にこにこと笑う乃愛は、何かを見つけて飛び出す ②
「――というわけで、これは」
教師が歴史の授業を進めている。
なんとか平常心を保ってそれに集中しようとしているけれど、やはり乃愛の方が気になってしまう。
だって大きな音が鳴っている。あと何かの鳴き声も。
杉山たちが気づいていないのは、おそらく乃愛が何らかの力を使って、杉山たちにさえ気づかれないようにしているからだろう。
本当に乃愛――ノースティアって存在は何処までも規格外なのだろうとそのことを僕は実感する。
僕は授業中だが、時々乃愛をチラ見した。
見るんじゃなかったと正直思った。だってそこには恐ろしい化け物がいた。大きさで言えば、僕の十倍以上デカイ。顔は猿みたいな感じの巨大な生物が黒い穴から這い出てきていて、それを乃愛は蹴り飛ばしていた。
だけどそれが地面にたたきつけられることはなくて、その前に何かに遮られていた。……あんなのが叩きつけられたらグラウンドがどうなるか分かったものじゃないので、そのあたりは考えて行動しているのかもしれない。
それにしてもやっぱり乃愛は色々とおかしい。多分、杉山の行った異世界人視点でもそうなのだろう。だからこそ乃愛は、そういうのが効かない僕に執着している。
乃愛はその後、また窓から戻ってきた。
授業中に窓の外から乃愛が戻ってきたことを誰も気に留めない。乃愛の存在に気づいていないのか、それとも乃愛が教室にいたように常識改変されているのか。
そのあたりは僕には分からない。
乃愛の方を見れば、目が遭う。
乃愛はにっこりと笑った。先ほどまで魔物と戦っていたなんて分からないような笑みだ。乃愛からしてみれば、ああいう化け物のような存在を倒すことさえも大した労力ではないのだろう。
僕と乃愛以外の誰もそれに気づかないままに、授業が終わっていく。
放課後になると、乃愛が僕に笑いかける。
「博人、デート!」
「はいはい。行こうか」
「うん!!」
嬉しそうに笑う乃愛と一緒に僕は教室を後にする。
後ろの方で杉山の「今日は何もなくてよかったな」という声が聞こえていた。……実際はあったんだけどなぁなんて思いながら僕は隣を歩く乃愛を見る。
乃愛は杉山の声を聞こえていただろうにどうでもいいと思っているのか、不思議そうな顔をしていた。
「で、喫茶店だっけ」
「博人と一緒なら違う所でもいいよ?」
「……僕はあまり寄り道しないからどこも詳しくない」
「博人って一匹狼って感じだよね。この学園の生徒たちは、結構放課後にトモダチって存在とよく遊びにでかけているみたいなのに」
「なんかかっこよくいっているけど、僕ぼっちとかそういうのなだけだからね?」
「ぼっちって?」
「友達がいなくて一人って意味。あんまりいい意味ではないけど」
「へー」
「僕は一人でも全然気にならないし、友達がいなくもいいって思っているけど、好きでぼっちになってない人もいるから人にはあんまり言わないようにね」
「へー。何でそんなに誰かと一緒に居たがるんだろうね? 好きなようにすればそれでいいと思うけど」
「……本当に自分が好きなように、自分が思うように出来るのは乃愛みたいに力がある人だけなんだよ。そういう人じゃなければ好きになんてできないから」
乃愛は、異世界でも特別な存在で、圧倒的な力を持っている。
だからこそ好きにすればいいなんて簡単に言うけれど、実際問題、そんな風にただただ自分が望むままに行動が出来るのは、本当に力がある人だけである。
この地球で言う力といえば、権力とか、知名度とか、あとはお金とかだろうか?
お金があればどんなに高級なものでも食べられるし、お金持ちは家政婦を雇って家事なんてしないだろうし、うん、やっぱり金な気がする。
乃愛とそんな会話をしながら、僕は街を歩く。
放課後の、学校が終わる時間帯なのでそれなりに人がいる。すれ違う男性が時々乃愛を見ている。乃愛は見目が整っていて、あと胸も大きいから、そのあたりで異性から注目を浴びているのだと思う。
「乃愛は、どこでも注目浴びているよね」
「ん? こんなの当たり前だよ?」
僕は乃愛が隣にいるからと視線を浴びると落ち着かないけれど、乃愛は注目されることにすっかり慣れ切っているらしい。
「博人が嫌なら、視線、全部どかそうか?」
「……なるべく使わないようにっていっただろ」
「ふふ、だよね。博人ならそういうと思った。それより、喫茶店ってあれ?」
「ああ。うん。僕はあんまり入ったことはないけれど、クラスメイトが噂してた。値段も良心的で入りやすいって」
乃愛は嬉しそうににこにこと笑って、僕の手をひく。
そして僕と乃愛は喫茶店に入った。その喫茶店は値段も良心的で、学生でも払える程度である。それなりに学生の姿も見える。あとは確かケーキが美味しいとかいうのをクラスメイトが話しているのを聞いたことがある。
二人席に座る。
向かいに座る乃愛は、それはもう楽しそうに笑っていた。
ただ喫茶店に来ているだけなのに、そんな風に笑っている乃愛を見ると不思議な気持ちになった。




