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第3話 手作りという付加価値

~前回までのあらすじ~

大和撫子系ヒロイン、魔王並の迫力で宿題をやらせる。

「うう、散々だった……」


 何とか宿題を終わらせ、古文の授業を終えた晃たちだったが、燈花は机に顔をくっつけて突っ伏している。彼女がこうなっている原因は一つだ。


「はあ……。あれだけ間違った答えを連発すれば、流石の先生も怒りますよ」


 今回の古文の宿題は、授業中にその答え合わせをすることになった。運悪く燈花は何度か教師に指名され、その独創的な解答を晒すことになったのだ。那海の迫力に押され、やっつけで取り組んだのが裏目に出たようだ。これには流石の那海も溜息をつく。


「何で私ばっかり、あんなに当たるのさ……」


 古文の教師はどうにもいい加減で、規則的に生徒を指名はせず、目についた生徒を指名する癖がある。良くも悪くも目立つ燈花は、五十分の授業の間に、五回も指名され、答える羽目になったのである。


「その、運が悪かったんだよ。トウカちゃん、元気出して! その分、きっといいことがあるはずよ!!」


 何とか励ますアリスだが、身体中から力が抜けている燈花の耳には入らないらしい。


「そんなことより、早くしないと、昼休みが終わるぞ?」


 時計の針は十二時三十五分を指している。一時間しかない昼休みのうちの、貴重な五分が失われたのだ。この五分、学生たちにとっては宝石よりも貴重なものだ。晃の言う通り、早く昼食を摂って休憩に入ることは、三人も同意のようだ。


 気持ちを切り替えて、四人は机を並べ直し、鞄から持参した弁当を取り出した。進級し、クラスが一緒になってからはこのスタイルが定番になっている。




『……あの、俺、向こうで友達と食べたいんだけど』


 進級当初、流石に女子三人と食事をするのに恥ずかしさが由来の抵抗感があった晃は、そう言って断っていた。ましてや三人は学校でトップクラスの美少女で人気者だ。抵抗感はなおさら強まるというものだ。しかし、三人はそれを許さなかった。


『私達と一緒じゃ嫌?』

『……駄目、でしょうか?』

『お願い。一緒に食べましょう?』


 燈花、那海、アリスはそれぞれが甘えるように晃に懇願したのだ。晃は勇気を振り絞って抵抗を試みたが、今度は周りの人間たちがそれを許さなかった。


『あいつ、何て羨ましいお誘いを!?』

『断るとか、正気か?』

『燈花たち、可哀想……』


 燈花たち三人の心からの頼みを無下にしようものなら、晃の命もとい、学校での立場が社会的に抹殺される。それを直感した晃はすぐに彼女らの提案を受け入れたのだった。しかし、それはそれで代償もあった……。


『あの陰キャ男! あの三人と飯を!!』

『許さん!!』

『授業終わったら、あいつを体育館裏にでも呼び出そうぜ?』

『俺、野球部からバット借りてくる!!』


 嫉妬に狂った男子生徒たちのやっかみをその身に受けることになった晃は、彼らの視線とも戦わなければならなくなったのだ。




 晃が二ヶ月ほど前の思い出を記憶の片隅から引っ張り出しながら昼食の用意をしていると、燈花の「ああっ!?」という、驚きとも嘆きともとれる悲鳴のようなものが聞こえた。「一体、何事か?」と思い、晃が彼女に目を向けると、一昔前の漫画よろしく燈花が頭を両手で抱えていた。


(うーわぁ、解り易いな。……コイツ、弁当忘れたな?)


 晃が呆れていると、那海もアリスも似たような表情で燈花を見ていた。この二人も同じことを考えているのだろう。


「お弁当、忘れた……」

(やっぱり……)


 燈花がこの世の終わりを迎えたかのような表情になっている。表情がコロコロ変わり、感情表現が誰よりも豊かな所が葵燈花という少女の長所の一つだ。


「どどど、どうしよ~!?!?」


 どこぞの黄色い熊の友達の、ピンクの子豚を連想させる台詞を吐く燈花。おっちょこちょいで、よく忘れ物をする所が葵燈花という少女の短所の一つだ。


 幼馴染である那海とアリスは溜息混じりに「やれやれ、またか……」という表情を浮かべている。燈花と付き合う以上、これは恒例行事なのだろう。残念なことに、二人とも慣れ切ってしまっているように見える。


「今日のお弁当のおかずは、ハンバーグだったのに……」


 那海やアリスに比べれば、燈花との付き合いが短い晃だが、燈花がいつも美味しそうにハンバーグを食べているのは印象に残っている。十中八九、ハンバーグは彼女の好物で間違いない。好物入りの弁当を忘れたからこそ、この落胆ぶりなのだと予想できる。


「晃ちゃ~ん……」


 捨てられた子犬のような目で見つめられ、晃は仕方なく、自分の弁当箱の蓋を開け、それを皿代わりにして自分の弁当を燈花に分けようとする。


「仕方ありませんね。アリス、私達も……」

「うん、そうね」


 その光景を見ていた那海とアリスも同じく、自分たちの弁当を燈花に分けようとする。那海は「まったく、最近は忘れなくなったと思ったら……!」と小言を言っている。


「ありがとう、みんな!! 次から気を付けます!!」

(こりゃあ、ダメなヤツだ。また近いうちに忘れるぞ)


 反省の色があるのか無いのか微妙な線ではあるが、燈花の関心は既に分け与えられたおかずに向けられている。


「あっ! 晃くんは、ハンバーグくれるの?」

「ああ、丁度俺もさ、今日の弁当のおかずはハンバーグなんだ。コレ、冷凍食品じゃなくて、ちゃんとした手作りだぞ?」

「やったぁ!!」


 晃はハンバーグとミニトマトを。那海は卵焼きとウインナーを。アリスは伊勢海老のフライとフォアグラのテリーヌを燈花に差し出した。アリスの弁当は、金にものを言わせた高級仕様で、鳳橋家お抱えの一流シェフが作ったものだ。学生の弁当にしては贅沢が過ぎるが、仕方がないことなのだ。因みに、全員で少しずつ白飯も分けている。栄養バランスを無視すれば、なかなか豪華な弁当の出来上がりだ。これには燈花も嬉しさで胸がいっぱいであり、あとは腹もいっぱいにするだけだ。


「晃のハンバーグ、手作りとは凝っていますね。お母様が作られたのですか?」


 ハンバーグが手作りであると聞いて、興味本位で那海が質問をした。


「いや、違うよ。今、ウチの両親は海外にいるからさ、俺が作ったんだ。だからこれは、俺の手作り」


 この一言が、何気ない晃の一言が、昼食という幸福の時間を一転、地獄の時間へと変貌させた。晃が己の失態に気が付いた時は既に手遅れだった。


※2022/2/23 部分的に修正をしました。

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