にこにこと笑う乃愛は、何かを見つけて飛び出す ①
乃愛との学園生活は、比較的穏やかに時間が過ぎている。
杉山たちは乃愛のことに全く気付くこともしない。
「博人、クラスの人間がね、仲が良い男女はデートっていって出かけるんだって。博人、私も博人と出かけたい!」
「……どこに?」
「喫茶店とか、買い物とか! そういうのするって聞いたよ! 恋人同士だと」
「僕と乃愛は恋人じゃないでしょ……」
「むー、博人はつれない」
乃愛は頬を膨らませて、そんなことを告げる。
でも乃愛が退屈を感じてこの世界で好き勝手されても困るし、喫茶店や買い物に行くぐらいならいいかもしれないと思ったので、乃愛を放課後にどこかに連れていくことにする。
「っていっても僕は基本寄り道もしないし、何処に行ったらいいかわからないんだけど」
「んー。何処でもいいよ? 何も予定を決めずに行くのもありだよ? 博人とならどこでもいいもん」
乃愛はにこにこしながらそんなことを言っている。
……今日はとりあえずぶらぶらしながら適当なところに入るとして、乃愛が楽しめそうな場所でも探しておこうかな。
乃愛はそのうち僕に飽きるだろうけれど、それまでの間に僕が乃愛を怒らせたり、乃愛の機嫌を損ねたりしてしまったら、この世界自体で大変なことになってしまうかもしれない。
乃愛は凄まじい力を持ち合わせていて、下手なことになれば恐ろしい未来しかないだろうから。
「じゃあ適当に喫茶店とかに行くか?」
「うん!!」
僕は女性をエスコートしたこともなければ、同年代の女性と仲良くなったこともないので、喜ぶような場所には連れていけないだろうけれど……乃愛はそういうの気にせず、ただ笑っている。
「相変わらず白井さんと薄井は仲良いな」
「幼馴染だからって何であんな奴が……」
常識改変が効いているからこそ、僕と乃愛が仲良く過ごしていることは周りにとって当たり前のことになっている。
僕と乃愛は幼馴染なんかではないけれども、周りからしてみれば幼馴染って認識だし。というか、周りからしてみれば幼いころから乃愛と僕は仲良くしているって認識なのだろうか……。
僕の頭の中には何の記憶もないから、幼馴染だと言われても違和感しかないわけだけど。
あと乃愛は髪と目の色は、日本人に合わせて黒くしているけれども、その雰囲気は何処か普通ではなくて、それでいて綺麗な顔立ちをしているからか何だかうらやましそうにクラスメイトに見られたりする。
僕は目立たない暮らしをしていきたいのに……。でも乃愛が僕に飽きたら幼馴染設定もなくなるだろうから、それまでの我慢だろうけれど。
「博人、あいつら黙らせる?」
「乃愛、物騒なことはやめて」
「力は使わずに私が博人の傍に居たいっていうのを示すだけだよ」
そう言って乃愛は立ち上がるとすたすたとクラスメイトたちの方へと寄っていった。
そしていくつかの言葉を口にすると、彼らは黙った。そして満足した様子で乃愛は戻ってきた。
「……乃愛、何言ったの? 何だか顔色悪くなっていたけれど」
「私は私の思った通りにいっただけだよ。というか、私が傍に居たいと望んで博人の傍にいるんだから、周りがどうのこうのいう権利はないからね」
乃愛はそう言いながら僕の隣の席で、楽しそうな様子だ。
……というかあれかな、乃愛みたいな子に言いつのられればクラスメイトも青い顔にもなるか。僕も色々言われたらショックを受けるだろうなぁ。
乃愛は食事をとらなくても生きていけるけれど、食事をとることを楽しんでいる。放課後に連れていくなら美味しいお店がいいな。僕も美味しいものが出来れば食べたいし。
「博人、博人は何も心配しなくていいんだよ。私がどうにでもするんだから」
「……うん」
僕は乃愛の言葉に頷く。
僕は何かを成す力はないし、結局乃愛にされるがまましか出来ないしね。
そんなことを思っていたら、乃愛が窓の外を見て「あ」と口にする。
僕もそれにつられて外を見る。
太陽が煌めいていて、良い天気だ。窓から見える校庭には、今は人っ子一人いない。
丁度、体育の授業がないからだろう。
で、それはともかくとして変な光景がある。
空に変な穴がある。黒い穴。多分、僕と乃愛しか今は気づいていない。
「博人、ちょっといってくるね?」
「え?」
「倒してくるから」
僕にだけ聞こえるような小さな声で乃愛はそう言ったかと思えば、窓の方へと近づいていく。
そして窓から飛び降りた。
悲鳴を上げそうになった。いや、乃愛はとてつもなく強くて、普通とは違うからそういうのをしても大丈夫なのかもしれないけれど……、僕にとっては心臓に悪い。
こういう突拍子のない行動をする場合は、事前に言ってほしいって言っておこうかな。
そして窓の外へ向かった乃愛は、そのまま宙に浮く。
乃愛って、宙にも浮けるの?? どういう動力でういているんだろうか。
あと乃愛はこのまま何をするつもりなのだろうか。……ちょっと不安に思いながらも、授業が始まったので僕は時々窓を見ながら授業を真面目に受けることにした。