GWの、いつもと違う日々 ②
僕は特に乃愛がいたとしても、特別なことをしようなどとは思っていない。
特別なことを無理やりしようとしても、疲れるだけなのだ。
乃愛が現れようが、現れまいが、どちらにせよ、僕はいつも通りの暮らしを送るだけだ。
読みたい漫画や、やりたいゲームもあるし。あとは来年の受験に向けて、勉強もする。
「ふぅむ?」
「教科書を見て、楽しい?」
「うん。だって不思議だもの。これを勉強してどうするの?」
「良い大学入って、将来のためにするんだよ。勉強は出来ないよりは出来ている方がいい。それだけ選択肢が広がっていくから」
「そんなのどうにでもすればいいのに。私、博人が望むならそういう勉強なんてしなくても博人の望むような未来を掴むことなんて簡単なんだよ?」
「だから、そういう力技は此処で暮らしていくつもりならやらないように。そもそも、そんな風に乃愛の力で未来が望むようになっても達成感も何もないじゃん」
僕がそう言ったら、僕のベッドに腰かけている乃愛が面白そうに笑い声をあげた。
乃愛の力は、人を操り、世界を意のままに操る事が出来る。
――それだけの力をきっと乃愛は持っている。
それでもその力を僕のために使われても、嬉しいなんて思わない。乃愛が力を使って、僕が気づかなかったら、ただ何も気にせずに喜んでいたかもしれない。
けれども――僕は乃愛が何をしているのか分かるから、そういうことをされても嬉しいなんて思うはずがない。
まぁ、僕が乃愛がこうして近づいてくるから自分のことを特別だと思い込んで、調子に乗って行動をするような人間だったのならば、僕はこの状況でどんどん乃愛に色んな事を頼んだのかもしれない。
僕がそういう人間だったとしても、乃愛は僕に常識改変などがきかないからと興味を持っただろうか?
などと少し思ったが、僕は特別な人間では何一つないし、そういう乃愛の力が効かないという変わった点がなければ乃愛から興味を持たれることがなかったというのも十分に理解している。
だから本当に一時的なものなのだ。乃愛がいるのはきっと。そもそもそうでなかったとしてもわざわざそういう力を使ってもらおうとは思わないけれど。
乃愛は興味深そうに教科書を見て、面白そうに笑っている。
――乃愛は、あの女神様の妹ならば人間ではないだろうし、僕なんかよりもずっと長く生きているだろう。
その乃愛にとってこういう勉強をするための教科書というのはあまりかかわりがないものだと思う。
「博人、これ、結構面白いね。特にこの数学ってやつ。私はこういう数字を使って全部を解き明かすなんてしてこなかったから、面白いと思うわ。それにこういう勉強を博人ぐらいの年代の人間が皆しているというのも、面白いわ。この世界は平和ね」
「それには語弊があるかも。国によって違うよ。僕は日本に住んでいるから戦争を知らないけれど、世の中には戦争をしている国だってある。紛争地域にいる子供はこんな風に勉強も出来ないし、命の危機にだって瀕しているだろうから」
「ふぅん。命の危機ねぇ。この世界は魔物のようなのはいないけれど、それでも危険なところはあるのね」
この世界自体が平和かどうかは、生きている国や状況によるだろう。
日本だって虐待があったり、犯罪に巻き込まれたりしている人がいないわけでもない。
乃愛はそういうことを知っても特に心を動かされることはないらしい。多分、彼女にとっては周りは全てどうでもいいもので、自分がしたいように生きているだけなのだと思う。
僕は今は乃愛に気に入られているけれども、乃愛の気まぐれで僕の命が失われることもあるかもしれない。
「博人、何か教えてほしいことある? 私、この数学っての、覚えたよ?」
「え」
驚いた僕の顔を見て、乃愛は楽しそうに笑っている。
僕が分からない数学の問題について問いかければ、簡単に乃愛は答えてしまった。
――乃愛は先ほど教科書を見たばかりなのに、すぐにそういうことを理解出来るらしい。
一般人とは、頭の作りが違うということなのかもしれない。
乃愛は見た目も美しく、誰もを魅了し操る能力を持ち、それでいてこれだけ理解力がある。
きっと誰かを操るような能力がなかったとしても、乃愛の言葉一つで動かされる人は沢山いるのだと思う。
「乃愛、凄いな。僕なんて教科書を見ても、中々理解出来ないのに!」
「私が出来るのは当たり前だよ? 私、一度見たら大体理解出来るもん」
「それでも凄いよ。乃愛にとって当たり前のことでも、僕にとっては当たり前じゃないしね」
そう言ったら乃愛は、嬉しそうに笑った。
もしかしたら乃愛は、出来ることが当たりまえとされていたからこそ――あまり褒められたことはなかったのかもしれない。
なんだかその笑みは、見た目通りの少女がただ楽しそうに笑っているようにしか見えなかった。
ただ乃愛は誰かに教えることが今までなかったのか、中々説明を理解は出来なかったけれど。
「……なんか悔しい。もっとちゃんと教えられるようにする」
そんな風に言って乃愛ははりきっていた。