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第5話 先にした約束は守りましょう

「美味し~い!!」

「燈花、食事中に大声を出すのはマナー違反です。品がありませんよ?」

「ごめん、那海ちゃん。だって、みんなに貰ったお弁当、特に晃くんのハンバーグがあまりにも美味しくて……」


 感情を分かり易く表現できるのが燈花の長所だが、那海の言う通り、弁える必要がある。いつもなら「いいでしょ、これくらい!」と言い返す燈花だが、食事中のマナーを持ち出されてはそれも仕方ない。


「でも確かに、コウくんの作ったハンバーグ、美味しいわ。ありがとう、コウくん」

「いやいや、どういたしまして」


 自分で作ったハンバーグを褒められたのだ。晃も悪い気はしないようで、照れている。尤も、その伸びきった前髪のせいでその表情を窺い知れることはできないが。


「本当に美味しいです。叶うなら、作り方を教えて欲しいくらいです。」

「……それなら今度、一緒に作ってみるか? お互いが暇な時間にでもさ」

「えっ!?」

「あ?」

「うん?」


 那海が何気なく呟いた一言だったが、晃からの思いもよらない提案に那海の思考は一瞬で停止した。一方で、アリスと燈花はその手を止め、那海と晃を睨み付けている。


「ほら、那海は和食を作るのが得意だろ? だからさ、俺はハンバーグの作り方を教えるから、代わりに和食の作り方を教えてくれると助かるよ。実はさ、弁当のおかずのレパートリーが少なくて困ってたんだ」


 那海も晃のように毎日という訳ではないが、自分で弁当を作ることがある。彼女の家庭環境も影響し、那海は和食を作ることを得意とするが、その一方で洋食はまだまだ経験不足だ。和食を学びたい晃と、洋食に興味を持った那海。二人の利害関係は一致しているのだから、那海はこの提案を受け入れないはずがない。


「そそ、そうですか? 晃がそこまで言うのなら、私が和食の作り方を教えて差し上げましょう!」

「ありがとう、那海。早速だけど、今度の日曜日とかはどうだ? 部活の都合とか、大丈夫か?」

「今度の日曜日ですか? いいですね! 幸い、その日の部活はお休みです。そうです、善は急げとも言いますし、日曜日にしましょう。そうしましょう!!」


 燈花、アリス、那海の三人の中で、那海だけは部活動を行っており、合気道部に所属している。彼女の実家は合気道の道場を営んでおり、幼い頃から合気道を嗜む那海の実力は全国クラスだ。それを知った部員からの熱烈な勧誘を断り切れずに、昨年の夏から入部した次第だ。


「那~海~ちゃん!」

「何か大切なことを忘れていないかしら?」


 浮かれ切っている那海に、燈花とアリスが笑顔で語り掛けた。


「何でしょうか?」

「日曜日って、私達と買い物に行く約束じゃなかったっけ?」

「その通りよ、トウカちゃん。三人で新しい夏物の服を買いに行く予定だったわね」

「……ハッ!!」


 那海は二人の言葉によって我に返り、目を大きく見開いた。予てからの約束であり、先日も集合場所や集合時刻を確認したばかりだ。晃と二人で料理を教え合うという、ビッグイベントが舞い込んだため、失念したようだ。


(那海が予定を忘れてるなんて、珍しいもんだ)


 晃にとっては意外であったようだ。生真面目な那海が先んじて立てていた予定を忘れていることに驚いている。


「何だ、予定があったのか。那海が予定を忘れてるなんて珍しいな。そっちが先約なんだ、俺のことはいいから、三人で出掛けて来なよ」

「いえ、買い物などいつでもできます! 晃と一緒に料理をする機会の方が滅多にありません!! 大丈夫です、二人は説得して見せます!!」

「いや、流石に二人に悪いから今回は俺が引くよ」

「しかし!!」


 一歩も引かない那海に対して、晃も困惑気味だ。晃がどうしたものかと悩んでいると、アリスが静かに口を開いた。


「ナミちゃん、いつも言ってたわ。『約束を破る人間は最低です!』って」

「そうそう!」

「うっ!!」


 アリスの言葉にたじろぐ那海。それもそのはずだ。自分が日頃から言っている言葉が今まさにブーメランとして返って来ているのだから。


「まさか、品行方正の鑑とも言えるナミちゃんが、自分本位な理由で信念を曲げるなんてコト、しないわよね?」

「そうそう!」

「……くううぅ!」


 笑顔で痛い所を突いて来るアリス。徐々に追い詰められる那海。「そうそう!」しか言わない燈花。

 アリスは、トドメと言わんばかりに、那海に近づいてそっと耳打ちをした。


(そもそも、私達を放っておいてコウくんと料理を教え合うってことは、二人きりになるってことよ?)

「……!!」

(ナミちゃん、流石に冷静でいられる? 恥ずかしさでどうにかなるんじゃない?)


 ここで那海は思い出した。異性への接し方が、超が付くほどの奥手であるということを。燈花やアリスが晃の手を握ったり、腕を組んだりするようなスキンシップを取ることができる一方で、那海は意中の相手であっても、精々、彼の衣服を指で摘まむくらいしかできない。それも決死の覚悟の上での行動だ。そんな彼女が晃と二人で料理など、できるはずがあるだろうか。

 舞い上がって、自分の特性を忘れていた那海は、急に恥ずかしさが込み上げてきたようで、茹蛸のように真っ赤な顔になっている。そんな彼女は小さな声で言葉を絞り出した。


「そう、ですね……。先に約束がしてあったのです。そちらを優先するべきでしょう。その、料理の件は、また折を見てということで……」

「ああ、それでいいよ。悪かったな」

「……いえ、大丈夫です」


 これで料理を教え合うという一大イベントは白紙になった。那海の心情は恥ずかしさが七割、残念さが三割といったところだ。肩を落としている彼女の背中からはそんな感情を読み取れる。


(そう簡単に二人きりにさせないわ。ましてや一緒に料理を作るなんて。それでも強行するなら私も押し掛けるつもりだったけど。……ひとまず、コウくんの独占を回避できただけでも良しとするわ)

(アリスちゃん、顔が怖いよ! 笑顔だけど、笑顔じゃないよ!? でも、アリスちゃんのおかげで何とかなった! ……料理か、これは使えるかも。あっ、アリスちゃんからもらった伊勢海老のフライ、美味しい!!)


 那海のリードを完封することができ、アリスと燈花は一安心のようだ。

 当初の楽し気な雰囲気は二転三転したが、漸く落ち着きを取り戻した。何度か強烈なオーラや凄まじいプレッシャーといったものが教室内を包み込んだが、幸いにも被害は出ていない。

 三人の美少女が一人の少年へ向ける好意は、誰の目に見ても明らかだ。しかし、周囲の人間は、彼女らが抱くその想いに納得が行かない。それもそのはず、九澄晃にそれほどの魅力が感じられないからだ。何をやっても普通で、可もなく不可もない彼のどこに惹かれているのか、誰も、全く見当がつかない。それを知るには、葵燈花、三枝那海、アリス・鳳橋の三人と九澄晃の出会いまで遡る必要がある。


気付くと長くなる……。何とか三千字以内に!

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