第2話 宿題は自分でやることに意義がある
~前回までのあらすじ~
おっちょこちょい系ヒロイン、宿題をやってなかった。
「……それで、どうして二人まで俺の腕を?」
うっかり鞄を置き忘れて学校まで走って行った燈花の後を追う三人だが、晃は今の状況に理解が、納得がいかない様子である。右腕にはアリスが、左腕には那海が抱き着いているのである。那海に関しては抱き着くというよりも、晃の袖を掴んでいると表現した方が正しいかもしれない。こうなっているのは彼女の性格が災いしているからなのだが、晃の知るところではない。
「トウカちゃんは良くて、私達はダメなのかしら?」
「なな、何事も、びょ、平等にあるべきです!!」
「……分かったよ」
アリスと那海が離れる気が無いことを悟った晃は、早々に交渉を諦めた。美少女二人に抱き着かれながら歩くのも悪くないが、一点だけ大問題があった。
「ねえ、アレ……」
「どうしてあんな奴に!」
「三枝さんも鳳橋さんも、何か弱みでも握られてるのかな?」
「う、羨ましいぞぉぉ!!」
「あの男、一体誰だよ。……殺す」
周りの視線と漏れ出す言葉の数々である。
今時の高校生であれば彼氏彼女が登下校を共にすることくらい普通だろう。しかし、晃の置かれた状況は普通ではない。学年いや学校でもトップクラスの美少女を二人も侍らせているのだから、周りの人間が好からぬ想像を駆り立てても無理はないし、侮蔑されることも当然だろう。
九澄晃という人間はこれと言って特徴が無く、何処にでもいるような普通の男子高校生だ。学業は平均よりも少し上くらいで、スポーツは普通にこなす程度。背丈こそ百八十センチはあるが、その高身長を活かすような部活動にも所属していない。一つだけ、彼の外見で目立つところは、野暮ったく伸びた髪だろうか。目元や耳も隠れるくらいで、人によっては“暗い”や“怖い”といった印象を受けるかもしれない。とは言え、「人畜無害」という四字熟語が彼の代名詞だったはずだが、接点を持つようになった三人の美少女のおかげでそれも崩れ去ろうとしている。
(……何でこうなったのか。俺の学校生活、これからどうなるのか心配だ……)
「燈花!」
「あっ、晃ちゃん! ついでにアリスちゃんと那海ちゃんも!!」
学校の校門に辿り着くと、そこで燈花が立ちすくんでいた。大方、鞄を置き忘れたことに気付いてどうしたらいいか分からなかったのだろう。
「ついで、ですか……」
那海は“ついで”という言葉に反応し、青筋を立てており、アリスは笑顔でいるが目が笑っていない。二人ともそれなりにムッとしているようだ。因みに、二人は既に晃から離れている。抱き着いている姿を燈花に見られると再び言い争いになることが分かっていたからだ。
「ほら、鞄。いくら何でも置いて行くのはなぁ……」
「あっ! ごめんね、晃ちゃん。でも、ありがとう!!」
素直に謝り、礼を述べる燈花に対して、晃は「いいよ、これくらい」と簡単に返事をしている。
「晃ちゃんが私の鞄を……! 何だか嬉しいな」
「俺は荷物運びじゃないけどな」
「へえ、こういう手もあるのね。悪くないカモ」
「わ、私も鞄を忘れれば晃が……!?」
燈花が嬉しさを語る一方で、アリスと那海が何か言ったように聞こえた晃だが、よく聞き取れなかったため、この場は流すことにした。
「さあ、教室に行くぞ。燈花、断っておくけど、一緒に宿題はやらないぞ。なんだかんだで、写すつもりだろう?」
「ガビーン!」
「図星か……」
「……そんな擬音、声に出すのはトウカちゃんくらいよ?」
アリスが燈花の古臭いリアクションに呆れたその時、校舎内に第一の予鈴が鳴り響いた。第二の予冷が鳴る前に教室に行き、着席しなければ遅刻扱いとなるため、四人は教室へと急いだ。
「うう~ん、駄目だぁぁぁ!!」
淡々と授業が進んで行き、今は三時限目と四時限目の間の休憩時間となった。晃を見習い、自力で古文の宿題を解こうとしている燈花だが、その様は「悪戦苦闘」を示していた。
「お願いしますぅ、教えてくださいぃ~」
困り果てた燈花は、那海に泣きついた。那海は一番厳しい人間だが、その分成績は最高クラスで教え方も上手い。それを知っているからこそ、背に腹は代えられない燈花は渋々那海に教えを乞うのだ。
「何度も言っているでしょう? 自分でやらなければ意味が無いと」
「チンプンカンプンなんです、そんなこと言わずに教えてください! 那海様、神様、仏様、お釈迦様、魔王様~!」
「最後のは余計です!!」
燈花と那海のやり取りを見ていたアリスは「最後のだけなの?」と呟いた。その傍らで、アリスは晃に古文の宿題について、ヒントを与えている。
「へえ……、確かに古文だと敬語表現はややこしく感じるけど、対象をちゃんと追えば、それなりにできるな。すごく解りやすかった! ありがとう、アリス」
「どういたしまして、コウくん」
晃から面と向かって礼を述べられ、アリスもご満悦のようだ。
アリスは母国語である英語に限らず、現代文や古文、漢文も得意で、常に文系科目の成績は上位だ。ハーフの外見からは想像もつかず、彼女の成績を見て驚く者も少なくない。晃が続いての質問をアリスに投げ掛けようとした時、燈花が飛び込んで来た。
「晃ちゃん、ズルい!! アリスちゃんに答えを教えてもらってるぅ!」
燈花は頬を膨らませ、不満を漏らした。
「失礼な。教えてもらってるのは考え方だけだ」
「トウカちゃん。コウくんはね、自分で考えて、調べて、何が解らないのかを明らかにした上で質問をしているの。私だってヒントを出してるだけで、あとはコウ君、自分で解いてるのよ?」
晃の学習への取り組み方は至って真面目で、すぐに他人を頼ることはしない。自分で手を尽くし終えた後、初めて人を頼るのだ。アリスが言うように、課題点も自己分析するので、最初から人に頼る燈花とは次元が違う。しかし、それなのに何故、晃の成績は平均程度なのか、謎である。
「燈花……。晃を見習って、真剣に取り組んではどうですか? 同じようにヒントくらいなら教えますよ?」
いつの間にか燈花の背後に立っていた那海は凍てつくような視線を送っている。彼女の気質からか、楽な方へ逃げたがる燈花を許せないらしい。
(成程。この気迫、魔王様っていうのもあながち間違いじゃな――)
「……晃。何か?」
「いいえ、何も!!」
那海の視線の鋭さに戦慄を覚えた晃はすぐに取り繕った。すぐに視線を机上のプリントに戻し、宿題に取り掛かった。同じく燈花も那海の恐怖のオーラにあてられて、慌てて宿題の続きを始めた。その解答が正解か不正解かなど、彼女にとっては二の次だった。
「このメンバーでいると、本当に飽きないわ」
この平穏と日常を、そこからもたらされる楽しみや温かさを、アリスは幸福に思った。
※2022/2/23 部分的に修正をしました。