表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

第7話 ガール・ミーツ・ボーイ ~アリスの場合②~

 カフェから飛び出したアリスは、周囲を警戒しながら慎重に、それでいてできる限り素早く移動を始めた。幸い、屋敷の者たちとの遭遇は無い。カフェ店内の窓から見たあの時が一番の接近だったのかもしれない。


(油断は禁物。早くここから離れないと……!!)


 そのように自分に言い聞かせながら路地を曲がろうとした時、突然現れた何かに、アリスはぶつかった。


「キャッ!?」

「おおっ!?」


 アリスはぶつかった衝撃で転びそうになったが、何とかバランスをとり、踏みとどまれた。また、ぶつかった相手は、声からして男だということが判った。自分を探す使用人たちの存在に意識を向け過ぎたため、曲がり角から現れる通行人のことなど、アリスは考えていなかった。


「ご、ごめんなさい! 大丈夫でしたか!? ちょっと急いでいて……」


 アリスは目の前にいる、ぶつかってしまった男が屋敷の人間でないことに安堵しつつ、最低限の礼儀として彼に謝った。よく見ると男はアリスと同じくらいの年齢に見える。男よりも少年と言った方が好ましいかもしれない。


「ああ、いや……。謝るのはこっちだ。自分の不注意だった」


 少年も同じくアリスに謝った。


 やや伸びた前髪のせいで表情を窺うことは難しいが、幸い、ぶつかったことで下手な因縁をつけてくるような輩ではないことをアリスは悟った。もう一度だけ謝ってその場を離れようとしたアリスだったが、このほんの十秒足らずのやり取りが彼女にとっては命取りだった。


「おい、いたぞ!」

「本当だ、間違いない!!」

「アリスお嬢様っ!!」

「すぐに西岡さんへ連絡しろ!!」


 アリスの耳に入るのは聞き慣れた使用人たちの声。立ち止まってしまった僅かな時間に、見つかってしまったのだ。


「なっ!」


 あっという間に周囲を屋敷の使用人たちに囲まれたアリス。そこには、この場から離れるタイミング見失った、件の少年もいる。


「さあ、アリス様。観念して下さい」

「へへっ、我々と一緒に来てもらいますよ?」


 近付いて来る男たちの目的は勿論、アリスだ。一緒にいる謎の男のことなど、二の次らしい。


「い、嫌よ! 勝手に抜け出したことは悪いと思ってるけど、私、今日くらいは自由でいたいの!!」


 使用人たちの迫力に気圧されたのか、半歩ほど後ろに下がるアリスだが、負けそうな自分を奮い立たせるために、普段よりも大きな声で反抗の意思を示した。


「お気持ちは分かりますが、貴女は鳳橋の人間です。どうか、理解と我慢を」


 アリスはその薄桃色の、綺麗な唇を少しだけ噛んだ。“鳳橋の人間”、 “我慢”という言葉。物心ついた時から、アリスが何度も何度も耳にしてきた言葉だ。幼少から聡明なアリスは、その意味を理解し、その都度、周りの人間に言われるまま、彼らの望むままに行動をしてきた。それが自分に与えられた使命であり、役割だからと言い聞かせて。だから、また今回も、「“鳳橋の人間”として“我慢”しなければならない」と納得をして諦めようとしたその時だった。俯いていたアリスの目に男の影が映り込んだ。


「……なあ、ちょっと」


 今まで一言も発さず、その場の空気と化していた少年がアリスを庇うように彼女の前に立ち、口を開いた。


「何だ、小僧? お前、関係ないだろう? すっこんでろ!!」


 突如として割り込んで来た少年に、使用人の一人が怒りを露にする。勝手に彼を巻き込んでいるのは鳳橋側の人間たちであるが、アリスが逃げ出している非常時に、そんなことは些細なことらしい。


「事情は知らないけど、この子、嫌がってるだろ? もっと別の方法で解決はできないのか?」

「黙れよ、何も知らない部外者が!」

「これ以上関わるなら、痛い目見てもらうぞ、アアン!?」


 少年の、知ったような生意気な口ぶりに他の使用人たちの機嫌がみるみるうちに悪くなっている。しかし、少年はそのようなことなどお構いなしに言葉を続ける。


「女の子一人相手に寄ってたかって、何を偉そうに……。自分達が人攫い紛いのことをしようとしてるの、分かってるのか?」

「ガキが! いい気になりやがって!!」

「すっこんでろい!!」

「危ない、逃げて!!」


 アリスを連れ戻すことに躍起になっている使用人たちは一般人相手に実力行使に出ようとした。アリスの争いを止めようとする声が響く。


「まさか、お前がアリス様を誑かしたのかぁ!?」

「何だよ、誑かすって? 俺はこの子とは初対面……」

「うるさい! 時間が無い! 背に腹は代えられないんだ、痛い目見やがれっ!!」

「聞き耳持たず?」


 使用人の男の一人が少年に向かって突進した。しかし、少年は紙一重のところで半歩下がり、男の攻撃を躱した。


「何ィ!?」


 まさか避けられるとは思っていなかったのか、突進した使用人の男は思わず驚きの声を漏らす。それと同時に、少年はゆっくりと滑らかに使用人の男の背後に回り、彼に足払いを掛けた。


