第八話 訪問者と初めての狩り
少し残酷な描写があります。
初夏の訪れに日差しが強まり、柔らかく吹き抜けた風も役目を果てせずにじわりと暑さを感じさせた。
そんな日の昼下がり、いつもの午後の勉強を始めようとしたその時、珍客がニノンの家を訪れる。
それはエクトルやフリーダの旧友であり元パーティーメンバーの三人だった。
ファイターで槍使いのディオル。
ローグで弓使い、ディオルの弟のディデリク。
クレリックで樹木信仰をしているエルフのピエリーナ。
玄関先でドアを開けたまま目を見開き呆けているフリーダの前に、その三人が立ち微笑んでいた。
「ご無沙汰さん、元気そうでなによりだな」
ディオルが気安く声を掛けたのを切っ掛けに、しばし挨拶をかわした後、家に招き入れる。
はじめこそ久しぶりの気恥ずかしさでお互いにぎこちなかった態度も、二、三言言葉を交わすと昔の気安さがすぐに戻ってきた。
「誰?」
リビングで妹のシリルの様子を見ながら勉強をしていたニノン。
突然の厳つい冒険者姿の来訪者に不安そうに見た。
頭上のノワールも警戒心を表す。
「こんにちわ」
優しく微笑むと男二人を制して女性のピエリーナが微笑み挨拶した。
「ニノン、お客さんよ。」
なだめる様に声を掛ける。
「前に、お父さんとお母さんが冒険者をしてたって教えたでしょう?その時のパーティーメンバーの三人よ」
そういうとディオルたちに向かい、
「長男のニノンと長女のシリルよ、シリルは春先に生まれたばかりなの」
フリーダの言葉に、そうか、とうなずき三人は笑う。
「こんにちわぁ、ニノンです。おねーさんはなんで耳が長いの?」
挨拶するも、ピエリーナのエルフ族の特徴の一つでもある長い耳が気になりじっと見つめて聞く。
「これ?これはね、私がエルフっていう種族だからなのよ」
不躾な問いに嫌な顔もせず笑って答える。
「あれ…、なあ」
ノワールを見て驚いたディデリクがディオルに促す。
「ああ…、うわさでちょろっと聞いたときはまさかと思ったけど、ほんとだったな」
息をのみ呆け気味のディオルが答えた。
「まあ、いろいろ気になるだろうけど座ってて」
そういうとフリーダはキッチンに消えた。
その後、フリーダが入れたお茶と茶菓子を囲んで談笑が始まった。
早々に話に飽きた人はシリルの横に移って午後の勉強を始める。
「おい、もう中級魔法に取り掛かってるのか?」
驚くディオルがフリーダに向く。
「今年に入ってから始めてるの。色々能力にめぐまれてね」
微笑み言葉を濁したのを感じた。
「さすが、赤の賢者の孫ってところか」
微笑み頷くと、それ以上掘り下げて聞くのをやめた。
「ただいまー、ディオルたち来てるだろう」
玄関から声が響き、帰宅したエクトルが談笑中のリビングに現れる。
「先にお邪魔してるわよ」
「早かったな」
ピエリーナとディデリクが笑顔で答えた。
その夜は歓迎会という名の飲み会が開催された。
昔話に花が咲くとともに、フリーダの出した料理が話題になる。
旧友三人が驚いたその料理は、ニノンがフリーダにおねだりして再現したものも含まれていた。
珍しくも美味い料理で気分が盛り上がる。
父たちの冒険譚を聞き、ついでに母との馴れ初めなどもバラされて、慌てる両親を見てニノンは笑った。
それら冒険譚の中に、珍しい食材や香辛料などの話は特にニノンの興味を引いた。
この事が、将来ニノンが冒険者を目指そうと何となく思い始める切っ掛けとなる。
翌朝、二日酔いで苦しむ大人たちに狩りに連れて行けとニノンがねだる。
昨夜の冒険話で、狩りで採った獲物は新鮮でうまかったと聞いたからだ。
その日は無理だったが、数日は滞在するということで、後日行く約束を取り付けた。
数日後、約束通り集合すると山へ向かう。
フリーダはシリルを見ているため今回は不参加、ピエリーナもフリーダに付き合うことにした。
エクトル、ニノン、ノワール、ディオル、ディデリクの四人と一匹で行くことにして、予定を確認する。
ニノンがまだ10歳で、初狩猟ということもあり、今回は様子見で山の浅い部分で鹿かイノシシでも狩ろうということになる。
道中、ちょろちょろと動いては薬草やら毒草を見つけて採集してるニノンを見たディオルたちが感心する場面もありながら、目的地に到着した。
「よし、この辺りから獲物が行動する範囲に入るから注意してくれ。ニノンもここからは採集は無しだ。お父さんの近くに来て、ついておいで」
ここで、それまでニノンの頭上にいたノワールが、その姿を変えて元のサイズに戻った。
その体長は二メートルを超え尻尾も含めると三メートル近くあった。
