乃愛との学園生活のはじまり ③
昼休みになった。
教室の生徒たちはそれぞれ昼食を食べるために動き出している。
「ひかる! あの方がこっちに来ていると言う話をきいてしばらく経ちますが、あの方、見かけませんわね」
「ああ。ノースティア様は俺に接触してくると思っていたんだが、来ないとなると何をしているんだろうか……」
「この世界に来ているというのは確かだろうけれど……、あの方は何かをしでかしていても私には分からないですから、知らないうちに何かしているかもしれないわ」
杉山、フラッパーさん、ルードさんの話声が聞こえてくる。
ちなみにトラジーさんは、護衛として控えているからか声をあげていない。うーん、慣れてきたとはいえ、やっぱり何で剣を腰にかけてるんだろう。怖いなぁってなる。
そしてやっぱりノースティア――乃愛のことを杉山たちは全く気付いていないらしい。
あと相変わらず常識改変がきいているからと異世界の話を堂々とし過ぎだと思う。ちらりと乃愛を見る。乃愛は聞こえているだろうに、全く杉山たちを気にした様子はない。
「博人ー、昼休みって、ご飯食べる時間なんだよね? ご飯たべよ!」
「うん」
乃愛に手をひかれて僕は廊下を歩く。
ちなみに事前に人が多い場所で乃愛と食事をするのは落ち着かないということを言っておいたので、連れていかれる場所は人が多い場所ではないだろう。
「乃愛、どこいくの?」
「屋上!」
「鍵空いているんだっけ」
「借りた! 人間に『博人と一緒にご飯食べる!』って言ったらなんかニヤニヤしながら貸してくれた」
「……乃愛」
「ん? 人間駄目? えっとね、教師ってやつ。若い女の人」
「……ああ、そう。まぁ、いいや」
若い女の人だけだと、誰のことを言っているのかはさっぱり分からない。
というか、乃愛にとって全員『人間』ってひとくくりにされる存在なのだろうか。……もうちょっと人を人間呼ばわりしないようにはいっておこう。名前覚えなくてもいいからせめて『先生』って呼ぶようには言っておこう。
というか乃愛は無理やり鍵を借りたわけではないらしい。確か屋上の鍵は教師に話を通せば借りられるはずなので、まぁ、よしとしよう。
……逢引とでも思われているのだろうか? それは何とも言えない気持ちになる。
乃愛に連れられて屋上への階段を上る。
乃愛はご機嫌である。鼻歌を歌っている。その歌は聞いたことない不思議な旋律の日本語ではない言語だ。異世界の言語なのだろうか。
乃愛は嬉しそうに階段を駆け上がる。というか元気だなぁ。僕なんて体力ないから、息切れしているのに。
「博人、大丈夫?」
「……うん。乃愛は元気だね」
「博人は体力ないね?」
にこにこ笑いながらそんなことを言われた。
乃愛に促されるまま、僕は座り込む。乃愛は手に持っていたお弁当――これは母さんが朝から用意してくれていたものである――を広げる。
二人分のお弁当を母さんが作ってくれていたのである。乃愛はこういうお弁当も食べたことなかったらしく、面白そうにお弁当を見ている。
それにしても本当に楽しそうだ。
「博人、学園って結構楽しいね。授業は退屈だけど」
「それは良かった。……でも乃愛にとってはすぐ飽きると思うけど」
「飽きないよ。博人がいるし」
なんてはっきりと言ってくる乃愛。
正直言って僕は僕に対する関心を乃愛がすぐに失う気しかしていないのだが……乃愛はそういうつもりはないらしい。
それにしても今日は天気がいい。
太陽の光が輝いていて、気持ちが良い。こういう天気が良い日に屋上で昼食をとるのは良いことだとそんな風に思える。
……乃愛が隣でにこにこ笑っているのは全然落ち着かないけれど。
「おばさんの作った料理、美味しい」
「それは良かった」
「そういえば、博人! あーん」
「え? 何?」
急に乃愛がお箸で卵焼きをつまんで、僕に向けてきた。
何をしようとしているかは分かるけどなんなの?
あと、乃愛の世界ってお箸あまり使わないらしいけど、器用に使いこなしている乃愛は凄いと思った。
「漫画で見た。仲良い人は食べさせあうって見たから。博人にも食べさせる」
「いやいや、恥ずかしいから嫌だ」
「誰も見てないよ。博人が人がいると嫌なら強制的にいなくならせるし」
「……物騒な事言わないで。そういうのはなるべく使わないでって言っただろう」
「博人がそう言うならしないよ。それよりあーん」
乃愛がにこにこしながら、卵焼きを向けてくる。
それは僕が食べるまで、逃がさないといったような雰囲気があった。
……僕は諦めて乃愛の差し出すお箸から卵焼きを食べる。
そうすれば、乃愛はにこにこと笑った。
昼食を食べた後は、あまりにも天気が良かったから少し昼寝をしてしまった。
午後の授業が始まる前に乃愛が起こしてくれる。
「博人、そろそろ授業ってのが始まるよ」
「起こしてくれてありがとう。乃愛」
午後の授業に戻り、授業を受ける。
乃愛が通うようになったはじめての日だったけれど、平和にその日は過ぎていくのであった。