「ふごっふ!?」


 何が何だか分からないまま、男は背中から地面へ倒れた。そして、いつの間にか少年は、再びアリスを庇うように、彼女の前に立っている。


(す、凄い!)


 少年が簡単に使用人をいなす場面を見ていたアリスは心中で呟いた。全く無駄のない、最小限の動きで攻撃を躱し、反撃に転じた少年の挙動は目を見張るものが有った。アリスが感嘆するのも頷ける。


「ほら、今のうち」

「えっ?」


 アリスが気を抜いていると、少年から小声で声を掛けられた。同時に、アリスは彼にその細い右手を掴まれた。少年は、呆けている使用人たちの隙を突き、アリスを引き連れてこの場からの離脱を計った。


「お嬢様…………」


 使用人たちは、アリスが少年に連れて行かれたことを理解するのに、ほんの少しだけ時間を要した。故に、二人の逃亡を許してしまった。


少年から足払いを喰らうことになった使用人の男は、元レスリング選手で、レスリングの他にも複数の格闘技をかじっている。言わば、戦闘能力の高い、“戦う使用人”だ。そんな彼が、何処にでもいるような高校生くらいの少年に、いいようにあしらわれたのだ。当人はもとより、他の使用人たちが放心するのも無理はない。


「何してるっ!? お、追うんだ! それからすぐに西岡さんに連絡を! アリスお嬢様は、得体の知れない男とともに逃げられたと伝えろ!! 奴の力は並じゃない! 最大警戒態勢で臨む必要があるということも忘れずに伝えろ!!」

「しょ、承知しましたぁ!!」


 いち早く正気に戻った、戦う使用人こと大田原啓二。彼の怒号によって、この場にいた使用人全員が事態を理解し、次の行動に移ることができた。


 大田原は勢いをつけて立ち上がると、先程の少年とのやり取りを思い出した。


(俺が全く反応できなかった? 俺のタックルを躱せても、ああも簡単に迷いなく反撃できるか、普通? あのガキ、只者じゃねえ……!!)


 自分より一回り以上は年下と思われる、謎の少年の底知れない力に戦慄を覚えた大田原は、二人が走り去った方向を見ながら、下唇をぎゅっと噛んだ。







 少年とアリスは街外れの通りまで逃げていた。アリスは少年に手を引かれながらただただ、夢中で走り続けたため、息も絶え絶えで疲労困憊の様子だ。肩で大きく息をするアリスの様子を見て、少年はゆっくりと速度を落として立ち止まった。


「ごめん、大丈夫? 抑えたつもりだったけど、ペース速かったかな」


 そう言って頭を掻く少年に向かって、アリスは呼吸を整えながら返答した。


「はあ、はあ、はあ……。確かに……ちょっと苦しいですけど、大丈夫。もう少し、休めば、はあ、問題、ないです」

「ああ、分かった」


 目の前にいる少女の体調に問題が特に無さそうだと感じた少年は、掴んでいた彼女の手を離した。


 数分後、アリスの呼吸が正常に戻り、会話をする余裕が生まれたと感じた少年は、アリスに問い掛けた。


「落ち着いた? 悪いけど、話せる範囲で事情を話してもらえるか?」


 道を歩いていたら、不注意とはいえ、見知らぬ少女とぶつかり、黒ずくめの男の集団に囲まれ、終いには殴られかけるという不運に見舞われた少年。彼には、アリスの抱える事情を聴く権利があるというものだ。


「ごめんなさい! 無関係なあなたを巻き込んでしまって! その、実は私…………」


 アリスは少年に謝罪すると同時に、ここまでの経緯を話し始めた。自分の名前、自分の家のこと、自分が置かれている立場、脱走を図った理由……。アリスはゆっくり、ゆっくりと少年に語った。





ああ、こっちの方も各話ごとに前回までのあらすじと人物紹介をつけなくては!


新しくブックマークや評価をくださった皆さん、ありがとうございます。とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