしな現象だよなぁなんて思ったりもする。
「博人、折角海に来たのにどうしてそんなに座り込んでいるの? 乃愛ちゃんは?」
「乃愛はちょっと席を外している」
「乃愛ちゃんは可愛いから、ナンパされてしまうかもしれないわよ」
「……乃愛なら大丈夫だよ」
当たり前の話だが、母さんには水面に浮かんでいる乃愛のことを認識できていないので、乃愛がこの場に居ないように見えたのだろう。
というか、乃愛に物騒なことをしないようにいったのに、乃愛は竜を蹴り上げている。……乃愛が嫌がることでもあの竜みたいなものは言ったのだろうか。
乃愛は僕の言うことを割と聞くから、なるべく物騒なことはする気はなかっただろう。凄い水しぶきだなと僕は遠い目である。
周りの人たちには全く影響がないのを見ると、乃愛とあの竜みたいなのか何かして影響がないようにしているってことかな。
というか、あの竜ぽいの、また水面に潜ってアヒルみたいな被り物ですいすい泳いでいるの? うーん、僕には理解出来ない。
しばらくして、乃愛が水面を歩いて戻ってきた。
「博人、ただいま」
「おかえり」
乃愛はそのまま僕の隣に腰かける。
「ねぇ、乃愛、あれなんだったの?」
「私の世界にいる竜種だよ。海の神様なんて呼ばれているようなそういう存在」
「……なんで此処に?」
「遊びにきてたみたい。仮にも人から神って言われるような存在だから自力で世界ぐらい渡れるし」
「……あの巨大アヒルは?」
「目立たないようにって。あれ、馬鹿だから。お姉ちゃんがいても問題ないようにしているっていうのに、心配性なんだよ」
「へぇ……。逆に目立たない?」
「馬鹿だから」
「竜種って、あんなに小さいもの?」
「小さくしているのよ。身体を小さくするぐらい簡単だしね」
こそこそとそんな会話を交わす。
母さんと父さんがそんな僕たちの様子を見て、「仲良しねぇ」なんていっている。
それにしても神と言われているような竜種かぁ。杉山たちの影響で、色んな物がこっちの世界にきているなぁ。
「ねぇねぇ、博人、私も小さくなったりできるんだよ? なってみようか?」
「え? なにそれ」
「身体の年齢を変えることぐらい簡単だよ?」
「……いや、やらなくていいよ」
やっぱり神様って、規格外だよなぁなんて思った。
まぁ、その後も遠くの方ですいすい泳いでいるアヒル……竜種を見かけたけれど、僕は知らないふりをして海を楽しむのだった。
僕と乃愛が帰る頃にも、まだすいすい泳いでいた。
飽きないのだろうか?