第6話 ガール・ミーツ・ボーイ ~アリスの場合①~
一年半ぶりの更新です。
「う~ん! 今日も学校、楽しかった!」
アリスは、独り言を呟いた。他に誰もいない、自室ではあるが、独り言とするには些か大きな声だ。恐らく、親友の燈花の影響を受けていると思われる。
(明日は折角の土曜日で学校も休みなのに、またパーティーか……。疲れるなぁ、本当に)
アリスは翌日に組まれているパーティーの予定を思い出した。パーティーに参加する前から既に疲れているように見える。
「でも、明後日はトウカちゃんとナミちゃん。それにコウ君と一緒にお買い物だもん。それを思えば……」
パーティーの参加は面倒に思うものの、その翌日の予定である買い物にはアリスの心も躍る。大切な親友二人と出掛けるのだ。それに、急遽参加が決まった想い人もいる。嬉しくないはずがない。
スケジュール帳についた印を見たアリスはふと、半年ほど前の出来事について思い出した。ある少年との出会いを。
「はあ、疲れた……」
アリスは小さく溜息を吐きながら、自室のソファーに座り込んだ。
この日、アリスは両親と共に、とあるパーティーに出席していた。パーティーは、名だたる大企業の社長とその家族たちが集まるもので、いわば企業経営者同士の交流会のようなものだ。
(最近、トウカちゃんとナミちゃんと遊んでない気がする……)
親友たちの顔が浮かんだアリスは、自身のスケジュール帳を開き、ページをめくった。すると、この一か月の休日の全てはパーティーに出席していたことが明らかになった。
「何よ、コレ……」
アリスは日本が世界に誇る超大企業「鳳橋コンツェルン」の一人娘なのだ。生まれながらにして代々続く会社を継ぐことが決められている、生粋の令嬢。それがアリス・鳳橋だ。
(高校生になってから、少しずつ自由な時間が無くなってる。頭では解ってるつもりだけど、それでも、まだ……)
運命に選ばれてしまったとでも言えばいいだろうか。彼女の人生のほとんどは予め、固く長いレールを敷かれており、両親を含めた周囲の人間の言うままに進まざるを得ない。近々で出席したパーティーの全ては強制されて参加したものだ。だが、それも鳳橋の人間には必要なことだ。彼女は自分の生まれや使命を理解し、受け入れているつもりだったが、流石に思春期の女の子には辛いものがあるのも確かだ。
「よし!」
アリスは何かを決意してソファーから立ち上がると、机に向かい、紙片に何かを書き始めた。
翌朝、アリスの屋敷で働く使用人たちは、まるで世紀末でも訪れたかのような大混乱に陥っていた。
「おい! アリスお嬢様は何処だ!?」
白髪の男性が大声を上げる。
「そ、それが今朝から姿が見えなくて……」
若い男性は彼から目を逸らしながら報告をする。
「馬鹿野郎! それで済むものか! 今日は大事なパーティーがあるんだぞ!? 金欲に目がくらんだ他社のゴミどもが来ない、鳳橋コンツェルンだけの記念パーティーとはいえ、アリスお嬢様がいないとなると、旦那様の沽券に関わる大問題だ!!」
「す、すみません! もう一度屋敷を探します!!」
「急がんか、馬鹿野郎!!」
若い男性は大汗を掻きながらアリスの捜索に向かった。白髪の男性は後ろから大声で彼を罵倒する。
この白髪の男性こそ、鳳橋家に仕える使用人の筆頭である執事長「西岡大門」であり、アリスの教育係も務めている。アリスが生まれた時から常にそばに居続け、その面倒を見て来た男だ。
「西岡さん!!」
メイド服に身を包んだ女性が、荒ぶる西岡の下に駆け寄った。
「今度は何だ!?」
「お嬢様の部屋にこんなものが!!」
「見せてみろ!!」
西岡はメイドの女性が手に持っていた紙切れをひったくった。そこに書かれた文章を読んだ彼は一瞬で般若のごとき様相になった。
『最近、パーティーばかりで疲れちゃいました。今日くらいは許してください。遊びに行って来ます。確か、今日のパーティーは内輪の人しか集まらないはずだから、私がいなくても問題ないはずです。夕食までには帰ります。お父様には……上手く言っておいてね♡ アリス』
「がああああ!?!?!? お、お嬢様あああああぁぁぁ!?!?!?」
鳳橋の家の娘としての役割を放棄したかのような文面に、西岡はただ叫ぶしかできなかった。
「おおお、落ち着いてください、西岡さん!!」
たまらず、メイドの女性は西岡を宥めた。ここで西岡を暴走させては何が起こるか分からない。事態の収拾には彼の力は不可欠なのだ。
「これが落ち着いていられるか、馬鹿野郎!! ……いや、しかし、お前の指摘も尤もだ。俺が落ち着かねばどうにもならん。……うう、そうだ! 直ちに捜索隊を結成するぞ、手の空いている者を全て集めろ、五分、いや三分だ! いいな!?」
「は、はいぃぃ!!」
メイドの女性は、悲鳴のような返事をすると、血相を変えて走り出した。西岡の指示を守れなかった場合のペナルティは非常に厳しい。我が身を護るため、女性メイドは長い廊下を懸命に駆けた。
(ふふっ、抜け出しちゃった! みんなには悪いけど、今日くらいは許して欲しい!!)
