幕間 彼女は楽しくて仕方がない。
異世界の女神――ノースティア。
世界を滅ぼすだけの力を持ち、世界を破壊するだけの力を持つ。
そしてどんな相手だって操る事が出来て、どんな存在だって意のままに出来る。
そういう恐ろしい力を持ち合わせている彼女は闇の女神であり、邪神とも呼ばれる恐ろしい存在だ。
彼女がひとたび力を使えば、一つの世界が滅ぼされる――というそういう大惨事なことだってあり得るのである。
彼女はずっと、力はあっても一人だった。
たった一人で、力があるが故の孤独を感じていた。周りに沢山の人がいても、どんな相手でも周りに侍らすことが出来ても――それは結局、独りであるということだから。
彼女の力はあらゆる生物に作用していく。周りが彼女を褒めたたえたり、彼女を叱ったり――彼女のためにそういう声をかけたとしても……それが彼女の力によるものではないとは断言できないのだ。
――彼女にとってそのことはただ当たり前のことでしかない。周りが自分の言葉を聞くのが当たり前で、少しつまらないなと思いながらこのままの日常が続いていくとそれだけを思っていたのだ。
それが変わったのは、彼女が異世界から来た『勇者』に少しの関心を抱き、異世界に行くことを望んだから。
『勇者』は少しだけ面白いけれど、他と大して変わらない。そういう存在だったけれど、彼女は異世界というものに興味を抱いた。
此処とは違う世界。
自分の知らない世界。
そういう世界だからこそ、もっと面白いものが待っているのではないかとそういう好奇心がわいたから。
――姉である光の女神に止められても、彼女は好奇心のままに異世界に降り立ちました。深い眠りについているはじまりの神も、彼女を異世界にやらないようにとそういう意志を向けていましたが、それも無視しました。
無視して異世界に降り立った彼女は、自分が産まれたのとは違う世界に興味津々です。
昔、彼女は違う異世界に顔を出したこともありますが、その昔訪れた異世界よりも地球と呼ばれる場所は面白いものでした。
特に『勇者』の故郷である日本は、娯楽に溢れていたので彼女は楽しく過ごしてました。
迷い込んだ魔物を倒したり、異世界人たちを動かして操って遊んだり――少しだけ目新しいけれど、それでもやっぱり少しだけ退屈な日々。
それが変わったのは、一人の少年に出会ったから。
薄井博人。
どこにでもいるような、そういう存在にしか見えない少年。
だけれども――その存在には、彼女の力が効かなかった。
ノースティアがどれだけ言葉を紡いでも、操ろうとしても――操れない。
それでいてノースティアが好意を隠しもしなくても、反応が変わらない。ただただ薄井博人という少年として、そこにいる。
「博人、おはよう!」
「おはよう……。また僕の部屋に入ってきたの? 下にいていいのに」
「私が起こしたくて来てるんだよ? 博人の寝顔を見るの楽しいし」
「いや、僕は寝顔見られるの恥ずかしいんだけど」
「ふふ、博人が恥ずかしがっても私、見たいんだもん」
彼女は、嬉しそうに少年に笑いかける。
彼女が恐ろしい力を持っているのを知っていても、彼女がどれだけ人を操れると知っていても――それでも平常心を保っている。
その事実を少年はなんてことないことのように思っているようだけど、それは彼女にとって面白いことだ。
彼女の力が通じなかったとしても、彼女から好意を向けられ、自惚れない者というのが面白かった。
彼女はとても恐ろしい力を持ち合わせ、その力さえあればどうにでも出来る。だから彼女を利用しようとするものも多い。そういう打算が、少年にはない。
寧ろはやく彼女が飽きてくれればいいとさえ思っているようなそんな雰囲気さえある。
それが見て取れるから、彼女は面白くて仕方がない。
彼女は少年と一緒にいるために、通った事もなかった学園というものに通いだした。同じ年ごろの人間達が通う、退屈な授業の行われる場所。授業と呼ばれるものは退屈だけれども、隣の席に少年がいることが楽しく、はじめての経験ばかりで学園生活も楽しくて仕方がない。
――異世界と少なからず交わりあったこの世界には、異世界からの魔物が迷い込んだりしている。あとは地球をどうにかしようと考えているものだって当然いる。
そういうのは正直、好きにすればいいとそんな風に彼女は思っている。
だけど彼女はこの日々が楽しくて仕方がないから、この日々を壊すものには容赦をしないとは決めている。
「……乃愛、何でそんな僕の事凝視しているの?」
「楽しいからだよ?」
彼女がそう告げても、少年は不思議そうな顔をしている。
何がそんなに楽しいのか分からないといった様子だ。その様子を見ながら、彼女は笑う。
異世界の神。闇の女神にして、誰もに恐れられる存在。
――その存在がこれだけ穏やかに楽しそうに過ごしていることがどれだけ奇跡的なことなのか、少年の存在にどれだけ彼女が嬉しくて仕方がないのか、少年はそれを自覚しない。
そんな少年を見て、彼女はまた楽しくて仕方がないという笑みをこぼすのだった。