その姿を見て驚いたディオルとディデリクも、大きくなってもニノンとのやり取りが変わらず微笑ましいのを見て、落ち着きを取り戻した。
そうして周囲や地面、低木の葉の茂り具合などを確認し、獲物の痕跡を探しながら森の中を進む。
途中体力面で劣るニノンが遅れがちになるので、こっそりエンハンスド・ボディの魔法を自身にかけて遅れないようにしたり、ディティクド・アニマルを唱えて獲物を探す。
しばらく進むとニノンの探知に反応がある。
こっそりエクトルに知らせる。
「何かいるか?」
さり気なく、ローグのディデリクに声を掛ける。
「いや、いないな。……まて、いた」
進みながら答えた。
「ちょうど向こうが風上だ、このまま進んで囲もう」
獲物は少し先に行ったところにある小さく開けた水場にいた。
ディオルとディデリクが左右に散会して、エクトルが直進する形で進んだ。
ニノンはエクトルの後方に五メートルほど離れてノワールと一緒についていく。
ちょうど獲物が見える距離まで来たとき、地中の穴から顔を出したネズミと運悪く遭遇する。
キィ!と一声鳴くと驚いたネズミが獲物の方へ走り去った。
獲物は体長二メートル弱の牙が大きく発達したファングボアだ。
ネズミに気が付いたファングボアが顔を上げたところでエクトルを視認する。
ブフゥッ!と怒りの声を上げた瞬間、猛スピードでエクトルに向かって突進を始めた。
ファングボアが走り出す寸前、素早く反応したディデリクが矢を放つ。
矢はヒィンという甲高い風切り音を放ち、軌跡を残すことなくファングボアの右肩付近に刺さるも、動じることなく突進の勢いは増していった。
背後にニノンがいるエクトルは素早く周囲を確認し、斜面の下り側に陣取り盾を構えた。
下りで勢いの増したファングボアがエクトルと激突する瞬間、構えた盾でいなす。
そのまま盾の表面を滑ると、エクトルに与えるはずだったエネルギーは、いなされたファングボアの眼前にある木の幹へと吸い込まれていき轟音と共にはじけた。
そこへ走ってきたディオルの槍がファングボアのわき腹に差し込まれる。
木への激突で脳震盪を起こしていたファングボアは、突如襲われたわき腹の激痛に目を覚まし体をひねる。
ひねった体に巻き込まれる前にディオルの穂先はわき腹から抜かれ次の攻撃態勢へと移る。
そこへエクトルも加勢し一気に決めにかかるが、ファングボアの悪あがきによって決めきれない。
決めようと振り上げたエクトルの右脇の隙間に突っ込んだファングボアが、そのまま脇を抜けその先にいるニノンに向かう。
泡立つ肌を感じ振り返るエクトル。
その視線の先には、突進してくるファングボアの正面に立つニノンがいた。
「ニノン!」
叫ぶエクトルの声に被るように、
「アイスボルト!」
凛とした声と共に滑らかに振られた杖の先がファングボアに突き出された。
杖の先端に集まった冷気が瞬きする間もなく三つの氷の矢になり、ファングボアに向かう。
三本の氷の矢は同時に着弾した。
一本はファングボアの左の背中付近へ、もう一本は右足と地面を縫い付けた、後の一本は正面から頭に当たった。
命中した矢は当たった瞬間その周囲を凍り付かせる。
地面に縫い付けられた右足が支点になり、つんのめるように頭から激突したファングボア。地面から離れなかった右足は体重の慣性に耐え切れず根元からちぎれた。
勢いが付いた巨体が血しぶきをまき散らして空中を回転しながらニノンに迫る。その前に、脇からノワールの尻尾の一撃が加えられる。
弾かれ吹っ飛んでいくと、そのまま近くの木に激突して動かなくなった。
「大丈夫かニノン!?」
慌てて駆け寄ったエクトルがニノンの様子を確認した。
「大丈夫、ちょっとドキドキしたけど、ノワールが守ってくれたし」
笑顔で答えるニノンに思わず、フッと小さく噴き出した。
「しかしあれだな、ちっさくてもドラゴンだ」
倒れたファングボアの死体を見たディオルが、感嘆してつぶやいた。
視線の先のファングボアは、尻尾の一撃を受けたところから、くの字に曲がっていた。
「いやー、ひやっとしたけど、さすがは賢者の弟子ってところか?あの魔法は半端ないな」
凄惨な現場を見てディデリクが笑う。
その一言で場の空気が緩む。
「まだ空間庫はつかえないんだ」
ファングボアを解体して持ち帰ろうと準備してる最中にニノンがつぶやいた。
「これくらいなら普通に持って帰れるから大丈夫だ」
笑顔のエクトルに二人が頷き賛同した。
こうしてニノンの初狩猟が終わった。
読んでいただきありがとうございます。
ニノンが成長してるな~。
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