アリスは上機嫌で街を歩いていた。無事に屋敷から抜け出すことができ、久々の休日を満喫することができるのだ。当然だろう。
屋敷には厳重なセキュリティが施されているが、アリスは自分だけが知っている秘密の抜け道を利用し、外へ出ることができたのだ。その抜け道は文字通り、セキュリティを掻い潜ることができる。以前、アリスが偶然に発見したものだが、まさか役に立つ日が来るとは思ってもいなかったことだ。
「さて、トウカちゃんとナミちゃん。今日は暇かな?」
鞄からスマートフォンを取り出し、アリスは親友二人を遊びに誘うメッセージを送った。
『ごめんね、アリスちゃん!! 今日は家の用事で県外へ出掛けてるの。また今度遊ぼうね!!』
『アリス。申し訳ありませんが、今日は部活の試合で他県へと赴いています。久し振りにみんなで出掛けたい気持ちは勿論ありますが、今日は流石に無理です。また後日、予定を立てましょう』
幸い、燈花と那海からの返信はすぐに来たものの、内容はアリスにとって不運としか言いようがないものだった。事情は異なるものの、二人も県外へ出掛けているらしく、一緒に遊ぶことはできそうにない。
(まあ、急に誘おうとしたのは私だし、しょうがないか。ハア……)
肩を落として見るからに落胆するアリスだが、これも仕方のないことと割り切った。寂しそうな背中を見せながらも、アリスは歩き出した。
(二人と遊べないのは残念だけど、こうやって一人で、カフェでのんびりするのもいいかな……)
親友二人に会うことが叶わなかったアリスは、気持ちを切り替え、一人でまったりと時間を使うことにした。近くの書店で買った流行りの恋愛小説を片手に、自分好みのコーヒーを飲み、大好きな苺がのったケーキを食べる。当初の予定とは異なるが、久し振りの休日らしい休日に、アリスは大満足だった。
しかし、そんな彼女の至福の時間も簡単に崩れ去ろうとしていた。
「嘘……こんなに早く!?」
アリスは、手に持っていた小説を、思わずテーブルの上に落とした。
偶然、カフェ店内の窓から、道路を挟んだ向かいの道に、屋敷で働く使用人の姿が見えたのだ。使用人はキョロキョロと周囲を見回しながら走っている。間違いなく、いなくなったアリスを探しに来ている。
(流石に早過ぎるよ! せめてもう少しだけ……!!)
屋敷を抜け出してからまだ二時間も経っていない。これくらいで連れ戻されては抜け出した意味が無いと考えたアリスは、カフェから立ち去ることを決めた。コーヒーもケーキもまだ残っているが、それらに構ってなどいられない。アリスは、近くを通った店員に一万円札を渡すと、「お釣りはいりません!!」と叫びながら店を出た。
突然、一万円札を渡されたカフェ店員は、その場から動くことはできず、立ち去る少女の後姿を見つめ続けることしかできなった。
一年半ぶりの更新でした。
その昔、ブックマークや評価を頂いた方々、お待たせしました。続きです。
また、新しくご覧いただいた方々、ありがとうございました。
※2022/1/2 サブタイトルを修正しました。